香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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骸と痛苦

 

 

「おー、出てきよったな。やっぱ、近界には緊急脱出(ベイルアウト)はないんやな」

「あってもおかしくはないですけど、今回は違ったって事かもしれませんけどね。ま、今敵さんの生身が出て来た事に変わりはありませんけど」

「…………」

 

 生駒と水上は生身が晒されたエネドラを見て、口々に好き放題言い合う。

 

 それをエネドラは、腹立たしそうに眺めながら唇を噛んでいた。

 

 今にもギリ、と歯を食いしばる音が聴こえて来そうなその表情は、屈辱に満ちている。

 

 自分の敗北、という最悪の展開を前に感情が追い付かないのだろう。

 

 これまで彼は、戦場で好き放題に蹂躙を重ね、漏れ出て来る雑音(くげん)は殺意で以て黙らせてきた。

 

 泥の王(ボルボロス)の圧倒的な力あってのものではあったが、それでも彼に文句を言える者は物理的にいなかった。

 

 だが当然、それだけの事をしたのだ。

 

 恨みを買いまくっている事は、言うまでもなく。

 

 それ故に捕虜にでもなれば碌な扱いをされないであろう事は目に見えており、だからこそ彼は待っていた。

 

 己を回収する、ミラの存在を。

 

 今回の作戦では勝敗を問わず、戦闘終了後にはミラが回収を行う事になっていた。

 

 当然ながら今の戦闘は彼女達も監視していた筈であり、こちらの敗北にも気が付いているだろう。

 

 嫌味を言われる事は確実だろうが、それでも捕虜になるよりはマシだ。

 

 エネドラはそんな事を考えて、ミラの到来を待ち侘びていた。

 

 それが。

 

 どんな思い違いであったかを、気付きもせずに。

 

「────────()()に来たわ、エネドラ」

「ちっ、遅ぇんだよ。何やってやがった」

 

 エネドラの付けていたリングが光を放ち、それを合図に空間が裂けるように()が開く。

 

 そこから姿を見せたのは、見知った仲間の女性。

 

 ミラは、何処か複雑そうな顔をしながらエネドラに手を差し伸べていた。

 

「ったく、さっさと連れてけ。嫌みなら後で聞いてやるからよ」

「────────ええ、そうね。でも、ごめんなさい。もう貴方は、()()()()()()()わ」

「…………あ…………?」

 

 だが。

 

 ミラはエネドラの言葉に一瞬顔を歪めた後、努めて冷徹な顔を見せ。

 

 途端、開いた小さな窓から飛び出した棘が、エネドラの腕を斬り落とした。

 

「な、ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!?」

 

 腕を切断された痛みに、絶叫するエネドラ。

 

 ミラは己の腕を抑えながら、張り付けたような薄笑いを浮かべてみせた。

 

「回収を命令されたのは、泥の王(ボルボロス)だけなのよ。貴方は、そこに含まれていない。だって、そこまでトリガー(ホーン)の浸食が進んでしまっているもの。貴方の命は、もう長くない。とっくの昔に、貴方は手遅れになっていたのよ」

「ぐ、て、めぇ…………っ!」

 

 突然の展開に、様子を伺っていた水上達は付いていけていなかった。

 

 敵の()()()がいる事自体は既に聞いており、それが出て来た場合は深追いするなとも厳命されていた。

 

 だからこそ忸怩たる想いを抱えながらも二人の動向を見守っていたのだが、まさかの仲間割れ。

 

 思いも寄らぬ場面に動揺する中。

 

 水上と二宮だけは、冷徹にその経緯を見据えていた。

 

「これまでの度重なる命令違反に、暴言、問題行動の数々。貴方を処分する口実は、幾らでも積み上がっていたわ。加えて、泥の王(ボルボロス)を使っておきながらノーマルトリガーに負けるなんて、致命的ね。大丈夫、泥の王(これ)は相応しい使い手が引き継ぐように取り計らうわ」

「ま、て…………っ! 泥の王は、俺の…………っ!」

「────────ごめんなさい、エネドラ」

 

 そして。

 

 ミラは一瞬悲し気な眼を見せた後、自らのトリガーを操作。

 

 無慈悲な棘が窓から無数に飛びだし、エネドラを背中から貫通。

 

 生身の急所を射抜き、今度こそ致命傷を与えた。

 

「が、あぁ…………っ! ハイ、レイン…………っ!」

 

 エネドラは末期の声をあげ、己を殺したミラではなくそれを命じたであろう上司の名を呟き。

 

 その命の灯火を散らし、骸となってその場に倒れ伏した。

 

「────────そう。私を恨んでは、くれないのね。さよなら、エネドラ。貴方の黒トリガーは、確かに回収したわ」

 

 ミラは何処か寂し気な声を零した後、呆気に取られる面々を気にする事なく()を閉じて立ち去った。

 

 後には、一人の男の骸が残るのみ。

 

 物言わぬ骸となった男の瞳には、もう何も映らない。

 

 アフトクラトルの黒トリガー使いエネドラは、浸食による死を待つまでもなく仲間の手でその生を終えたのだった。

 

 

 

 

(行ったか。ちぃと後味は悪いねんけど、しゃーないわな)

 

 その一部始終を見ていた水上は、ふぅ、とため息を吐く。

 

 やろうと思えばエネドラを助ける事は出来たかもしれないが、敵の残存兵力が未知数である以上リスクが高過ぎた。

 

 今のやり取りを聞く限り、彼の処分は向こうの作戦開始前にはもう決まっていたようだ。

 

 ならば、下手に介入して敵に本気になられては、目も当てられない。

 

 巧くいけば捕虜を生きたまま確保出来たかもしれないが、向こうが空間を繋ぐトリガーを持っている以上いつどんな戦力が飛ばされて来るか分かったものではないのだ。

 

 エネドラ戦で疲弊している今、想定外の戦闘を行うのは無謀に過ぎた。

 

 彼を攻略出来たのは長時間に渡って遅滞戦闘を行い黒トリガーの能力を解き明かせたからであり、その間の精神的疲労は当然ながら相応に蓄積している。

 

 初めて人の死を目の当たりにして顔を青くさせている南沢には悪いが、不確定要素を多く孕んだ展開へ繋がるような軽挙は行えなかった。

 

 恐らく、二宮もそんな水上の意を汲んでくれたのだろう。

 

 水上が静観を選んだ事で、彼もまた追随してくれたようだ。

 

 何処か不機嫌そうに眉を顰めているが、彼の場合そういった表情がデフォルトに近いので問題はないだろう。

 

 何か文句があったとしてもそれが合理的なものでなければ、彼の口から出る事はないであろうし。

 

「…………」

 

 ふと、生駒の方に目を向ける。

 

 彼は骸となったエネドラを見下ろしながら、何処か寂し気に口を開いた。

 

「…………こんなん、もう笑えへんやん。阿呆」

 

 それを聞いて、思い出した。

 

 お前を倒したら、笑ってやる。

 

 確かに戦闘中、煽り文句として生駒はそんな事を言っていた。

 

 そうか、と水上は得心する。

 

 生駒はあくまでも倒した後、生きているエネドラに勝ち誇りたかったのであって、彼を貶める気はなかったのである。

 

 それがエネドラの死、それも仲間の裏切りに依るもので終結したとあっては、心穏やかでいられないのも不思議ではない。

 

 流石に死者に鞭打つような真似が出来るような人ではない事は、充分に承知していた。

 

 彼は確かにエネドラを倒したが、殺す気など微塵もなかった筈だ。

 

 当然だろう。

 

 自分を含め、殺しを当然のものとして常識に組み込んでいる人間はボーダー隊員にはいない。

 

 トリオン体での戦闘には緊急脱出が存在し、普段のランク戦も仮想空間で行う以上胸部を抉っても首を斬り落としても本人の生命には何の影響もない。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)システムの存在も相俟って、本気で命のやり取りをしているという感覚の隊員はいなかった筈だ。

 

 旧ボーダー組はまた別だが、少なくともボーダーが表に出て来てから入隊した隊員の認識はそう変わらないだろう。

 

 生駒もまた、同じ筈だ。

 

 エネドラを撃破した張本人でもあるだけに、何処か複雑な想いを抱いているのかもしれない。

 

「…………すんません。嫌な思い、させてもうて」

「かまへんよ。水上のしたいようにやらせたんは俺やし、こんなん予想しろ言う方が無理やん。謝る事はないで」

 

 だが、生駒は水上を責めなかった。

 

 彼が敢えて傍観を選んだ事は分かっている筈だが、それでも彼は仲間を正面きって責める事はない。

 

 隊長でありながら指揮の一切を水上に任せている以上、その決定に文句を挟む筋合いはない。

 

 生駒はそう、割り切っているのだから。

 

「だから、大丈夫や。今回はこういう事になったけど、気にせんでええ。俺等に被害はなかったんやし、それで良しとしようや」

「…………ええ、そうですね。ありがとうございます」

「何礼言うてんの。変なやっちゃなぁ」

 

 そうですね、と水上は淡々と返しながら、思う。

 

 彼にあんな表情をさせてしまったのは、失態である。

 

 次があれば、より良い結果を提供する。

 

 合理だけではなく、彼の心情も慮った結末を。

 

 彼の信を受ける者として、それは義務であり権利でもある。

 

 それが生駒隊の采配を任された己の責務であると、水上は決意を新たにしていた。

 

 

 

 

泥の王(ボルボロス)の回収、完了しました。エネドラの始末も、同様に」

「ご苦労。嫌な仕事をさせたな」

「いいえ、必要な事でしたから」

 

 遠征艇に戻ったミラは、回収した泥の王をハイレインに提示し労いを受けていた。

 

 彼女の想いを知るハイレインは、それ以上の事は言わない。

 

 今回の決定を覆さなかったのは自分であり、ミラはそれに従っただけだ。

 

 ハイレインは領主として必要な事であればどんな残酷な決定でも押し通すが、それと部下に対して配慮をしないのか、と言うと別の話だ。

 

 長として冷徹に振舞う必要はあるが、不必要な反感や不満まで溜めこませる必要はない。

 

 そもそも、今回エネドラの処分役を買って出たのはミラの方である。

 

 トリガーの能力の関係上ハイレイン自身は手を下せはしないが、トリオン兵にやらせる、という方法もあったのだ。

 

 それを拒否して自ら処分役になると言ったのは、ミラである。

 

 ハイレインはその意思を尊重し、任せた。

 

 ならば、この件に関してはこれで終わりだ。

 

 無駄な藪を突く事も、自分の下手な労いで神経を逆撫でする事もない。

 

 事務的な作業は得手としているが精神的なケアは専門外であるハイレインにとっては、このあたりが無難な采配なのである。

 

「しかし、これでエネドラも敗北しヴィザは未だ戦闘中。加えて、敵の兵が思った以上に粘る。あれは、優秀な指揮官が付いているな」

「そうですね。まさか寡兵だけであそこまで粘るとは、想定外でした」

 

 二人はそう言って、スクリーンに目を向ける。

 

 そこには、ラービット相手に奮闘する三人の少年少女の姿が映し出されていた。

 

 彼等は、決して強力な駒ではない。

 

 たった今エネドラを倒した二宮や生駒のような特機戦力と比べれば、一般兵程度の力しか持ち合わせてはいないだろうと彼等は見ている。

 

 だが、とにかく戦い方が()()()()

 

 攻めっ気を出さず、生存を最優先にしながらラービットを足止めするその戦術。

 

 その動きに淀みが無さ過ぎる事から、優秀な指揮官の采配の下で戦っているのは明白だった。

 

 寡兵であっても、指示一つでその能力を最善の形で引き出し連携によって最高の戦果を叩き出す優れた戦術眼。

 

 それが備わった者が向こうにはいると、ハイレインは看破していた。

 

「…………仕方がない。私も、出るとしよう」

「よろしいのですか?」

「ああ、こうなっては止むを得ん。私が椅子を温めたままほぼ戦果なしで帰ったとなれば、他の領主に付け入る口実を与えかねないからな」

 

 ハイレインは現状を鑑みて、自らの出撃を決めた。

 

 確かに、負けはしないだろう。

 

 だがこのままでは、碌な戦果を得られないまま撤退する事になりかねない。

 

 最低限の()()は機能していたが、ハイレイン本人が戦闘を行わずに殆ど戦果を得られない状態で作戦が終了したとなれば、他の領主はそこを口実に彼の権勢を切り崩しに来るだろう。

 

 今後身内でゴタつく予定である以上、それは避けたい。

 

 だからこそ、ハイレインは自らの出撃を決めたワケだ。

 

「此処まで来ても、金の雛鳥が見つかる気配はない。事前の調査で疑わしい反応はあったが、この段階まで姿を見せないという事はいたとしても基地の奥にでも匿っているのだろう。向こうの本拠にまで攻め入る予定はない以上、金の雛鳥は諦める他ない」

 

 加えて、此処に至るまで金の雛鳥────────────────即ち、「神」の候補を見つけ出す事は出来なかった。

 

 最初から簡単に見つかるとは思っていなかったが、繰り返し送った斥候の調査によりそれらしい反応はあっただけに、少々以上に惜しくはある。

 

 しかし、元々駄目元ではあったのだ。

 

 あるか分からない金の雛鳥を求めて敵の本拠に攻め込んで虎の尾を踏むような真似は、ククロセアトロ戦の失敗を経たハイレインには出来よう筈もなかった。

 

 あの時は、敵を追い詰め過ぎたが故にあのような結果となってしまった。

 

 同じたたらを踏みかねない軽挙など、長としての責任のあるハイレインに選べる筈もない。

 

 遠征に於いては、敵を追い詰め過ぎない事が鉄則。

 

 それは常識として分かってはいたが、それでもククロセアトロ首脳陣の殲滅は決定事項だっただけに手を緩めるワケにはいかなかった。

 

 その結果として期待していた()()を手に入れ損なっただけではなく、味方の陣営にも無視出来ない被害を出してしまった。

 

 乾坤一擲の勝負でもあっただけに、その影響は計り知れないものがあったのだ。

 

「ククロセアトロの()()を手に入れてさえいれば、無理にヒュースを置き去りにする必要もなかったのだがな。だが、あの時と同じ失敗は許されない以上、無理は出来ん。此処は確実性を取り、俺が戦局を動かしに行こう」

「了解しました。私も同行しますか?」

「いや、ミラは戦線には出るな。ないとは思うが、万が一という事もある。回収役にいなくなられては、全ての予定が狂うからな。窓だけ、開いてくれ」

 

 了解、というミラの返事を聞き、ハイレインは彼女が開いた()へと足を進める。

 

 敵首魁である彼が、参戦を決めた瞬間だった。

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