(苦しいけど、まだなんとかなってる…………っ! このままいけば、きっと…………っ!)
帯島は小荒井・奥寺と共に迫り来るラービットを迎撃しながら、自分を奮い立たせていた。
隊長である弓場が落ちた時は絶望しかなかったが、東隊と合流してからは違った。
弓場や小南といった大戦力と比べれば、自分は勿論として小荒井や奥寺も寡兵に過ぎない。
B級上位にいるだけの実力は持っていると言う自負こそあるが、少なくとも自分達はエースには成り得ない。
そんな自分達だけで、果たしてA級クラスの能力を持つラービットを撃退し続けられるのか。
そういった不安がなかったといえば、嘘になる。
しかし、それを塗り替えてしまったのが東の指揮だ。
彼の指揮下に入った途端、全てが変わったと言っても過言ではなかった。
前期まで一緒に戦っていた神田がいた時と同じように────────────────否。
彼には悪いが、明らかにそれ以上の
まず、東は彼等に狭い路地で戦うように指示をした。
広く、尚且つ足場がたくさんある場所ではラービットの機動性に翻弄される。
帯島達も機動力は悪くないものを持ってはいるが、純粋な瞬発力ではラービットには敵わない。
だが、閉所での戦いとなれば話は別だ。
確かにラービットの機動力は驚異的ではあるが、それはあくまでも自由に動ける
ラービットは出力任せの瞬発力は高いが、閉所ではその巨体が邪魔となって思うように動く事が出来ないのだ。
無論、障害物を物理的に排除すれば強引に動くことは可能だが、その場合でも相手に
そして、東は外岡と連携してその隙を突いていった。
残念ながら、帯島達の旋空の腕前では正確にラービットを仕留める事は叶わない。
旋空は確かに強力な武器ではあるが、強固な装甲を持つラービットを倒す為にはその先端を正確に当てる必要がある。
あくまでも中距離の牽制、及び隙を突いての奇襲目的でしか旋空を運用していない小荒井達では、そういった専門の技巧を必要とする精密動作までは習得出来ていなかった。
帯島に関しては中距離の攻撃手段は射手トリガーを用いる事の方が多い為、言わずもがなである。
加えて別の路地でラービット三機を同時に相手取っている村上は、流石に手が離せない。
だからこそ、相手の急所を狙う動きは狙撃手達が担当した。
勿論、それだけで倒せる程ラービットは甘い敵ではない。
狙撃は当然の如く腕を用いて防御され、無為に帰する。
だが、それで問題はなかった。
東が目的としていたのは、ラービットの撃破ではなく
まず、一つの事実としてこの場に存在する現状の戦力では迫り来る無数のラービットを全て撃滅する事は不可能である。
小南も敵の最大戦力との一騎打ちにかかりきりである以上、彼女の助力も望めない。
だからこそ、東は場を停滞させる事に全力を尽くし、
今ある戦力でどうにもならないのであれば、それがどうにかなる戦力が届くまでの時間を稼ぐ。
それが、東の立てた方針だった。
既に、敵の人型
更に言えば、たった今黒トリガーを使う人型までもを撃破したという報告が入っていた。
ならば、そこに傾けていた戦力を此処に集める事が出来るようになったという事だ。
東の方針は、正解だった。
此処に至るまでの防衛戦を成功させた彼の選択は、間違いなく正しかったと言える。
C級の護衛に専念している柿崎達にも当然その情報は届いており、心なしか笑みが浮かんでいるように見える。
(いける。このまま時間を稼げば、きっと援軍が来てくれる…………っ! だから…………っ!)
それは、帯島も同じだった。
このまま防衛戦を継続すれば、必ず援軍はこの場所へと辿り着く。
自分達の努力は、無駄ではなかった。
これで、弓場に良い報告を届ける事が出来ると。
帯島は、喜色を浮かべた。
「────────え────────?」
されど。
彼女は、
空に、何かが飛んでいる。
それは、鳥だった。
だが、おかしい。
普通の鳥にしては形状が
眼すら存在しない真っ白な鳥など、自然界には存在しない。
当然だ。
その鳥は、決して生物などではなかったのだから。
「あれ、は…………っ!」
視界の先に見える、建物の屋上。
そこに、いつの間にか一人の男が佇んでいた。
頭部から生える異形の角に、漆黒のマントを羽織るその姿は。
話に聞いた敵の人型、それに間違いはない。
彼が手に浮かべる球体のようなものから、無数の白い鳥が次々と生まれ空に飛び立っていた。
男の名は、ハイレイン。
アフトクラトル遠征部隊のリーダーにして敵の首魁たる存在が、戦場に姿を現した瞬間だった。
「時間が無い。手早く片付けるか」
ハイレインはそうぽつりと呟くと、それに呼応して白い鳥の大群が一斉に地上目掛けて降り注いだ。
標的は帯島達────────────────ではない。
彼等が守っていた、C級の集団だった。
「な、なんだ…………っ!?」
「ぐ、お…………っ!?」
「え…………?」
空を経由されては、如何に帯島達が防衛線を固めようと意味はなかった。
上空から降り注いだ無数の白い鳥は次々とC級の身体に着弾し、瞬間。
鳥の直撃したC級の身体は瞬く間に変質し、キューブへと姿を変えた。
「文香…………っ!」
「隊長…………っ!?」
そして。
それは、彼等を護衛していた柿崎達も例外ではない。
鳥に狙われた照屋は咄嗟にシールドを張ったが、そのシールドも鳥の着弾と同時にキューブへと変わり、すぐさま消え去った。
直にその脅威に晒された照屋を、柿崎は咄嗟に庇ったのだ。
無数の白い鳥を照屋の代わりにその身に受け、柿崎は何かを言おうと開きかけた口のままキューブに変わる。
照屋は咄嗟にそのキューブを抱き締めるように掴み、キッ、と遠方でこちらを見据えるハイレインを睨みつけた。
今にも殴りかかりそうな激情を秘めた眼でハイレインを凝視する照屋だが、戦いを挑む軽挙は冒さなかった。
今の攻撃は、敵のトリガーは。
自分達では、手に余る。
どころか、対処出来る者がいるかどうかすら怪しい。
何せ、敵の攻撃はこちらのシールドまでキューブへと変えてしまった。
つまりそれは、あの攻撃に対し防御が意味を成さないという事になる。
全てをキューブに変えてしまう、規格外の能力を持つトリガー。
間違いなく、敵は黒トリガーだろう。
そうでもなければ、この法外ぶりは説明出来ない。
(落ち着け、落ち着くのよ私。あいつをぶん殴りたいのは確かだけど、今此処で我を忘れれば柿崎隊長を奪われてしまいかねない…………っ! それだけは、それだけは阻止しないと…………っ!)
そう冷静に分析する一方で、照屋は今にも弾けそうな己の激情と戦っていた。
敬愛する隊長がこのような姿にされた事に対する怒りは、無論ある。
だがそれ以上に今の照屋は、一歩間違えればその隊長を失ってしまうかもしれない、という恐怖と隣り合わせとなっていた。
敵のトリガーは、間違いなく
何せ、人一人を運ぶ労力をキューブ化によって大幅に削減出来る為、一度キューブ化をされてしまえば敵はそれを持ち帰るだけで鹵獲に成功してしまう。
現在物言わぬキューブとされた柿崎は、敵からすれば容易に奪える獲物でしかないのだ。
本音を言えば、今すぐにでも彼を抱えてこの場から離脱したい。
しかしそれは、戦線の放棄を意味する。
未だ、キューブ化を免れたC級は存在している。
今此処で自分が守りを放棄すれば、無防備となった彼等がどうなるかは語るまでもないだろう。
だが、キューブを抱えたままで十全な戦闘を行うのは無理がある。
かと言って、今抱えている柿崎のキューブを手放す事など論外だ。
敵には、ワープの使い手がいると聞いている。
もしもこのキューブを戦う為に手放した瞬間に転移を使って敵が来れば、みすみすそれを奪われてしまう事になりかねない。
というよりも、今この瞬間にでもその敵が現れてもおかしくはないのだ。
あの黒トリガー使いと思われる人型が前線を支えている帯島達ではなくC級を直接狙ったのは、明らかに彼等の逃走防止と捕獲をし易くする為の
ならば、その次の一手としてキューブの
何せ、今この場に残る戦力は自分と虎太郎のみ。
とてもではないが、人型級の戦力を送り込まれて抗える布陣ではない。
(どうすれば、どうすればいいの…………っ!? 柿崎隊長…………っ!)
(やられた…………っ! まさか、C級を直接狙われるなんて…………っ!)
その光景は、当然ながら前線の帯島も目にしていた。
これまで、C級が直接攻撃される可能性は低いと踏んでいた。
何故なら、敵の捕獲は捕らえた相手をラービットの体内でキューブに変える事で運搬する事を前提としていたからだ。
下手にC級を攻撃して生身にしてしまえば、それは出来なくなる。
キューブにすれば一体のラービットで多くの人間を鹵獲出来るが、生身の人間相手ではそうもいかない。
ラービットは人と比べれば巨体と言える体躯を誇るが、大型のバムスター等と比べれば大型動物程度のサイズしかない。
生身の人間を格納出来るとすれば一人か二人が限界であり、だからこそ安易にC級のトリオン体を破壊する可能性は低いと見ていた。
(甘かった。キューブ化をする技術があるなら、それを攻撃能力として使えるトリガーがあったとしても何もおかしくなかったんだ…………っ!)
だがその前提は、キューブ化を直接攻撃に用いるというハイレインの黒トリガーの存在によって覆った。
あれならば、ラービットが一人一人を捉えて体内に格納する、といった迂遠な方法を取るまでもない。
キューブ化したC級を拾い集めるだけで、敵は目的を達せられる。
まんまとしてやられた現実を前に、帯島は唇を噛み締めていた。
「ど、どうすれば…………っ!」
『帯島、お前は照屋・巴と共にキューブ化したC級を集めて撤退しろ。悪いが小荒井達は、可能な限りの足止めを頼みたい』
「…………! え、でも、それじゃあ小荒井先輩達が…………っ!」
危険なんじゃ、と言おうとしてその小荒井にポン、と肩を叩かれた。
小荒井はにかり、と笑って帯島の背中を軽く叩く。
「いいから行けって。やばくなったら撤退するし、そっち頼むな」
「ああ、何処まで出来るかは分からないが尽力する。帯島も、気を付けてくれ」
「…………! 分かりましたっ! ご武運をっ!」
二人の激励を受け、帯島は照屋達の元へ走り出す。
それを見送った小荒井は、ふぅ、とため息を吐いてハイレインに向き直った。
「これ、キビシーよな。俺達剣しか使えないし、良いカモじゃね?」
「他のトリガーを駆使して立ち回るしかないだろう。シールドでもグラスホッパーでも、とにかく盾になるものをばら撒いて一秒でも多く時間を稼ぐぞ。とはいえ、基本は回避だがな。あんなもの、正面から受けてたまるか」
小荒井は見栄を張る相手がいなくなった事で弱音を吐くが、奥寺がそう言って叱咤する。
確かに唯一の射程持ちであった帯島がいなくなった現状は、厳しい。
しかし、彼等も向こうで柿崎がキューブ化してしまった光景は目にしていた。
そのキューブを抱えている照屋が満足に戦えない現状、単騎でもある程度戦える帯島が回収役兼護衛として向かう以外選択肢はなかったのである。
『悪いな。全力でサポートするが、鳥が直撃したら緊急脱出してくれ』
「構いませんよ、東さん。俺等は俺等でやれる事をやるだけっす」
「ええ、此処は少しでも多く時間を稼いで帯島達が無事撤退出来るようサポートするだけです。これでも東さんの部隊の一員ですし、なんとかやりきってやりますよ」
東の申し訳なさそうな言葉に、小荒井と奥寺は敢えて強気な発言で自らを奮い立たせる。
今の自分達の役割が捨て駒に近い事は、とうに承知している。
だからこそ、東は申し訳なさそうにしているのだろう。
自分の部下を本物の戦場で捨て駒として扱って良心が咎めない程、彼は冷血漢ではない。
必要であればどんな策でも実行はするが、それはそれとして心を痛めないワケではないのだ。
『…………! マズイ、あれは…………っ!』
だが。
そんな彼等の想定以上に。
ハイレインは効率主義で、容赦がなかったのだ。
「嘘、こんな…………っ!?」
照屋と虎太郎は、目の前の光景に呆然となる。
突如彼等の前に黒く大きな穴が開いたかと思えば、そこから6体ものラービットが出現したのだ。
しかも、そのいずれもが「色付き」。
二人だけではどう足掻いても抗し得ない、絶望的な布陣であった。
キューブの「回収役」が来るかもしれないとは思っていたが、ある意味で人型が送り込まれるよりもタチが悪い。
敵は一切の慢心をせず、こちらを押し潰すつもりで過剰な戦力を送り込んで来た。
その一切の情け容赦のない采配に、照屋は息を呑む。
こちらを侮って最低限の戦力だけを送って来るという淡い希望は、たった今打ち砕かれたのだから。
「悪いが、悠長にするつもりはない。さっさと仕事を済ませるとしよう」
そんな呟きが、何処からか聞こえたような気がした。
どう足掻いても、何もかもが間に合わない。
同じ光景を目にしている帯島が慌ててこちらへ向かっているが、こちらに被害が及ばないよう距離を取って戦っていた弊害で彼女がこの場に辿り着くまでには多少の時間がかかる。
そして、その僅かな時間であってもラービットの蹂躙を許すには充分過ぎた。
照屋も虎太郎も弱いつもりはないが、それでもA級クラスのラービットの亜種6体が相手となれば分が悪過ぎる。
(せめて、隊長だけでも…………っ! でも、それじゃあ…………っ!)
撤退して柿崎だけでも安全を確保すべきか、一瞬迷う。
しかしそれを即断するには、彼女は善性に過ぎた。
そして、ラービット相手ではその逡巡は命取りになる。
「あ…………」
照屋は腕を振り上げるラービットを前に、呆然と声を漏らし。
「
────────────────突然飛来した黒い人影が、ラービットを文字通りの意味で殴り飛ばす光景を目撃した。
現れたのは、黒いボディスーツに身を包んだ小柄な少年。
見覚えのない白い髪の少年の姿に目を白黒させる照屋だが、そこで気付く。
いつの間にか、近くまでもう一人の少年が駆け寄って来ている事に。
「すみません、本部の隊員の方ですよね? ぼくは、玉狛支部の三雲と言います。彼はぼくのチームメイトで、味方です。救援に来ました」
修は、混乱の最中にいる照屋にそう告げて遊真の方を見据える。
遊真と、修。
玉狛第二の二人が、主戦場に参戦の意を示した瞬間だった。