香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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貧者の見識②

 

 

「えっと、三雲くんだったかしら。玉狛支部の隊員、でいいのよね…………?」

「はい。とは言ってもぼくはつい最近転属したばかりなのですが、玉狛支部所属なのは間違いないです」

「そ、そう」

 

 突然の事に困惑し、照屋は眼をぱちくりさせる。

 

 救援に来た、と彼は言った。

 

 それは分かる。

 

 救援要請を出していたのは確かだし、それに応じた者が来るのはなんらおかしくはない。

 

 結果として彼等の助けがなければ最悪の事態に至っていたのだから、助かったのは事実だ。

 

 だが、それを成し遂げた遊真の姿は異質に過ぎた。

 

 彼は、ラービットを()()()()()()撃退した。

 

 これは、おかしい。

 

 成る程、相手が人間であれば殴ってその衝撃で吹き飛ばす事も出来るだろう。

 

 しかし、相手はラービットだ。

 

 巨体とそれに相応しい重量を持った相手を、トリオン体となって膂力が強化されているとはいえただ殴ってその装甲を貫通してダメージを与えられる筈がない。

 

 少なくとも、彼女の知る()()()()()()()()にそんな真似を実現出来る代物は存在しなかった。

 

 例外としてレイジの使うレイガストパンチがあるが、それでも此処までの破壊力は出ない筈である。

 

(ん…………? ()()()()、って言ったわね? じゃあ、もしかして…………!)

 

 そこで、気付く。

 

 玉狛支部は新近界民派というよく分からない指針を掲げる異端の派閥として有名だが、もう一つ知る人ぞ知る特色がある。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事。

 

 今、向こうで敵と交戦している小南の双月のように、通常とは異なる唯一無二(ワンオフ)のトリガーを扱う事が出来る者達が在籍するボーダー最強の支部。

 

 それが、玉狛支部。

 

 異端の英雄たちで構成された、異色のチームであった。

 

(今の子も、きっと玉狛支部のトリガーを使っているのね。パンチで戦うあたり、木崎さんの弟子なのかしら。とにかく、これで疑問は解けたわね。いきなりの事態に思わず呆然となってしまったけれど、タネが分かればこんなものよね)

 

 照屋は自分が知る知識から自己完結し、遊真の異様な姿に関する考察を打ち切った。

 

 同じ星輪女学院に通う小南の例を知る事もあり、玉狛支部という所属を聞いた事でそう推察してしまったのも無理はない。

 

 玉狛支部が本部では扱えない特殊なトリガーを用いているというのは、風の噂で識ってはいた。

 

 とはいえ彼等がランク戦に参加していない事もあってそれを実際に目にする機会があるワケでもなく、その実態を理解してはいない。

 

 故に、まさか黒トリガーを扱う者が迅以外に存在するなどという答えに、辿り着ける筈がなかったのだ。

 

 なまじ玉狛支部の性質を知っていたが為に、間違った解答に対して照屋が疑問を覚える事はなかった。

 

 そもそもの常識として、照屋のような一般隊員にとって黒トリガーとは()()()()()()()()()()()という認識だ。

 

 もう一人の使い手として天羽というS級隊員がいるが、彼は迅と異なり一般隊員の前に姿を現す事はまずない。

 

 そういった存在がいる、という事を噂で聞いてはいても、露出の多い迅と比べて印象が薄く、黒トリガーといえば迅、という構図がボーダー隊員の中には出来上がっていた。

 

 そしてその迅が未来視という規格外の力を持つ事もあって、黒トリガーは()()()()()()()()()()()()()という印象が強く、まさかその使い手がポンポン出て来る事など想定すらしていない。

 

 そういった経緯もあり、照屋は修達にとって都合の良い方へと自己解釈で納得してくれたワケである。

 

 もっとも、追及を受けたら受けたでそういった風に誘導するよう修の中では用意があったので、結果は変わらなかったかもしれないが。

 

「了解したわ。救援に来てくれて、ありがとう。けど三雲くん、その後ろの子達は…………?」

 

 そして、かねてから気になっていたもう一つの事柄へ照屋は話題を移す。

 

 遊真のインパクトで認識するのが遅れたが、修の後方にはC級の集団の姿があった。

 

 それも、たった今まで自分達が守っていた者達ではない。

 

 明らかに、彼等が来るまで存在しなかった集団だ。

 

 流石に無視する事は出来ず、こうして尋ねたわけである。

 

「彼等はぼく等が護衛していたC級隊員です。護衛を外すワケにはいかなかったので、本部長の許可を得て此処まで連れて来ました。そうしないと、空閑を戦力として運用出来なかったので」

「…………え…………?」

 

 予想外の発言に、照屋はキョトンとなる。

 

 新たな困惑を得た照屋に対し、修は説明を始めた。

 

「ぼく達は当初、彼等の護衛をしていたんです。彼等はもう一つの集団から一時的にはぐれて合流出来なくなってしまっていたのでそれをぼく等が見付けて護衛していたのですが、一向に敵が来る様子もなく、かといって彼等を放置する事も出来ない為空閑を下手に動かす事が出来ない状態でした。ですから────────」

 

 

 

 

『…………成る程。空閑くんを戦力として使う為に、C級と共にあちらへ向かう許可が欲しいと。そういう事か』

「はい。空閑の戦力を此処で腐らせるのは損失ですし、加えて言えば幾ら空閑でもたった一人では物量によっては守り切れない場合もあります。それを考えれば、他の戦力の存在する場所へ赴いた方が結果的にC級の安全性は確保出来ると思います」

 

 思考は、修が遊真が敵に駒として浮かせられた事に気付き、思案していた時にまで遡る。

 

 このままでは黒トリガーを扱う遊真という強力極まりない戦力を、何もせず腐らせるだけとなってしまう。

 

 他所の状況を聞いていた修はそのままでは駄目だと思い立ち、こうして一つの案を忍田に上申したのだ。

 

 即ち、C級を連れて行きながら遊真を主戦場に合流させるという提案を。

 

 自分達がこの場を離れられないのは、護衛対象であるC級(かれら)がいるからだ。

 

 敵の狙いがC級の鹵獲である以上、彼等からガードを外すワケにはいかない。

 

 向こうには転移を可能とするトリガーがある以上、少しでも隙を晒せば戦力を送り込まれてC級が攫われてしまうのが目に見えている。

 

 だからこそ、遊真という強大な戦力を抑止力として外すワケにはいかなかった。

 

 かといって、このままでいて良いワケがない。

 

 他の戦場、特にラービットの大群に襲われている主戦場は決して放置出来ない。

 

 今は何とか抗戦出来ているようだが、敵が更なる戦力────────────────たとえば、別の人型等を投入すればその均衡が崩れる危険があった。

 

 そこで戦っている隊員の能力を疑うワケではないが、敵はあの小南と互角以上に戦う規格外の存在までいるという。

 

 遊真の模擬戦を見る機会のあった修は、小南の強さをその眼に焼き付けていた。

 

 その彼女の力を以てしても抗戦しか出来ない相手までいるとなると、敵の評価は自然に上方修正せざるを得ない。

 

 どちらも修にとっては自分だけでは決して勝てない相手という事は変わりないが、小南でさえ苦戦するとあってはその脅威度は最上級に位置して然るべきであると。

 

 だからこそ、みすみす遊真という戦力をこのまま腐らせるワケにはいかなかった。

 

 黒トリガーの使い手であり近界で傭兵として生き抜いて来た遊真の実力は、折り紙付きだ。

 

 確実に、戦況を変え得る力を彼は持っている。

 

 それは修自身が良く理解していたし、上層部の認識も変わらない筈だ。

 

 だからこそ、修は上申を決意したのだ。

 

 C級の護衛を外せないのならば、()()()()()()()()()()()()()という結論を以て。

 

「敵には、転移を使う者がいると聞いています。場合によっては転移でこちらに大量の戦力を送り込まれて、物量に押されるケースも有り得ます。いつそうなってもおかしくはない以上、他の戦力のいる場所へ向かう事の方が保険が利く事が多い筈です」

 

 そこで起点にしたのが、()()()()()使()()()()()()という情報だ。

 

 転移を使う以上、敵は何処にでも好きな戦力を送り込める。

 

 今は主戦場に戦力を集中させているようだが、予備戦力がどれだけいるか分からない以上、そこへ投入している以上の戦力をこの場に送り込まれる危険はあった。

 

 詭弁に近くはあるが、無視出来ない意見である事も事実である。

 

『話は分かった。だが、C級への説明はどうするつもりだ? 危険地帯へ向かう事に対し、反発もあるのではないか?』

「いえ、そちらはもう済ませてあります。皆さん、納得してくれました」

『ふむ』

 

 忍田へ話した通り、C級への説明は既に行っている。

 

 他のC級を助けに行く為、主戦場へ向かいたい。

 

 その旨を説明した時、彼等から挙がったのは反論ではなく賛同の声だった。

 

 彼等もまた、ただ守られているだけで時間が過ぎ去っていく、という現状に何処か鬱屈した想いを抱いていたのだろう。

 

 かといって自分達だけで行動するのが如何に無謀であるかは既に思い知っている為、軽挙な行動にも移れなかった。

 

 そこに至っての、修のこの提案である。

 

 彼等からすれば、ふって湧いた僥倖にも等しい。

 

 自分達だけで動くのは怖いが、あれだけ強い遊真が守ってくれているのなら。

 

 そういった心理が、彼等の中で働いたのである。

 

 また、彼等の中に修が緑川に一矢報いた場面を目撃していた者が多数いた事もそれを後押しする要因となった。

 

 その筆頭が一部から「C級三馬鹿」と呼ばれている者達の一人である甲田であり、格上相手に負けを重ねながらも一矢報いる修の姿は、彼の眼に雄姿として焼き付いていた。

 

 故に彼は修の事をリスペクトしており、加えて甲田は以前にC級ランク戦で遊真にコテンパンにされていたという経緯もあった。

 

 遊真の実力に関してはその際に嫌という程味わっており、今更その力を疑う余地はない。

 

 見慣れないトリガーを扱っているのは見れば分かるが、それもまた甲田が賛同の声を強めるのに拍車をかけていた。

 

 何せ、「普段は普通の隊員の振りをしながら力を示しつつ、いざとなれば隠していた力で無双する」という展開は、厨二病(かれら)の性癖を撃ち抜くには充分な威力を秘めていたからだ。

 

 元より、強者には(おもね)る性質の彼等である。

 

 自分達の趣味(このみ)に合致していた事も相俟って驚く程協力的になり、声が大きい彼等が殊更に主張した事によって他のC級の心理を後押しする大きな要因となったのだ。

 

 図らずも自らのこれまでの行動によって説得の手間が大きく省けた事を、修は知らない。

 

 しかし、知らずともその状況を躊躇いなく利用するのが修という人間である。

 

 理由は分からずとも、都合が良ければ目的の為に利用する。

 

 その程度の事は、彼にとっては朝飯前なのだから。

 

『良いだろう。説明も済ませているというのなら、こちらに否はない。隊員、空閑遊真の主戦場への合流を許可する。但し、C級の安全を第一とし、場合によっては撤退も視野に入れるように』

「了解しました。ありがとうございます」

 

 

 

 

「という感じで、許可を貰えたのでこうして彼等と共にやって来ました。直に他の戦力もやって来る予定なので、それまで空閑に防衛を担当して貰います」

「そういう事だったのね。成る程、納得したわ」

 

 修の説明に、照屋は納得を示した。

 

 敵がいつワープで戦力を送り込んで来るか分からない、という修の主張はたった今それをやられたばかりの照屋にとってこの上なく理解出来る代物であったからだ。

 

 彼の懸念通り、敵は転移を用いて大量の戦力を送り込んで来た。

 

 遊真が強いのは見れば分かるが、それでも一人だけではやれる事に限度はある筈だ。

 

 だからこそ、他の戦力との合流を求めるというのは理解出来る。

 

 懸念点は現在この場所が最も危険な地帯である、という事実であるが、彼程の力があるのなら他の戦力の到着まで守り切るのもそう非現実的なワケではない。

 

 それに何よりも、キューブ化してしまった柿崎の死守が至上命題である今の照屋にとって、遊真の参戦はこの上なくありがたかった。

 

 多少の違和感や懸念点は、その目的達成の為に目を瞑る事にした照屋である。

 

 聡明な彼女は修の説明の穴にも何処かで気が付いている節があったが、柿崎の死守の為に無意識にそこから目を逸らす事にしたワケだ。

 

 他者を見捨てられるような精神性をしていない善性の人間である照屋ではあるが、ある程度納得を示せる理屈があれば自分の利益を鑑みてそれに乗っかる程度の要領の良さはあったのである。

 

 自分の為であればそこまで割り切りはしなかっただろうが、事は彼女が敬愛する柿崎の身の安全に直結する。

 

 故に、最後の一線さえ守られていれば今の彼女は何でもやるだろう。

 

 恋する乙女とは、そういうものだからだ。

 

「…………! 三雲くん、話は此処までよ。新型が、動いたわ」

 

 照屋はそこで、ラービット達が様子見を止めて動き出したのを目撃した。

 

 突然現れた遊真に最初は警戒していた様子だったが、彼を排除しない限り目的を達成出来ない事に変わりはない。

 

 プログラムに従う機械兵達は、その障害となる遊真の排除の為に動き始めたのだ。

 

「大丈夫です。空閑、頼んだ」

「おう、任せろ」

 

 己の信望する隊長の命を受け、遊真は意気揚々と戦闘に臨む。

 

 小柄な身体が沈み込み、跳躍する。

 

 遊真は気力に満ち溢れた眼光と共に、ラービットの群れにに踊りかかった。

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