「本当に行ってしまうのか?もう少しゆっくりしていけば良いのに」
<無限の水差し>に水を補充していると、ニワトリ頭の友人から声がかかった。
気がつけばここに来てからもう五日が経とうとしていた。殺風景な天幕も、寝心地の悪い藁のベッドも今となっては名残惜しく感じる程に馴染んでしまった。
ビーストマン達との日々は自分の思っている以上に心地良く、楽しいものだったのだろう。
ガラウムとアムドールを除く言葉の拙い者達との交流も、保育園の先生になった様な気分で意外にも楽しめた。とはいえ数日だけという限定的な期間故の楽しみと言えるが…。とてもじゃないがあれを軍として率いる気にはなれない。
アムドールに最高技長の座を任命されそうになったが、二つ返事で断った。そんなものになって彼らの世話係になれば2時間で発狂する自信がある。
イリスは落ち込むアムドールの姿を思い出しながら肩越しに返事をした。
「ゆっくりって君たち戦争中なの忘れてない?もう十分ゆっくりさせてもらったよー。寧ろゆっくりしすぎたくらい」
「そうか…。ゆっくりとは言わず供に戦ってくれても良いのだぞ!!お前は愉快だ!いなくなると寂しい」
引き絞った声が大きくなり、尻すぼみに小さくなった。振り向くと、ガラウムが肩を落として悲しい眼をしていた。
そんな彼の姿が少しおかしく、また寂しいと言って貰えたことが嬉しくて思わず笑ってしまう。
「なぜ笑うのだ!」
「いや、ごめんごめん。てか君に愉快って言われたらお終いなんだけど」
謝罪をして尚クツクツと笑うイリスに、ガラウムは憤慨と困惑の混ざった眼差しを向ける。
ころころと表情の変わるニワトリの顔はやっぱり可愛いし面白い。
彼らの言葉や心はひたすら真っ直ぐで、考えたことは全て顔にでてしまうのだろう。そんな彼らを愛おしく思うし、一緒にいたいとも思ってしまう。
だが、それはできない。ここはイリスの居場所では無いのだ。
早くラガーマン達と合流しなければならないし、それにイリスには確かめなければならない事があった。
それは自分の感情_人間に対する気持ちのことだ。
人を傷つけても全く動くことの無かった氷の様に冷たい心。この気持ちは不変のものなのか、それとも人と関わることで変わっていくものなのか。
これは実際に人間の国に住んでみなければ分からない。でも、もしそれで気持ちが変わらないようならその時は…。
「それに君たちと違って人間の肉に興味ないしねぇ」
「なっ…なんだと!??」
ポツリと呟いた一言にガラウムの顔が驚愕で歪む。口と眼を裂けんばかりに開いている。
なんだ。そんなにおかしなことを言っただろうか?
「おっおまっ…おい!!あれほど美味そうに貪っておきながら興味無いのはおかしいだろう!!」
「え?」
「え?ではない!昨日も今日も一昨日も!!お前ほど美味そうに人間を食べる奴は国中探してもそうおらんぞ!?」
「…ん?」
「ん?」
「…あれ、人間だったん?」
「ん?それは…そうだろう?」
「いや、だって骨とか、さ。あんまり…あれ?」
「骨をつけるのは失礼に値するからな。客人に振る舞うのは切身だけだ」
「…まじ?」
「まじ」
口の中に僅かに残った残り香の味を噛み締める。
人間の国に住むの無理かもしれない。
<無限の水差し>から水が溢れ出すのを呆然と眺めながらイリスは心の底からそう思ったのだった。
思いの外旅支度に時間がかかってしまった。朝の内に旅立ちたかったが、陽は既に天高く昇り、荒野に無数に張られた天幕を真上から照らしていた。
食糧を入れ替えてくれとお願いした時のアムドールの悲壮感溢れた顔は暫く忘れられそうにない。
とはいえ流石に人間の国に人肉を引っ提げて行く気にはなれなかった。渋るアムドールを説得するのは骨が折れたが、2時間に渡る問答の末、何とか理解してもらうことができた。
「これが…大雑把だが、あちらの地図だ。あの辺の国の大体の場所は把握できるだろう。あとこれも」
そう言ってアムドールが取り出したのは木彫りのお面だった。此方を睨み殺すかの様な苛烈な瞳と、口元から生える牙、頭の部分には2本の角が生えている。
一目みた瞬間、とある廃人ギルドマスターの顔が思い浮かんだ。
「アムじぃ、これどこで手に入れたの!?」
「ん?我が同胞に旅好きの者がおってな。そいつが昔人間の国で拾ってきよったのよ」
「それって何処の国!?」
「んー確か南の方の国で儀式に使われとったと言っておったな。もうとっくの昔に滅んでしもうたらしいがな。なんだ。何か知っておるのか?」
お面にやたら食いつきの良いイリスを不思議に思ったのか、アムドールが訝しげに問うてきた。
既に滅んだ国…ならばドラモンを模した面という線はなくなる。だがこれは明らかに鬼の面である。
南の方にいけば鬼のいる国もあるのだろうか?アムドールの話にはそんな種族出てこなかったが…。
「アムじぃ鬼って知ってる?」
「知らん」
「そか」
「それが…鬼なのか?まあ何でも良いが人間の国に行くのならそれを被っておけ。イリスの眼は目立つ。角は…カバンに入れてやったマントのフードで隠すのだな。」
これを被れというのか。マントを羽織ってこんな面をつけていたらどう見ても変質者なのだが。
まあ折角の好意だし、ありがたく受け取らせてもらおう。そう思い、イリスはアムドールから地図と鬼のお面を受け取り、カバンに押し込んだ。
アイテムボックスに入れても良いのだが、それだと旅立ち感が台無しなので雰囲気重視の方向でいくことにした。
「何から何までありがとね、アムじぃ」
「何を言うか。イリスがあの悪魔を壊してくれなかったら私たちはここで終わりだったかもしれんのだ。まだまだ恩を返せたとは思っておらんぞ」
「そう?じゃあ今度会うことあったらまたご馳走して貰おっかなー。」
「ふん、今度会う時は竜王国の玉座の間だな。とびきりの馳走を用意すると約束するとも」
「お、言うねぇ。約束だかんねー」
言いながらお互いの拳を突き合わせ、笑う。何の根拠もない最早願望に近い約束だが、彼らとの約束はこれくらいが丁度良いのだ。
さてと…と気持ちを切り替え、イリスは目的地の方角を向く。目指すはここから北西、竜王国とスレイン法国とやらを別つ巨大な湖を越えた先にあるらしい人間の国_リ・エスティーゼ王国だ。
何故そこに決めたかと言えばそれは完全に消去法である。喧嘩ふっかけてしまった竜王国は論外、スレイン法国は人間種以外の迫害が酷く、見つかればヤバいとアムドールが言っていたので除外。
となれば残るはバハルス帝国かリ・エスティーゼ王国になるのだが…聞けばバハルス帝国に行くにはアンデッドの跋扈するカッツェ平野なるものを突破しなければならないらしい。恐らく飛んで行けば問題は無いのだろうが、わざわざアンデッドを見ることもないだろうとここも却下した。
そしてリ・エスティーゼ王国。なんと清涼感溢れる名前だろうか。きっと天空都市以上の美しい街並みをしているに違いない。王国とついているのだから、生のお城を見ることだってできるかもしれない。純白の城壁から伸びる青い尖塔、小さな小窓から覗くのは煌びやかなドレスに身を包んだ可憐なお姫様。
夜には花火が打ち上がり、城下町は毎日お祭り気分…なんてことは流石にないだろうが、煉瓦造りの街に溢れる国民の笑顔が容易に想像できてしまう…そんな国な気がする。
都合の良い妄想に耽っている内にニヤついてしまっていたようだ。ガラウムとアムドールが怪訝な眼でこっちを見ていることに気づいたイリスは咳払いを一つすると、スキルを発動させた。
≪トランスソウル/赤の王ギュラ≫
「おお…」
変身したイリスの姿にアムドールが感嘆の声を上げた。ガラウムはこの姿に覚えがあったのだろう、驚く
こともなく寧ろ懐旧の念を抱いた表情をしている。
「その姿!お前と初めて会った時のことを思い出すな」
「あー…懐かしいね。ってまだ五日しか経ってないけどさ」
「どうだ?せっかくだし…あの時の様にもう一発やっていかないか?」
そう言って黒くテカった胸をさらけ出すガラウム。
何がせっかくなのだろうか。馬鹿な同胞をなんとかしろとアムドールの方を見るが、叱責するどころかしょうがない奴だと肩を竦めるだけだった。
初日はあれだけ喧嘩してたくせに…互いの弱みを見せ合ったことで絆が深まったとでもいうのか。正直気持ち悪いからそういうの勘弁してほしいのだが。
イリスはため息混じりにガラウムの張りの良い胸筋を軽く小突くと、ウッと呻いたニワトリ頭をジトりと睨み上げた。
「ガラウムさー…私だから大丈夫だけど、もう他の奴にそういう冗談言っちゃ駄目だからね?マジでいつか死ぬよ?」
イリスの苛烈な眼に怯んだのか、ガラウムはたたらを踏んだように数歩下がった。
「あ、当たり前だろう!わ、私も誰しもかれしもにこう言うことをする訳ではないっ!」
「嘘つけ」
嬉々としてバルカンに立ち向かおうとしていたことをもう忘れているのかこの鳥頭は。
後10本程釘を刺しとかないと本当に死にかねんなと呆れてしまう。まあそれもすぐ忘れてしまうのだろうが。
「嘘では無い!お、お前には言いやすいだけだ。自分より強い存在にこれ程気安く冗談を言えることなどそう多くはないからな」
「なんだそれ。てか君ら私のこと結構舐めてるよね。初対面なのに齧ろうとするし…おいそこのワニっ!ちゃんとこっち見ろ!」
「すまんすまん。だが…確かにガラウムの言う通りだな。あれだ。イリスには強者特有のオーラというものが感じられんのだ。その辺の小娘というか…なあ?」
「それだ!強きものはそれだけで他者を威圧するオーラがある!だがイリスにはない!!故に我々も下に見てしまうのだ!」
「下に見るとか言わない。あー…所謂カリスマが無いってか?やかましいわ!…ん?オーラ?」
失礼なニワトリを一喝し、イリスはふと今の今まですっかり忘れていたスキルの存在を思い出した。
ユグドラシルの特定の種族や職業が持つ、発動するだけで相手のステータスにペナルティを与えたり、自身にバフ効果を齎してくれる強力なスキル。≪オーラ≫
消耗するタイプのスキルでは無く、ユグドラシルでは出しっぱなしにしていたから効果が切れていることに気がつかなかった。
早く気づいていればポセイドン戦もあれほどダメージを負わなくて良かったものを…と己の迂闊さに呆れてしまう。色々なものが記憶から抜け落ちている。後で自分のスキルを入念に思い出す必要があるなとイリスは反省した。
それはさておき、最後に認識を改めてやらねばなるまい。
目の前で人のことを散々オーラが無いとかカリスマがないとか小娘とか底辺とか蟻んことかミジンコとか抜かしてきやがったこの無礼な2人の舐め腐った認識を。 ユグドラシル流の威圧を見せてやらないと。
イリスはニヤリといやらしく笑い、3歩ほどガラウム達から距離を置くと、一度目を伏せて…開く。
≪覇者のオーラI≫
肉眼では捉えられない、しかし空間が歪むほどの波動がビーストマンの軍を駆け抜けた。
言葉は話せなくとも、本能に叩きつけられる衝撃は皆同じだ。オーラを浴びた者はみな武器を投げ出し倒れる様に地面に這いつくばった。1万にも及ぶそれはまるで雪崩の様な有様だった。
この≪覇者のオーラ≫とはワールドチャンピオンの持つオーラ系のスキルで、レベルを上げる毎に最大で5段階強化される。
効果はシンプルで範囲内の相手の攻撃力と防御力を下げ、自身の攻撃、防御力を上昇させるというもの。
受け側は基本的に防ぐことが出来ないので、スキルか魔法によるバフや、ポーションなどでステータスを戻すのが主な対策になる。
レベルⅤにもなれば初手でいきなり相手のステータスを5段階も下げ、自分は5段階上昇する超ぶっ壊れ公式チートスキルである。
此方の世界ではどんな影響があるかわからないので、お試しでレベルIで留めておいたが正解だった。
ビーストマンの軍は総崩れになり、皆砕けたように震える身体をなんとか起こそうと必死になっている。
目の前で直撃した哀れなビーストマンの賢人2人も、玉の様に汗の浮かんだ身体を地面にめり込ませていた。
(ステータスの低下ってこうなるのか…。これ街中じゃ絶対使えないなあ)
最強格のスキルを縛らなければならない現実に辟易する。願わくばこんなスキルを使用しなければならない敵が出てこないことを…。
イリスは≪覇者のオーラ≫を解除すると、地面に転がった2人に駆け寄り、渾身のドヤ顔をかました。
「どーだね2人とも。これが本場のオーラって奴よ」
ガラウムはぜぃぜぃと息を切らし、喘ぐように仰向けに転がってイリスを見上げる。
アムドールの方はまだ地面に突っ伏したままだ。
「お、おみそれしました…ハァハァ」
「お主は…人が…悪い。どうしてそう…力を隠すのだ…」
「それはほら、あれだよアムじぃ。能ある鷹はーって奴!」
「そ…そんな言葉…知らん…」
「そか!それじゃ私行くねー。2人とも色々ありがと!また絶対帰ってくるからそれまで絶対死んじゃダメだからねー」
そう言い2人に背を向ける。目指すはリ・エスティーゼ王国。空は雲一つない真っ青な快晴。それはまるでこの旅立ちを歓迎してくれているようだった。
イリスはスキルを発動させる。
背中に生えた四枚の羽が金切り音を上げて高速で羽ばたき始めた。
「おい、待て…。こんな別れがあってたまるか…ハァ」
「そ、そうだぞ!こ、このような…情けない…」
「じゃあねー!最っ高だったよ!ビーストマーんッ!!」
「あっおいっっ!」
爆発音が響く。渾身の力で起き上がったガラウムの前には既に半竜の少女の姿は無かった。
全身の力が抜けたガラウムはアムドールの横に身体を放り出した。
「なんだったのだろうな。彼女は…」
呆然と空を見上げ、アムドールに問いかける。地面に伏したままだった同胞がゴロリと仰向けに転がった。
「さあな…。だが、一つ断言できることがあるな」
「ん?」
「もう間も無く、この世界に激震が齎されるだろう…ということだ」
物騒なことをいう同胞の表情を伺おうと、ガラウムは顔だけアムドールの方へ向ける。
汗ばんだ肌に張り付く小石の感触が酷く心地悪いが、今は起き上がる気にもなれない。
アムドールはいつになく真剣な目で空を見つめていた。
「激震…とは?」
「あの様な存在が目覚める時というのはな、大抵世界が大きく動く時と…そう決まっておるのだ」
「そういうものなのか?」
アムドールはなにやら確信している様だが、ガラウムとしてはいまいちパッとこない話だ。5日程しか付き合いはないが、イリスのあの性格からして、ただ平凡に自由気ままに生きて行くことも十分考えられるだろうに。
そんなガラウムの感情を読み取ったのか、アムドールは真剣な表現のまま此方を向いた。
「あのオーラを見たであろう。あれは修羅の道を行く者のオーラだ。平穏など…決して有り得はせん」
そう言ったアムドールの手は酷く震えていた。倦怠感こそあれ、身体の震えはとっくに無くなっていたガラウムにとってはその震え方は少し異常に思えた。
「見たことがあるのか?あのオーラを…?」
「ある。もう何十年も昔の話だが…かつて南の国を旅した時にな。思い出したくもない」
「ラクゥを失った時の旅か。お前もしかしてそれで…いや、すまん」
「良い。その通りだ。怖くて彼女を直視することが出来なかった。しかし人間共には同情するぞ。きっと血の雨が降ることになる。良くも悪くも…な」
そう言ってアムドールは空に向き直り、疲れたように目を伏せた。
確かに凄まじいオーラだった。全身に震えが走り、身体に全く力が入らなくなる程の気迫…とでも言うのだろうか。可視化した殺気とも呼べるかもしれない。
あれほどのオーラを纏うのに、いったいどのような経験をしてきたのだろうか。どれだけの屍を積み上げてきたのだろうか。ダメだ。彼女の性格と全く結びつかない。
分からない。が、世の中には知らない方が良いことも沢山ある。そう、ビーストマンに疑問は似合わない。ただ真っ直ぐ突き進めばよいのだ。
肌を焼く様に照りつける太陽の下、ガラウムも同胞にならって目を閉じた。
そしてふと浮かんだ疑問を投げかける。
「アムドール…なんで齧ろうとしたんだ?」
ここにきて初めて同胞がフッと笑った。
「何でって…滅茶苦茶美味そうだったからだよ」
「ハッハッ…やっぱりお前は最高のビーストマンだな」
2人のビーストマンの乾いた静かな笑いが、荒野に響いた。
それほど大きくはないが豪華な部屋の玉座に腰掛けた少女が、鼻歌混じりに軍事報告の書類を眺めていた。
本来ならばそれは宰相などがする仕事であり、彼女の仕事はそれらの情報が要約されたものを聞き、今後の方針を決定する程度のことなのだが、最近の彼女はすこぶる機嫌が良かった。そしてその機嫌は報告書の数字を見るたびに急上昇していくのだった。
「随分とご機嫌のようですね。陛下」
陛下と呼ばれた少女_竜王国の王女ドラウディロン・オーリウクルスは鼻歌を止めることなく報告書の上から下まで舐める様に目を通すと、その内容に満足したのかくるくると書類を丸め、声の主である宰相の方へポンと投げた。
「これが機嫌良くならんわけがないだろう?全くとんでもない兵器を寄越してくれたものだな、法国も」
「全くでございます陛下。あれを借り受けてからと言うもの、南側からのビーストマンの進行は完全に止まったと言っても過言ではありませんからね。」
乱暴に放られた書類を慣れた手つきでキャッチし、流れるように手元に纏めながら宰相はうんうんと同意の言葉を示した。
「それも兵力を全く失わずに、だ。そっちに割くはずだった軍事費も丸々浮くのだろ?クックックこれが笑わずにおれるか?なあ?」
「今年は陽光聖典の救援も必要なさそうですね、陛下」
「いや、それは受けられるなら受けとこう。例年少なくない金を寄進しているんだ。それくらいはして貰ってもいいだろうよ」
彼女の治める国『竜王国』は今、国家存亡の危機に瀕していた。それは言わずもがな、隣国のビーストマンの侵攻によるものである。
その侵攻を食い止める為の軍事費は馬鹿にならず、苦労して育てた兵も呆気なく戦死してしまい、次を育てるのにまた莫大な金がかかると言う悪循環。
そうなると他国に救援を求めるしかなくなるのだが、このご時世いくら人類の為とはいえそうホイホイと増援を送ってくれる余裕のある国など無い。結局あれこれと交渉している内にどんどん後手に回ることになり、既に2つの都市が落とされていた。
人類の守り手であるスレイン法国にも多額の寄付を行い、既に国費は火の車状態である。
そんな中、スレイン法国から届いた救援…それはいつもの屈強な兵ではなく、強力な兵器だった。
それは訓練していない兵士でも簡単に扱うことができ、その威力はまさに一機当千。魔神の如き働きで、ビーストマンの群れを殲滅してみせたのだ。
あくまでも内密且つ借り受けるだけという条件付きだが、それでも十分すぎる働きをしてくれた。
矢や剣のように消耗することなく、砦に設置するだけで無敵の要塞に変貌させてしまう兵器。
正直もっと早く貸して欲しかったと思ってしまうが、それは我儘というものだろう。それにこれを借りるのに宰相達がどれほどの苦労をしたことだろうか。
あの法国を半ば脅すような形で交渉を強行したと聞く。
「しかし…今回は本当にお手柄だったな」
「勿体ないお言葉です陛下。」
「欲を言えばもう一機程借りたいところだが…もうないのか?」
彼女にいじらしい眼で見つめられた宰相は、一瞬怯んだように顔を綻ばせるが、直ぐに引き締まった表情を取り戻すと、鉄壁の拒絶の姿勢を見せた。
「無理ですね。二…いや一機借りられただけでも奇跡ですから。あれは。」
「まあ…そうか。仕方ない。南側のを一機こっちに回せば良いか。」
「そうですね。あれほどの殲滅力があるのなら一機でも十分…」
「陛下ー!!!!」
怒鳴り声と共に扉が数度乱暴に叩かれた。本来ならその無礼を叱責するところだが、その尋常でない慌て様にただならぬ気配を感じ、すぐに入るよう命じた。
押し出すように扉が開き、額に大量の汗を浮かべた細身の男が飛び込んで来た。
白を基調としたシュッとした服を身につけた男…この国の諜報部門に属する者だ。
先程ドラウディロンが読み込んでいた報告書も、彼らによる情報が大半を占めている。
そんな彼がなぜ脂汗を浮かべながら部屋に飛び込んできたのか。
「騒々しいな。一体何があったのだ?」
「ハッ、しっ至急陛下に伝えなければならないことが…」
「何だ。申してみよ」
彼の慌てように非常に嫌な予感がするが、今日の彼女は些か以上に心に余裕がある。並大抵の惨事は笑顔で受け止められる自信があるというものだ。
ドラウディロンは平常心を崩すことなく落ち着いた口調で男の言葉を促した。まさかこの男の報告で丸三日間寝込むハメになるとも知らずに。
「陛下。第三砦より伝令なのですが…その…謎の亜人による未知の魔法により…設置していた防衛兵器バルカンを、に、二機共完全に破壊されてしまったとのことです!」
「…ぇ?」
「もうダメだぁお終いだぁぁ…」
白眼を剥いて仰向けに倒れる宰相。半笑いのまま玉座の上で固まった黒燐の竜王は、その姿勢のまま半日程気絶していたという。