八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

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話の都合により、ケッセンブルトさんにはドラゴンロードになってもらいました。


揺れる世界

 

 

「私は、夢でも見ているのか?」

 

 冒険者組合長プルトン・アインザックは、空っぽになった牢獄を前に、震える声で背後に向かって問いかけた。

 

「だから言ったでしょう組合長。早急に指名手配して奴を捕えるべきだと。あの女は国家的大罪人なのですよ!?あのような凶悪犯を野放しにすれば、国民達は不安にかられ、夜も眠れない日々が続くことになるのです。それに…我々エ・ランテルの警備が杜撰だと、王都からの信頼を損なうことにもなります」

「ふん、結局はそれが心配なだけなのだろう?残念だが監獄長、お前のつまらん評価など気にしている場合ではないぞ。事態はより一層深刻だ」

「くっっ、元はと言えばあんたが奴を見逃したのが原因でしょうが!!目の前にいながらみすみす逃亡を許すとは…アダマンタイトの名が泣くな、青の薔薇」

「中々面白いことを言うじゃあないか。監獄長様は余程の怖いもの知らずと見えるな。私がお前の所のうつけ者を止めていなければ、今頃全員ここの壁のように(ちり)にされていたかもしれないのだぞ?」

 

 イビルアイの言葉にプルトンはピクリと肩を震わせた。

 

「塵だと!?下らん!そんなもの嘘っぱちだ。ここの壁は元々老朽化していたんだ。それがたまたまこのタイミングで壊れた。それだけの話なんだよ!」

「ほぅ、指を差しただけで煙のように消えてしまうほど朽ちていたのか…それは初耳だな。監獄長、大変だ。早く建て直しをしなければ、その内風に飛ばされて無くなってしまうぞ」

「お前…!!」

「監獄長、それくらいにしてもらいたい。脱獄されて焦っている気持ちは十分理解できるが、とにかく今は事実を整理しなければ…」

 

 振り返ったプルトンの苛烈な視線を受け、監獄長が押し黙る。まだ何か言いたげな顔をしているが、これ以上この男に発言させる意義も、意味も、余裕も無かった。

 

「それで改めてイビルアイ殿に聞きたいのだが、この壁は例の囚人…イリスの魔法によって消滅した、と言う認識で宜しいのかな?」

「ああ、間違いない。この目ではっきりと見たからな。この私ですら知らない魔法だ」

「ああ…何と言うことだ…」

 

 できれば…いや、本気で肯定してほしくなかった。監獄長の言う通り、ただの壁の老朽化だと言ってもらえればどれほど安心できただろうか。

 元冒険者だからこそわかる。未知の魔法というものがどれだけ厄介で、恐ろしいものなのか。

 優勢かと思っていたら、敵の使用したたった一つの魔法で全滅しました…なんて話は掃いて捨てるほど存在する。

 壁を煙のように消してしまう魔法。当然ながら聞いたことがない。

 王国最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるイビルアイですら知らないのだから、全く未知の魔法と考えて間違いないだろう。

 これだけでも相当厄介な話だが、バアルの言っていたことが真実ならば、あの女はレンジャーとしてもかなり優秀なのだとか。

 つまり相当感覚能力に優れているということになる。

 悪夢だ。凶悪犯罪者が強力な未知の魔法と鋭敏な感覚能力を所持しているだなんて。

 

「その魔法も相当やべぇけどよぉ、俺はあいつの身体能力の高さの方が気になるんだよな。多分俺より力強ぇぞあいつ」

「それに素早い。私達よりも速く動ける」

「……は?」

 

 こめかみに手を当てて頭の痛みを和らげていると、とんでもない情報が降りかかってきた。

 訂正、大悪夢だ。どうもあの犯罪者はアダマンタイト級冒険者を越える力と速さも兼ね備えているらしい。

 

「に、人間なのかそれは…」

「恐らく人間ではないだろうな。私は奴が変身するのを見た。漆黒の髪と闇のような羽衣を纏う姿をな」

「変身だと…!?それは初耳だぞイビルアイ殿!」

「すまん、言うタイミングがなくてな。それに、あの姿は何と形容したものか…はぁ」

 

 

 イビルアイは昨夜の光景を思い出し、うっとりとため息をついた。

 衝撃だった。この数100年、揺さぶられることのなかったこの心が、大きく跳ねた瞬間だった。

 全く不謹慎な話だが、美しい物を見て興奮する経験など自分には無縁だと思っていたので、少しの間思い出に浸るくらい許してほしいものだ。

 

「何でちょっとうっとりしているんだこの人」

「ごめんなさい組合長、この子あの夜から少し変なんです。話していてもどこか上の空というか…」

「それは困るな。ハッ…!さては奴に何かされたのでは!?」

「失礼な。私は極めて正常だぞ。すこぶる調子も良い」

「な、なら良いのだが…」

「おいっ!!いつまで無駄話をしているんだ!もう現状の把握はすんだんだろう?なら私はもう行かせてもらうぞ。指名手配の届出をしにいかねばならんのでな」

 

 話に割り込んできた声に、プルトンが煩わしそうにかぶりを振った。話聞いてたのかこいつ、と。

 この男はこの期に及んで全く状況を理解できていない。いや、理解するつもりが無いのだ。

 ただ目の前の仕事を片付けて面倒から目を逸らしたいだけ。きっとこいつの頭の中は今日の昼飯を食うことでいっぱいいっぱいのはずだ。

 

 

「やめておけ。今更捜索したところで見つかるとは思えんし、見つけたとしても奴を捕らえることなど不可能だ。諦めろ」

「はぁ?何を言ってるんだ。あの犯罪者がどれだけ強いのかは知らんが、所詮女1人だ。衛兵10人もいれば釣りが来る。それよりも国外に逃げられてはたまらんからな。早急に__」

「刺激するなと言っているんだ」

「!!」

 

 

 仮面の下から響いた恐ろしい程低く冷たい声に、監獄長は思わず口をつぐむ。

 小さい糞ガキ。それがこのアダマンタイト級冒険者を見た時の第一印象だった。自分よりもずっと小さくて華奢な体。こんな奴でもアダマンタイトになれるものなのかと冒険者の世界の狭さを心の中で(あざけ)った程だ。

 だが…なんだこの威圧感は。口の中が急速に乾き、嫌な汗が滲んでくるこのプレッシャーはなんだ。

 それはぽやぽやした子供がいきなり虎に変わったような変化だった。

 此方が認識を改めたことを理解したのか、イビルアイが少し姿勢を崩すと、押し潰されそうな程の空気がふっと霧散して無くなった。

 

「もう一度言うぞ。あの女はもう放っておけ。よく知らんが…元々アングリードと縁が太いわけでも無いのだろ?取り調べじゃあ騙されただけだと言っていたらしいじゃないか。もう無罪だ無罪。本部にもそうやって伝えておけ。都市長にはこっちで話をつけておいてやる」

「そ、そんな無茶苦茶な話があるか!じゃあ…か、壁!壁だ!この壁はどうやって説明すれば良い!?これは言い逃れできないぞ!」

「?老朽化してたんだろ?自分でそう言っていたじゃないか。さっさと建て直しすることをお勧めするぞ。他の囚人達に逃げられんうちにな」

「うっ…おかしい。こんなの絶対におかしいぞ…!冒険者ってのはこんなやり方を平気でするのか…!?正義はどこにあるっていうんだ」

「監獄長さんよぉ」

 

 ずいっと前に出てきた大柄なおと…女。鍛え上げられた肉体から発せられるエネルギーに気圧され、体が勝手に後退りしてしまう。

 

「うちのちびさんは口下手だから伝わってねぇかもしれねえけどよ、これでもあんたらのことを心配して言ってくれてんだぜ?」

「…心配?」

「ああ。今回は運が良かったから全員無事ですんだけどよ、次怒らせたら…殺されるだけじゃ済まんかもしれんぜ?そうだろ、イビルアイ」

 

 ぐるっと周囲を見渡して、ガガーランが言った。

 

「そうだな。下手をすればこの国が滅ぶだろうな」

「なっっ!!」

「!!!!」

 

 

 これにはプルトンも絶句である。人類最高峰の実力を持つ彼女達が、国の滅亡を案ずる程あの囚人の存在を重く受け止めていることを知って。

 

「言ってもどうせ信じんだろうが…はっきり言って奴の力は八欲王クラスだ。人間にどうこうできる存在ではない。天災にでも遭ったと思って諦めろ」

「八欲王…ふふふっ気でも触れたか?子供の絵本の話じゃないか。馬鹿にしてる。あなたも何か言ってくださいよ組合ちょ…」

 

 

 失笑しつつ横を見て、またも監獄長は口をつぐむ。プルトンの顔がまるでアンデッドのように血の気が失せていたからだ。しきりに唇を触り、その目は焦点が定まっていなかった。

 まさか…こんな荒唐無稽な話を本気で信じているというのか。

 

(壁を消して逃げただけだぞ…?こいつらは一体何をそんなに怖れていると言うんだ?)

 

 一笑に付してやりたいところだが、決して馬鹿にしてはいけない空気がそこにはあった。

 皆黙りこくって剣呑な顔をしている。

 本当…なのだろうか。本当にこの国を滅ぼすような化け物が、自分の管轄する牢獄に囚われていたというのか。

 もし仮に、万が一これが真実だとして、彼女の言う通りこのまま揉み消すのは果たして正解なのだろうか。寧ろ国を挙げて討伐に乗り出すべきべはないのか。

 簡単に天災と言ってのけるが、人間と同じ様な感情を持った相手にその理屈は通用しないのではないか。

 このまま一生その化け物の影に怯え、機嫌を伺いながら生きていけというのか。それならばいっそ__

 

 パンっと乾いた音が鳴った。音のした方を見ると、イビルアイが両の手を打ち合わせていた。

 

「ま、こんな風に脅かしたままでは不安だろうからな。一つ明るい話をしてやろう。実は奴と戦える存在には心当たりがあるんだ」

「そっっ、それは本当か!!本当なのか!イビルアイ殿ぉ!!」

 

 一縷の希望に縋り付くように、プルトンが叫んだ。最早這いつくばりそうな勢いだ。

 監獄長も気づかれないようにホッと息を吐き出す。この女も人が悪い。そんな人物がいるなら先に言っておくべきだろうに。

 

「それで、そのひ…お方は今どこに!?」

「分からん。私は直接やりとりしていないのでな。だが彼とのパイプ役になってくれる人物となら連絡がつくはずだ」

「おお…何と言う幸運!すぐに、すぐにでも連絡を取ってくれ!!」

「イビルアイ、もしかしてそれって…」

「んんっ!まあそう言うわけだ。私たちも影で動く。だからくれぐれも余計なことをして奴を刺激するような真似だけはしてくれるなよ?分かったか監獄長」

「あ、ああ理解した。私も死にたくはないからな。上には証拠不十分の無罪放免だと伝えておくとも」

 

 イビルアイが監獄長の返事に軽く頷いて返す。

 

「しかし、八欲王に匹敵するもの同士の戦いとは…私には想像もつかないな。この世界はどうなってしまうのだ」

「まだ戦いになると決まったわけではないぞ?組合長。あくまでそれは最悪の場合の最後の手段だ。私が話をした感覚では…あいつはそれほど悪い奴には見えなかったがな。寧ろ友好的にすら感じたよ。だが…」

 

 牢獄での出来事を思い出す。イビルアイの言葉によって酷く不安定になった彼女の情緒を。つんざくようなあの咆哮を。

 

「…そうだな。祈るしかないだろう。彼女の前にイグノニックに水をかけるような大馬鹿者が現れないことを…な」

 

 聞き慣れた慣用句に、ここにいる一同はこの一瞬だけ心を一つにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さほど狭くはなく、されど大きいとも言えない微妙な大きさの部屋。

 ここはスレイン法国が最重要機密を扱う時に使用する部屋であり、この国で最も外部から遠い場所にある。

 そんな部屋の中に複数の人がいた。

 そのだれもが、綿密な刺繍の施された神官衣を纏っており、皆一様に、大理石でできたテーブルの中央に置かれた水晶玉を、食い入るように見つめていた。

 

「これが、件の亜人の姿か」

「バルカンの弾丸を、全て弾いていると言うのか?どう言う理屈なんだこれは」

「無効化していると見るべきだろうな。ファイヤーボールの魔法も奴の前でかき消されている。にわかには信じ難い話だが…」

「何かしらのマジックアイテムによるものではないか?流石に本人の能力と言う訳ではあるまい」

「どちらにせよ厄介な話じゃな。仔細な強さの程は不明じゃが…少なくともこの亜人はバルカンを破壊できるだけの能力を有しておる。おまけに強力な守りのアイテムまで所持しておるとはの」

 

 水晶の中で神々の至宝(バルカン)が砕ける様を見て、神官達は息を呑んだ。

 

「睨んだだけでこれか。この邪悪な赤い瞳を見ろ。まるで私たちまで睨み殺すようではないか」

「陽光聖典の小僧が破 滅 の 竜 王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活説を唱えていたが…これはひょっとするかもしれんのぉ」

「文献によれば、あれはトブの大森林に封じられておるのではないのか?なぜ竜王国の領土に?」

「復活場所などあてにはならんよ。奴には翼があるんだからな。私は竜王の復活説を推させてもらう」

「まぁ…破 滅 の 竜 王(カタストロフ・ドラゴンロード)に匹敵する脅威であることは間違いないか」

 

 皆が唸る。人類の未来に大きな影が落ちたことを悟って。

 バルカンのような大量殺戮兵器が使用できないとなれば、今までと同じように単純な物量戦でビーストマンに対処しなければならなくなる。数なら此方に分があるとはいえ、個の力量では圧倒的にビーストマンに軍配が上がるのだ。

 地の利や魔法を活かせばその差は多少埋められるだろうが、本格的な侵攻が始まれば時間稼ぎにしかならないだろう。

 そうならないためにもこれ以上の砦の陥落は何としても防がなければならないが…

 

「対策を練らねばならんな。漆黒聖典をあてるのは当然として…不気味なのは奴が姿を消したことだな。各砦からの報告ではあれから一切出現していないらしい」

「それはおかしい。ビーストマンに(くみ)しているのなら出現するタイミングなどいつでもあった筈だ。現に奴らの侵攻は第二砦で完全に停止している」

「やはり兵器で釣るしかないっちゅーことかのぉ」

「奴の目的が強力な兵器の破壊のみであれば…ですがね。仮に誘導できた場合はどうします?()()の使用を許可しますか?」

 

 この中では若輩の男にそう問われ、老人は伸びた髭を撫でながら眼を光らせた。

 

「ケイ・セケ・コゥクか。確かにこの亜人を支配下におければ…一気に光明が差すというものじゃが…もしバルカンと同じように破壊されるようなことがあれば、わしは完全に心が折れるぞ」

「漆黒聖典で討滅できればそれで良いのだがな。奴を使役できるのは魅力的だが、至宝の破壊は流石にリスクが高すぎる」

「まあ…そこの判断は()に任せようじゃないか。実際に相対するのは彼らなんだしな」

「…そうだな、我々が悩んでも仕方のないことか。ではひとまずは当初の予定通り各聖典への情報共有、その後竜王国との連携を含めた作戦立案と言うことで宜しいかな」

「「了解した」」

 

 議論がひと段落し、皆が少しだけ姿勢を崩す。

 と、ゴキゴキと首を鳴らした老人が、思い出したように言葉を発した。

 

「そういえばランポッサⅢ世の懐刀の件はどうなったのかの。わしからすればそっちの方が重要じゃわい」

「…ガゼフ・ストロノーフのことですか?」

「そうじゃ、そうじゃ。作戦の草案は聞いておったが…陽光聖典を展開でき且つ、我々と気取られることなくあの男を誘導できるような場所など、なかなか見つからんのではないかと思ってのぉ」

「それについては丁度良い村を見つけました。少し僻地ではございますが…王都からの距離も程よく、帝国からの干渉があっても不自然ではない位置で…さらには背後に大森林があるので、秘密裏に行動するのにもうってつけの場所です」

 

 思わぬ朗報に、老人が目をかっぴろげて声を荒げた。

 

「ほほう!そんなにもよい立地があったのか。ふぇふぇふぇ、つくづく天に味方されん男よの。して、その村の名は?…どうせ皆殺しにするんじゃろ?人類の為の尊い犠牲じゃ。名ぐらい聞いておかねば可哀想じゃろうが」

「は、はぁ…えー…とたしか」

 

 そんなこと聞いて何になるんだと言わんばかりに、男は気怠そうに報告書をパラパラとめくって該当の箇所に目を走らせた。

 

「ああ、あったあった。えー…と」

 

 

「カルネ村、という名前らしいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な、そう、人間からすればあまりにも広い大聖堂のような場所。そしてそこに置かれた巨大な椅子に鎮座する、巨大な生き物が四体。

 その中でも一際豪奢で大きな椅子の上に立つ、その椅子に対してあまりにも小さな騎士が一人。

 美しい白金の輝きを纏ったその騎士は、各椅子に座った巨大な存在達に向かって静かに言った。

 

「ここに全員集まるだなんて何年振りだろうね。皆元気そうで良かったよ。これが緊急招集でなければもっと喜べたんどけどね」

「ふんっ。肝心のお主は来ておらんではないか。伽藍堂の騎士様よ。そんなにもお主の腰は重いのか?」

「…そこを突くのは勘弁しておくれよケッセンブルト。私にも大切な使命があるんだから」

 

 ケッセンブルトと呼ばれた大きな黒き存在(ドラゴン)_オブシディアン・ドラゴンロード_ケッセンブルト=ユークリーリリスは長い首をもたげ、大きく深いため息をついた。

 

「この世界の守護者…か。大層な使命だな白金の坊や。しかし、ドラゴンというものはもっと自由であるべきだろう。何故自ら鳥籠の中に籠るような真似をする?いっそその枷を解いて大空へと羽ばたいたらどうだ?なにもお主が背負わねばならん荷でもあるまい」

「そういうわけにもいかないよ。()()力は私たちが招いた過ちでもあるんだ。だからその力の象徴であるあの武器を監視することは、私にとっての一つのけじめの付け方なんだよ」

 

 騎士の言葉にケッセンブルトの眉根の皺がより深くなり、唸るように口を開いた。

 

「わからんな。そんな物は他の者に任せておけば良かろう。気に入らんのだ、我輩は。お主程の存在がその力を縛られていることに。お主はこの世界最強の竜王なのだぞ。そのお主がつまらん武器のお守りなど…ドラゴンという存在に泥を塗る愚行ではないか」

 

 己の使命に対するあんまりな言われように、騎士はやれやれとかぶりを振ると、ケッセンブルトに向き直り、本格的に討論をする姿勢を見せて__

 

「まあまあ説教はそれくらいにしてよ爺様。二人とも緊急招集だってこと忘れてないかい?オムナードセンスが困ってしまっているじゃないか」

 

 横から割って入ってきたのは、目が覚めるような鮮やかな青色の体をしたドラゴン。

 青 空 の 竜 王(ブルースカイ・ドラゴンロード)_スヴェリアー=マイロンシルクである。

 

「我は困っていない」

 

 表情筋が死に絶えたような真顔でボソリと呟いたのは、ダイヤモンド・ドラゴンロード_オムナードセンス=イクルブルス 。

 今回の緊急招集をかけた張本人だ。

 

「スヴェリアー、私は別に忘れている訳ではないよ。…自分でも毎回この姿で議会に出席するのは悪いと思っているんだよ。だからその理由だけでも理解してもらわないとお互いに気持ちが悪いだろう?」

「何言ったって爺様が納得できる理由を用意できるとは思えないけどね」

 

 ブレスと見紛う程のため息を鼻から吐き出している黒竜を、スヴェリアーは横目で眺めながら言う。

 

「じゃあこうしよう!次の議会はちゃんと本体で出席すること!武器のお守りはその騎士にして貰えばいい。それでいいかい爺様」

「ふんっ勝手にせい」

「え…困るなあ。そんな勝手に決められちゃあ」

「僕もいい加減君と直接会いたいんだよツアー。約束しておくれよ」

 

 ツアーと呼ばれた白金の鎧の騎士。

 世界最強の竜王である白 金 の 竜 王(プラチナム・ドラゴンロード)_ツァインドルクス=ヴァイシオンは友人の真っ直ぐな瞳を受け、お手上げとばかりに天を仰いだ。

 

「しょうがないなあ。次だけだからね」

「…ありがとう、それで十分だよツアー。約束だ。さ、オムナードセンスが焦れてしまう前にさっさと議会を始めてしまおう。オムナードセンス、今回招集をかけたのは君だ。何があったのか説明してくれるかい?」

 

 我は焦れてない。と呟いた後に、オムナードセンスは凝り固まった首を、慣らすようにゆっくりと持ち上げた。

 

 

「セラドケィラとの連絡が途絶えた」

 

「「「!!!」」」

 

 無表情な口から発せられたその言葉に、その場にいた全ての者達の縦に割れた瞳孔が、大きく見開かれた。

 大陸中央部で覇を競う六大国。その中でも最も頂点に近い存在であると言えるセラドケィラ王国の事案となれば、かの国の影響力を知っている者からすれば決して無視できるものではない。

 連絡が途絶えた、というがそれは一体どの程度なのか。その程度によっては…世界を巻き込む戦争にすらなりかねないのだ。

 皆が感じた疑問をツアーは言葉にする。

 

「連絡が途絶えたとはどう言う意味だい?まさか文通が返ってこないだけってことはないんだろう?」

 

 打てば響くように、相変わらずの鉄面皮でオムナードセンスは答えた。

 

「そのままの意味だ。一月程前から唐突に連絡が途絶えた。彼の国に送った使者は誰一人帰ってきておらず、他国から派遣された使者も、行商人も、貿易船すらも消息を絶った。これは完全な異常事態だ」

 

「フ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ」

 

 突如大声で笑い出した黒竜を、オムナードセンスを除く皆が怪訝な表情で睨んだ。

 

「とうとう乱心したかあの引き篭もりのヘビめ!!我輩は奴ならいつかやると思っておったぞ!!ハ ハ ハ!!世界の均衡は崩れた!大戦(おおいくさ)の始まりだぞこれは」

「そう考えるのは早計だよケッセンブルト。第一あの豊かな国が戦争を起こす理由がないじゃないか。それもこんな周辺国家全てを敵に回すようなやり方でね」

「わかっとらんな白金の坊やは。我輩は乱心と言ったのだぞ?いかに栄華を極めた国の王であろうとも、一ヶ所に留まってその身を縛れば、いつ気が触れてもおかしくあるまいて」

 

 暗にツアーのことを揶揄するような言い方に、少しだけムッとなるが、事態が事態なだけに怒りを飲み込んで、ツアーは冷静に言葉を紡いだ。

 

「本当に気が狂ったのなら、なりふり構わず攻撃してくると思わないかい?生還者が一人もいないと言うのも妙だ。私は別の可能性の方がずっと高いと思うけどね」

「別の可能性?」

 

 スヴェリアーが小首を傾げて問うてくる。が、その瞳には既に確信ともいえる強い光が宿っていた。

 

「唐突に現れて、唐突に国を滅ぼす。そんな存在なんて一つしかないじゃないか。そのあまりにも過ぎた力は、いつだって必ず…世界に混沌と破壊を齎してきた」

 

 

「ぷれいやーだよ」

 

 

 静かな…だが苛烈な怒りを讃えた声に、重たい空気が(とばり)となって大聖堂を包み込んだ。

 

 竜 王(ドラゴンロード)の歴史上最大にして最悪の過ち。バランスブレイカー。竜帝の汚物などと言う蔑称でも呼ばれている凶悪な存在、ぷれいやー。

 それはこの世界に100年周期で現れる神の如き力を持った化け物共の総称である。個体によって性格に多少の差異があるため、完全に悪と言い切ることはできないが、基本的にはこの世界にとって災いであると見て間違いは無い。

 何故なら彼らはその存在自体が酷く不安定であり、少しの心の乱れで国を救う救世主にも、世界を滅ぼす破滅の魔王にもなりうるのだ。そしてその力は風見鶏(かざみどり)のように、いとも容易く向かう矛先を変える。

 つまり彼らがこの世界に現界している限り、世界にとっての安寧など存在せず、いつ降りかかるかわからない災厄の影に怯え、彼らのどこにあるのかもわからない逆鱗に触れないように、細々と綱渡りのような日々を送るハメになるのだ。

 そんなものが果たして平和と呼べるだろうか。生きているといえるだろうか。否。そんな生き方は絶対に間違っている。少なくともツアーはそう考える。

 だから殺す。見方によっては彼らも被害者と呼べるのかも知れないが、だからといってその存在を看過するには、あの力は危険すぎるのだ。

 だから殺す。世界を守るために。

 この世界にお前達の居場所はない。必ず見つけ出して抹殺してやる。殺す…殺す殺す殺す殺す殺す。

 

「ツアー!大丈夫かい!?どっかいっちゃってるよ!!」

 

 友の声にハッと我に帰る。見渡すとオムナードセンスを除く皆が、怯えた顔でツアーを見ていた。どうやら無意識に殺気を振り撒いていたらしい。

 騎士の姿で良かったと思う。本体だったらとても醜い顔になっていただろうから。

 

「すまない。少し考えごとをしていたよ」

「物思いに耽るのも良いが…その殺気はいただけんな。セラドケィラの前にこの国が滅ぶところだわ」

「気をつけるよケッセンブルト。ぷれいやーのこととなるとどうも感情の制御が難しくてね…」

「だから言ったであろう。お主は背負いすぎなのだ。力というのは表裏一体。肝に銘じておけ、白金の坊や。世界を守ろうとするお主の意志が一度(ひとたび)暴走すれば、それはこの世界を破滅に導く力にもなりうるのだとな」

 

 この老竜はいつも耳に痛いことを言う。

 ぷれいやーと遜色ないほどの強さを持つツアーもまた、過ぎた力に翻弄されている一人だと、そう言いたいのだろう。そしてツアーの周りにいる者たちも、その強大な力に畏怖し、ツアーの一挙手一投足にその日の命運を預けるしかないか弱き存在なのだと…。

 だがツアーは思う。自分はぷれいやー達とは決定的に違う、と。

 ぷれいやー自身から聞いたことがある。彼らの強さはある日突然与えられたものなのだと。それは無垢な子供に強力な兵器が与えられたようなものなのだと。

 故に彼らはその力に困惑し、溺れ、歩むべき道を見失ってしまうのだと。

 自分は違う。この力は全て一から培ってきたものだ。数百年の時をかけてじっくりと練り上げてきたものだ。

 故にそう易々と溺れたりなんかしない。自分に出来ること、出来ないこと。やるべき使命も踏み外してはならない道もしっかりと理解しているつもりだ。

 力を持つ者の責任。それについてだってここにいる誰よりも、この世界の誰よりも苦悩し、理解している自負がある。

 この力を呪ったことだってあった。自分と同じように強くならない者たちを蔑み、時には羨んだこともあった。でももうその段階はとっくに過ぎたのだ。

 己の運命は既に受け入れている。進むべき覚悟もできている。

 そう、この世界を守れるのは自分しかいないのだ。

 

「これが100年の揺り返しなのだとしたら…ツアーの怒りももっともだけどね」

「我もぷれいやーの仕業だと考える。まだ情報が少なすぎる為に正確なことは言えないが、使者や商人達の経緯(いきさつ)を見るに、セラドケィラは一晩で滅ぼされた可能性が極めて高い」

「げっっ!!」

「あの女神の都を一晩で、か。あの蛇の王はそこそこ強かったと思うが…いやはや今回の揺り返しは些か強烈だな」

「間違いないね。敵は恐らく…八欲王クラスだ」

 

 ツアーの言葉に、スヴェリアーがギョッとした表情でケッセンブルトを見る。ケッセンブルトはその視線を受けてやれやれと大きなため息を吐いた。

 そのやりとりにツアーは首を傾げる。なんだ。自分は何か間違ったことを言っただろうか、と。

 

「軽々しく八欲王クラスだのと…若いもんはこれだからいかんな」

「何がだい?あのセラドケィラを一晩で陥落させるなんて、ギルド単位で転移してきたぷれいやーと判断して間違いないと思うけど…?」

「ははぁ、ギルド単位、ね。それは別に否定はせん。だが…」

 

 ケッセンブルトの瞳に苛烈な炎が宿った。

 

「八欲王クラスなどということは決してありえはせんのだよ」

 

 スヴェリアーが諦めたように天を仰ぐ。老竜の蘊蓄(うんちく)魂に火をつけてしまったと悟った嘆きだ。

 ツアーには分からない。八欲王はギルド単位でこの世界にやってきた。

 ギルド単位で…とはぷれいやーの持つ強力な拠点、ギルドホームという魔窟と一緒にぷれいやーが転移してくることを意味する。

 その内部は魔神という名の化け物が犇く凶悪なダンジョンとなっており、一度中に入れば、歴戦の竜 王(ドラゴンロード)であろうとも生きては帰れないと言われている。

 ギルドホームはぷれいやーに破格のアドバンテージを齎し、単体での転移とギルド単位とでは、世界に対する脅威度も雲泥の差なのである。

 そういう意味では八欲王クラスという言い方になんの問題もないはずだ。何が違うというのか。

 

「まああの戦いを経験しておらんお主ら若き竜にはわからんだろうがなぁ。お主…ぷれいやーと(くく)れば全て同じだと思っておらんか?」

「?違うのかい?ぷれいやーはどれも同じくらい脅威のはずだよ。私だってぷれいやーには何度か遭遇しているからね。それくらいわかるさ」

「それをわかっておらんと言っておるのだ、ツアー。我輩はお主の強さをよく知っておる。今のお主であれば、例え三人のぷれいやーを同時に相手取ったとしても勝ちを拾うことができるだろう。しかし…」

 

 ケッセンブルトが苦虫を噛み潰したような顔をする。何か、とてつもなく嫌なことでも思い出したのだろうか。

 

「断言しよう。八欲王…特にその中でも三つの『(あか)』と呼ばれる存在には、例えお主であっても絶対に勝つことはできん。絶対にだ」

「…3つの赫ってあれかな。子供の頃に習った、絶対に近づいてはならず、視界に捉えたなら即座に逃げなきゃいけないっていう」

「その通りだスヴェリアー。『赫殻(せきかく)』『赫華(せっか)』『赫鬼(せっき)』500年前の大戦にて真なる竜王の殆どを殺害したのがこの3つの赫よ」

 

 ツアーもその話なら知っている。強大な力を持つ八欲王の中でも、別格の存在がいると。あの頃はまだ小さかったのでピンときていなかったが、今相対したなら、その強さの違いがハッキリと理解できるのだろうか。

 だが、一つ腑に落ちないことがある。それは__

 

「八欲王、それも3つの赫と呼ばれる存在が強いのはわかったよケッセンブルト。でもそれにだって限界があるはずだ。ぷれいやーは例外を除いて、最も強い状態でこの世界に転移してくるはずだろう?そこから魂を削られて弱くなりはしても、強くなることはないはずだ。これは八欲王にも当てはまる法則だと思うけど?」

「それは、そうだな。八欲王とて例外ではない」

「それなら強さの上限だって他のぷれいやーと大差ないはずだ。彼らには彼らの決められたルールの世界から転移してきているんだからね。ああ、単純に装備品が強力だという線もあるか。そういう話なら理解できるよ」

 

 ぷれいやーの強さはなにも本体の能力だけではない。寧ろ本当に恐ろしいのは彼らの所持している強力な武具、マジックアイテムにあると言っても良いだろう。

 彼らは一振りするだけで大地を焦土に変えてしまうようなアイテムを、どこからともなく取り出して躊躇なく撃ち放ってくる。

 故にぷれいやーと戦う場合は、考える暇も、反撃の隙も、逃げる猶予すら一切与えず持てる力全てを持って、初撃にて瞬殺することが望ましい。

 八欲王の強さの源がその強力な武装にあるというのなら、それはそうなのだろう。現に彼らの残していったアイテムには、ツアーですら背筋が凍るような能力を秘めた物が幾つかあったはずだから。

 勝手に得心の行ったツアーとは裏腹に、ケッセンブルトの表情は依然険しいままであった。

 何か、彼がこの表情をする時は、何か後ろめたい事を隠している時だ。前回この表情を見たのは、国庫の金をちょろまかして懐を温めていたことがバレた時だったか。

 

「また何か隠しているのかい?ケッセンブルト」

「違うのだ、ツアー。違うのだよ。赫の強さとは…そんな目に見えるもので(はか)ることなど到底不可能なのだよ」

「何が言いたいんだい?」

「……この話は墓場まで持っていくつもりだったんだがな。話したところで哀しみが深まるだけだし、お主の牙を鈍らせてしまうような気がしてな。だがいい機会かも知れぬ。新たな揺り返しが訪れたこのタイミングだからこそ、伝えておくべきだろう」

 

 大聖堂の窓が光る。その数秒後に轟く雷鳴。ぱちぱちと窓にぶつかっていた雨音が、徐々に勢いを増して、壮大な騒音(ノイズ)を響かせ始めた頃、ケッセンブルトは重たい口をゆっくりと開いた。

 

「我々竜  王(ドラゴンロード)は何故、敗北し、滅ぶことになったと思う?」

 

 唐突な質問。だがこれについて答えは出ている。ツアーだって幾度となく考え、悔いてきた問題だからだ。

 

「団結力に欠けていたから…だろうね。個の力に依存していた私達には協調性がなさ過ぎた。初めから徒党を組んで一対多数の形をとっていたなら、八欲王にも必ず勝てていたと思うよ」

「フ ハ ハッ。そうだろうな。そう答えるだろうな。お主達は()()()()()()きたんだものな」

「…私の認識が間違っているとでも?」

「ツアーよ。不思議には思わんかったか?ぷれいやーが桁外れの力を持っていることなど、六大神が転移してきた時点で重々承知していたはずの我らが、八欲王に追い詰められるまで手を組むことすらしなかったと…本気でそう思っておるのか?」

 

 ガチャリ、と白金の鎧が音を立てた。

 嫌な予感。この後の話は聞かない方がいいような気がする。

 確かに腑に落ちない部分ではあった。いかに己の強さに絶対的な自信と矜持を持っている竜王達とはいえ、そこまで傲慢になるものだろうか、と。

 他の列強国との戦争時には協力して戦っていたのに、何故それよりも強い八欲王との戦いではそれができなかったのか。

 でも、それが竜という種族の持つ根本的な性質なのだろうと、無理矢理にではあるが納得していた…違うのか?違うのだろうか?まさか結託して戦った結果がこの惨状だというのか?信じられない。それならばあの戦争での敗北は、もはや必然ということになるではないか。

 その沈黙は雄弁にツアーの内心を語る。黒竜はそれを見透かしたように頷き、悲痛の面持ちで天井を見上げた。

 

「…嘆きの峡谷の戦いは知っておるか?」

「八欲王の卑劣な罠によって多くの竜王が命を落としたって言う…あの戦いのことかな。勿論しっているよ。あの戦いでの敗北が、竜王達の命運に大きく影を落としたことも」

「半分正解といったところだな。確かにあの戦いで力を持った真なる竜王の殆どが命を落とし、我々は壊滅的な打撃を受けることとなった」

「…半分?」

「あの戦いで罠にかけられたのはな…実は八欲王の方だったのだよ」

「え?」

 

 一際大きな雷鳴が響き渡った。雨音はより強く大聖堂の屋根を叩く。だが、そんな音はツアーの耳には全く入ってこなかった。

 

「とある偽りの約束を取り付けて、八欲王の内一体をシグレィゾ山脈の深部にあるズネ・ファルシの峡谷に誘い出したのだ」

「…偽りの約束」

「そうだ。約束の内容については我輩も知らんが、八欲王にとっては余程大切な約束だったのだろうな。奴が本当に一人でのこのこやってきた時は、皆で腹が捩れるほど嘲り笑ってやったものよ」

「皆って、一体どれだけの竜王がそこに集まってたの?」

 

 ケッセンブルトがスヴェリアーを一瞥し、再びツアーに視線を合わせる。

 

「さて、ツアーよ。先程の問いの答え合わせといこう。あの日ズネ・ファルシの峡谷にて奴を待ち伏せていた竜王の数は、(エインシャント)クラスの真なる竜王が30、我々始原の力を持たぬ竜王が50…なんと総勢80の軍で一王の討伐に臨んだのだ。これで結託していないと言えるか?白金の坊や」

「……」

(いにしえ)の真なる竜王30って…ツアーが30体いるようなものじゃないか!!」

「そうだ。後にも先にもこれだけの真なる竜王達が一堂に会する機会など…もうないだろうな。それほどにこの戦いは重要だったと言うことだ。ここでなんとしても八欲王の一角を落とし、士気を高めると共に、我々竜王の力を改めて世界に知らしめねばならなかった」

「……でも負けた。そうなんだろ?ケッセンブルト」

 

 自分でも驚くほどに弱々しい声が出ていた。

 結果は歴史が証明している。改めて問いかけたところで何かが変わる訳ではない。でも…それでも聞かずにはいられなかった。ただ敗北したわけではないと、一矢報いてやったと、竜王達の死は決して無駄ではなかったのだと…そういう返答を期待して。

 意図してか、はたまた聞こえていなかったのか、ケッセンブルトはツアーの問いに答えることなく語り出した。

 

「最初に聞こえたのは奴の慟哭であった。谷を震わすほどの絶叫が、山脈の陰で控えていた我々のところまで響いてきたのだ」

 

「続いて強力な結界がシグレィゾ山脈全体を包み込んだ。我輩はすぐ『七星のアヴルノーツ』が(はな)った<世界断絶障壁>だと気がついた。あれだけ巨大な結界を張れるのは、数いる竜王の中でも彼だけだったからな。自分は今伝説に語られる世界最強の結界術の内側にいるのだと、年甲斐もなく興奮したものさ。…まさかそれが私達を決して逃さぬ死の檻と化すとも知らずに、な」

 

 雷光が差し込み、ケッセンブルトの顔を照らす。深く澱んだその双眸(そうぼう)には、悲哀と、憎悪と、そして強烈な恐怖の感情が入り混じっているように見えた。

 ツアーは黙って耳を傾ける。スヴェリアーとオムナードセンスもまた、吟遊詩人の唄を聴く子供のように、じっと話の続きを待っていた。

 

「この世のものとは思えない程の巨大な爆発音が轟いた。それも断続的に複数回だ。とうとう戦いが始まったのだと、私達は息を呑んで峡谷の方を見つめていた」

 

「切り裂かれたか、吹き飛ばされたか、地面が隆起したと錯覚させる程の木々が、土が、天高く舞い上がるのが見えた。そしてだれか…誰かが『あっ!』と叫ぶのが聞こえたかと思うと、打ち上げられた木々の間を縫うようにして、4つの影が、猛烈な勢いで上空に飛び出したのだ」

 

「その内の一体を目にした時、我々からは割れるような歓声が上がった。竜王の中の竜王、『破竜アイゼングラム』が憎き八欲王を空へと追い詰めたと分かったからだ。その王は翼を持っておらず、それに対して空中戦を最も得意とする真なる竜王が三体。奴に逃げ場は無かった。その時点で誰もが…彼らの勝利を確信していた」

 

「……一瞬だ。ほんの一瞬であった。我輩の目には何が起きたのかさっぱりわからなんだが…奴の姿を見失ったと同時に金属同士が強くぶつかり合うような甲高い音がした。そして…そして…」

 

 言葉を詰まらせ、ぶるりと身体を震わせるケッセンブルト。

 酷く顔色が悪い。思い出しているのか、その時の光景を。

 

「そして…何?どうなったんだい!?教えておくれよ爺様!!」

「…落ちてゆく2体のドラゴンが見えた。続いてもう一体のドラゴンが、噴水のように血を撒き散らしながら、力なく落ちていった。空にある悉くが堕ちていく中、その場には奴の姿だけが残されていた。そしてその血に染まった腕には…切断されたばかりのアイゼングラムの首が握られておった」

 

「絶望にくれる暇もなく、地上から奴に向けて幾本もの巨大な火柱が上がった。竜王達の放ったドラゴンブレスだ。数十秒間にも渡る熱線の嵐が過ぎ、炎がかき消えたと思うと…奴の姿はそこにはなかった」

 

「同時に聞こえたのは同胞達の叫び声だ。幾つもの始原の魔法が爆音と共に瞬き、そして消えていった。我輩はそんな光景を祈るように見つめていることしかできなかった…。早く、誰でもいいから奴を殺してくれと…な。そんな祈りとは裏腹に、悲痛な叫び声はどんどん数を増していき…ぱたりと音が止んだ」

 

「誰も言葉を発さなかった。谷の状況を見にいく勇気などあるはずもなかった。ただ木々の擦れる僅かな音すら聞き逃さぬよう、じっと耳をそばだてていたのだ。指一つ満足に動かすことのできぬ緊張の中、何かが猛烈な勢いで走ってくる音が聞こえた。歩幅の間隔、振動、木々の揺れ具合からいって同胞のものだと分かり、安心したのも束の間…森を掻き分けて飛び出したのは、翼と両腕を削がれた血塗れのドラゴンだった。彼は顔の半分を失い、最早誰か判別することすらできなかった」

 

「彼が…戦慄する我らに向かって何か言おうとした直後、その半分しかなかった頭部に深々と、異様に幅の広い剣が突き立てられた。その剣がどこから投擲されたものなのか、確認するまでもなく…目の前に奴が、いた。真紅の鎧を同胞達の返り血によって更に赤黒く染め上げた八欲王の一人、『赫殻のユゥジ』の姿が、な。いつ現れたのかはわからなかった。恐らく転移の魔法でも使ったのだろう。奴は絶命した同胞から剣を引き抜くこともなく、その(つか)を握ったまま、我々をじっと睨みあげておった」

 

「黒い…そうだな。黒いとしか形容できぬ恐ろしく冷たい殺気が奴から滲み出していた。先程のツアーの殺気とはわけが違うぞ。もっとずっと巨大で異質な何かだ。まるで世界そのものに睨まれているような…とても一人の人間が放つことのできる殺気ではなかった。その瞬間理解したよ…もう真なる竜王達は誰一人として生きてはいないのだとな。皆こいつに殺されてしまったのだと、分かってしまった」

 

「同胞の誰かが狂ったような叫び声を上げて逃げ出した。それがこれから始まる一方的な虐殺の合図であった。もう誰も…奴と戦おうなどと考えてなかったはずだ。我輩もそうだ。怖かった。ひたすらに怖かったのだ。そこから先のことはあまり覚えておらん。いつ絶命したかもわからぬアヴルノーツの張った結界の中で、ただただ必死に逃げた。消えてゆく同胞達の断末魔の声を振り切って、逃げ続けた」

 

「我輩が変身術を得意としているは知っておるなスヴェリアー。…我輩は人間の女の姿になって逃げたのだ。別に奴の同情を引きたかったわけではない。ただ少しでも小さくなって、奴の視界から身を隠したかっただけだ。だが…結果的にそれが功を奏したのだろうな。結界の際で追い詰められた我輩は、喉元に剣を突き立てられ、既に殺される寸前であった。最早反撃する気もなかったからな。全てを諦めて目を閉じることしかできなかったよ。しかし、いつまで経ってもその時はやってこなかった。恐る恐る目を開けると、そこに奴の姿はなかった。夢だったのかと思ったが…喉に食い込んだ切先の感触がしっかりと残って、その存在を忘れさせてはくれなかった」

 

 そう言って、長い喉を摩るケッセンブルト。きっと今でも覚えているのだろう。その時の感触を、音を、空気を。

 

「峡谷の様子は…わざわざ語るまでもあるまい。ただ一言、地獄だったとだけ言っておこう。我輩はその光景を見て、心を折ったよ。もう竜王の時代は終わりだと、もう奴らに抵抗できる存在などいない。これからは八欲王の支配する世界で、地に隠れるミミズの如く、奴らの目に止まらぬようひっそりと生きていくしかないと、そう確信した瞬間だった。…そしてそれは現実となった。竜王の大半は殺され、戦いを生き延びた数少ない生き残りも、今や何処にいるかもわからぬ辺境に身を隠してしまった」

 

 話し続けて流石に喉が渇いたのだろう。ケッセンブルトは大きく喉を鳴らして唾を数回飲み込むと、覇気のない表情でツアーの方を向いた。

 

「これがことの顛末だよツアー。我々の滅んだ理由はただ一つ、八欲王の怒りを買ってしまったこと、それだけだ。八欲王の物語で語られる仲間割れからの滅亡という結末は、世間では不評であるが…我輩はある意味確信をついていると思っている。奴らが滅亡する方法など、同士討ち以外あり得ないのだからな」

 

 言葉が出ない。想像よりも遥かに悪い結末だった。 

 騙し討ちをして、圧倒的な戦力差で挑んだにも関わらず、たった一人のプレイヤー相手に一方的に蹂躙されたなどと…この老竜が朦朧して適当なことをほざいていると考えた方がずっと納得がいく話ではないか。

 だが…否定できない。目の前に残された、ただただ残酷な現実が、この話を否定させてくれない。

 破竜アイゼングラムなど、ツアー達の世代からすれば紛れもないスーパースターである。

 彼の残していった逸話は数多く存在する。その中でも、当時覇権を取ると目されていた巨人族の拠点に単身乗り込んで、始原の魔法により敵の首魁を爆発四散させた話はツアーも大好きでよく聞かせてもらっていた。

 ツアーもあの頃よりはずっと大きく、強くなった。だが、かつての動乱の時代を戦い抜いた、過去の歴戦の英雄達よりも強くなれたかというと…とてもそうは思えない。

 ぷれいやーに負けるとは思っていないが、こんな話を聞いた後では、認識を改めざるを得ないだろう。

 それでも、自分は戦いから逃げるわけにはいかないのだが。

 

「なんかすごい話し聞いちゃったね。でも良かったじゃないか、過去がどうであれ八欲王はもういないし、新しくやってくるぷれいやーも奴らほど強くはないんでしょ?爺様」

「…恐らくな。あれから何人かぷれいやーを見たが、あの身の毛もよだつような黒い気配を纏っているものはいなかった。もしかしたらいたのかもしれんが、『赫』ほどではない。もし奴らほど濃い気配を纏った連中が現れたとしたら…戦うのは絶対に避けねばならんな」

「だが、セラドケィラが滅ぼされているとしたら、今回のぷれいやーは敵対的な存在の可能性が高い。そのような存在と和平を結べば、他の国との軋轢を生むことになる。交渉できる存在ならばの話であるが」

「和平なんてありえないよオムナードセンス。理由がどうであれ奴らはやってはならないことをした。巨大な力を迷うことなくこの世界に行使したんだ。生かしてはおけない。私が出るよ」

 

 言いながらツアーは己の中での決意を固くした。相手がどれだけ強かろうとも、自分のやることに変わりはない。勝ちとか負けなどどうでもいい。この世界を穢す存在は殺す。ただ殺す。それだけだ。

 早々に排除すれば、世界はまた100年の安寧を得ることができるのだから。

 

「まあまて白金の坊や。今回は我輩が行こう」

「爺様!?」

「…どう言うつもりだい?」

 

 ツアーの抗議の目をさらりと躱し、ケッセンブルトは続ける。

 

「今のお主は頭に血が上りすぎだ。それでは普通のぷれいやーにも足元を掬われるぞ?…まずは我輩が偵察に出る。戦うのはそれからでも構わんだろう」

「そんなの危険すぎるよ爺様!偵察ならツアーの鎧の方がうってつけじゃないか」

「そうでもない。我輩なら人間に化けて紛れることができるが…この騎士は目立ちすぎるし、鎧というものは戦いの象徴だ。それだけで角が立つというもの。それに八欲王の黒い殺気を感じ取れるのは我輩だけだからな。やはり我輩が適任だろう」

 

 そう言うとケッセンブルトは黒く光る翼をマントの様に翻し、くるりと一回転する。するとそこには大きなドラゴンの姿は無く、黒髪の美女が立っていた。

 

「確認次第すぐ戻ってくる。途中から陸路で行く故少しかかるだろうが…そうだな、次の定例会には間に合わせよう」

「…ケッセンブルト」

「なんだ?白金の坊や」

 

 大聖堂の入り口に降り立った彼が振り返る。

 

「君はさっきの話で私の牙が鈍ると言っていたけど…そんなことはないよ。寧ろその逆さ。俄然やる気が出てきたよ。君の言う通り、鳥籠から出るのも悪くないかもしれないね」

「…そうか。まああの程度の話で弱るお主ではあるまいな。我輩もお主こそが歴代最強の竜王であると、そう信じておるよ、ツアー。…その牙は次の戦いまでとっておけ。ひたかくし、堪え、来るべき時に爆発させるのだ。さすれば__。…では、な。せいぜい次のぷれいやーが『赫』に匹敵せんことを祈ろうぞ」

 

 扉を開け放ち、猛烈な雨が吹き込んできたと同時に、ケッセンブルトは背中から一枚の巨大な黒翼を生やす。彼は数秒ほど立ち止まり、翼を羽ばたかせると、雷鳴と黒雲の広がる空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

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