八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

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ユグドラシル

DMMO RPG 『ユグドラシル<Yggdrasil>』。

 2126年日本のメーカーが満を時して発売した、圧倒的データ量の暴力とも揶揄されるそれは、当時の戦闘や物語に重点を置いていたゲーム業界に革命を齎した。

 細部まで作り込まれた広大なマップと膨大な職業や種族、ツールによって自由に作成できる外装やnpc、意図的に真似しない限り一人として同じキャラクターが作れないほどの多様性、それらが組み合わさってできた舞台。

 そのもう一つの世界ともいえるゲームの登場に、日本中のプレイヤーが夢中になった。

 彼女__月本茜もそんなプレイヤーの一人だった。目指したのは世界最強である。

 これは茜の妹__月本葵が作成してくれたアバターの原作キャラが作中で最強であったことから、

「折角だしいっちょ最強目指してみますか!」とノリで言ったのが始まりだった。

 単に最強といっても様々なので、ユグドラシルの中で戦士系最強とされ、公式大会で優勝しなければつくことのできないクラス『ワールドチャンピオン』になることを最終目標に、茜のユグドラシルライフはスタートした。

 茜のワールドチャンピオンへの道は前途多難を極めた。そもそも茜のキャラクターはキャラクターの元になったアニメ『轟けイリス』の主人公イリスのロールプレイを妹に強制されており、俗に言うガチビルド構成が不可能であった。

 加えて原作のイリスがドラゴンの力を借りて戦う半竜人であったため勿論種族は異形種の半竜人。異形種は殺されてもpkとみなされないペナルティがあり、異形種狩りなどという名目の下殺されまくる日々である。

 

「困難を乗り越えて最強になってこそ、真の強者なんだよ!お姉ちゃん!」

 

 帰って泣き言を言うたびに背中を叩いて励ましてくる妹に、実はこいつドSなんじゃなかろうかと疑いをかけてしまうほど心は折れかけていた。

 そんな中出会ったとあるギルドマスターと、アップデートによって追加された派生種族により、茜の最強への道に横たわる荊は切り払われることになる。

 

「そんで茜は行くの?行かないの?ギルマス的にはあんた強制っぽいけど」

「ん?え、ああ…なんだっけ?カツ丼?」

 

 ユグドラシルでの挫折と栄光の日々を思い出していると、目の前の苛立った友人の声で現実に引き戻された。

 咄嗟に直前の会話を繰り返すが、カツ丼の話じゃなかったことだけは確かである。だが聞いていなかったのでしょうがない。

苛立った友人の眉間の皺が更に濃くなった。

 

「ちげーよ打ち上げ!ユグドラシルサービス終了するから元ギルドメンバーみんなでギルド拠点に集まろうってさ。そんでドラモンがどうしてもあんただけには来てほしーんだとよ」

「うげ…ドラモンさんかー…私あの人ダメなんだよなあ」

 

 昔のことを思い出し、茜は顔を顰めた。ドラモンとは、茜と由香里が数ヶ月前まで入っていたギルド『落伍者の集い』のギルドマスターである。

 茜がワールドチャンピオンになれたのはこの人のお陰なのだが、ギルドを抜けてユグドラシルからログアウトする原因になった人物でもある。

 正直感謝はしていたのだ。優勝した日に涙を流して御礼を言うくらいには。

 ギルドメンバー全員に声をかけて、ギルドを上げて全面的にバックアップをしてくれたし、茜を優勝させる為だけにワールドチャンピオンのプレイヤーをギルドに引き入れて、つきっきりでレクチャーさせたこともあった。

 感謝はしていたのだ…がその動機がまずかった。 

 彼はアニメ『轟けイリス』の主人公イリスの狂信的大ファンだったのだ。

 茜のアバターであるイリスの外装は妹の葵の手によるものなのだが、このクオリティが凄まじく高かった。まるでアニメからそのまま飛び出てきたかのようで、アニメファンからの人気が高く、そっち方面で一時有名になったことがあった。出来が良すぎたのだ、無駄に。

 それがドラモン(かれ)の心に火をつけてしまったのである。

 最初の頃はよかった。振ってくる話題の大半がアニメの話だとか、たまに写真を撮らせてくれとねだられるくらいで、それ以外はまともな頼れるリーダーだったのだ。

 異変を感じたのは、茜がギルメンに勧められるまま、防御に特化したクラスを取得してしまった時である。数日後そのことを知ったドラモンは怒り狂い、そのクラスを勧めたギルメンに怒りの超長文メッセージを何通も送りつけ、茜本人に至っては、デスペナルティによるレベルダウンを利用したクラスの取り直しを強制させたのだった。

 最初はクラス構成に不備があると公式大会で不利になるからだと思っていたのだが、彼の怒りの原因は全然別のところにあった。

 

「イリスちゃんは守りになんて入らない」

 

 これが理由だった。

 あ、これもしかしてヤバいひとなんじゃ?

そう思った時にはもう遅すぎた。

この後にも事あるごとにあかねのスキルや技構成、装備の一つ一つにいたるまでしつこく注文をつけてくるようになった。

 確かにロールプレイの一環として種族や衣装を真似したりしているが、スキルやクラス構成までガチガチに縛るつもりのなかった茜にとって、このすれ違いは致命的だった。

 そもそも自由にキャラクリできるのが醍醐味のゲームでなにが楽しくて他人の言いなりにならなければならないのか。

 彼の要求は茜がワールドチャンピオンになった後更に激化し、最終的に口癖まで完コピしてこいと言ってきた時点で茜はギルドを抜ける決心をした。

 ギルドを離れる時も、決して穏やかとは言い難い喧嘩別れのような形で抜けることになったので、いくらサービス終了の打ち上げとはいえまた会うのは正直勘弁して欲しいと言うのが本音である。

 

「そりゃ茜が会いたくない理由はめちゃくちゃわかるけどさー。なんかどうしても渡したいものがあるらしいぞ?流石に反省してんじゃね?あの変態も」

「なにそれ、逆に怖いなあ…んん、てかサービス終了日に何くれようとしてるの」

「それも含めて気にならね?ねえ、行ってみようよ絶対面白いから」

「結局面白がってるだけでしょ、由香里は」

「いやいや久々にみんなに会いたいだけだよー私は」

 

 絶対嘘だ。心と言葉で同時に言い放つ。

 何故なら逆の立場なら茜も同じように彼女を嘲笑っている自信がある。

 先程のの怒りとは打って変わって空中に映し出されたディスプレイをニタニタと見つめる友人が恨めしい。

と、もう一つの電子音

 

「お、まっちゃん到着したっぽい」

「もう?相変わらず優秀だねえそっちの執事は。

うちのはあと一時間はかかるかなー」

「一時間はやべぇ。んじゃ帰るけど今日絶対来いよー。後で詳細送るから」

「ん、いけたらいくね」

「絶対だからな!来なかったら今度東條先輩と3人でカツ丼屋だから」

「うげぇ…ハイハイ行きますよ」

「宜しい!」

 

 此方の渋々の了解に満足すると、由香里は机の上の鞄を掴み上げ、ひらひらと手を振りながら教室の外へと駆けていく。

 時間をきっちり守ってくれる執事を待たせたく無いのだろう。手をふり返す頃にはもう教室には茜一人だけになっていた。

 窓の外を見ると丁度日が沈むところだった。夕日が空を赤く照らす黄昏のコントラストはとても幻想的で美しかった。

 だが茜の心は全く動かない。これが作られた美しさだと知っているから。綺麗な空をよく見ようと窓を開ければ、そこにあるのは光化学スモッグに覆われた真っ黒な空と猛毒の濃霧、死んだ河川と死んだ森。外にはどこにも希望は無い。

 茜は作られた景色に興味をなくし、手首に装着している専用デバイス<ruby>を起動する。

 目の前にホログラムが映し出され、設定しているホーム画面に切り替わった。

(ユグドラシル終わっちゃうのかー。なんだかんだ終わらないと思ってたんだけどな。)

 茜はショートカットに登録していたユグドラシルの専用チャットを開く。チャット内ではユグドラシルプレイヤー達が打ち上げの呼びかけを行っていたり、過去の思い出話に花を咲かせていた。

 茜がチャットを利用していた時は運営への罵詈雑言で埋め尽くされていたのに、今ではなんだかんだいい運営だったなんて語られているのは、いかにもサービス終了日と言った感じである。

 流れるように打ち込まれていくコメントにざっくり眼を通していると、小気味良い音と共にメッセージが送られてきた。メッセージを開き、溜息をつく。

 

〈すいません八木です。第ニブリッヂ内で火災があったみたいで少し遅れます。申し訳ありません。〉

 

「ヤギー…少しってどれくらいだよー。本当に一時間待たす気じゃあるまいな。」

 

窓を見ると、美しい夜景が広がっていた。

 

 執事の八木がペコペコ頭を下げながら現れたのは、それから2時間後のことだった。

 

 

 

 

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