勘違いしてはいけないが、後に八欲王と呼ばれる彼らはユグドラシル基準でも弱くはない。寧ろ、最上位に位置する強さを持って
彼らは運が悪かった。もし初めから白金の竜神を滅ぼそうとしていれば、確実に勝てていた。
しかし、全ては仮定の話。
竜王との戦いの中で、武装を剥がされ、魂は磨耗した。近い未来にはギルド運営費すら危うくなることが予想され、他のギルドから略奪しなければならないほど困窮し始める。
そんな中で、竜神の逆鱗に触れてしまった。
もはや全盛期の半分の勢力も無い彼らは、止まることができない。
確実に破滅が確定していても、いや、破滅が確定しているからこそ止まれない。止まれなかったのだ
─ これは今より遠い昔の話。空よりも高い身長を持つとも、竜のようだとも言われる八欲王という存在が現れた。
空に浮かぶ巨大な城。
それ一つで世界として完結した、戦術的にも芸術的にも優れた価値を感じさせる要塞が、その下の都市を守るように浮遊している。
エリュエンティウ。『世界の中心にある大樹』を意味するその都市。それは神話に唄われる
─彼らは、生きとし生ける全ての存在に、『魔法』という力を与えた。
─彼らは人ならざるものに、絶望と破滅を与えた。彼らは人に、希望と繁栄を与えた。
─そして、狂った彼らは神を殺し、『この世界の頂点』の逆鱗に触れた。
たった十三人まで数を減らした守護者が、八のうち二つの座を欠き六人になったプレイヤーが、都市へ向かう竜の前に立ちはだかる。
彼らは賭けに出た。自分たちの命を、存在そのものを賭けた最後の戦い。
全身を神器で包んだエルフの軽戦士が、剣を抜き放つ。
自分をネカマだという女は、自分の何倍もの大きさを持つハンマーを虚空から取り出す。
全員が武器を構えて、地平線の向こうから飛来する災厄を睨む。
やれるだけの事はやった。せめて、エリュエンティウだけでも残すために、出来ることは全てやった。結果がわかる頃には全員この世にいないのは残念だが、なるようになるさ。そう誰かが呟いた。
電脳の世界では圧倒的でも現実の世界ではちっぽけな存在だった人間が居た。彼らはある日突然、虚構でしかなかったはずの力を手に入れた。そして彼らは世界の美しさを知った。それを穢す存在を知った。
手にした力を存分に奮って、全部殺して壊してハッピーエンド。そんな単純に終わるならどんなによかったことか。彼らの最期は世界中の誰もが知っている。
彼らは懸命に戦った。勝てないと分かっていても、万に一、億に一、世界が何度繰り返されても訪れない奇跡を手繰り寄せるために。
それは奇跡だった。彼らは一度竜神を殺したのだ。…そして、絶望を知った。
回復魔法を使えない竜神が鍛えた自然回復の力。トロールのそれを大きく超える力は、720時間に一度だけ致命的な傷を負った時に、そのHPを八割まで回復する。
そして、そのタイミングで、竜神は今の今まで隠していた切り札を切った。
プレイヤー、それも世界級を持つ超一級の魔法詠唱師。二重化された超位魔法を使う規格外の男。
ペースを完全に握られた彼らは、戦いに参加しなかった一人を除いて全滅した。
こちらは相手の情報を殆ど知らないのに、向こうはこちらの情報をほとんど丸裸にしている。いかに最強のギルドといえど、全ての情報を暴かれ、ギルド設備も費用の関係上使用不可、NPCも半分以下まで減り、力も衰えた、そんな状態では勝てるはずがなかったのだ。
残り一片まで体力が減った者が、自爆して一矢報いようとする。
執念だけで動く八欲の王達が、白金の鱗を真っ赤に染める。それは妄執に取り憑かれた化け物の様に。
竜神は何も語らない。
何かを堪える様な顔をしながら、淡々と敵を殺して行く。
最後のワールドチャンピオンがついに地面に倒れ伏す。
剣を握る両腕を奪われ、地を駆ける足を断たれ、それでも体をぶつけ、地を這い、戦おうとした。
「頼む、頼むから、もう…死んでくれッ!」
肉塊が地面に叩きつけられる。
真っ赤な花が咲く。
もう、彼の体は動かない。
焦点の定まらない濁った目が、澄んだ視線を竜神へ向ける。
「あぁ、あぁチクショウ!勝ちたかったな、ハハ…」
乾いた笑いが虚空へと消えて行く。
「なぁ、竜神さんよ。」
「お前が勝ったんだよ。だからさ…
勝者が泣くんじゃねぇよ、バーカ」
この時、戦いを見守っていたあらゆる存在が思った。世界が思った。
かの竜は、世界最強の存在であると。
だが、その心は───
109601日目
ただこの腕を振り下ろせば全てが終わる。
でも私にそれはできなかった。私は、弱い。こんなことになるなら、こんな感情を知ることになるなら、こんな力は欲しくなかった。
そうだよ、クソ、クソったれが!お前らは英雄だよ!私が認めるよ、気に入らない、クソッタレなゴミ屑だけど、あの瞬間のお前らは間違いなく英雄だったよ……私なんかとは違って。
八王も、六大神も、スルシャーナもアーラもポッターも、……じゃがいも馬鹿も。どうして、どうしてそんなに輝いて見えるんだ。どうしてそこまで輝けるんだ。
もう磨耗し切った前世の私は、こんな立派な人間じゃなかった。今世の私も、両手に掬えるほんの少しの大切なものを守りたいだけのちっぽけな人間でしかなかった。
私はそれを無視できるほど強くなかった。本当に、私は何をしたかったんだろうな。
彼らが最後に希望として残した一体のNPC。彼らが世界級アイテムを使用して制作したという最強の存在。あれを一緒に出撃させればもう少し善戦できただろうが、彼らは彼女を最後の守護者として空になった城に残していた。
彼女は私に選択を迫ってきた。その指を、血が滲むほどの力で自分の二の腕に食い込ませながら、「ギルド武器を破壊するか否か」の決断を迫ってきた。
…そして、私はギルド武器を破壊することを選べなかった。私は逃げたんだ。
109602日目
海上都市戦に参加していたという竜王が、相当焦った様子で私の領地に飛んできた。
襲撃かと勘違いして、気が立っていたこともあり殺しそうになったが、別に攻めに来た訳ではないそう。
開口一番、「八王の拠点の核となる武器を破壊するな。」と言ってきた。一体どんな風の吹き回しだ、と思ったが、その話の続きを聞いて私は顔が真っ青になった。
ギルドの核…ギルド武器を破壊すると、死んでいたNPCも何もかも蘇って、破滅の竜王となってそれらは世界を滅ぼそうと暴れ回るとのこと。…そう、魂を砕いた存在であっても。魂の代わりに破壊衝動を胸に抱いて。
…私は、激情に駆られて世界を滅ぼしてしまうところだったのか。そして八王は…間接的に世界を救ったことになるのか。元を辿れば彼らの蒔いた種だが、その原因も結局は糞蜥蜴のせいだし、糞ジジイの所為だ。それに近くしか見なかった私の所為でも…だめだ、最近の私はおかしい。思考がまとまらない。
109612日目
結論から言うと、彼らのギルド武器は、私が預かることとなった。天空城が落ちた今、この世界で最も安全なのは私の巣であるから任せたいと、苦虫を噛み潰した様な顔で言われた。
実際手慰みに作ったトラップやらポッターやスルシャーナ達に手伝ってもらって迷宮化した私の巣はそう簡単に踏破されない自信がある。たまに私も迷う。ポッターには「システム・アリアドネが適応されない迷宮とか何それずるい」と言われたがそんなシステム私は知らない。
その後、八王の勢力圏は南方の大砂漠に縮小され、都市もエリュエンティウだけとなった。
そして彼らは都市に引きこもった。最後の守護者曰く、ギルド拠点を維持するだけでいいなら資金は一千年は持つそう。トラップを使えばすぐにそこは尽きるそうだが。
世界は変わった。
竜王は9割が死滅し、竜の時代は終わりを告げた。
人の、亜人の、異形の世界が始まった。
私の領地でも、魔法を使える領民が増えてきている。
昔はただ薬草から薬を煎じるだけだった薬師は、ポーションを作る様になり、畑仕事を任されていた農家などはドルイドの力に目覚めたものが増えている。騎士団の中には攻撃魔法を使えるものも現れたし、社会そのものが変わろうとしている。
この先、世界はどう変わっていくのだろうか。
頭の隅で、何かが警鐘を鳴らす。敵はどこかにいるぞ、敵に備えろ、牙を研げ、力を鍛えよ、と。
あの八王との戦いの後、私は一つの力に目覚めた。それはあの至高の斬撃へ届くかもしれない技。方向性は防御だが、近しい力を持った特殊技術、『次元断層』。彼らの技と比べれば劣ってはいるが。
あの戦いの後から、私は何かを恐れる様になった。それは何かがわからない。でも、敵は何処かにいると頭に残響する。
110031日目
魔法というものは世界を変えた。
永続光の街灯が夜なのに街路を明るく照らし、無限に水を流し続ける噴水が広場を彩る。
ポーション技術やスクロールにより、医療も発展した。ポッター達のいた世界のポーションとは違って、劣化するし色も青だが、それでも革命であるのには違いがない。今までは薬草で治癒していたのが、魔法技術によって今まで救えなかった者も救える様になったのだ。スクロールに関しては、第二位階までしか込められないがそれでも今までは魔法自体が一般には存在していなかったことを考えると相当な革命だ。
新しく領民となったドワーフやリザードマンもすっかり周りと馴染んだ。
その時、ルーンという技術が領地に流れ込んできたのだが、これがなかなか面白い。位階魔法とも始原の魔法とも違う方法で魔化技術を再現している。位階魔法とは相性が悪いが、始原の魔法で作った装備であれば重ねがけが可能なことを考えると、ルーン技術は始原の魔法よりなのだろうか?
スルシャーナは、その…会いにいくたび、毎回何かしら食べている気がする。肉体があるのってサイコー!と言っていた。なんか、その、脳みそ溶けてないか…?
あとことあるたびに頭を撫でるのをやめてくれ。最近周りからの視線が痛いんだ。明らかに神官連中に「お前もあの変態の同類だったのか…我らが神を変態から守らねば」みたいにみられてるんだよ。ちょ、言ったそばから!
111201日目
…スクロール技術が一瞬にして異次元まで発展した。
というのも、先日じゃがいも馬鹿のアイテムを整理している中で「無限の保管庫」という、中のアイテムを永久保存する箱の中から、カミィと呼ばれる植物の種が発見されたのだ。これは羊皮紙の代用品であるパピルスの素材になる。種は20レベルのものから90レベルのものまであったので、とりあえず農家の植物族集団に渡してみたところ、族長が60レベル植物までを、一般のものは40〜50レベル植物までの生産に成功したのだ。
レベル60のカミィから作成したパピルスを使えば第八位階まで、レベル40-50であれば六位階魔法までを込めることができる。
しかし!そもそも第8位階魔法を普通に使えるのが、天ちゃんやエイちゃんみたいな存在しかいないので紙だけあってスクロールを量産できないのである。宝の持ち腐れだ!
ただ、数は少ないがタレントで1週間に一回第八位階魔法が使えたり、1日に一回第六位階魔法が使用可能な存在がいるので、作れない訳ではない。威力は下がるが。例えば族長のアルラウネなんかは1週間に一回第十位階魔法を行使可能なタレントを所有している。八王が世界に変革をもたらしてから魔法関連のタレント持ちも随分と増えたな。
そういえば、フェルンオスト内だと、植物族は異様にタレント持ちの確率が高いし、魂の大きさの成長限界も高い存在が多い。どういうことなのだろうか?じゃがいも馬鹿の世界級の影響か?
…会いたいな。
111512日目
これが私の守りたかったものだ。
ドワーフなどの手先が器用な存在がアイテムを作り、植物族など自然に近い存在が農家を営み、リザードマンなど水生に適した存在が魚を養殖し、戦闘に優れた存在は騎士団として領地を守り、歌が得意な種族は娯楽を与え、力の強い種族は開拓に大いに貢献している。
全ての種族が手を取り合って笑い合える国。こんなものが作りたかったんだ。
だから私はこれを守らなきゃいけない。
何かが告げているんだ。敵はいると。いつか破滅は訪れると。八王の末路は、次は私たちに訪れているかもしれないと。
感想、評価などありがとうございます!励みになります
パラノイア…?
ここから先は蛇足
Q.ツアーが獲得した能力ってワールドチャンピオン?
A.違います。レッサーワールドチャンピオンです。公式チートと呼ばれたワールドチャンピオンと違い、能力上昇幅は一般的な最上位職程度に収まっています。獲得した時点では1レベルです。次元断切は最終レベルスキルなので使用できません。
Qスルシャーナ(憑依後の)能力は?
A.もう一人の『絶死絶命』。
ゲーム的にいうと、ソウルサクセサーの転生能力は、「転生時、転生先の能力にプラスされて、自身の獲得したことのある最上職を1つまで選択して引き継ぎ可能」みたいな感じ。チートっぽいけど、この時「転生先のクラス系統と同一のものは引継ぎ不可」という条件があるせいで実はそんなに強く無い。例えば非力な魔法職が、ワルキューレのエインヘリヤルを使えたところで盾にもならない。そういうことである。
「指輪の戦乙女としての80レベル台に」+「ツアーの特殊技能により大体5レベル分の強化」+「取り巻き型レイドボスのエリートエネミー(ミニボス)として創造された扱いになったことによる特典で5レベル分の強化」+「エクリプスの5レベルが追加(ソウルサクセサーによる継承)」。96レベルミニボス。
エクリプスの5レベル分により第十位階までの魔法を15個獲得しているがお察しの通り魔法系職業がこれしかないのでそれやるぐらいなら素手で殴った方が圧倒的に強い。そのためこの15は大半が強化魔法。ただしうち二つは攻撃系。片方は即死、片方は接触系。装備次第ではカンスト相手に勝てないこともない。
アーラに関しては憑依先がより強い上に半ばバグで誕生した奇跡な様なものなのでこれよりも強い。110レベル通常ボスエネミー。
…これでもAOGと戦える気がしない不思議。
Qじゃがいも馬鹿のワールドアイテムの詳細な効果は?
A①コミュニティ内では、栽培成功率が0%よりも高い植物の栽培成功率を100%へ上昇
②コミュニティ内のあらゆる植物、植物系モンスターへ、腐食と病気への完全耐性を付与
③所有者がテイムスキルを持っていなくても、所有者より40以上レベルの低い植物系モンスターをテイム可能(運営NPCを除く)
④コミュニティ内の植物系モンスターの能力向上(十周年記念“あなたの分身がオーバーロード世界にいたら”でいうところの能力値B以上確定、(B70%、A15%、S5%ぐらい)、タレントC以上確定)