イビルアイは、かつて無いほどの恐怖に襲われていた。
嘗て戦った神竜よりも、目の前の男の方が恐ろしい。
目の前に突如現れた男。
顔を仮面で隠し、この辺りでは滅多に見ることのない、赤いスーツを身に纏った男。
腰から姿を見せる尻尾は、
それが現れただけで、周囲の温度が十度以上下がったように感じる。
圧倒的重圧。日頃から圧倒的強者たちと過ごしてこなければ耐えられなかったかもしれないほどの圧力を感じる。
ただそこにそれがいるだけで恐怖を感じる。
「おい、イビルアイの親戚か何かか?」
ガガーランが、その額に汗を滲ませながら言う。
「馬鹿を言うな…一度しか言わないからよく聞け、あれは化け物だ。振り返らずに今すぐ逃げろ」
強者としての格は─リーダーや暗黒騎士と同等だろうか。
本能は「今すぐ逃げろ」と囁くが、あれほどの化け物が逃がしてくれるわけがない。それに、一人で逃げたところで仲間たちはどうなる。
「……でもよぉ。イビルアイはどうす…「いいから早く行け!」」
苦々しげに言うガガーランを遮り、怒鳴る。
はっきり言って、今から始まるであろう激闘において、仲間たちは足手まといにしかならない。
今までにないほど冷静さを欠いたイビルアイの様子に、何かを感じ取ったのか、ただ一言「死ぬなよ」とだけ言ってガガーランとティアは走り出す。
「───ここから先は私が代わります。貴方は先に戻って休んでいてください。」
悪魔が仲間を気遣うとはなんの冗談か…いや、不死者の自分が言うことじゃないな。
飛来した蟲に捉まり、メイドが夜空へと飛び去る。みすみす逃したことになるが、目の前の悪魔から目を離すことが出来ない。蟲のメイドを見送った悪魔が、優雅にこちらへ振り返る。
王侯貴族か何かかと見紛うような洗練された所作。この化け物は悪魔の貴族だとでも言うのか。
今から自分は何秒稼げる?その間に仲間たちはどこまで逃げられる?わからない。わかるはずがない。圧倒的な力の差を前に、どこまで私は抗える?
吐き気すら催す醜悪な悪意と、その優雅な所作のミスマッチが余計に気持ち悪さを際立たせる。
目の前の悪魔を睨みつけ、心を賦活する。
「《
矢継ぎ早に強化魔法を自分へ掛けていく。
「強化魔法も使って、準備万端、と言うことですね。お待たせしました──
「《魔法二重化・
──時間も押していることですし」
悪魔の言葉を無視してひたすらに魔法の用意を続ける。
なんの妨害もしてこないのは、強者の驕りゆえか、それともこちらの魔法を少しでも引き出すためか。
「《収束魔法》《魔法二重遅延化・
覚悟は決まった。
私が積み上げてきた200年、その全てをこの悪魔にぶつける。
仮に私が死んだとしても、きっとあいつがなんとかしてくれるだろう。悪である限り、あいつに勝てる生物は存在しない。
(やはり、伝言は機能しない、それに転移もいつのまにか不可になっている…)
おそらくは、一定以上の力を持つ天使や悪魔の持つ、『次元封鎖』系の特殊技術を使われたのだろう。
合わせて情報封鎖系の結界も使われた、と見るべきか。
(出来ることなら、仲間達の行く末を見たかったが…)
「早速、始めることにしましょうか」
「《魔法三重最強化・
魔法陣から計3本の騎士槍が放たれ、後を追うように2発の彗星が悪魔の頭を射抜き、そして真紅の吐息が周囲の石畳ごと悪魔の体をズタズタに切り裂いた─かに見えた。
常人、いや英雄と呼ばれるものであっても即死は免れない魔法を8発くらっても悪魔は微動だにしない。
「いやはや、挨拶も無しに攻撃とは、王国には蛮族しかいないのですかね?」
悪魔が肩についた埃を払う。まるで攻撃など一切受けていないかのようだ。
刹那、悪魔の頬から血が流れる。薄皮一枚、されど化け物が血を流したのは事実。
(ダメージは通っている。だが─あまりにも硬い!)
実力が離れれば離れるほど魔法は無効化されやすくなる。
だが、イビルアイの魔法は圧倒的な差がある悪魔の装甲を、僅かではあるが貫いた。
「これはこれは…予想外、ですね。」
イビルアイは、リーダーの言っていた言葉を思い出す。
「血を流すのなら、殺せるはずだ!《魔法三重最強化・紫水晶の矢》《魔法最強化・水晶騎士槍》」
「『悪魔の諸相:豪魔の巨腕』」
膨れ上がった悪魔の腕が、魔法を砕きながら迫る。
砕けた水晶が舞い散る。空の合間から差し込みだした星々の光が、カケラの中で乱反射する。
「《水晶防壁》…か、はっ!」
咄嗟に発動した防御魔法は硝子のように脆く儚く砕け散る。
破城槌で殴られたかのような衝撃。非力な魔法詠唱師であればミンチになってもおかしく無いほどの一撃。
(だが、耐えられないほどでは無い!)
すぐさま空中で態勢を立て直し、悪魔めがけて反撃の魔法を放つ。
「《魔法最強化・黄水晶の…っ!?」
空に打ち上がったイビルアイは気づく。
必死に走る仲間達と悪魔を繋ぐ直線上には遮蔽物が一切ない。もし仮にあの一撃を愛する仲間達が喰らえば─
イビルアイは幻視する。仲間達の頭が弾け飛ぶ様を。その体が水風船のように儚く弾け飛ぶ様を。
「やめろ、やめろおおおお!《魔法三重最強化・翡翠の豪雨》ッ!」
空から隙間のないほどの量の鋭利な雨が降り注ぐ。
しかし悪魔は止まらない。確かにダメージは受けているはずなのに、全く止まらない。
イビルアイは悪魔の真正面まで接近し、ゼロ距離から魔法を叩き込む。
「《魔法最強化・金剛石散弾》ッ!『起動・竜王の剣』!やれ!千鞭蟲!」
距離が近づけば近づくほど威力の高まる魔法を、最も威力の上がるゼロ距離で叩き込む。昔の私なら、こんな無謀なことはできなかっただろうが─
(仲間を、守るためだ!)
さらに、ネックレスに込められた魔力を解放する。
その能力は『聖遺物級の浮遊する剣と盾を召喚する』もの。そのうち剣の能力を起動し、悪魔の喉元めがけて突き刺す。
また、絶対に逃さないために千鞭蟲で自分もろとも悪魔を縛り付ける。
「《
熱風が背後から吹き付ける。
「ぁ、ああ」
最大威力で魔法を腹に叩き込み、剣を喉元目掛けて突き刺し、モンスターで体を縛ってもなお、悪魔は何の障害もないように魔法を放つ。
「それは、仲間のものです。返してもらいましょうか。」
返して、などと言いながら悪魔は蟲を力任せに引きちぎる。
難度150のモンスターが一撃で殺せるほどの力。防具無しであればイビルアイも同じ目に遭っていただろう。
引きちぎられた衝撃で、後ろが見える、見えてしまう。
仲間がいるであろう方向から、天まで届くほどの火柱が上がっていた。
「ぁあ、ああああああ!《魔法三重最強化・黄水晶の短剣》!」
殺された、殺された、奪われた!
また私は奪われるのか。圧倒的悪意に、圧倒的暴力に!私はまた、置いていかれるのか!
嫌だ、嫌だ!…許さない、絶対に許さない!
雷を纏う短剣は全て尻尾に撃ち落とされる。
「…お前は、差し違えてでも殺す!殺してやる!」
全身に負のエネルギーを循環させる。
魂を血液のように巡らせる。伸ばせ、伸ばせ、あの憎い力へ。魂を消せ。憎き悪魔を─消せ!
「『滅魂の…………ッ!?」
仲間達のいた方向から、聖属性の魔力を感じる。
火柱が晴れた時、その場にいたのは─神官服に身を纏った、魔法詠唱師と天使の集団だった。
「イビルアイ殿。貴女の仲間は全員無事だ。見ろ、あの悪魔の魔法は防御魔法すら貫けないらしいぞ?」
「お前は…」
挑発的な物言いで話している男は、ニグン。
ニグン・グリッド・ルーイン。
人類の希望である六色聖典が一色『陽光聖典』がリーダー。
人の身でありながら第六位階魔法へ到達し、単独の簡易儀式による『魔法上昇』の使用により、第八位階までの信仰系魔法を操る、周辺国家最強クラスの信仰系魔法詠唱師。
そして仲間達を守ったのは、その部下である陽光聖典の隊員達。
その全員が、防御魔法を使用し、魔法を相殺していた。
「D班は青の薔薇の2名を連れて撤退せよ」
ニグンの命令を受けて3名の隊員がガガーランとティアを連れて撤退する。
悪魔はもう二人から興味を無くしたようにそれを無視し、今は乱入者である陽光聖典をじっと見つめている。
無詠唱化された伝言がニグンから送られてくる。どうやら結界内部での伝言の使用は問題がないようだ。
(イビルアイ殿、して、あの悪魔は?)
ニグンに状況を説明するたびに、ニグンの眉間の皺が濃くなってゆく。
(全力で遅延戦闘。本国からの援軍を待つ。それぐらいしか手段はない、か…イビルアイ殿、私は切り札を切る。第十位階天使召喚のこもった魔封じの水晶だ。しかし期待はするなよ。召喚天使で何とかなる相手ではないのだろう。実際、先程の魔法1発防ぐだけでも十人以上での防御魔法の重ね掛けが必要だった。それほどの化け物なのだろう)
(そうだろうな…援軍の当てはあるのか?)
(ある。この結界がどれほどの遮断能力を持っているかは知らないが、切り札を切った瞬間に発動する通知魔法は、この手の結界は貫通する。)
(そうか…ニグン。私もお前の持っている切り札と同じアイテムを二つ持っている。使え。召喚モンスターへの強化を行えるお前が使った方がイイ)
(承知した。)
「おやおや…これまた沢山の鼠さんが来ましたか…何匹集まっても無駄だと思いますがね。作戦タイムは終わりましたか?何かいい案は浮かびましたか?」
醜悪な笑いを仮面の下で浮かべているであろう悪魔は、いっそ紳士的と言えるような声色で話しかけてくる。
「あぁ、浮かんださ。お前を殺す、方法がなぁ!総員、放て!」
透明化されていた天使が全て解き放たれる。
現れるのは『威光の主天使』が十数体、そして視認する自軍構成員の防御力を上げる効果を持つ『監視の権天使』が数え切れないほどの数。
第七位階魔法でしか召喚できない『威光の主天使』が十数体。一国を滅ぼしてもなお有り余る戦力を用意できるのは、陽光聖典の性質に起因する。
陽光聖典の最精鋭部隊。入隊条件は二つ。第五位階までの魔法行使能力、そして数名による簡易儀式により第七位階魔法を行使可能であること。その性質により、主天使の十数体程度であればいつでも用意できてしまうのだ。この世界の平均からすれば規格外な集団である。
「「「「「「《聖なる極撃》」」」」」」
まとめ上げられた十数本の光の柱が悪魔の体を穿つ。
邪な存在は確実に滅びるであろうその神威なる一撃。しかし悪魔もまた規格外。その攻撃を受けながらも、膝さえ突かずに悠然と佇む。
そして、両手を広げて語る。
「せっかく観客も増えてきたことですし、名乗りでも上げましょうか。」
「私の名前はヤルダバオト。以後、お見知り置きを。」
光の中で笑いながら名乗る様はまるで─
魔王。そう誰かが呟いた気がした。
「発動《第十位階天使召喚》!」
ニグンの周囲に三体の熾天使が召喚される。
2体はレベル71のタンク系熾天使である『木星天の熾天使』そして1体はレベル70の攻撃系熾天使『火星天の熾天使』。
神官であれば誰もが五体投地して感涙するであろう神々しさを放つ三体の熾天使を見て、そしてイビルアイとニグンだけは僅かな落胆を覚えていた。
やはり勝ち目は薄い。熾天使の強さはあくまでイビルアイとほぼ同等、下手したらイビルアイの方が装備の都合上一部では上かもしれない。
だが、知ったことか。
「では…私も仕事をするとしよう!《魔法上昇・聖なる極撃》」
「《魔法最強化・
死闘が、始まった。
──────────────────────
状況は、あまり良くない。
ニグンはそう考える。
本国への知らせは確実に届いている。魔法的パスが一瞬だが本国と繋がったのをほんの数秒前に確認した。
おそらく遅延型のタイプの結界も張られていたのだろう。
「総員!魔法攻撃用意…放てッ!」
「《魔法の矢》」「《火球》」「《魔法最強化・龍雷》」「《魔法抵抗難度強化・聖なる光線》」「《
「「「「「《聖なる極撃》」」」」」
隊員達の放った魔法は全て無効化される。やはり第七位階以上の高位魔法でなければ効かない、か。
とはいえ、威光の主天使の攻撃も大したダメージになっている様子はない。
ダメージを出せているのはイビルアイと熾天使のみ。主天使の攻撃は積み重なればそこそこになるだろうが、1発1発は鬱陶しい程度だろう。
悪魔の攻撃を受け止めた熾天使が、手に持った大槌で反撃する。そして背後からは燃え盛る大剣を持った熾天使が斬りかかる。
その全てを悪魔─ヤルダバオトは捌き切る。
「《魔法上昇・第八位階天使召喚》!」
追撃を加えるために召喚した天使は、鋭利な爪に引き裂かれて光の粒子となって消える。しかし、その隙にイビルアイが悪魔の顔面にダイヤモンドの散弾を叩き込む。流石に無視できなかったのか手の甲で防ぐが、その表面にうっすら血が滲んでいるのは見逃さなかった。
完全な膠着状態。…いや、あの悪魔は余力を残している。奴が少しでも本気を出せば、均衡は崩れるだろう。
もしくは─イビルアイ、熾天使、そして私のいずれかが倒れた時。
そして、真っ先に倒れるのは私だろう。隊員達には熾天使と私へ回復魔法を飛ばさせているが、それでも徐々に体力はすり減っている。イビルアイには、タレントの効果で回復魔法が逆にダメージになってしまう、と言っていたので飛ばしてはいないが。
度重なる簡易儀式の使用で体は今にも崩れそうだ。しかし、神の使徒たる私が倒れれば、王都の人間はどうなる。
いくら王国の未来が真っ暗だとはいえ、悪魔に弄ばれて死んでいいことにはならない。
「《魔法上昇・
荒れ狂う火炎が悪魔を飲み込む。悪魔は嗤う。
我々こそが人類の守護者。一歩たりとも引いてはならないのだ。
本来なら撤退するべきなのだろう。しかし、我々がここで悪魔を釘付けにしなければどうなる。本国の増援が来るまでにどれほどの命が失われる。
無限にも思える攻防が続く。
王都の外れで行われている戦闘。それはまさしくこの世界の最高峰。常人では一生かかっても辿り着けない魔法が飛び交い、悪魔と天使、悪意と正義がぶつかり合う。
そんな中で、土星の熾天使の一体が膝をつく。
不味い。
その隙を見逃さなかったヤルダバオトは、一気呵成に熾天使を攻め立て、消滅させる。
空いた穴を突き、狙ったのは、─イビルアイ。
「《魔法位階上昇三重最強化・魔法の矢》…ダメだ!避けろイビルアイ殿!」
計18発の光弾は全て悪魔の翼で弾かれ、間に割り込んだ主天使もただ腕を振るわれるだけで消滅する。
「『悪魔の諸相:豪魔の巨腕』」
一瞬でイビルアイの目の前まで移動したヤルダバオトは、腰を深く落とし、イビルアイのその小さな体目掛けて渾身の一撃をお見舞いする。
展開された防壁を全て砕きながら命中した腕は、イビルアイの体を吹き飛ばす。
まるで弾丸のように吹き飛ばされたイビルアイは、背後にあった屋敷へと激突し、そのまま壁を数枚突き破って内部へ転がる。
「イビルアイ殿ッ!」
「『悪魔の諸相:鋭利な断爪』」
そのままヤルダバオトは追撃をせんと屋敷の内部へ侵入する。
「『起動、鎖の大旋風』!」
問題ない、と言わんばかりにイビルアイは体に巻きついた鎖に込められた特殊技術を発動する。
バーゲストの使用する、体に巻きついた鎖をまるで生きているかのように暴れ回らせ敵を攻撃する特殊技術を再現し、さらに強化した一撃。
鎖の先端には、自分の何十倍もの大きさのある屋敷の壁が繋がっていた。
強化魔法の効果で死者の炎を纏う壁は、バリバリと音を立てながら地面から基礎ごと外れ、フレイルのようにヤルダバオト目掛けて勢いよく振るわれる。
「潰れろっ!」
しかしその圧倒的質量はまるでバターのように引き裂かれ、ヤルダバオトの体には届かない。
しかし、散らばる煉瓦は、一瞬ではあるがヤルダバオトの視界を覆い隠した。
「これは…厄介なッ!」
初めて悪魔が声を荒らげる。
その時には、イビルアイは悪魔の目の前まで迫っていた。
ニグンとイビルアイの視線が一瞬だけ交錯する。
自分の役目を理解したニグンは、全力で悪魔目掛けて跳躍する。
「《魔法最強化・
イビルアイの使える魔法の中で最大の威力を誇る第八位階魔法。
ゼロ距離でしか発動すらできないその一撃は、イビルアイの能力で負属性を付与されさらに強化され、悪魔の腹を抉る。
悪魔の体が遂に一瞬だけ硬直する。
刹那の間、ニグンがヤルダバオトの頭部に触れ、自身の使える最大の一撃を発動する。
「《魔法上昇最強化・
位階魔法において、第八位階を超えたあたりから強力な接触魔法が増え始める。
例えば死霊系第八位階魔法《生気吸収》などが良い例であり、例えばその魔法であれば相手のレベルをドレインしつつ自身には強烈なバフを、相手には時間経過で消えない特殊なデバフを与えると言った、接近戦が苦手な魔法詠唱師が接近しなければ使えないからこそ許される同位階の他の魔法を超える効果を接触魔法は持っていることが多い。
ニグンの使った《陽光の裁き》もそうだ。
相手のカルマが低ければ低いほど、自分のカルマが高ければ高いほど威力の上がる、バフやデバフ効果がない代わりにただひたすらに威力の高い魔法。その威力は最大倍率で放てば第十位階魔法にさえ匹敵する。
そして目の前にいる悪魔の位相は極悪であり、ニグンは善に位置する。最大倍率に近い状態で放たれた極光の一撃は、ヤルダバオトの体を白く染め上げ、地面に叩きつける。
初めて悪魔が膝をつく。
そこ目掛けて火星の熾天使がその手に持つ大剣を叩きつける。主天使が聖なる極撃をお見舞いする。
今放てる中で最高の連続攻撃。悪を許さない白き極光の中で、悪魔は消滅したかに見えた。
しかし、悪魔は生きている。
「今のは、一瞬だけ驚きましたよ。」
光の中から、ヤルダバオトは腕を伸ばし、ニグン目掛けて腕を伸ばす。
その首をがっしりと掴み、ヤルダバオトはゆっくりと立ち上がる。
「…が、《白銀騎士槍》!」
踠きながら、その貫通効果を期待してニグンは魔法を放つが、ヤルダバオトの目の前で掻き消える。
「何故、貴方たちは足掻くのですか?踠くのですか?あぁ…援軍を期待しているのですね。」
悪魔はニグンを盾にするように持ち上げ、こちらを牽制する。
「良いことを教えてあげましょう。援軍は、来ませんよ?」
「通知魔法は届いたように感じたでしょう?」
「それ、偽物です」
「私が用意したんですよ。」
「面白かったですよ?来もしない援軍を期待して足掻く貴方たちを見るのは。」
「あ、今逃げようと思いましたね?」
「残念、逃しませんよ。」
悪魔は勢いよくニグンを投げ飛ばす。
数度地面にバウンドして、ようやく止まる。足を震わせながらも、ニグンはなんとか立ち上がる。
「た、隊長…あれ…」
隊員の一人が怯えた声で呼びかける。
その視線の先には、絶望があった。
「鱗の悪魔に影の悪魔… それに加え戦車の悪魔、だと…!?」
この場にいる人間を絶対に逃さない、この悪魔の群れはそう雄弁に語っている。
どこからここまでの数の高位悪魔が…そんなことを考えるが、答えはわからない。
それだけではない、低位の悪魔の含めれば千に近い数の悪魔がこの広場に押し込められている。
(だが、これぐらいなら主天使を使えば突破可能…)
「突破可能、とか考えていそうですね。残念ですが、それは叶いません。」
ヤルダバオトが指を鳴らす。
すると上空から、2体の悪魔が現れる。座禅を組んだ、気だるそうな表情をした悍ましい悪魔が二体。
この場にいる人間には知る由もないことだが、その二体は『怠惰の魔将』と呼ばれるレベル81の悪魔。
ただでさえ絶望的な戦場に、さらに2体の強者の出現。
撤退──困難。
討伐──困難。
生存──困難。
勝率──限りなく零。
だからなんだ。
我々は陽光聖典。人類を守る盾。
勝率が例え那由多の果てであれ、我々が悪を前にして引くことはない。
(だが…せめてイビルアイ殿だけでも逃すべきだな…可能性が最も高いのは彼女だ。彼女がなんとか離脱して救援を呼べれば或いは…)
ズキズキと痛む体に活を入れ、なんとかニグンは起き上がる。
その時、周囲に大音量でアラーム音が響き渡った。
同時に20体の天使が現れる。
「第六位階天使召喚を二十回発動するマジックアイテムだ…まぁ、この局面では焼け石に水だがな。」
イビルアイは自嘲気味に笑う。
彼女もわかっているのだろう。ここから生きて帰るのは不可能に近いと。
「まぁ、仲間は逃がせたから良いさ…ニグン、貴様らは逃げても良いんだぞ?」
「ふん、我らがそれをしないのは分かっているだろう。…それよりも、イビルアイ殿。貴女が逃げろ。確率が一番高いのは貴女だ。」
一瞬の逡巡。
その後、最善がそれだと理解したイビルアイは、周囲を囲む悪魔目掛けて魔法を発動する。
包囲網へ穴を開け、なんとか逃げようとする。
「逃しませんよ。《獄炎》」
「やらせはせん!《魔法三重化・聖域》」
ニグンがその身を挺して魔法を防ぐ。
隊員は皆周囲の悪魔と戦闘を始めた。二体の熾天使は二体の魔将と戦闘を始めた。
この化け物を一人で相手にしなければならないという事実に心が折れそうになるが、必死に踏ん張る。
防御魔法越しでも、血液が沸騰したかのような激痛に見舞われる。
だが──
「我々は人類の盾。決して倒れることは、出来ないのだ…ッ!」
「よく吠えた」
天から千を超える数の槍が降り注ぐ。
それに触れた悪魔は次々と消滅し、一瞬にして戦車の悪魔未満の強さの悪魔が一瞬で消滅する。
「今の世を生きる英雄よ。今は休め。」
「ここからは私が代わりに戦おう。」
ニグンは空を見上げる。
そこにいたのは、竜鱗の上を白金で補強した全身鎧を纏った人型。
その人型が腕を振り下ろすと、全長十数メートルの大剣が現れ、残った悪魔の大半を一撃で消滅させる。
残ったのは、ヤルダバオトと2体の魔将のみ。
「『光雨』」
人型が言葉を発する。
すると天から空間を割いて数百の光を纏った剣が降り注ぎ、魔将の体を貫く。
「「《魔法最強化・隕石落下》」」
二体の魔将は全く同じ魔法を同時に発動し、さらに大量の雑魚悪魔を召喚する。
わらわらと湧き出す悪魔は、雑魚とはいえ一体一体がミスリル級冒険者パーティに匹敵する脅威度を持っている。
しかし、人型は全く動じない。
「『
人型がクイっと右手をあげる。
同時に、地面に高熱を放つ大槌が叩きつけられ、雑魚悪魔が一瞬にして全て消滅する。
その後、地面から大量の溶岩が勢いよく吹き出し、魔将の体をかち上げる。
「『手刀』」
天へ打ち上げられた魔将の心臓目掛けて、人型はその五指を揃えて突き刺す。
どす黒い血が吹き出し、魔将はその機能を完全に停止させ、粒子となって完全に消える。
スタッ、と軽やかに全身鎧の男は地面に着地する。
「さて……君かな?イビルアイを虐めてくれたのは」
「これは、これは…お初にお目にかかります。私の名前はヤルダバオトと申します。乱入者さん。」
一瞬で手勢を全滅させられたというのに、なんの危機感も持っていない様子で悪魔は名乗る。
「十三英雄。『白銀』だ。初めましてヤルダバオト。お前、楽に死ねると思うなよ」
軽い足取りで白銀とヤルダバオトは接近する。
ゆっくり、ゆっくりと距離は縮まり─そして弾けた。
───────────────────────
(ツアー……)
イビルアイは空を見上げる。
赤と白がぶつかり合う。
悪魔がその手の爪で斬りかかるが、返す刀で全て切り落とされる。
ヤルダバオトの翼膜はズタズタに切り裂かれ、尻尾は半ばから切り落とされる。
あれほど恐ろしかった悪魔が、まるで赤子のように遊ばれている。
魔法は悉くが撃ち落とされ、攻撃はツアーの身には一切届かない。
どうやってこの場に現れたのか、どうやって危機に気づいたかなんてどうでもいい。
大鎌に薙ぎ払われた悪魔の両足から勢いよく血が噴き出す。
振り下ろされる大斧と悪魔の剛腕が激突する。
安心する。震えていた心が氷解する。
誰よりも大きい背中。守ってくれる優しい気配。
英雄としてこの場に現れたのは、本体が戦えば王都が消滅するから配慮したのだろうか?
(頑張れ、ツアー…!)
一瞬、視線があった気がする。
神竜の時よりも苛烈な勢いではあるが、ツアーの本来の強さを知っているだけにまるで間違えて殺さないように手加減しているようにも感じる。
冷静になって考えてみると、急に王都にあれだけの力を持つ悪魔が現れるはずがない。何か原因があるはずだ。
(その原因、背後にいる何者かを引き出そうとしているのか…?それとも強さを誤認させるつもりか…?)
ただ、ツアーの意図が何であれ─
(ツアーが来た。この世界最強の存在が来た。これ以上、悪魔は何も出来やしないだろう。)
白銀の英雄が手に持つ大剣が燃え上がり、悪魔を切り裂く。
煉獄の炎を飲み込み、悪魔は墜落する。そこ目掛けて野太刀が差し込まれる。
「貴様の目的は何だ。
英雄が悪魔を組み伏せ、その心臓に太刀を突き付けながら問う。
「王都に、私たちを召喚し、使役するアイテムが流れ込んだという噂を聞きました。それを回収するため、ですね。」
「嘘、だな。」
「えぇ。嘘です。アイテムが王都に流れ込んだ事は本当ですが、本当の目的は…ただ、王都に破壊と狂気を振り撒き、それを見て愉悦に浸る。それだけです。それよりも…いいのですか?私ばかり見ていて。」
「何!?」
ツアーが後ろを振り向く。
王都の各地から炎の柱が上がる。同時に、王都の一部を囲うように炎の壁が展開される。
「あの中には、先程召喚した悪魔と同程度の者達が大量に蠢いています。もし仮に私が殺されれば、彼らは一斉に世界中に散り、混沌を齎らすことでしょう。貴方達がどれほど強くても、あれら全てを倒し切るまでの間に、王都は滅ぶでしょうね。」
首に致死の刀を突きつけられているというのに、一切物怖じせずにヤルダバオトは語る。
「…命拾いしたな。」
ツアーが刀を離す。同時にヤルダバオトは起き上がる。
「物分かりのいい人間は嫌いじゃないですよ。…二度と会わないことを期待しますよ、英雄さん」
炎に包まれたヤルダバオトの姿が掻き消え、次の瞬間には、そこには誰もいなかった。
最後に、ヤルダバオトはこう言って消えていった。
「その悪魔達、私にも消せないので何とかして倒してくださいね。」と。
292117日目
ついに、今回の百年の揺り返しでやってきた相手を発見した。
奴は敵だ。あの悪魔。厄介な置き土産を残していきやがって。
キーノを傷つけた奴は許さない。
それに、王都の民や資材がごっそり持っていかれていたそうだ。魂の残滓をたどれば、まるで拷問でもされたかのような悲痛な叫びを感じる。
ただ、奴はあえて殺さなかった。
殺して仕舞えば、奴の背後にいる存在諸共再び影に潜られかねんし、此方の強さを弱めに見積もって貰えれば、来たる決戦で優位に立てる。
こちらの最大のアドバンテージは、『魂の咀嚼』だ。鎧姿ではまともに使えないが。ここで竜の姿で出て使っても良かったが…咀嚼で魂を消滅させられることがバレれば、警戒されてしまう。この技は最後まで晒さない。複数を討ち取れるタイミングまでは。
敵が複数の可能性は高い。背後に誰かしらがいるだろう。ギルドごとの転移でもなければあそこまで派手には動けまい。
あの悪魔はNPC、その可能性が高いだろうな。ワールドアイテムがないことは確認済みだ。それに弱すぎる。鎧でさえ勢い余って殺しそうになった。まぁ向こうも本気は出してない、と仮定した方がいいな。敵の戦力は強めに考えておかなければ足を掬われる。
おそらく敵はいつか、必ず勝てると相手が予想した最大の戦力で決戦を挑んでくるだろう。
その時、竜としての力を最大限活用する。のこのこと出てきたところを全員魂ごと消滅させる。
今回の転移者は敵対的な可能性が限りなく高いのだ。それも極悪の。
対話ができることに越したことは無いが、いつでも滅ぼせるように準備だけはしておかなくては。
絶対に、殺してやる。
ヤルダバオト(…この世界のパワーバランス絶対におかしい。上位層が経験値独占してるんじゃ無いのか?それはそうと法国はさっさと滅ぼさなきゃ…脅威だ…)
ツアー(あいつ絶対に殺す。絶対に殺す)
王都(危ねえ地図から消える所だった)
モモン(なんか王都にきたら全部終わってた。それはそうとあのイビルアイとかいう塵と白銀は必ず殺す)
スルシャーナ(ツアーに止められたから行かなかったけど、あの悪魔は絶対殺す)
感想、評価などありがとうございます!励みになります!
ここから先は蛇足
デミウルゴスさん、何とか死ななかった。
実は裏で、モモンがここに間に合わないように色々やるというファインプレーをしていた。もし間に合っていたら?モモンガガチギレからの最終戦争でナザリック崩壊。
しかし、魂の咀嚼という最大の脅威は認識せずに終了。あっ(察し)
ちなみに今回の鎧は位階魔法も幾つか使える、時々登場していた難度300の最上位の鎧です。今回は魔法は使いませんでしたが。これは一点ものですが、それの一段階下の難度270〜240の白金鎧はメタルクウラかよってレベルで復活します。
本体?レベル100ガチプレイヤーによる軍団かつワールドアイテムが一定数あることが最低条件のワールドエネミー級エネミーです。ユグドラシルに実装されたら「何この、…何?絶対調整ミスってるだろ」と掲示板に書き込まれる事間違いなしですね。
モモンガTS展開は、まぁ亡国もしくは十三英雄ルート(単独転移)ならまぁ…そうなるとキーノと悟のTSおねロリとかいう相当業の深いものが出来上がりますね。