白銀は、天から戦場を見据える。
殆ど宇宙空間に突入した、情報系魔法にも引っかからない高度。
そこで白銀は考える。
スルシャーナから聞いた作戦。成功すればいいが、失敗すれば─私のやり方でやらせてもらう。
この鎧は最上級の物と見た目は同じだが、強さは一歩劣る難度280相当のもの。そのかわり予備が2機ある。
この鎧は、第三位階魔法の《一方的な決闘》を使用することができる。
いきなり
本当は、私が出て全てを終わらせてしまいたい。だがそれだけはするなと止められている。
本当に、歯痒い。だが…だからこそ、私が出ることになれば
全力で滅ぼさせてもらう。
「《魔法三重最強化・隕石落下》」
雲を割って、三つ、星が堕ちてくる。
星には手が届かない──しかし、超越者の領域へ至った魔法詠唱師は、それを容易に可能にする。
人間という矮小な存在が、想像の埒外の存在に争うなど不可能なことに思えた。
しかし、ここに集う者は誰もが一騎当千の英雄たち。
数百年にわたって人類を守り続け、その中で磨かれた技は、超越者の領域にさえ割り込む。
亜人と悪魔の群れを迎え撃つ要塞、その中から一人の男が飛び出す。
魔法も武技も使わずに、ただ純粋な脚力のみで天高く跳躍し、その手に持った大斧で星を叩き斬る。
スレイン法国の切り札。全員が超越者の領域に踏み込んだ世界最強の部隊。『漆黒聖典』が第十席次『人間最強』。
その大斧は自分の数十倍ある隕石を切り裂き、その破片を斧をバットのように使い、敵目掛けて弾き返す。
魔法本来の威力に加えて、世界最高峰の戦士の一撃の威力が上乗せされた一撃。
しかしそれはヤルダバオトの前で塵になってかき消える。
「今の一撃を防ぐか…陽光の報告と比べると随分と強いな。やはり実力を隠していたか。」
「おやおや…いきなりですか。野蛮ですねぇ。法国は蛮族の国でしたか?まぁ、お猿さん達の管理者は同じ猿ということでしょうね。」
「言ってろ化け物。蛮族はどっちだ。」
人間最強の振るった斧とヤルダバオトの爪がぶつかり合い、硬質な音を立てる。
薙ぎ払い、打ちつけ、払い、投げ飛ばし、殴りつけ、引き裂く。
豪炎が空を焦がし、衝撃が大地を割る。衝突は音速を超え、発生したエネルギーはその余波だけで地面を溶かす。
「『悪魔の諸相:豪魔の巨腕 』」
肥大化した腕に薙ぎ払われた人間最強は後ろへ吹き飛ぶ。
あえて勢いに逆らうことはせずに数回転した後にすぐさま飛び起き、斧を振るい衝撃波を発生させ、ヤルダバオトの体に傷を刻む。
「貴様の目的は何だ?」
ヤルダバオトの放った火球を握りつぶしながら男は問う。
「ただ、貴方達法国が邪魔だったから。それだけですよ?あ、後新鮮な人間の調達もしたいですね。」
「外道が。」
横薙に振り払った大斧がヤルダバオトへ命中し、吹き飛ばす。
骨が折れた音がしたが、悪魔という生き物は骨が数本折れた程度では動きは鈍らない。殺すには─心の臓腑を潰すか、脳天をかち割るかだ。
追撃せんとヤルダバオト目掛けて男は跳ぼうとしたが、すぐに踏みとどまる。
いつの間にやら、男とヤルダバオトの間には数百の悪魔の群れが立ちはだかっていた。
雑兵ばかりだが、逃げる時間を稼ぐには十分すぎる。
「ふむ…あなたの強さは大体分かりました。本当はもう少し戦っていたいのですが…そういうわけにもいきませんので。」
ふわり、とヤルダバオトが飛び、そのまま悪魔と亜人の群れの奥へと隠れる。
その後、亜人の群れの中から聞こえる太鼓の音とともに悪夢の軍勢が進軍を始める。
「では──征きなさい」
雄叫びとともに、戦いが──人と異形の戦争が始まった。
──────────────────────
スレイン法国国軍の精鋭兵士、モーレットは信仰心を胸に必死に戦っていた。
(…糞、一体どんだけいやがるんだ…この世界の亜人が全部集まってきたんじゃないか?)
山羊人、石喰猿、蛇身人、人食い大鬼や石喰猿。
それだけではない。教科書に出てくる亜人の殆どがこの戦場に集っている。
要塞の上へ登ろうとする亜人目掛けて槍を突き刺す。要塞の内部からは固定式の弩砲から魔法を付与された矢玉が放たれ、1発で数十の亜人を殺しているが焼け石に水だ。
武器は魔化されているからそう簡単に刃こぼれすることは無いが、人間の方は疲労が溜まるし、無限に戦い続けることができる訳ではない。
「前線より報告!亜人の指揮官と思しき亜人『十傑』の暗殺に成功!」
殆ど裸同然の軽装備の男が──隠密だろうか?──城壁の上に喜ばしい知らせを齎す。
要塞の彼方此方で歓声が上がる。
モーレットは、恐らく噂に聞く法国が抱える暗殺者集団、『水明聖典』がやってくれたのだろうと予想する。
と、そのタイミングで視界の端で全長60mはある悪魔が立ち上がったのが見えた。
その悪魔は重い足音とともに要塞目掛けて走ってきた。
動きは鈍重だが、体が大きい分歩幅も大きく、想像の数倍の速さで要塞へ迫る。
いくら矢をその身に受けても倒れない化け物。これが要塞へ侵入したら不味い──そう思った次の瞬間には悪魔は灰になっていた。
「はは…あの伝令も英雄級か…!」
先程まですぐ近くにいたはずの先程の隠密風の男が一瞬にして悪魔に迫り、滅していた。
疲労が溜まっていた体に活力がみなぎる。
「らぁっ!」
亜人目掛けてひたすらに攻撃を繰り返す。
刀鎧蟲の硬い外骨格さえ貫き、魔現人は魔法を使わせる前に射抜き、空から迫る悪魔は全て撃ち落とされる。
永遠にも等しい数分間の攻防。
その中で人は必死に争い続けた。
戦いが終わった後、別の区域で戦っていた友人から中には生まれながらの異能や新たな職業に目覚め、落ちかけていた区域を立て直した者もいた、と聞いた。
「がっ!」
衝撃音とともに、友人であるべリュースが苦悶の声を上げる。
「大丈夫か!?」
駆け寄りたいが、敵は攻撃の手を緩めてくれない。
「し、心配するな!ちょっと石喰猿の石弾が肩に当たっただけだ!《軽傷治癒》」
何が心配するなだ。左の肩当ては吹き飛び、血も溢れている。
法国の精鋭兵士は全員が最低でも第一位階の信仰系魔法を使えるだけの信仰心を持っている。しかし、第一位階という低位の魔法ではこの傷には焼け石に水だろう。
一瞬空いた隙目掛けて空から下等の魔鬼が強襲してくる。
その大半は弓兵に撃ち落とされるが、奇跡的に生き延びてしまった一体だけがべリュース目掛けてその触手の絡み付いた腕を振るう。
ベリュースの左腕が吹き飛ぶ。
「や、やめろ!『斬撃』!」
隣で戦っていたデズンが悪魔の首を切り落とす。
べリュースの右腕から流れる血が止まらない。このままでは死んでしまう。
「金ならいくらでも出すよ!」、といい酒をよく奢ってくれる、朗らかでいい奴だったんだ。
「はは…俺はもうダメそうだな。──後は頼んだぞ」
べリュースが城壁から飛び降り、その命と引き換えに敵を数体道連れにする。
彼はわかっていたのだ。後ろに下がれば助かったかもしれない、と。神官が回復してくれただろうと。だが、戦場全体で見れば、自分程度の実力の兵士に魔力を割くのは無駄でしかないことを。
涙を拭き、モーレットは武器を構える。
「来いよ…来いよ!化け物!1匹たりとも、ここから先には通さない!」
戦場の彼方此方で悲鳴が上がる。
苦悶の呻き声が上がる。だが、戦いは終わらない。
─────────────────────
陽光聖典、ニグン・グリッド・ルーインは最前線で悪魔相手に戦い続けていた。
ニグンは知っている。今後方で仲間たちが戦い続けられているのは。我々がここで本当に危険な敵を相手にしているからだと。
「戦車の悪魔4体、来ます!」
「合わせろ!《聖なる極撃》!」
先日の戦いで何かを掴み、魔法上昇なしで第七位階の領域へ突入したニグンは、まさしく法国の守護者であった。
千を超える悪魔がたった十数名に倒されている。驚くべきはその精神力か。いくら倒してもキリがない敵相手に戦い続ける。
後ろで戦う仲間のために──そして、さらに前線でヤルダバオト相手に激戦を繰り広げる英雄達の為に。
ニグンは知っている。悔しいが、自分たちではヤルダバオトには勝てないということを。
だからこそ、全てを英雄に──人類の切り札に託した。
「北西方向、頭飾りの悪魔!予想、精神──魔力──魔力──信仰!」
頭部のない大木のような姿をした悪魔が迫る。
レベル79の悪魔。『頭飾りの悪魔』。素の状態では同レベル帯の人間種より少し強い程度であまり強くはないが、その真価は、頭部に魔法詠唱師の頭を装備することで発揮される。
頭飾りの悪魔であれば、装備した頭部が生前行使可能だった第十位階魔法までの魔法を同時に十五位階分まで使用可能になるというもの。
頭部に飾られているのは見たこともない異形のモンスター。
「総員、構えよ!」
決して物言わぬはずの死者が何かをぶつぶつと呟くと、地面からは溶岩が溢れ、空から竜の形をした雷が落ちた。
第十位階信仰系魔法・《大溶岩流》、そして第五位階魔力系魔法《龍雷》。
溢れ出る溶岩は周囲の悪魔ごと天使を焼き、のたうつ竜の雷は低位の天使を一掃する。
魔法の到達点、極地たる第十位階魔法。借り物の力を振るう悍ましい悪魔。
悪趣味で、そしてどこまでも死者を冒涜するその悪が、その力を振るうとはどんな悪夢か。
同時に、周囲にわらわらと悪魔が集まり始める。
嘆願の悪魔は、その結ばれた口から悲鳴を漏らし、嘆きの力を発動し、煉獄の猟犬は第七位階に相当する威力の炎を浴びせかける。
先日の対ヤルダバオト戦と同じ展開──しかし、彼らも日々進歩している。
それに、ヤルダバオトさえいなければ、この程度の悪魔の群れ、殲滅は可能──!
「《魔法上昇・朱の新星》!」
主天使達が周囲の悪魔を殲滅し、ニグンが第九位階魔法で召喚した天使が頭飾りの悪魔を押さえつけ、そこ目掛けて対人最強の紅蓮の炎が炸裂する。
燃え盛る業火の中、無機質に悪魔は魔法を発動する。
「《龍雷》《龍炎》《龍氷》」
それを悪魔は複数属性の魔法の同時行使で迎え撃つ。
ニグンはそれを避けようとせず、逆に突進し、半ば体に掠らせながら避け、そのまま目の前まで接近する。
「《獄炎》」
地獄の業火が、ニグンの足元から吹き上がる。
アダマンタイトを超える硬度を誇る法衣が焼ける。だが、その魔法行使のタイミングで生まれた隙をつき、周囲の隊員から雨のように聖なる一撃が降り注ぐ。
その悪を許さない一撃は悪魔を地面に縫い付け、起き上がらせない。
「消え失せろ!《魔法上昇・神炎》!」
神の裁きが下される。
ニグンは今この瞬間、魔法の到達点へ至る。第十位階魔法《神炎》。
極善が極悪へ下す最大至高の焔。その炎は戦場へ広がり、一撃で悪を葬り去る。
次の瞬間、頭飾りの悪魔もろとも、周囲の悪魔が全て消え去る。
頭飾りの悪魔は、レベル79とはいえ、その特殊な能力の代わりに耐久力は低い。それこそ10レベル以上格下の魔法詠唱師にさえ劣る始末だ。
そんな悪魔が至高善の一撃を喰らえば、こうなるのは必然。
戦場に穴が空く。空から灰になった悪魔が次々と落ちてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ニグンが荒々しい息を吐きながら、起き上がる。
限界を超えた魔法行使はその体を蝕む。
悪魔達は休む暇など与えない。脅威を放ってはおかない。
影の悪魔が死角から襲いかかり、極小悪魔の群集体が岩岩の隙間から湧き出す。上位地獄の猟犬が火を浴びせかけ、鱗の悪魔が空から突撃を繰り返す。頭飾りの悪魔に近しいレベル──難度200から220の悪魔も休む暇なく襲いかかってくる。
まさしく地獄の軍勢、魔王の軍勢。
この世界が魔界へと変貌したのかと見紛うほどの悪意。
隊員の魔力も尽きかけ、アイテムもその殆どを使い切った。
だが、そんな中ニグンは笑う。
あぁ、我が使命は果たされた──!
「《小厄災》」
「《小厄災》《小厄災》《小厄災》《小厄災》」
一瞬。一瞬で悪魔が消え去った。
苦戦した悪魔も、驚異的な耐久を誇る悪魔も、消え去った。
魔力の全てを破壊力へ転化した、純粋な破壊の一撃。
世界の終わりに訪れるとされる大厄災、その一部を切り取ったまさしく小厄災と呼べる一撃。
それを齎したのは一人の人間の女。
体が丸々隠れるような大きさのとんがり帽子を被り、下着風の服をきた、漆黒聖典における、対軍最強の魔法詠唱師。
第十一席次『無限魔力』
女の攻撃を耐えた一部の強者と呼べる悪魔が女へ攻撃を仕掛ける。
人の体など容易に引き裂きそうな鋭爪が、アダマンタイトさえ簡単に砕く豪腕が、鉄さえ灰に変えてしまう業火が、魂まで凍りつく波動が迫る。
しかし、それに視線さえも向けずにひたすらに詠唱を続けて、秒間数発のスピードで魔力をぶつけ、消し去る。
ディサイプル・オブ・ディザスターを修めることで得られるスキル《小厄災》。
彼女が修めるのはレッサー・ディサイプル・オブ・ディザスターであり、威力も弱体化している。しかし、超位魔法を超えるその一撃はそれでも悪魔を消し去るのに十分すぎる。
その上、彼女は『
その特殊能力は、消費魔力を数倍にする代わりに、魔力を使う技のクールタイムを無視するというもの。
本来なら自分の所有する魔力の数割を消費する《小厄災》にこの能力は適用できない。魔力消費が大きすぎて死んでしまうのだ。しかし彼女はそれを可能にする。
無限の魔力を持つ彼女だからできる力技。これこそが彼女が無限魔力と呼ばれる所以。
欠伸をしながら女は悪魔を殲滅する。
「やっと終わった…ほんと、めんどくさいなーもう。クソ悪魔どもが。魔界に閉じこもって出てくるんじゃないっての、全くもう。助かったよ、陽光。お陰で1匹も後ろに通さずに殲滅できた。要塞の方でも亜人は殆ど討伐できたみたいよ。」
「はは…」
思わず笑いが溢れてしまう。
無い。何も無いのだ。先程まで悪魔で埋め尽くされていたはずの平原に…!
我々が稼いだ時間。その間に全ての悪魔を殲滅したというのか、この女は…!
「いやー。これまだ終わってないね。」
悪魔が殲滅され、視界の通りが良くなった平原。
そこが再び黒に侵食される。
「ほんと、倒しても倒してもキリがない…まぁ。全部私が倒すんだけどねー。陽光聖典、もう少し踏ん張りなさい。」
「言われなくても…!」
再び悪魔へと挑まんと、奮い立たされた隊員たちは立ち上がり、天使を召喚する。
魔力を練り上げ、精神を統一し、態勢を整える。
そして、悪魔との戦いが再び始まろうとした時のことだ。
突如、黒の群れが止まる。
中から現れたのは14体の、他とは隔絶した強さを感じさせる悪魔。
色欲
暴食
強欲
怠惰
憤怒
嫉妬
そして──傲慢。
七つの大罪を司る魔将。それが2体ずつの計14体。
「…え、なにこれ世界の終わりか何か?流石にきついわよこれ…」
苦々しい笑いを浮かべながら無限魔力は魔力を練り上げる。
近づけさせたら負けだ。有利だった戦況が一瞬でひっくり返る。これだから嫌なんだ。
「逃げなさい、陽光聖典。あなた達がここで死ぬと色々困るのよ。《小厄災》《小厄災》《小厄災》《小厄災》《小厄災》…………」
魔将目掛けてひたすら魔力をぶつける。
ゆっくりと近づいてきていた魔将のうち、筋骨隆々とした魔将──憤怒の魔将がその翼をはためかせ、こちらへ突貫する。
魔力の奔流を掻い潜り、悪魔が拳を構える。
(疾いっ…!)
捉えられない。自身の動体視力を超越した悪魔の全力の突撃。
喰らえば即死は免れない。
「《光輝緑の体》!《現断》」
殴打無効化の魔法で何とか攻撃をいなし、反撃に魔法を喰らわせる。
第十位階最大の純粋な魔法攻撃。ワールドチャンピオンの最強の一撃を再現したその魔法を喰らった憤怒の魔将の胸から血が溢れるが、一瞬で止まってしまう。
「《光輝緑の体》《火属性無効化》《光輝緑の体》《光輝緑の体》…クソっ!」
高位魔法の連発で何とか2体の魔将の攻撃を受け切るが、それも長くは持たないことを無限魔力は自覚する。
相手の攻撃を見抜き、対応する無効化魔法を発動する。相手はそれに対応してフェイントを織り交ぜてくる。
そもそも近接戦闘を苦手とする魔法詠唱師に、このギリギリの命のやりとりは負担が大きすぎる。
頭が高熱を発しているのを自覚する。
それだけでは無い。後ろでニヤニヤ笑いながら見ている他の魔将が時々魔法で攻撃してくるのもいやらしい。
「っ…《光緑輝の体》!」
少し発動が遅れた。腹部に拳が擦り、たったそれだけで腹が裂け、血が溢れる。
幸い臓器には達していないようだが、それでも動きは鈍る。
本来なら《損傷移行》を使いたかったが、その隙さえも与えてくれない。
「
魔法を使いつつも悪態を吐くという器用なことをしながら無限魔力は耐え続ける。
耐えれば、きっと戦っている仲間達が戦況を変えてくれる。そう信じて。
そんな不毛な戦いが続く中、ついに均衡は崩れた。
性格の悪い笑いを浮かべていた他の魔将達が動き出したのだ。
「あ、死んだ」
近くまで接近していた魔将の剣が、無限魔力の背中を切り裂こうと振り下ろされた。
刹那、一陣の風が吹いた。
「おんやぁ?漆黒聖典ともあろう物が弱音ですかぁ?」
その大剣を、両の手に持ったスティレットで受け止めたのは、ヒヒイロカネ製のプレートで覆われた軽装鎧をきた女。
左手に持ったスティレットで魔将の手首を貫き、ほぼ同時に悪魔の心臓目掛けて右手に持ったスティレットで刺突を放つ。
1発。この場にいる誰もがそれしか見えなかった。
魔将の心臓には、12発の刺突痕が出来ていた。
魔将は血を吐きながら大剣を握りなおし、女目掛けて大剣を振り下ろすが、その時にはもう視界から女は消えていた。
気付いたのは、背中に熱さを感じてからだ。気づいた時には背中からスティレットが生えていた。
全ての動作が疾い。この場にいる誰よりも。
第九席次 疾風走破
彼女の攻撃は、風さえも置き去りにし、音速さえも突破する。
対悪魔に特化した装備とはいえ、ほぼ同格か、下手したら格上であるはずの魔将が簡単に解体されてゆく。それは単に彼女の技術によるもの。
毎日のように格上に挑み続けてきた彼女だからこそなせる技。効率よく敵を解体する絶技。
何かを殺すことに特化した剣術は、魔将のうち一体を一瞬で解体した。
数度攻撃を受けるタイミングもあったが、それは全て無限魔力の魔法により無効化される。
無限の魔力と最速の一撃。それにより魔将の体は呆気なく壊される。
「ま、このクレマンティーヌ様にかかればざっとこんなもんよねー。」
当たり前のことをやったまで。そんな軽い口調で軽薄な笑みを浮かべながらクレマンティーヌは再びスティレットを構える。
クラウチングスタートにも似た態勢から、矢のように疾風走破の体が放たれる。
時さえも一瞬置き去りにした一撃は、解体され消えかけた魔将の体に命中する。
死に体だった魔将の体はついに崩壊する。
「誰のおかげで横槍が入らなかったと思っているのですか?」
得意げな疾風走破を諌めるのは、優男風の男。
その手を指揮者のように振るうと、彼の周囲に集う魔獣達が魔将目掛けて襲いかかる。
ケルベロスや
それらが一つの生命体のように完璧な連携で魔将を喰らう。
その脅威度は、優男風の男の持つビーストテイマーの力で何倍にも高められる。
そしてさらに彼の持つタレントの力で魔獣の力は高められる。その強さは群体として見れば相性によっては、下手すれば難度が50離れた格上にさえ通用しかねない程。
第五席次 一人師団
「あーもう!五月蝿いなぁ!」
苛立たしげに疾風走破は叫び、ついでに目の前に現れた怠惰の魔将の召喚した低級モンスター──とはいえ、外の世界では伝説級と呼ばれる死の騎士や腐敗の悪魔など──を殺す。
人類の切り札、漆黒聖典。その力は悪魔を殺す。壊す。
しかし魔将達も全員が難度240以上の化け物揃い。
魔将を漆黒聖典が抑え込んでいると見るべきか、
この瞬間、戦場は完全に硬直した。
この戦況を変えるとしたら
ヤルダバオト、そしてそれと戦う者達だけだ。
──────────────────────
「…貴女は誰、ですか?」
ヤルダバオトは目の前に佇む少女を見据える。
ヤルダバオトはその全身から湯気のような瘴気を放っていた。
その体はもはやかつての人間に近かった面影はない。
全身が黒い装甲のようなものに覆われ、その腕は肥大化した状態で固定され、さらにそこから鋭利な爪が生えている。
翼は数倍に広がり、硬質な光を放っている。
この場にいる誰も知ることはないが、これはまさしくヤルダバオトの第三形態。作成者が漢の浪漫を詰め込んだ最強の形態。
この形態においては、抑えられていた全ての能力が上昇し、まさしく魔王と呼べる力を手にすることができる。
これを使わなければ勝てなかっただろう。
ヤルダバオトはそう考える。
足元に倒れ伏す蛮族風の男と忍者風の男。
そして30近くの数の熾天使、そして智天使。
それだけでなく、時折どこからともなく魔法による支援砲撃まで飛んできていた。
激戦だった。蛮族風の男に至ってはレベル90を超えていたのではないかとさえ思う。
それをようやく倒し、今から止めというタイミングで現れたハーフエルフの少女。
「あぁ、本当…本当、ムカつくんだよお前。お前が踏みつけているそいつらはなぁ、そいつらはなぁ…!お前みたいな屑が踏みつけていい相手じゃねえんだよ!」
少女は手に持った拳銃を構えて言う。
「行け。『神祖カインアベル』、『恒星天の熾天使』、『根源の星霊』」
その姿に似つかわしくない乱暴な口調で少女は叫ぶ。
「死ね!死んで朽ち果てろ!その胸に絶望を抱いて死んで行け!」
第零席次
二つ名なき最強の姫、ディートリーネ。
この世界で生まれた、正真正銘の超越者。
感想、評価などありがとうございます!励みになります!
本当なら漆黒聖典組が要塞戦の支援をできればよかったけど、それやると要塞に強敵が突撃してくるから死者は数倍じゃ済まないことになっていました。
この世界の漆黒聖典、ユグドラシルじゃできない半ばチートビルドをしています。具体的に言うと最上位職複数を先に取ってそれを生かすための下位職を余った枠に入れるみたいな。
ナザリック、あいつら最低でも魔将29体までなら倒されても損害なしの札として使えるのさぁ…!敵対ルート書いてるナザリックの戦力の頭おかしさが再認識できます。そしてそれ以上の規模がありそうなトリニティとがどうなってるんですか?
次回はラストから少し時間が巻き戻ったところから