白金の竜王に転生した人間の日記   作:美味しいラムネ

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全ては作戦のうち。
もし追ってくるのであれば、全員で囲んで潰すだけだ。


人類の守護者─2

 

 

 

漆黒聖典第十席次『人間最強』。

彼は神人たる第一、第零、そして番外席次を除くあらゆる既存人類の頂点に立つ実力を持つ。

その力はレベルにして93。他の隊員とは隔絶した強さを持つ彼は人間最強の名に相応しいだけの強者だ。下手な竜王相手であれば完封できるだけの力を持っている。

しかし、その相手である悪魔も尋常の相手ではなかった。それだけのことだ。

 

斧と爪がぶつかり合い、拮抗する。

ギチギチと嫌な音を立てながら火花が散る。

 

「貴様は存在してはならない…貴様のような存在は人の世にいてはならないのだ!

 

拮抗状態は限界を迎え、両者は共に後ろへ吹き飛ぶ。

そっくり同じ動作で体勢を整えた両者は、再び激突する。数度繰り返されるうちに、平坦だったはずの周囲は荒々しい岩山へと姿を変える。

気色の悪い音を立てながら地面から生えてきた触手が体勢を崩そうと上下左右から変則的な攻撃を繰り返す。

 

「むぅ…ん!」

 

人間最強は斧を掲げ、四方八方へ放たれた斬撃が触手の長さを十分の一以下までに細断する。

 

瞬間、その中でも一際大きい触手のかけらが急に浮かび上がり、ヤルダバオトの念動力により弾丸のように撃ち出されたそれは次々に人間最強へぶつかる。

体液が飛び散り、そこから酸のじゅくじゅくという音が聞こえる。

防御低下系のデバフを与える体液。それを浴びてしまい僅かに柔らかくなった隙を狙い、ヤルダバオトがその両手の爪に業火を纏い、残忍な笑い声を上げながら突撃する。

 

それを左腕の手甲で受け止めるが、熱までは防げずに焦げ臭い匂いが充満する。

 

「いてはならない生き物、ですか…貴方達は家畜を育てないのですか?狩りをしないのですか?帝国には人やモンスターを戦わせる闘技場があるそうですね。…これと私たちの行いに何の違いがあるのですか?私から言わせてもらえば…我々も、貴方達が貴方達にとっての下等生物に対して行うことと同じように、生存、そして娯楽のために人間に役立ってもらってるだけですよ?」

 

ヤルダバオトの口から放たれた凍てつく冷気が人間最強の体の表面を霜で覆う。

それを気合で全て溶かした人間最強は、口から圧縮した空気を弾丸のように吐き出し、ヤルダバオトの視界を一時的に奪う。

 

「化け物が…!なら、俺は俺たちの生存のためにお前を殺す!これなら貴様にも分かりやすいんじゃないか!?…元より、理解してもらおうなどとは思っていないがなぁ!『剛腕剛撃』!」

 

唸りを上げながら大斧が弧を描き、ヤルダバオトに命中する。

その一撃は悪魔の胸を切り裂き、真っ赤な花が咲く。そのまま悪魔の延髄目掛けて蹴りを放つが、それは防がれる。

翼を大きくはためかせ後ろへ飛びのいたヤルダバオト目掛けて斬撃波を放つ。

紙一重で避けられるが、側を通っただけでも斬撃波はヤルダバオトの体に赤い線を残す。

 

「《魔法最強化・火球》」

 

追撃のために投げつけた自分の体の数倍の大きさはある大岩は火球により相殺される。

 

「はぁ、これだから蛮族は…!まぁ、そちらの方がまだマシな理論ですがね…!《深遠の最上位軍勢の召喚(サモンアビサルグレーターアーミー)》」

 

ヤルダバオトがカーテンのように両腕を広げると、その間から悪魔の軍勢が姿を表す。

どれもがレベル70を超える難敵。しかし、人間最強の前では敵になりえない。

 

「『溶岩龍』」

 

叩きつけた斧から放射状に地割れが発生し、持ち上がった岩盤の間から溶岩が噴き出す。

それらは生物のようにのたうち、悪魔を捉え、地の底へ封印する。

ヤルダバオトと人間最強の間に空いた空間。そこ目掛けて人間最強は突貫する。

 

距離にして50m。

 

左右から鎌を持った悪魔が斬りつけてくる。それを体で受け止めて、気合いで吹き飛ばす。

 

「《魔法三重化・最終戦争・悪》《魔法速度加速》行け!悪魔の軍勢達よ!」

 

三重化された悪魔の軍勢を呼び寄せる魔法が発動される。ヤルダバオトの周囲に闇が渦巻き、ボコボコと泡が湧き上がったかと思うとそこから悪魔が湧き出す。

加速された魔法は一瞬にして1000に近しい数の悪魔を召喚する。

 

低級の悪魔とはいえ、ヤルダバオトと人間最強の間には巨大な壁が構築される。

 

「《伝言》支援砲撃要請─頼んだぞ!」

 

空が一瞬光ったかと思うと、空から光の柱が落ち、低級の悪魔を一瞬で殲滅する。

漆黒聖典であれば1日に一度だけ使用できる、生の神アーラアラフの構築した迎撃システム。

それは一瞬で悪魔を殲滅し、ヤルダバオトまでの道を再び空ける。

 

「私に…近寄るなッ!《魔法三重最強化・隕石の豪雨(メテオレイン)》」

 

天から星が降り注ぐ。

軌道を逸らすのは自分に直撃するものだけでいい。絡み付いてくる悪魔を斬り伏せながら星々の間を縫いながら前へ進む。

魔王と勇者。勇者とは到底呼べないような蛮族の姿ではあるが、それはまさしく英雄譚の一幕。

降り注ぐ礫をその身で弾き返す。前へ進む。

 

「燃えてしまいなさい。《魔法三重最強・吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)》!」

 

足元から鉄をも一瞬で蒸発させる炎の柱が立ち上る。

その熱を引き裂いて、悪魔の目の前へ辿り着く。

 

腰を深く落とし、溜めた力をバネの様に一瞬で解放。弧を描いた軌跡は間違いなくヤルダバオトの体を肩口からバッサリと切り裂いた。

溢れる血、そして肉片を吹き飛ばしながら人間最強は空いた左手でヤルダバオトの顔を殴打する。

 

「『明けの明星』『宵の明星』」

 

お返しとばかりに放たれるのは開闢の一撃。

天に輝く赤き星が落ちる。本来なら遠距離から放つべき相反する性質を持った範囲攻撃が超至近距離から放たれる。自身の完全耐性にものを言わせた強引な手段ではあるが、この方法であれば技の威力を余すことなく敵にぶつけることが出来る。

 

光は天より零れ落ち、ただ全てを凍てつかせ、燃やし尽くす。

()1()()()()使()()()()()()()最大威力を誇る一撃は、いくらヤルダバオトの能力値が低いとはいえ敵を葬り去るには十分すぎる。

 

それを迎え撃つは不動明王。動かざる守護者が裁決を下す。

男の背後に半透明の明王が現れる。忿怒の表情を浮かべた明王は、三鈷剣を振り上げ、そして下す。

振り下ろされた三鈷剣から溢れた光は大斧へと集約し、それは一つの特殊技術として放たれる。

 

「『倶利伽羅剣』ッ!」

 

不動明王撃(アチャラナータ)の二種類の攻撃手段の一つ。対悪に特化した一撃は、明星を貫きヤルダバオトの腕を斬り落とす。

 

「─し損じたか」

 

本来ならヤルダバオトの胴を両断していたはずの一撃。

それを腕一本で相殺したというのだから、敵ながら天晴れという他にないだろう。しかし─この状況を見れば、誰もがヤルダバオトを人間最強が圧倒していると見るだろう。

 

「これは…これはこれは。誠に残念ですが…私も少々本気を出さざるを得ないかもしれませんね…」

 

両腕をだらんと下げたヤルダバオトの全身が炎に包まれ、その中から先ほどまでのヤルダバオトとは全く姿の違う悪魔が現れる。

全身を鎧の様に黒い鱗が覆い、背中からは蝙蝠を思わせる翼が、そして背中からは頭にかけてびっしりと角が生えている。

爬虫類と人間の合いの子を思わせるような巨躯の悪魔。

 

先程まで戦っていたヤルダバオトと比べて全ての能力が数段向上した悪魔。

これがヤルダバオトの真の姿か、と思ってしまっても無理はない。

 

「これが我の真の姿…下等生物よ、この姿になったからにはもう手加減できんぞ…!」

 

しかし、この悪魔はヤルダバオトでは無い。ヤルダバオトが一時的な撤退のために身代わりとして召喚した悪魔。

レベル80後半の上位悪魔奈落の支配者(アビサルデーモン)。24時間に一体だけ召喚できる近接戦闘に優れた悪魔。ヤルダバオトの基礎能力値はレベル60にさえ劣る。だからこそそのギャップを利用して、この様な身代わり作戦が出来てしまうのだ。

 

全身から怒気をみなぎらせる悪魔目掛けて人間最強が大斧を振り下ろそうとした時のことだった。

 

「…こいつ、偽物だな」

 

空から声が聞こえる。

突然の乱入者にその場にいた全員が空を見上げる。

 

赤色の全身タイツの上から体の各部を金属板で補強したアサシン風の男。

その男が戦場の端を見据えたかと思うと

 

「─見えた」

 

そこ目掛けてくないが豪雨のように降り注ぐ。

ニンジャ系職業ツリーの最上位に位置する、頭領以降の職業で獲得できる奥義の一つ、『雨夜』。

一つのくないを何十倍もの数に増殖させ、そして高速で撃ち出す攻撃系スキル。

 

何もないはずの場所に命中したくないは、そこに隠れていた存在を露わにする。

そこから出てきたのはヤルダバオト。いかなる手段を使ったかは知らないが、くないの大半を防いではいるが、それでも防ぎきれなかった数本が体に突き刺さっている。

 

「起動『爆炎陣』『雷豪符』」

 

突き刺さった数本のくない目掛けて雷が落ち、そして残ったくないは周囲に高熱を放ちながら爆発する。

 

「助かった、天上天下。俺じゃあ完全不可知化に最高位幻術の重ねがけまでは見抜けねぇからな」

 

「感謝は無用。一気に畳みかけるぞ」

 

苦々しげに顔を歪めた─仮面で顔は見えないがそんな雰囲気がした─ヤルダバオトと身代わりの悪魔が合流する。

 

第十二席次 『天上天下』

 

世界最強の存在をして、あらゆる暗殺者を超える能力を持つと言わしめる男。

100を超える暗器を操り、1000を超える忍法を収め、複数の奥義を操る戦闘に特化したニンジャ。

 

「ヤルダバオト様…いかがいたしましょうか」

 

「ふふ…わらわらわらわらと…えぇ、良いでしょう。奈落の支配者、力をよこしなさい」

 

「──はっ!」

 

両の手に忍刀を構えた男と大斧を構えた男が並び立つ。

そして天上天下が口から突風を巻き起こした瞬間、ヤルダバオトは驚くべき行動に出る。

 

背中から生えてきた触手が召喚した悪魔を捕らえ、そのまま背中に大きく開いた口へ運び、そして喰らったのだ。

咀嚼音が響く。

ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃと。最後にごきりと骨が折れる音がした。そんな中でも喰らわれた悪魔は悲鳴一つあげなかった。

 

予想外の行動に、思わず男達は顔を顰める。

 

「…ふぅ。少々待たせてしまいましたね。お待たせしました。では、続きと行きましょうか」

 

 

対ヤルダバオト戦、それは圧倒的に人類側の有利に進んでいた。この瞬間までは。

 

この時点で、ヤルダバオトの残りHPは四割を切った。

そして、ヤルダバオトは選択した。自分の最大の切り札を明かしてでも、脅威となり得る法国の札を一枚でも多く切らせると。

 

 

ヤルダバオト─デミウルゴス。

彼の基礎能力は、ナザリックの階層守護者の中でも最低。40レベル近く格下のプレアデスに劣る能力まである始末。『守護者最弱』と言っても過言ではない。

しかし同時に、彼はこうも呼ばれている。『漢の浪漫最強枠』、と。

 

ユグドラシルにおいて、一部の異形種はゲームのラスボスのように複数の形態を持つことがあった。

そう言ったタイプの異形種は、設定は面倒だが、半人形態や人間形態、つまり第一、第二形態の時に自身の能力へのペナルティがかかる代わりに最終形態でボーナスを持つようにも出来る。

そしてデミウルゴスはそう言った異形種の中の一種だ。

ユグドラシルにおいて、基本的にデメリットが大きい職業やスキルは、その分メリットも絶大なものとなる。仮に「100レベルの存在がレベル60以下の能力相当まで弱体化するようなデメリット」を受ける場合、代わりに得られるメリットはどれほど絶大なものになるだろうか。

 

『漢の浪漫最強枠』その名に恥じない最強の力が解き放たれる。

デミウルゴス最終形態。この時、その能力は守護者最強のシャルティアさえも超えて、一時的に最強と呼べる領域へ突入する。

最強にして最弱。最大級のデメリットと引き換えに得られる最大級のメリット。

 

ヤルダバオトの体に黒い瘴気が集う。

体のあちこちに突き刺さったかと思うと、ヤルダバオトの体は浮き上がり、そして瘴気の突き刺さった部分が肥大化する。

骨格そのものが変化するように体が蠢き、何かが折れる音や潰れる音、引きちぎれる音と共にヤルダバオトの体は変化を続ける。

 

この変化を完了させてはまずい。そう思った男達は自身の持てる攻撃手段を用いて悪魔の肉体を破壊しようとする。

 

「『天地雷鳴』『大瀑布の術』『凍土牢獄』」

 

ヤルダバオトの周囲に雷鳴を伴う竜巻が発生し、同時に白濁した水球がヤルダバオトを捉え、それが刀剣よりも鋭い氷の刃へと姿を変え、切り刻む。

 

「『大威徳明王撃』」

 

出現した大威徳明王が、その手に持った棍棒で悪魔の体を叩きつけ、それと同時に人間最強が1.5倍ほどに肥大化した大斧でヤルダバオトの首を刎ねようとする。

刃が首に触れた。しかし─

 

「遅い」

 

鐘を鳴らすような重い音とともに斧は停止する。

 

「押し込めない…っ!」

 

ギチギチと首元で刃がせめぎ合う。

いつの間にかヤルダバオトの全身を覆っていた黒い粘質の何か。それが刃を押しとどめていた。

そして、黒は弾ける。

 

「が、はっ」

 

人間最強の全身を黒が貫く。

何回も、何回も念入りに黒は貫き、全身が穴だらけになった人間最強はゴミのように投げ飛ばされる。

 

「くそっ!『無限影分身の術』」

 

ヤルダバオトの周囲を囲うように百近い数に天上天下が現れる。

それらが一斉に忍術を発動する。赤、青、黄色、緑。七色の光が黒の表面で弾けては飲み込まれる。

 

「効かぬ」

 

黒は弾け、波のように広がり全ての分身を貫く。

 

「『不動金剛盾の術』…ぁあ!『爆炎陣』!」

 

なんとか攻撃を逸らしたが、余波だけで半身が抉れ、視界が真っ赤に染まる。

それでも体は勝手に動く。半ば無意識に放たれた反撃は、黒のベールを捲る。

 

両腕は肥大化し、全身から黒い炎が吹き上がる。

腕からは刀身の如き爪が生え、全身は漆黒の装甲で覆われている。

人間に似ていた面影は一切なく、まさに魔王と呼ぶにふさわしい姿へと変貌していた。

立ち登るオーラからは苦悶の声が上がっては消え、背中からは人の体を無理やり歪めて作ったかのような見た目をした翼が三対生えている。

 

ヤルダバオト第3形態。漢の浪漫最強形態。

その真の姿が今ここに。

 

「『金剛夜叉明王撃』!」

 

全身から血を噴き出させながら、人間最強は気合いで起き上がり、雷を纏った大斧をヤルダバオトに叩きつける。

同時に現れた金剛夜叉明王が、手に持った雷を纏った金剛杵でヤルダバオトを複数回殴りつけ、体に電流を流し込む。

悪を一瞬だけ縛り付ける効果により、ヤルダバオトの反撃がキャンセルされる。

 

「《連鎖する龍雷》」

 

天上天下が仕込んでおいた連結された14本の(スタッフ)から魔法が同時に解放される。

最高級の木材を使うことでようやく作成可能になる第七位階魔法のこもった杖。天上天下が趣味で大枚を叩いて購入して改造したアイテムが一つ。同時発動を可能にしたそれからのたうつ龍が放たれ、高圧の電流がヤルダバオトの体を焼く。

 

さらに天上天下は所有するアイテムを惜しげなく使用する。

地面に突き刺したのは天使の羽を模した薙刀。

 

そこから光が溢れると、計8体の熾天使が召喚される。4日に一回だけ恒星、原動、至高天を除いた熾天使を召喚する能力を持った神器級武器。さらに天上天下は懐から数枚の巻物を取り出す。それは第八位階天使召喚が込められた巻物10枚近くを一枚に圧縮したもの。

 

光の中から召喚されたのは計22体の智天使。

 

「行け!天使達!」

 

天使達が目の前の悪を潰そうと殺到する。

剣が、錫杖が、槍が、大槌がヤルダバオトの体を叩く。

 

その間に天上天下が人間最強の元に駆け寄り、真っ赤な色をしたポーションを飲ませる。

 

この程度の天使で倒せるなどとは思っていない。数分稼げれば御の字だ。

だが…まさか数秒で全滅するとは誰も予想できなかった。

 

殺到した近接戦闘に特化した悪魔が、黒い光に焼かれ、消失する。

その後、一瞬にして後方から魔法や矢弾で攻撃していた智天使が腕を払うだけで半壊し、なんとか直撃は避けた熾天使達の攻撃は、背中から生えた尻尾と羽根により捌かれる。

 

「『影分身の術』『雷鳴斬』!」

 

足元、頭上、そして背後から同時に放った斬撃は、全て爪の一本で受け止められる。

確実にダメージは入っているのだろうが、あまりにも遠い。先程までとは別人なのではないかとさえ思う強さの変わりよう。

 

「人間最強!」

 

懐から取り出した能力強化のポーションを人間最強にふりかけ、同時に麻痺と睡眠、沈黙と盲目を付与する猛毒と、移動阻害の効果を持ったポーションをヤルダバオトに投げつける。

 

それをヤルダバオトは鬱陶しそうに弾き飛ばすが、空気に触れた瞬間一瞬で膨張するポーションは、ヤルダバオトの皮膚に絡みつく。

ブラッドオブヨルムンガンドに匹敵する強度の毒は、わずかながらヤルダバオトの耐性を貫通し、一瞬だけデバフを通す。

 

「『能力向上』『能力超向上』『限界突破』『限界完全突破』『剛腕剛撃』『天空両断』!」

 

亜光速へ到達した大斧の一撃は、ヤルダバオトに認識させる暇もなく命中する。

武技の多重発動、そして天上天下のサポートにより最大の威力を発揮した一撃は、ヤルダバオトの片腕を肩口から切り飛ばした。

 

「おいおい、マジかよ…」

 

切り飛ばされたはずの腕が一瞬で再生する。

 

「…これで満足ですか?」

 

僅に残った天使を殺しながらヤルダバオトがゆっくりと迫る。

勝てない。確実に。

 

人間最強と天上天下はそれを悟る。

それでも体は自然に動く。心は折れない。この程度の壁──とうの昔に知っている!

 

少しでもダメージを与えようと、大斧の一撃が、そして忍術がヤルダバオトにぶつけられる。

 

「はぁ…鬱陶しいんですよ貴方達。どうせもう勝てないのです。大人しく死ぬのをお勧めしますよ?」

 

予備動作無しで一瞬で目の前まで移動してきたヤルダバオトに腹を殴打され、天上天下の体が倒れる。

倒れるまでの一瞬でなんとか刺した苦無が爆発するが、ヤルダバオトはなんの痛痒も感じない。

 

返す拳で人間最強を吹き飛ばし、一瞬で意識を奪う。

そしてヤルダバオトは人間最強をゴミのように踏みつける。

 

「下等生物が…所詮、この程度ですか。脅威には成り得ませんね。」

 

一仕事終えた後のようにヤルダバオトは体をググッと伸ばす。

そして手に持った炎でできた槍を人間最強に突き刺そうとした。

 

 

爆発音。そして死角から高速で何かが飛来するのを感じた。

そちらに目を向けた瞬間、目の前に飛び込んできたのは鉄の塊。120mmほどの大きさの弾丸が、ヤルダバオトの体に命中し、そしてヤルダバオトの体を吹き飛ばした。

 

放たれた方向を見ると、そこにいたのはラフな格好をした拳銃を構えた少女。

 

この世界では一般的に流通していない『銃』と呼ばれる武器から放たれる弾丸。

しかし、これはあまりにも大きすぎる。これでは拳銃というより、手持ち戦車(ハンドタンク)ではないか。

さらに追加で弾丸が発射される。数発までは爪で迎撃できたものの、最後の数発は耐えきれずに爪が数本吹き飛ぶ。

 

「貴方は…誰、ですか?」

 

自分の持つ情報になかった乱入者。

今の一撃で、確実に相手が守護者級に匹敵する強さを持つことだけはわかる。

 

「あぁ…あぁ本当に」

 

あぁ、本当…本当、ムカつくんだよお前。お前が踏みつけているそいつらはなぁ、そいつらはなぁ…!お前みたいな屑が踏みつけていい相手じゃねえんだよ!

 

少女は感情を爆発させる。

ただそれだけで大気が震える。数倍に膨れ上がった気配。ヤルダバオトはその中に、まるで複数の命が蠢いているかのような感覚を覚えた。

 

「行け。『神祖カインアベル』、『恒星天の熾天使』、『根源の星霊』」

 

その姿に似つかわしくない乱暴な口調で少女は叫ぶ。

 

「死ね!死んで朽ち果てろ!その胸に絶望を抱いて死んで行け!」

 

真祖を超えた神祖が、天使の頂点たる熾天使が、根源より生まれ出し精霊が、一様に怒りを露わにし、その気配を膨れ上がらせる。

 

第零席次

 

二つ名なき最強の姫、ディートリーネ。

 

この世界で生まれた、正真正銘の超越者。

 

 

 

──────────────────────

 

 

ディートリーネ。彼女の生まれながらの異能は世界で五指に入る強力なものである。

その能力は単純明快。倒した相手のコピーした存在をギルドNPCのように使役できるというもの。

装備まではコピーできないが、それでも強力であるのは間違いない。

 

そして、彼女の生まれながらの異能は彼女の特殊な魂の構造に起因している。

彼女の魂の大きさは大体最大レベル100の、プレイヤーと同一のもの。しかし、魂の外枠だけが異常に大きいのだ。そしてそれは成長とともに拡大を続け、百年前の空き領域は400レベル分ほどだったが、今や1000レベル分にまで到達している。

 

そして彼女はその空き領域に、倒した相手の存在を刻みつける。

相手を殺した際に発生する経験値を通貨に、その存在を再びこの世界に具現化させるのだ。

あくまでもコピーであり、魂を奪うわけではないが、間違いなく倒した存在とコピーの強さは同一。

 

 

召喚された神祖が地面に槍を突き刺すと、そこからヤルダバオト目掛けて血でできた槍が放射状に広がり、ヤルダバオトの体を滅多刺しにする。

そこ目掛けて流星の如く精霊が突撃し、あらゆる防御を貫通してヤルダバオトの体を地面に擦り付ける。

 

「《魔法三重最強化・神炎》」

 

熾天使が杖を振り上げる。

空から放たれるのは裁きの炎。本来の使い手である天使が放つ裁きの炎は、人が使った時の何十倍もの威力を発揮し、ヤルダバオトの翼を焼き切る。

 

「なんなんだ…なんなんだ貴様は!《魔法三重最強化・隕石落下》《魔法三重最強化・朱の新星》『悪魔の諸相・触腕の翼』!」

 

落下する隕石は、神祖が指を鳴らすと派手なエフェクトともに焼失し、新星のエネルギーは、星の精霊に喰らわれる。

降り注ぐ触腕は、天使から放たれる清浄なるオーラにより灰へと帰る。

しかしこれらは本命の攻撃でなく。地面から染み出した黒い粘液が暴れまわり、天使の体を打ち据え、精霊を細切れにする。

しかし、神祖だけはその全てを撃ち落とす。召喚者たるディートリーネには一切攻撃が届かない。

 

さらに肥大化した左腕を盾のように使い、ヤルダバオトが神祖目掛けて突貫する。

ディートリーネの放つ弾丸が腕の肉を抉り、腕から感覚が消えるがそれでも止まらない。

 

目の前になんとか接近したヤルダバオトの背中から、真っ赤な槍が生える。

そのまま硬質化した血の雨がヤルダバオトを貫く。

 

「『フルバースト』さっさと死ねよ糞悪魔が!」

 

拳銃から金属の擦れ合う嫌な音がしたかと思うと、明らかに拳銃ができる連射速度を超えて弾丸が放たれる。

そして弾頭がヤルダバオトの体に触れた瞬間、込められた魔法が発動する。

発動した魔法は第九位階魔法《流星雨(ミーティア・スウォーム)》。横からは弾丸で殴られ、上からは流星が降り注ぐ。

 

「会話もできないか下等生物が!『悪魔の諸相・魔王の拳』!」

 

硬質化させた両腕の表面で銃弾が弾ける。

その全てを捌き切り、体を大きく捻らせて、全力で拳が突き出される。

音速を超えたことで周囲に衝撃を撒き散らす拳は、少女に当たることなく止められる。

 

「行け、『王騎士』」

 

ディートリーネの髪が風を受けて後ろへなびく。

 

その拳を受け止めたのは、擬人化したヘラクレスオオカブトを思わせる姿をした騎士。

カンストプレイヤーをしてウザいと思わせるほどの防御力を持った蟲の騎士は、異様に巨大なグレイブで拳を受け止める。

そのまま腕をがっしりと掴み、後方へ向けて全力で投げ飛ばす。

 

飛行可能なヤルダバオトは空中で体勢を整えて、魔法を放とうとするが、ギリギリ生存していた星の精霊が背中から彗星のように激突し、体勢を崩す。

そこ目掛けて神祖が血液でできた蝙蝠を殺到させ、その右脚を粉々に砕く。

 

「遊んでやるよ。下等生物さん。えぇ!?」

 

人間を下等生物と呼ぶ悪魔へ、煽るようにディートリーネは言葉を投げかける。

ゴミを見るような目で、弾丸をヤルダバオトへ叩きつける。

 

ディートリーネの生まれながらの異能は召喚系である。だからといってディートリーネ自身が弱いわけではない。

彼女自身も最強クラスの銃士であり、強力な召喚士に対する回答である、『術者を先に殺す』ということを難しくしている。

 

「《第十位階悪魔召喚》…行け!」

 

提灯鮟鱇のような顔面をした悪魔が現れ、何かの特殊技術を使おうとするが、発動する前にその頭は水風船のように破裂する。

破裂し、溢れた血は神祖の元に集まり、一本の槍を形取る。

 

そして放たれた真紅の投擲槍はヤルダバオトの左肺を潰す。

ヤルダバオトの口から血が溢れる。そしてヤルダバオトの口から溢れた赤は炎へと変わり、炎の吐息となって放たれる。

 

「燃え尽きろ、下等生物があぁああああ!『地獄の吐息』!」

 

炎に触れた地面は灰すら残さず分解される。大気さえ殺す死の炎は、神祖と少女の体を焼き尽くす。

灰になって崩れていく体を見て、ヤルダバオトの顔に満面の笑みが浮かんだ。しかしそれはすぐに歪むことになる。

 

「へぇ、凄い凄い。やるじゃん。ほーんの少しだけ火傷しちゃったよ。せっかくセットした髪もボサボサだなぁ!」

 

火炎の中から笑いながら少女は弾丸を放つ。

 

それを両断しつつヤルダバオトは思考する。

 

髪のセットが崩れた?この炎を浴びてその程度で済むなどあり得ない!であれば…耐性か!

おそらくは火炎に対する絶対耐性。厄介な…!

 

炎が効かないと悟ったヤルダバオトは少女に向かって地獄の雷を呼び寄せ、ぶつける。

激しいスパークと共にディートリーネの体を焼くはずだった雷はことどとく蟲の騎士に防がれ、そして今度は真っ赤な雷がヤルダバオトの体を焼く。

 

あまりの威力に思わず膝をついたヤルダバオト目掛けて、少女は銃を向ける。

取り出された銃は先程までの数倍の大きさを誇る。5m級電磁加速砲(レールガン)。砲身にかけられた短距離転移のループ魔法により、無限に加速する銃弾。

 

空間を引き裂き現実を崩壊させながら迫る弾丸は、吸い込まれるようにヤルダバオトの胸に向かい──ヤルダバオトの二つある心臓のうち一つを潰した。

 

 

 

「あははは、ははははははは!何が悪魔だ、何が偽神(ヤルダバオト)だ!こんな、こんな無様な屑が!お前が、お前がぁああああ!

 

少女は荒れ狂う。

彼女は愛しているのだ。この世界を、友人を、親友を。

両親から愛を注がれて育った彼女は、生まれた時から人類を守るために戦う人々の背中を見てきた。

彼女の母親のルーツたる六大神。彼女の父親のルーツたる八王。

 

そのどちらもが、その胸に人類を守る硬い覚悟を持っていた。

それは脈々と受け継がれ、彼女の心にもその覚悟は深く根付いている。

 

神祖が吹き飛んだヤルダバオトの首を掴み、その頭を何度も地面に打ちつける。

激痛に耐えながらもなんとか神祖の足を掴み、ヤルダバオトはその爪で足首を切り裂き、なんとか拘束から抜け出す。

三重化された魔法を放ち、神祖の体を後方へ吹き飛ばすが、その隙に少女はヤルダバオトの眼前まで迫る。

 

そして少女はヤルダバオトの胸に空いた穴に腕を突っ込み、その腑を引き摺り出し、潰す。

感じたことのない痛みがヤルダバオトを襲う。体の中身がかき混ぜられたかのような感覚。

 

「ぐっ…!《上位転移》」

 

なんとかして撤退しなくては、その感情だけがヤルダバオトを支配する。

逃げなくては、この情報を持ち帰らなくては!

 

「逃すかよ!《次元封鎖》」

 

一部の高位悪魔や天使が用いる技術を再現した魔法により、転移が封じられる。

これでもうヤルダバオトは逃げられない。

 

ディートリーネは己が使命を果たそうとする。

それはヤルダバオトを殺し、その情報を丸裸にするというもの。

 

再び銃を構え、今度は脳天をかち割ろうとした瞬間、結界が割れた音が聞こえた。

 

「ニグレド!」

 

ヤルダバオトが叫んだ瞬間、ヤルダバオトの体が光に包まれる。

 

「糞が、逃げるなああああああああああ!

 

ヤルダバオト目掛けて銃弾を放つが、ヤルダバオトの体は薄れ、命中することなく後ろへ貫通してしまう。

神祖の放った魔法も全てがすり抜ける。

 

ヤルダバオトがこの空間から消えそうになった瞬間。

 

「あとは任せておけ。《一方的な決闘》」

 

白金の全身鎧がどこからともなく現れた気がした。

 








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ここから先は蛇足

デミウルゴス、あまりにも能力低すぎるけど、漢の浪漫最強枠とか言われてるし、一部の異形種はペナルティと引き換えに最終形態でめっちゃ強くなれるっぽいことがわざわざ書かれてるからその部類だと思うんですよね。最終形態では滅茶苦茶強いみたいな。

漆黒聖典の強さは大体65〜80レベル後半、人間最強が93、隊長が99と100の間。
番外と第零がカンスト、あと漆黒聖典とは別だけどエルフの国のもう一人の超越者はそれ以上。

(ただし占星千里と対照の強さがわかる人いれると下限が30とかになっちゃうからあの二人は例外。この作品だと席次を与えられてないけど漆黒聖典に所属みたいな扱いになっている。)

ヤンデレメンヘラ愛が激重TSモモンガさんとかいう怪電波が急に飛んできた


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