辰野神島から発して寝ずに船を進ませ朝日が昇った。俺がいる甲板にインスタントのカレーを持ってきてくれた涼子がしばらく一緒に話をしてた頃に大きな島が見えて来た。それを艦内にいる皆に教えに言った彼女の言葉で甲板に出て来る織部睦美達。
「・・・・・降りる準備」
「すでに整っていますよ」
元より荷物など殆どないに等しい彼等彼女等だった。巡視船は漁港へ進む速度を落とし停泊している他の漁船の邪魔にならない出っ張った橋のところでバックから入った。
辰野大島―――到着。そして・・・・・。
「Dさん、この島にも蟲がいますか?」
「・・・・・。・・・・・。・・・・・山、いる」
「マジかよっ!? この島にもいやがるのかよ!!」
「・・・・・人間もたくさんいる」
「そうなの? じゃあ、まだ安全ってことでいいの?」
断言はできない。織部睦美達は船から降り、俺はヤンマを漁港に下ろして男の手を借りて押して引っ張ってもらった。そうしやすいようにヤンマの尻尾の部分にロープで結んである。
「このトンボ、体の大きさの割にはそこまで重くは、ないなっ」
「気を付けろよ! まだ生きているからな!」
「ひぃいいいっ!」
「本当に必要なのかよ、この化けトンボがよっ」
「つべこべ言わず押せガキッ!! 俺達の島で起きている証拠なんだぞ!!」
一生懸命ヤンマという巨大化した蟲の実物を運ぶ皆の後にシャコを一人で運ぶ俺。屋根のある建物の方まで移動していると停泊している漁船から一人の老人が出て来た。
「なんやお前等、そんなデカいもんを引っ張って。明日の祭りに出すモンか?」
「ま・・・祭りっスか?」
「ああ、ニシキエビ祭りや。だから今その開催準備で港には誰もおらへんぞ」
「あの、そのニシキエビも大きいんですか?」
「えろう大きいで。人並以上の大きさや」
・・・・・ニシキエビの巨大化も成功させていたか。だとすればこの島も色々と不味いんじゃないか、と思っていたら数台の車が港の中を走りこっちに来た。俺達の横に止まる車からはスタイルのいい美女と、金と宝石の装飾品を身に着けている褐色肌でガタイのいい男が出て来た。
「驚いたな! 君達が飛行機事故に遭った学生さん達かい?」
織部睦美達を見て開口一番に尋ねた名も知らぬ男。
「僕はこの一帯で事業を展開している天宮という者だ。無雲という青年から電話があってね」
「それ、わしのことやっ!」
無雲がすぐに反応して天宮という男の前に出た。
「きみが無雲くんかい? なにやら辰野神島で大変なことが遭ってると聞いたが」
「せや、これを見てほしいんや!」
引っ張ってきたヤンマを見せつける。まだ身体に巻き付いている紐を噛み千切ろうと手足と口を動かしている。
「わしらの島に巨大化した蟲がぎょうさんおるんや! はようわしらの島に助けを呼んで欲しいっ!!」
「おっとっと、落ち着いて落ち着いて・・・・・いきなりそんな話をされても困るよ。順序ってものがあるんだ。僕は一介の事業者だ。害虫駆除の専門家じゃないから君達の助けにはなれないよ。その手の専門家に連絡しないと」
「そんならすぐに連絡してくれ!! わしらの島に来た別の巡視船が沈んだ事件も起きてんのや!!」
「それは海上自衛隊の仕事で僕からじゃ・・・・・」
・・・・・話の平行線。話にならない。シャコを雨宮のところまで運ぶ。
「・・・・・これ、シャコ」
「シャコ・・・? いやいや・・・・・僕達が研究しているカニやエビよりもずいぶん大きすぎるじゃないか!! これは凄い!! 辰野神島でここまで巨大化に成長していたなんて僕は知らなかったよ!!」
「・・・・・人を食べた、シャコ、誇れる?」
「嘘はよくないよ! シャコは魚や藻しか食べない食用の―――」
密かに創造したナイフでシャコの胴体に突き刺し、割いて中の臓器を取り出す。外部に露出した胃袋を切り裂けば・・・・・巡視船の乗組員のバラバラの死体が数多く出て来た。天宮と女性は言葉を失った様子だった。
「・・・・・巨大化したシャコ、カニ、人を食べる」
「「・・・・・」」
「・・・・・虫も同じ」
人間の脚をヤンマの口の中に放り込むと咀嚼する。
「・・・・・こんなのがたくさん、辰野神島、跋扈している。救助、求む」
「その通りや!! これを見て、まだ信じられへんのかおんしらはっ!?」
無雲の言葉に同感とばかり京介たちは真剣な面持ちで雨宮を見る。対して天宮は無雲に両手を突き出して落ち着けと言う。
「わかったわかった。君達の懸命さが伝わった。事の重大さも痛感したよ。辰野神島のことは僕から連絡する。それまでメディカルセンターで健康診断を受けてほしい」
「・・・・・シンメイ?」
「そう、その通りだよ」
―――決定だな。
「・・・・・織部睦美、別行動」
「え、ここで? 一緒に受けないんですか?」
「・・・・・この島の、巨大蟲、見つけて来る。現物、証拠集め」
「そうですか。気を付けて」
確実にいるこの島の巨蟲探しに異を唱える人間はいなかった。天宮を除いて。
「待って待って、勝手な行動はしないで! この島にそんな蟲なんていないよ!」
「・・・・・根拠は?」
「僕達が巨大化させようとしているのは海洋生物の甲殻類! 蟲じゃないし、蟲は巨大化しないよ!」
「・・・・・その否定、覆す」
脚に力を込めて山を目指して駆ける。車より速く走る。
天宮side
人間を食べる巨大な蟲とカニだって? 実物を見せれば僕が何とかしてくれると思っているのか。そんなの見せつけられても辰野神島の問題だ。僕達は一切何も関わっちゃあいない!! この島にも巨大な蟲がいるなんてあってたまるか・・・っ!! だというのに止める暇もなく走ってしまったガキに舌打ちした。仮に本当に居たら何が何でも阻止しなくちゃならない。明日は僕にとって大事な催しがあるんだから!
「君達、走り去った彼の友達だよね。彼に連絡は? すぐに呼び止めてほしいんだけど」
「無理です。彼は携帯を持っていないので」
「本当かい? いる筈のない巨大な蟲探しに彼の身の危険が・・・・・」
「いる筈がないなら別に危険じゃないだろオッサン。自分だっていないと断言したじゃないかよ。なら、あいつの好きにさせればいいじゃねぇか」
・・・・・チッ、あくまでもあのガキの言葉を信じるってことか。辰野神島から持って来たこの巨大シャコと巨大蟲の目撃者がこいつら全員だとするなら僕の邪魔になり兼ねないなら・・・・・。
「しょうがない。あとで彼を探してもらう人を募ろう。僕等がどこにいるのかこの広い島の中で探して迷子になってしまうのは、お互い気になって心配するだろうからね」
「俺は猟友会の人間だ。町に着いたら電話を貸してくれないか?」
「構わないよ! 飛行機墜落事故の学生さんをここまで守って導いたあなた方は英雄だ! 協力してほしいことがあるなら僕も協力するよ!」
「俺等が英雄ね・・・・・」
苦笑いするおっさん。なんだ? おかしなこと言ったか? 他の学生の子供が何人か僕に呆れている。
まぁいい。とにかく彼等彼女等を保護だ。車に乗ってもらい僕達も自分達の車に乗ってメディカルセンターへ出発する。
「リーダー。あの巨大な生物はどうしますか。港に放置してきましたけど」
「処分だ。海に沈めろ。あんなのが辰野神島にいるなんてこの島の住民に教えちゃならない。何より今この時期に僕達の大事な未来が懸かっている案件を迎えようとしているんだぞ」
「・・・ですよね。ですが、巡視船が沈んだ事件が本当なら遠からずこっちにも調査が入ると思いますよ」
「彼等の妄想だろう。それにその話を信じる人間はどこにいると思う? あ! 迫田っち。あの巨大なシャコはどうにか回収しよう。僕等が目指すプロジェクトそのものが現実にできたんだからね。マスコミも大騒ぎになるぞっ!」
織部睦美side
Dさん、あんなに速かったんだ・・・・・。呆ける私や他の皆はDさんを止められなくて舌打ちした天宮さんの催促で、車に乗り込みシンメイ製薬海洋生物研究場のメディカルセンターで健康診断を受けた。それから待機室で待っていたら赤黒い点々が天井の隅に浮かんでいた。何だろうと見上げていたら千歳ちゃんは、よく見るシミじゃない? と言われ私もそう思うことにした。
ガラッ
扉が開きだした。入ってきたのは・・・Dさんだった。私達がいるところを知らない筈なのに迷わずここに来れたんだ。
「Dさん! 巨大化した蟲はいました?」
「・・・・・発見、複数。・・・・・この中、たくさん。ゴキブリ?」
「巨大化したゴキブリ!?」
「いえ、ゴキブリは巨大化しません。ゴキブリに似た虫はいますから多分それだと思います」
それよりもこの施設内にそんな蟲がいるという事実は無視できない。証拠として不思議な収納庫から出したDさんが見つけた虫・・・・・蝶の幼虫に私達は絶句する。
「マジでこの島にもいやがったのかよ」
「けど、この虫は大して強そうな感じじゃないな」
「うん、見た目は今まで見た虫よりは怖くないかな」
「見た目で判断してはいけません。身の危険を感じたこの幼虫は、外敵から身を護るために強烈な刺激臭を放つ触手のような角を生やします。このサイズなら人体に悪影響を及ぶと思います。それに身体は―――」
幼虫の説明をしていた時にまた扉が開き、迫田さんという女性が私達の傍にいる巨大な幼虫を見て悲鳴を上げて扉を閉めた。
「・・・・・閉じ込められた」
「はいは~い。お任せするっショ」
甲斐さんのピッキングがここでもすることになるなんて。無雲さんが興味深そうに甲斐さんの手元を見る。
「おんし、ほんとに器用やな。一体どこでその技術を?」
「こう見えても俺、将来は機械を弄る仕事に就きたくてね。独学で色々と学んでいるっス。よし、開いた」
「さすがやっ!?」
扉が開いた。これで外へ出られる。でも、Dさんが制した。
「・・・・・これからどうする?」
「どうするって・・・・・」
「・・・・・この中、記者会見。大量の巨蟲の発覚、どっちも雨宮の邪魔になる」
自分達だけ考えていたら他の人達の迷惑も掛かる。そう言外するDさんの言葉に私達は扉から出ようとする気持ちが萎縮してしまった。
「そんなこと言ってたら何時まで経っても俺達の島の状況はかわらねぇだろうが!」
「そうやそうや! それを何とかするためにここまで来たんやないのかおんしは!」
「・・・・・タイミング大事、マスコミ、この島、滞在中、独断、訴えられる」
「なるほどな。坊主の言うことも一理あるぜ若いの。天宮って男が開いている記者会見に俺達が乱入しても混乱を招くだけだ。勢いと感情だけでどうにかなるもんじゃない。マスコミがこの施設から離れてどこか宿を取っているならそこで取材してもらえりゃいい。坊主が集めた証拠を持参してな」
「お兄、私もそうした方がええと思う」
「葵・・・・・京介、ええか」
「ああ、構わない」
不思議な収納庫に幼虫を戻したDさんは、この施設内に潜む蟲探しをして来ると言いだした。私も一緒に同行させてもらおうと部屋から出たら、迫田さんと天宮さんと鉢合わせした。
「ちょっと君!! この中に何を連れて来たんだい!!」
「・・・・・? 何も連れてない」
「迫田くんが巨大な何かがいると言っているんだよ!!」
「・・・・・何か? 見る」
私達がいた部屋の扉を開けて、中を覗かせる。天宮さんは部屋の中を見回し、巨大な何かとやらがいないことに怪訝な目でDさんを見た。
「・・・・・何もいない。隠してもいない」
「・・・・・悪かったよ。迫田君の見間違いだったようだね」
「そんな、私は確かに見ました!! 巨大な緑色の何かを―――」
「あ~はいはい。真っ白な部屋に緑色は何も無いよ。迫田君も疲れが溜まっていたのかな。しばらく休んでていいよ。これから大事な祭りが控えているからねぇ~」
彼女が見たものは幻、妄想だと片づけようとする天宮さん。迫田さんの背中を押してどこかへ連れて行く彼と反対の通路へ私とDさんは―――。
「それと君達、勝手に部屋から出ないでくれるかな」
「あ、えと、Dさんはこのセンターに来たばかりでトイレの場所を知らないので案内したいんです」
「トイレか・・・・・すぐに戻るんだよ」
ありきたりな言い訳を言ってしまったけれど、検査を受けていないDさんの存在に嘘じゃないと判断してくれたようだ。
「・・・・・こっち」
「はい」
この施設にどんな蟲が潜んでいるのだろう。ゴキブリみたい、と表現したDさんのことだから数匹どころじゃないと思う。Dさんの横に並んで蟲の潜伏先に進んで行くと・・・・・ナースの人が二人いるナースステーションだった。ここに蟲が? Dさんを見ると頷いた。
「あの・・・」
「はい? あら、さっきの高校生の子。どうしたの?」
「えっと、この辺りに蟲とかいましたか? もしくは最近変なことが遭っているとかありませんか?」
蟲? と不思議そうに首を傾げるナースの方達はお互いに顔を向け合い、教えてくれた。
「うーん、不思議な事と言えば。数日前から血の付いた包帯とかが消えるようになってて・・・・・今さっき机の下からも何か物音が聞こえたばかりだったわ。猫かなと思って気に掛けなかったわ」
「・・・・・メディカルセンター、衛生的、動物、禁止では?」
「あ~・・・えっと、この事は他の人に内緒にしてくれませんか?」
突っ込む所が違いますDさん。ナースさんもナースとしての自覚を持ってほしいです。
「わかりました。Dさん、机の下を調べてくれませんか? 猫だったらすぐに外へ出さないと。ナースさんの制服に猫の毛は付けてダメですからね」
「ごめんなさいね? お詫びに今夜ご飯を食べさせてあげる」
「・・・・・わかった」
机の下に潜り込むDさんが次の瞬間。激しく揺れ出す机の下で何かを捕まえようとしているのが判る。でも猫ならこの時鳴き声の一つぐらいは聞こえる筈なのにそれがないとするならば・・・・・。あ、出て来た。
「・・・・・ゴキブリ」
「「きゃあああああっ!?」」
楕円形に似た形状の大きな黒い虫がDさんの両手に捕まっていた。それを見て悲鳴を上げる看護師さん。私は凝視して確認する。これはゴキブリじゃない・・・・・!!
「Dさん、ゴキブリではありません。シミという虫です」
「・・・・・シミ?」
「シミとは紙や洋服を食べる害虫です。でも、ここまで大きくなっていたなんて・・・・・まさか、この虫がこのメディカルセンターにいるんですか?」
「・・・・・数十匹はいる。この部屋、まだたくさん潜んでいる」
「「ひぃっ!?」」
そこまで繁殖が・・・・・だとしたら一刻の猶予もありません!
「すみません。今すぐメディカルセンターを封鎖してください!! ここまで大きくなったこの蟲は必ず人を襲います!」
「襲う!? そんなでも、私達の一存じゃあ・・・・・!」
「ど、どうして襲うと分かるのあなたは?」
「今まで人を襲わなかったのは蟲が小さかったからです。でも、ここまで脱皮を繰り返して巨大化したいまなら、人を襲えるサイズになった時。人類・・・・・いえ生態系全体の脅威になるんです。見てください」
天井に指す。この部屋の天井にも赤黒いシミが点々とある。
「あの赤黒いシミは血液を吸ったり食べたりする蟲の特徴的な排泄物です。それが施設全体にあり前兆はあったんです」
「た、確かに・・・いつの間にかシミが増えてきていると思ってたけど、でもそんな・・・・・」
「今はこの施設に留まっているので被害は最小限にできます。ですが、シミが施設から出て辰野大島中に広がってさらに繁殖して数を増えてしまったら、もう私達人間の手に負えなくなります。この島に住むことさえできなくなるんです」
「「っ!?」」
シミの、蟲の脅威を伝わってくれた看護師の二人は顔を見合わせ戦慄した顔で私に乞うた。
「ど、どうすればいいの?」
「シミは夜行性なので今は物陰に潜んで夜を待っています。なので、夜になったら施設内の人達を全員外へ出てもらい、全てのシミを一網打尽にします。その方法もあります。どうか協力してください」
「わ・・・わかりました」
「・・・・・決行は?」
Dさんの質問に私は断言した。
「夜に行います!」