寒々とした病室のベッドで、一人の女性が新聞に目を通していた。その肌はまるで陶器のように透き通り、髪は月光を浴びて美しく光る剣のごとく艶やかな銀髪であった。左半身にひどいやけどを負い、左腕を失っていなければ、きらびやかな衣装に身を包みアリアを歌っていても不思議ではない。
女性の名はヘルムート・ヴィッツ、先の空戦で「クーゲル」のタックネームを携えて戦い、オストマルクのワルキューレに撃墜された彼女だ。
ヘルムートはタバコをふかしながら、顔をゆがませ新聞を読んでいる。見出しには彼女の祖国ドイツ共和国がオストマルク帝国に敗北し、傀儡国であるドイツ社会主義共和国が樹立されたことが書かれていた。
「病室でタバコ吸わないの! 体の調子は? 朝食を持ってきたわよ」
透き通った声でもう一人の女性が、朝食をもって入ってきた。ヘルムートとは対照的に、黄金の秋に実る小麦のように、美しい金髪を後ろでしっかりとまとめている。琥珀色の大きな瞳がとても魅力的だ。この小柄な女性はヨアヒム・ベルリッヒ、「アテナイ」のタックネームを持ち、「戦略眼」で戦場を見通すワルキューレだ。ヘルムートとは義理の妹にあたる。
「左腕の肘から先を欠損、左上半身から顔の左側を熱傷。左目の視力低下、戦線復帰は絶望的だとさ。くそったれ!」
そういうと彼女は、持っていた新聞を思い切りヨアヒムに投げつける。ヨアヒムは慣れた様子でそれをかわすと、落ち着いた様子でしゃべりだした。
「命あってのものだねって言うでしょう? 燃え盛る機体から引きずり出された時は、生存は絶望的って言われたのよ、あなた」
ヨアヒムがベッドのわきに座り、リンゴを剝き始める。
「みんな死んだんだぞ! ロスマンも! ベルケも! 平気なのか?」
ヘルムートは歯を食いしばりながら激昂する。
「そうね、でも仕方がないことよ。戦場で兵士の命なんか、シャボン玉よりも軽いんだから、それに。私はあなたが無事なら平気なの」
そっとヘルムートの左頬をなでる。火傷の跡が痛々しい。
「私はここで終わるつもりはないぞ。必ずあの黒いワルキューレを墜とす! そして私の空を取り戻す!」
ヨアヒムの手を軽く払うと、ヘルムートは力強くそう言った。
「そういうと思った。はいこれ!」
ヨアヒムは短くため息をつくと銀色の義手を取り出した。
「これは、見たことない義手だな」
ヘルムートは目に光を取り戻し、興味津々に義手を見つめる。
「着けてあげるわ! ここをこうして! よし! 動かしてみて!」
ヘルムートの左腕に新しい義手が取り付けられる。
「うごかせって、どうやって?」
「体温を使ってモノを動かす訓練を覚えてる? あれと同じ要領よ。ゆっくり指を動かすの」ヨアヒムが義手に手を当てて、優しく言った。
「んー!うーごーけー!」
ヘルムートが必死に義手の指を動かそうとする。うなり声をあげいきんでいるとギギギギと音を立て人差し指が曲がる。
「やった!動いた!もう一回!」
コツをつかみかけ、今度は一気に全部の指を動かそうとする。ガシャン!と音を立てて握りこぶしが出来上がった。
「よし!よーし!これでスロットルレバーが握れる!!」
ヘルムートは初めて自転車に乗れた子供のように無邪気に喜でいる。
「うん、良かった。リハビリ頑張ってね」
ヨアヒムは自分の気持ちを押し殺しながらヘルムートに笑いかけると、病室を後にした。ガシャン!カチャ!義手が動く音がいつまでも続く、彼女たちの戦争はまだ続きそうだ。
気が向いたらかきます。