「今日から飛行訓練を始めるぞ、あまり時間はない。要領よくやろう」
飛行服に身を包んだシュタイナーがアインデッカー戦闘機を前にしていった。
「Ja! よろしくお願いします、少佐」
ハンナが勢いよく返事をする。
「うん、いい返事だ。ハンナ、飛行訓練を始める前に伝えることがある」
「なんですか?少佐?」
「まず一つ、飛行訓練にあまり時間はかけれない。これはわかるな?」
親指を立てシュタイナーが話した。
「はい。 敵は待ってくれないですから」
はっきりと口調でハンナが返事をする。
「そうだな。そして二つめ、この飛行機は一人乗りだ」
シュタイナーがアインデッカーのコックピットを指さして言った。
「ええ、そのようですね」
身を乗り出し、ハンナがコックピットを覗く。
「だから飛行訓練は、こうする必要がある。よいしょ」
シュタイナーはハンナの体をひょいっと抱き上げると、コックピットに押し込む。
「わわっ! 一人で乗れますってば!」
「前に詰めてくれ、ペダルは踏むなよ、よっと!」
ハンナがコックピットに押し込まれると、その後からシュタイナーが乗り込んできた。
「よし、俺の膝の上に乗れ」
ポンポンとシュタイナーは膝をたたく。
「正気ですか?」
「いまさら恥ずかしがるな。はやくしろ」
「うう、はい」
心底恥ずかしそうに、ハンナはシュタイナーの膝の上に乗る。
「よし、だいぶ窮屈だが、なんとかいけるな」
シュタイナーは操縦桿やラダーペダルを操作しながら言った。
「少佐! まさかこのまま飛ぶつもりですか!」
ハンナが驚いた様子で言った。
「しょうがないだろう、手に入ったのはこの機体だけなんだ。これしか方法はないんだよ」
少し困った様子で、シュタイナーが肩をすくめる。
「飛行学校に入れてもらうのは?」
「断られたさ。だから自分たちで何とかするしかない。何もかもな。わかってくれ」
そういうとシュタイナーは誤魔化すようにハンナの頭をなでる。
「わたし、臭くないですか?」
気恥ずかしそうにハンナが聞いた。
「ん?んー?ノーフォークの田舎みたいな匂いだな。気にするな。さっさと始めるぞ」
ハンナの匂いをかぐとシュタイナーはそう答える。デリカシーのかけらもない。
「それって臭いってことですか!?」
顔を真っ赤にしてハンナは心底恥ずかしそうに聞き返した。
「どうでもいい、前を見ろ! 前を! これが操縦桿だ」
シュタイナーは機体の説明をはじめた。
「この真ん中の棒ですか?」
「そうだ、これで機体を操縦する、手前に引くと上昇、前に倒すと下降、機体が降下する」
「引いて上昇、前が下降ですね」
「身を乗り出して後ろの翼を見てみろ」
シュタイナーが後ろの水平尾翼を指さす。
「あれですが?横向きの板みたいなやつ」
ハンナが立ち上がって後ろの水平尾翼を見る。
「水平尾翼な、操縦桿を前と後ろに動かすぞ、どうだ?」
シュタイナーが操縦桿を前後に動かし始める。
「おお、小さい板が動いてます」
「これがエレベーターといってな。こいつが動くおかげで、上昇と下降ができるわけだ」
「へぇ~ 面白うですね! 旋回はどうやるんですか?」
「おう、旋回だな。旋回は操縦桿を左右に倒すんだ。翼を見てみろ」
主翼の左右についた補助翼が上下する。
「おお、こっちも動くんだ」
「そしてラダーだ。下のペダルを足で動かすと、後ろの舵が動いて機体が左右に動く」
「梯子(ラダー)?」
「ほら、梯子に似てるだろ形が」
シュタイナーは垂直尾翼についたラダーを指さす。
「ほんとだ」
「最後にスロットル。これだな。速度を上げ下げできる」
「はい、スロットルですね」
「よし、じゃあエンジンを始動させるぞ」
「え! 飛ばすんですか!?」
ハンナが驚いた顔で聞く。
「君はパイロットに成るためにここに来たのだろう?言ったはずだ。あまり時間はないと」
そういうとシュタイナーは燃料コックを開け、スロットルをアイドル状態にする。
「でも私! 飛行機に乗るなんてこれが初めてで…」
「だれにでも初めてはある。怖がっていては、何も始められないだろ?よし、そこでじっとしてろ。何も触るなよ」シュタイナーは機体から降り、プロペラの前に立つ。
「せーのッ!!」
勢いよく力を籠め、プロペラを回す。PaPaPaと音をたてエンジンがかかったかと思うと、また止まってしまう。
「もう一度」
シュタイナーはまたプロペラを回す。PaPaPaとエンジンが音をたてた後、今度はBooooW!と勢いよく音をたて、エンジンとプロペラが回り続ける。
「よし! かかったな!」
「おお!」
「よっと、じゃあ離陸するぞ!」
シュタイナーは素早く機体に乗り込むと離陸の準備を手際よく始める。
「あの! やっぱり私!」
ハンナが何かを言おうとして、シュタイナーがそれを遮る。
「ハンナ! 君は今まで狭い世界にいた!」
「狭い世界?」
ハンナがきょとんとした顔で返事をする。
「そうだ! 窮屈な地上で息苦しい思いをしてきた。違うか?」
シュタイナーが機体をタキシングさせ、滑走路につかせながら言った。
「うっ、あなたに何がわかるんですか?」
頬を膨らませ、ハンナが不機嫌そうに言った。
「まぁそう怒るな、俺が言いたいのは、世界は広く、空はどこまでも広がってるってことだ」
アインデッカーが発進位置についた。
「世界?」
「今から空を見せてやる! 行くぞ!」
そういうとシュタイナーはスロットルをゆっくりと上げる。機体は滑走し、そしてゆっくりと飛び上がった。
「わわ! これ飛んでるんですか? 飛んでますよね!」
「そうだ飛んでいるんだ! 空へようこそ! ハンナ・ラーデンバー!!!」
二人をのせたアインデッカーはドイツの空を悠々と飛ぶ。どこまでも自由に、どこまでも大きく広がった空を。
やる気があれば続きます。