「こんな簡単にやってのけるとは、やはり子供でもワルキューレなのか。あの子は」
ハンナが砲兵隊を焼き尽くすさまを、クルツは上空から静観していた。彼女が操るアインデッカーはゆっくりと高度を上げる。
「帰るぞ」
クルツは自らが操るアルバトロスD.Ⅲをアインデッカーの横につけ、簡単なハンドサインで合図を送った。それを見たハンナが「了解」とハンドサインで返事をする。
「おっと、お客さんだ。相手してやるか」
クルツが上空の敵機を発見した。二人の斜め上を2機の戦闘機が編隊を組み飛んでいる。こちらにはまだ気づいていない。
クルツは機体をバンクさせ、Pa,Pa,Pa短く試射した。「敵発見」の合図だ。
「敵が2機! 降ってくるぞ! 俺が相手をする! お前は逃げろ!!」
クルツはハンナにハンドサインを送りながら、大声でそう言った。
「Jawohl!!」ハンナがハンドサインを送り、アインデッカーを急降下させる。
飛行機に無線機が搭載されてないこの時代。パイロットどうしはハンドサインで意思疎通を図るしかなかった。
敵の戦闘機がクルツのアルバトロスを発見し、編隊を解除、二手に分かれた。
「パップか!」
敵は英空軍の新鋭戦闘機、ソッピース社のパップだった。子犬というかわいいあだ名のついたこの機体の性能は、決してかわいいものではない。エンジンの馬力も武装もアルバトロスのほうが上だったが、運動性能ではパップのほうが優れていたからだ。アルバトロスが一回旋回している間に、パップは二回旋回が出来た。旋回し互いの背中を狙い合う、「ドックファイト」全盛期のこの時代、機体の運動性能は空戦において、非常に重要な要素だった。
「勇者は! 自分から死地に飛び込むんだ!!」
上空から二手に分かれ降下してくる、パップに向かってクルツのアルバトロスは急上昇、迎え撃つ。先に降下したパップから距離をとりやり過ごしたあと、二機目のパップにぶつかるような勢いで突っ込んだ。驚いたハップがアルバトロスを避けようと、とっさに旋回する。
「おそいんだよ」
クルツは冷静に照準のセンターにパップをおさめ、7.92mm機銃を発射した。金切り声を上げ、BA!BA!BA!BA!BA!機銃が死の行進曲を奏で、パップのパイロットは悲鳴を上げる間もなく、7.92mm弾に八つ裂きにされた。主を失ったパップはエンジンを回したまま力なく落ちていく。
「おやすみ」
夕日を浴びたアルバトロスは紺色の機体を妖しく光らせる。操縦桿を倒し、ラダーペダルを踏む。エルロンとラダーが巧みに操作され、上昇した機体が素早く旋回、降下をはじめた。
「二匹目の羊はどこかいのっと」
二機目のパップは僚機が一瞬で墜とされたのを見て、逃走をはじめている。予期せぬエースとの遭遇に戦慄し、その顔を恐怖にゆがませていた。
「逃がしてやるかよ、死んでもらうぞ」
クルツは周囲を警戒し、他に敵がいないことを確認したうえでパップを追撃する。
「じゃあな」
アルバトロスの機銃が発射される。BA!BA!一瞬だけ機銃が発射され、何発か当たったが、撃墜には至らなかった。
「弾詰まり!!」
機銃をリロードしようとするが、敵はクルツを待ってはくれない。パップは素早く旋回すると、アルバトロスの後ろにつこうとする。クルツは必死に操縦桿を倒しあらがうが、パップのほうが旋回性能は上だ、無意味だった。
「Scheiße!!!」
後ろに疲れた屈辱を味わっている暇などない。パップの7.7mm機銃の発射のタイミングをクルツは待った。機銃発射に合わせてラダーを切り、機体を斜めに滑らせねばならない、一瞬でも遅れれば、待っているのは死だ。
TA!TA!TA!TA!ハップの機銃が発射された。パップの機銃は一丁だけだが当たればただでは済まない。タイミングを読んで機体を滑らせ、回避する。曳光弾が機体のすぐ横をかすめていった。これを後5回ほど繰り返さなければ、クルツは生き残れない。
「隊長!!!」
それは、彼が予想していなかった事態だった。逃げ帰ったはずのハンナのアインデッカーが、クルツの目の前に現れたのだ。
「墜ちろ!!!」
ハンナは無我夢中で攻撃する。機銃と光の矢がアルバトロスの上を飛び越え、束になってパップを襲う。アインデッカーから放たれる見たこともない攻撃に、パイロットはパニックになり赤子のように泣き叫んだ、しかしその悲鳴も機体の爆発にかき消されていった。
「まさか、ルーキーに助けられるなんてな」
突然の出来事にあっけにとられるクルツだったが、すぐにハンナと編隊を組む。そして機体を大きくバンクさせた後、親指を立てる。
「よくやった!!」
「はい!!」
ハンナも機体をバンクさせ、敬礼する。
二機の戦闘機が夕焼けに染まった空をゆっくりと飛行する。かくしてハンナの初陣は大成功に終わった。彼女達が勝利を重ね、英雄として伝説になるか、次の出撃であっけなく死に、沢山の戦死者の一人になるかは、歴史だけが知っている。
きがむけばまた書きます。