TS転生者リコリスは赤服だけにはなりたくないそうです。 作:ダイコンハム・レンコーン
犯罪者とは、言ってしまえば法を食い破る害虫だ。
害虫は駆除されて然るべきであり、その為に虫除けを用意する。
それこそがリコリス。和名ヒガンバナ、毒性があり、昔ながらの虫除けや獣除けとして重宝されて来た。また、あの世を指す彼岸の名を冠するだけあり、その花の逸話には数多くの死が登場する。
──全く、地獄の住人にはお似合いの名前だ。
「ヒャァッハぁぁッ! ビビってねぇでとっとと出て来いよクソガキ!」
──少し現実逃避をしていた。だってそうだろう、目の前に明らかに別次元にイっちゃってるモヒカンなヤツが居て、おまけにガトリングガンをぶっ放してる訳だが……気狂いになんとやら、おっと今はコンプライアンスに引っかかってしまうか。
私は弾丸の嵐から逃れる為、ヒソヒソコソコソと鉄筋入りのコンクリ柱の影に隠れていたが、それも豆腐の様に削られていく。流石ガトリング。
「いえ、恐れている訳ではありませんよ。ただ目の前に身体を出すと死んでしまうので困ってるんですよ」
「はぁ、何訳のわかんねぇ事言ってんだ!」
さぁ、私にも分からない。ただの時間稼ぎだ。
何たって私はただの白服のリコリス。ガトリングガンに真っ向から勝てる手段は持ち合わせていない。いっそ泣いてみても良いかもしれない。
はぁ、せめてやる気の出る物でもあれば嬉しいのだが──ん?
手に熱。手のひらを見れば赤……血だ。
「……っはぁ、はぁ」
「おっと、私以外にも生存者が居ましたか」
まさかまさかの生存者、他の白服は接敵時に血霧と化したので居ないと思っていたのですが、嬉しい誤算です。
「アナタ、銃はありますか?」
「……ある、けど……いっ」
「まあ無理しないで、多分生きてるのが奇跡ですよ、アナタ」
ですが、彼女の片腕は辛うじて繋がるだけで、出血量もかなりの物。応急処置無く救援を待てば死ぬだけですね。ただ、あのモヒカンがそんな事を許すか、と問われば……ふむ、どうしたものか。
「アナタは気を鎮める事に集中して下さい。あの男は私がやります」
死ぬのは嫌だ、リコリスなんてやってられるものか。
ただ、目の前で助けられる誰かに死なれると今日の私が気持ちよく眠れない。ついでに今日の晩御飯が不味くなる。地球の裏側で起きる事なら問題もないと言うのに。
「……テンション、上げていきましょうか、はぁ」
「は……はぁ……?」
足元には負傷した仲間。
戦えるのは私だけ。
こっちはセミオートピストルであっちは豪勢なガトリングガン。
私は少女で奴は大人の男。
居場所も完全にバレている。
ああ不利な条件しか見えない、なのに不思議と心が湧き立っている。不謹慎極まりない、極まりないが抑えられない。息が熱い。口端が吊り上がる。
「──ぁはあ……っ!」
戦えない銃をもう一丁頂きましょう。二丁拳銃は格好良いですからね。
テンションが上がれば気分も上向く、気分が上向けばやる気が出る。やる気が出れば──やたら強くなれるんです。
「きた来た……っ!」
漲る、漲るアドレナリンが。視野がキュッと凝縮される感覚、全身が熱を帯び、心臓の音が早鐘を打つ。肉の身体が窮屈に思える全能感と共に周りの音が徐々に停滞し、景色のコントラストはより強くなる。ありとあらゆる色や模様が鮮明に見えて来た。今ならばコンクリートの微細な凸凹の数すら見分けられるだろう。
──私は生まれながらにある才能があった。
それは、極度の興奮によって、ある種のゾーンに入れる力。気持ちが昂ぶれば昂るほど私は冷静になり、凡ゆる動作の正確性が増し、俗に言う理論上可能な動作すらも行える様になる。例えば──
鳴り響く銃声から敵の座標を推定。
頭、手足、胴体。数分前に見た敵の体格から、より詳細に立体的な座標を決める。
後は両手に握る拳銃を胸の前で引き絞る様に交差させ、柱の両側へ思い切り開き引き金を引く。照準? 見る必要はない、頭の中でもうとっくにターゲット・イン・サイトだ。
──柱の影から
「はハハッ! 何やって……」
笑っていられるのも今だけですよ。だって──
──その弾丸、曲がりますから。
「ってぇっ!?」
銃を高速で振りながら撃つ事で弾道を曲げる──そう、こんなのは朝飯前だ。
「……っな、いまのは」
「ああ、これバレたら最前線送りの奴なんで、オフレコでお願いしますね?」
「何で貴女、白服なんて着てる、のよ」
白服より青服赤服の方が高待遇なんてのは百も承知。ただ私がここに居る理由は単純。
辛い、ただただ生き辛いんですよ。目の前の彼女も、孤児の頃から暗示めいて育てられ、人に銃を向ける事に躊躇いなく育っていて。……でも私は違う、既に育ち切った倫理観を残して生まれ直したこの体、ただ孤児と言うだけで行くアテもなく銃を握って人を撃つ。慣れる訳もない。
日常でも不満ばかりだ。花盛りの少女に話を合わせるのにどれだけ苦労するか。未だに下着売り場には謎のプレッシャーを感じる。
ああ、ああ、このままじゃテンションがダダ下がる。考えるのはよそう。
まあ、今の心を一文に纏めるなら──
「──とっとと逃げ出したいからですよ」
私は柱の影からゆっくりと歩み出た。
「や、やめてくれ……」
「すいません、仕事ですから」
そして近付く、痛みに悶える男のこめかみに銃を突きつけ、撃つ。脳漿が弾け飛び、男の瞳からは光が溢れ、涙の一雫となって流れ出ていた。ただの筋肉の収縮から成る生理現象なのだろうが、後味が悪い。だから自己満足のケジメとして、私は彼の死を目を離す事無く見送った。
ああ、使ったのは勿論彼女の銃だ。これで言い訳できる。最後の力を振り絞った彼女が起死回生の1発を放った、とね。幸い彼女も意識朦朧だ。後で刷り込みましょう。
「っ、うぅ……」
「大丈夫、忘れてませんよ、貴女のことは」
白服リコリスは一期一会、昨日の友は今日の死体。仲間は大体新顔です。
ああ、全くヤになる世の中ですよ。なのに私は抜け出せない。私が居ないと回らない現場があるなんて知りたくありませんでした。自身の性根がただただ憎い。
「……なんとか応急処置は出来ました、後は救援部隊に引き継ぎます。よく頑張りましたね、賞賛に値しますよ」
浅く息をする少女の頭を撫でた後、その隣で私は背中を地面に預ける。埃っぽい空気の中は不快指数が凄まじいが、アドレナリンを出し切った今、生憎疲れて動けそうもない。
隣の少女の血で服が赤く染まる。血は止めたから大丈夫な筈。
ただ、寝心地は悪い。悪夢でも見てしまいそう。Z級スプラッタな映画の悪夢を。
「少し、はしゃぎ過ぎましたかね」
リコリスは、想いの花であり、再会を誓う花。彼女と生きて会えたのなら、悪夢を見る甲斐もあると言うものでしょう。
でも──リコリス、早く辞めたいなぁ。
続きは思い付きが形になり次第。