TS転生者リコリスは赤服だけにはなりたくないそうです。   作:ダイコンハム・レンコーン

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模擬戦に貴賤なく(前)

 ゴーグル、よし。

 

 プロテクター、よし。

 

 ペイント銃、弾ともによし。

 

「頑張ってー!」

サード(白服)の意地見せてやれ!」

「行けぇぇっ! 生意気なセカンドなんてブッ潰せ!」

「応援してるわよ!」

 

 ……どこからともなく現れた観客で二階の観覧席が賑わってます。いや、君達訓練はどしたんです? ねえ先生──え? 見学も訓練? ああ成る程、岡目八目って訳ですね。……確かになあ、でもなあ。これちょっと多いですよ? 

 

「──いやいやいやいや何ですかこの状況は?」

「何とは? 模擬戦ですよね」

 

 ──『殺れぇぇぇ! (タマ)取って来んかい!』

 

 二階の声がどんどん熱気を帯びているのが分かる。二階はほぼ全て()に染まっていた。ギャラリーは今か今かと模擬戦の開始を待っている。

 

「間違ってないかな? これ地下闘技場だよね」

「……私が模擬戦をする時と変わりはないと思いますけど」

「アナタよく図太いって言われません?」

「はい」

 

 当たり前の様に頷いた彼女に思わず頭を抱えてしまう。こんな筈じゃ無かったのに……ひっそりとやってひっそりと終わる筈だったのに……。

 

 いや待つんだ私、この衆人環視の中、上手く実力をカモフラージュ出来れば──行けるかもしれません。例えば何発か彼女に掠めさせた後でクリティカルヒットを貰えば、『良いとこまで行ったけど、やっぱりダメでしたね〜』で済む、筈。

 

 周囲を見れば分かる。

 

「──()()()()に一泡吹かせてやれ!」

 

 私はあくまでもエリートの鼻を明かす為の謂わば当て馬、実際に私個人を見ている人はまず居ない。よし、テンションが上がりきる前に始めてしまいま──

 

「──里中さん! 頑張りなさい!」

「……ん?」

 

 今、私の名前を呼ぶ人が居ましたね。……片腕にギプスを巻いた方ですか。見覚えがある様な、声は聞いた事があると思うのですが──

 

「あの人は……先日の貴女の任務に同行していた方ですね。データベースで見た覚えがあります」

「……そうでしたね」

 

 顔を見ても分かりませんでしたが、声と今の情報で漸く理解しました。彼女はガトリング男の事件で助けた方ですか。……もう歩き回れるなんて、随分と早い回復ですね。

 

 見上げていると、こちらに向かって彼女は声を上げました。

 

「アタシにあんなの見せておいて、あっさり負けたりしたら許さないわよ!」

「……っ!」

 

 痛い、隣の井ノ下(※井ノ上)さんの視線が痛い。『やっぱり何か隠してますよね』的視線が痛いです。と言うか何で彼女は私の元に来たんですか……何か悪い事でもしました? 

 

「何か、ありますよね?」

「いや無いです、絶対無いですから」

 

 純粋な応援を無碍にするのはどうかとは思うが、こちらにだってワケはあるんです。……これ以上待っていると()()()が出てしまいます、早く始めないと。

 

「よろしくお願いします」

「……こちらこそ」

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

「あなたはどっちが勝つと思う?」

 

 模擬戦室の二階、観覧スペースには多くのリコリスが屯していた。道行く者もまた、足を止めて今に始まる模擬戦を目に入れようとしていた。

 

「私は白服の子を応援するけど、あのセカンドに勝つのは難しいんじゃないかなぁ」

 

 セカンドとサード。任務の都合や練度の違いで普段目にする事の少ない階級差のある対戦カードは非常に珍しく、尚の事人を呼び集めている。しかし、その事を渦中の彼女達は気付いていない。

 

「井ノ上たきなは安定感抜群のリコリスだね。申し分ない身体能力、道具への理解、命中率もかなり高い、平均的に高水準でまとまったステータスの持ち主だと思うよ」

「対して里中丹凛はこれと言った実績もなく、記録も落第点無しとは言え平均的。……ただ一般教養の理解度は同期リコリスの追随を許していない」

 

 そんな2人の様子を尻目に、観覧者達は口々に彼女達を語る。サード達も多く見に来ているものの、殆どは井ノ上たきなへの話題で持ち切りだった。

 

 当然である、里中丹凛(さとなかにりん)が本領を発揮するのは多くの場合、窮地にあってこそ。そこまで彼女と共に追い込まれると言う事は、それだけ生存確率が低下すると言う事でもある。つまり、語り部が少ないのだ。これは彼女が口止めしている所為もある。

 

 また、多くのサードは奇襲・暗殺・電撃戦を基本として行う為、作戦が問題なく成功した場合、彼女の出番は無いと言うのもその背景にあった。基本的に傍から見れば学生服を着た女子生徒でしかないリコリスの不意打ちの成功率は高く、余程の知識か練度を持つ対象でなければ、回避は難しいのだ。

 

「……でも、彼女なら」

 

 故に、彼女を知る者は少ない。それでも彼女ならば、と藍色の天蓋を貫く姿を夢想する者は居た。

 

 果たして、彼女達は何の目撃者となるのか。

 

 模擬戦が今、始まる。

 

 

 

 ♦︎♢♦︎

 

 

 

 ──試合開始のブザーが鳴り響く。

 

 私の足は無意識の内に走り出しました。迷路の様な模擬戦場の中で一番警戒すべきは、奇襲。リコリスは奇襲大好きな女の子達だらけですから、右も左も上も下も、ついでに開けっぴろげの天井も警戒しなければなりません。ま、最後は分かっていても狙わないのがお約束ですが。

 

「……流石セカンド、気配の消し方も完璧」

 

 にしても、静か。サード同士の模擬戦だと交戦前からちょっとだけ物音がしたりするんですがね。これは耳を凝らさないと聞こえないレベル。

 

 今回の目標は、いかに彼女の納得できる程度の実力を演出出来るかにあります。下手に奇襲を受けてはい終わりでは、彼女が納得しないリスクがありますから。

 

 さて、索敵についてはアタリが付いています。一対一のデュエルに於いて、こうした戦場をバカ正直に真っ直ぐ歩けば四方からの攻撃リスクを考慮しなければなりません。なら手堅く行きたい時はどうするべきか。

 

「アタリです」

「……っ!?」

 

 ──そう、外周。部屋の端と端、距離にして80m程を空けて私と彼女は互いを見つけました。オセロと一緒で端に行きたくなるんですよね、分かりますよ、その気持ち。

 

「おっ、と!」

 

 彼女はその距離にも関わらず決断的な狙撃。私の顔の5cm左をペイント弾が通り過ぎました。ガス式のペイント銃でこの精度、控えめに言ってトチ狂ってますね。

 

「なら、ここで1発」

 

 軽く回避行動を取りながら片手で1発。当然ながら当たりません。当てる気もありませんから。

 

 ですが相手に落ちついて射撃する隙を与えれば次発には必ず当てて来るって分かるんですよね、なんとなく。彼女の目は猛禽類の目、ハンドガンを握っているのが勿体無いくらいな狙撃手の金の卵かも。

 

「……逃げられましたか」

 

 一合交わして彼女は部屋の中央へ向かう脇道へ。

 

 ……多分、私が堂々と身を晒した所為で遠距離戦が得意だと思われたんですかね。実際アドレナリンが満ち足りてる時はkm単位の狙撃も行けますけど。

 

 でもなあ〜近接戦かあ。う〜ん。

 

「……どうしよ」

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 彼女は()()の経歴の持ち主でした。彼女の動向に気付いた時、まるで、データベースに不自然な穴が空いている様な感覚に陥った事は今も覚えています。

 

 イレギュラーが発生した任務に於いても限りなく損耗を最小限にし生還を果たす。また、同行者の生存率についても他のサードリコリスのチームに比べ平均値より高くなっている事も特筆すべき点でした。

 

 ただ、私は彼女についての結論を出す事が出来ませんでした。

 

 通常任務の彼女の行動は至って平凡、リーダーの命令に従い、行動し対象を射殺するだけで肝心のイレギュラー発生時の彼女の行動は毎回何かしら記録機器の故障が起きていたり、死角にいたりするばかりでまともな記録が無かったからです。

 

 ……そこで、私は考えました。直接聞こうと。

 

「……えぇ、たきなさんやたきなさん、それちょっち剛の者過ぎない?」

「今なら、そう思います。でもあの時の私は急いでいたんです」

 

 幾ら私が強くなっても、周りは決して同じスピードで強くなる訳じゃない。もし彼女の負傷率の低さと同行者の死傷率の低下があの人自身の技能だったとしたら。

 

 私はそれを、知りたかった。誰も死なせない為に。

 

「あ、そのにりんちゃんって、どんな子だったの? おせーて?」

「……そうですね、丹凛さんは、変わった人でした」

 

 初めて会ったのはDA本部のあの広場。私が探しに来た形でしたが、見つけるのは難しくありませんでした。広場の端、ガラス張りの天井から差し込む光に当たるか当たらないか位の所に1人で座っていましたから。

 

「顔! 顔は! ねぇ美少女!?」

「……顔、ですか。私には最初、中性的な少年の様に見えましたね」

「おほぉ〜! それってつまりイケメンって事!? やるじゃんたきな!」

「──もう、この世には居ないんですけどね」

「あっ……ごめん」

「大丈夫です、ちゃんとお別れも済ませてますから」

 

 話を戻すと──彼女は当時中学三年生でした。でも体格はほぼ私と同じかそれ以上だったと思います。

 

 ただ、その時はコミュニケーションらしい事は殆ど出来ませんでした。

 

 ですから、彼女との交流の本格的な始まりはそう──その後行われた模擬戦でした。

 

「……いや何があったのたきなちゃん!? サのつく戦闘民族か何かなの?!」

 

 

 

 ♦︎♢♦︎

 

 

 

 ──近距離戦はリコリスの花。

 

 リコリスの基本武装は拳銃です。拳銃と言うものは携行性に優れ小回りが利く事から、奇襲によって速やかに対象を処理するリコリスにはうってつけ。

 

 でも、私、近距離戦は苦手なんですよね。だって──

 

 

 

「その角、居るの分かってますよ」

 

 ──強い敵愾心をビンビンに感じますからね。たまにその気にあてられたりするんですよ。

 

 入り組んだ模擬戦室の中心、先程から私はこの中で奇襲を仕掛ける彼女と何度も遭遇戦を繰り返していました。角は勿論、ドアから窓、机の下に至るまで、あらゆる奇襲をです。

 

 まるで──()()()()()()

 

 そして今、そろそろ相手が前に出て来そうな予感を覚えていた瞬間です。

 

「……これなら」

 

 相手が身を隠す辻へと続く、幾つかの小部屋に面した手狭な廊下。その影から飛び出したのは彼女ではなく──倒れるドラム缶でした。

 

 ……ん? どう言う事でしょう。ただヤな予感が──

 

「どうですか!」

 

 同時に現れた彼女は、そのドラム缶をこちらへ蹴り飛ばして来たんです。──こんな廊下にギリギリ横たわるくらいのドラム缶を! 

 

「ちょっ!」

 

 背中を向けて逃げるのは論外、負け方もダサいですし! 

 

 今撃ち返すのも否、どうせドラム缶はやって来ますから足を取られる! 

 

 ……でしたら! 前へ! 

 

 ──私はドラム缶を飛び越えながら銃を構えました。

 

 しかし、これはアドレナリン皆無の稚拙な考え。

 

 ──覗き込んだ照門の中に藍色は無く。

 

 そこは相手が上でした。彼女は私がジャンプした瞬間、冷静に物陰に身を隠したのです。

 

 私は「やられた」と思いました。少しずつ熱くなって来て、当初の目標を忘れかけていたと言う事でもあります。

 

 このまま着地すれば、この先の辻の影で待ち構える彼女にその隙を狙い撃たれる。浮き上がった身体を操作する術は身体の中にはありません。

 

 

 

 ──でも、壁はありますよね。

 

 

 

 その瞬間、彼女が息を呑む音が聞こえた気がしました。

 

 ──私は宙を漂うなか、左脚で壁を蹴り、更に右脚で辻の角を蹴って、影に隠れた彼女の目の前を着地する事なく通り過ぎました。

 

 思わず私も、横向きの視界の中、彼女にニヤリと大人気ない笑みを浮かべてしまいました。彼女が気付いたか分かりませんが。

 

「──っ?!」

 

 2、3……4段跳び。曲芸紛いの行為に僅かに反応が遅れた彼女が反転しこちらを狙い撃ちます。が、私はその前に部屋のドアを引き盾にしました。

 

「ふぃぃ……」

 

 ペイント弾がドアを叩く湿った音は、どこか怒りを感じなくもなくもないですね。危機的状況でアドレナリンが足りて無かったのなら、今ので私は撃たれてましたよ、間違いなく。お陰で気の抜けた声が出てきます。

 

 しかし今のところ私の方が防戦に傾いています。……ここまでやったら良いかもしれないですけど──どうすべきか。もう良いんじゃ──

 

 

 

『──あっさり負けたりしたら許さないわよ』

 

 

 

 ──何故か、先程の言葉が頭の中に流れて来る。

 

「ですけど」

 

 期待されたからにはちょっとは頑張らないといけませんよね、元働き人として。

 

 元男として、黄色い声にやる気が出ると言うのもあるかも知れません。

 

 なら少しだけ、ほんの少しだけ、テンション上げて行きましょう。真っ当な応援を否定できる程冷笑主義じゃありませんから、私。

 

「〜っ、来た……ぁ」

 

 ──ここからは後半戦ですよ。井ノ中(※井ノ上)さん。

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