TS転生者リコリスは赤服だけにはなりたくないそうです。 作:ダイコンハム・レンコーン
──引き続き戦場は中心の通路群。
端的に言えば私は鬼役、彼女は……何役? 逃げる役ですかね!
そろそろどこかに落とし所を作りたかった私は、戦いを締めに動き出していました。
「っ、やりにくいですね」
リコリスとして逃げる相手を追い詰めるシチュエーションは案外少ないモノなんです。仮に逃げる相手が居たとして、それは奇襲に失敗した場合が常。相手の士気はその時点でほぼ崩れているので追い詰めるのも難しい事ではありません。
「追われても焦らない、強いです」
士気充分な相手を追うと言う行為は追う側の気力を削る行為です。いつ攻守がひっくり返るか気が気でないんですよ。
それに彼女は先程から狙いを絞らせないように曲がり角を小刻みに曲がる動きをしていました。これが厄介で、曲がり角を抜けた時に相手が待ち構えているか逃げるかを判別しなければならないと言う一手間を必要とするんです。
「やる気ですね」
そう、例えば今みたいに、曲がり角を抜けた所で彼女は銃を構えてこちらの額に狙いをつけて──躊躇いの無い発砲。
もはや、それは条件反射の域に達している様な感覚すら覚えました。なるほど完璧なリコリスです、相手を殺そうとする意志も、技術も、何1つ文句のつけようがない。ですが──
「っ、おっ!」
──正確に頭を狙う弾丸なら、ボクシングのスウェーの要領で身体を振れば容易に避けられます。1発、2発と。普段から出来れば楽ですけどね。私は
さて、こちらもほんの少しのお気持ちをお返ししましょう。
私は捻りによって回避する上体の動きの反動を利用し、抜刀術のような動きでペイント弾を流し撃ちます。
──弾丸は微かに、それはもう目を凝らして漸くと言った弧を描いて飛んでいきそれは、こちらを睨む銃口を追って忍び込む。
そして彼女が更なるペイント弾を放とうとした時です。
──カチン。甲高い、金属音だけが模擬戦室に響き渡りました。
逆流したペイント弾は機構に喰い込み詰まりを起こしたと言う事です。狙いどおりですが、やってる本人からしてもあまりに現実味の無い光景ですね。
彼女も予想外の事態に焦りつつあります。
「──
「とんだ
近接戦闘はリコリスの花ではありますが、基本的に銃を持った状態の話で、大人を相手に戦う場合格闘戦は体格差故に非推奨。ただ今はそうした方が都合が良いんです。
銃を後ろへ投げ捨てた私は拳を振りかぶり、走り出します。
虚を突かれた彼女は腕を前にして防御。私は握った拳を解いてその腕を掴み、こちらへと引きます。
……こうして間近に見ると、彼女の美形っぷりが良くわかる。顔に傷一つありません。私と違って。
「この!」
空いている手を握り、彼女はがむしゃらな拳でこれに応えました。
「がっ……!」
避けるのは簡単。寧ろ避けてその勢いで腕を
だから私は──それを受けました。顎で。
あの応援の主ならば、私が何をしたか分かってくれる筈でしょう……だから……これで、勘弁……して──
「……えっ?」
──意識が遠のくその瞬間、自分の拳を見つめながら唖然とする彼女の姿が私の目には映っていました。
♢♦︎♢
「へぇ凄いじゃんたきな! ラッキーパンチってやつじゃん! シュッ! シュシュッ!」
「……無駄にキレがあるシャドーボクシングですね」
「無駄って何?! これでも一応リコリスなんですけど!」
ですが……ラッキーパンチですか。ある意味そう言えるのかも知れませんね。
「ん? どゆこと?」
──彼女は初めから勝つつもりなんて無かったんです。
彼女の身体能力であれば、技量を欠いたとしても力技で捩じ伏せる事も出来た筈です。恐らく彼女の狙いは、格闘戦と言う普通のリコリスならば焦りが生まれる状況で倒される事で、気合いの無さを相手に悟らせない算段だったんだと思います。
ただ、その狙いの割にはあまりに急が過ぎる気がしなくもありませんが。わざわざ銃口を狙ってジャムを起こした事や、銃を捨てた事、かなりアドリブの混じった計画だったと言わざるを得ません。
「でも銃口を撃つって中々だよぉ〜? それ盛ってたりしない?」
「事実です。現に弾丸を避けられる人なら、私は他にも心当たりがありますから」
「その心当たりと比べられる時点でおかしいと思います、たきな教授」
……とにかく、模擬戦の勝者は私と言う事になりました。
観客席に居たサード達は悔しがりながらも口々に彼女を称賛していました。ですが、私には消化不良感しか残りません。終わり方があまりにも呆気なさ過ぎましたから。
「そんな激昂たきな様はどうしたの?」
「……そんなに怒っては居なかった、と思います」
模擬戦後の私は困惑してました。予想外の所で負けた彼女の事もですが……彼女を殴った時、前髪に隠れた額に見えたんです。深い
「古傷? 頭に?」
「私は模擬戦の後、彼女が運び込まれた医務室へ向かいました」
♢♦︎♢
医務室に入った時、里中さんは背を起こし、漫画を読んでいました。その姿に私は少し腹が立って、勢いのまま模擬戦の事を聞いてしまいました。
「ああ、井の下さん」
「井ノ上です。いやそれよりも! 何故貴女は
「ちょちょちょ大声で言わないで下さい!」
彼女はベッドから飛び起きて私の口を塞ぎます。幾つもの任務をこなしたとは思えない程柔らかい手でした。ですが指紋の触感がありません。恐らくは、指先の感覚を保つ為、硬くなった皮膚を削っていたんだと思います。
「……なら答えてくれますか?」
「それは……ちょっと」
「貴女は何故負け──!」
「分かった分かりました! イイ性格してますねアナタ!」
私との交渉の結果、彼女は周りのカーテンを閉じ、目的を話してくれました。
──彼女は、リコリスを辞めたがっていた。
「痛いのも苦しいのも悲しいのも嫌、私は何も知らず日々を生きられる小市民になりたい」
その言葉は、どこか深いところから吐き出された様に感じました。後、彼女は階級が上がる事も嫌だと話していました。
「階級が上がれば特殊な任務も受ける事になりますよね。そうなればDAはよりそのリコリスを囲い込もうとするでしょう。高待遇や権威もろもろで。──だから私は最低限自分と周りが生き残れる程度の立ち回りしかしないんです」
つまり、DAに関わる重要な情報を知れば、足抜けがしにくくなると彼女は考えている。ですが私には疑問がありました。
「でしたら、脱走と言う手段もありましたよね?」
「そしたらDAに一生追われる身じゃないですか? 私はあくまでもDA直々に『お前みたいなのを養う金は無いから出て行け』と言われて円満に抜け出したいんです。……それに私には、ここでやり残した事がありますから」
やり残した事。彼女はそう呟きました。その時の彼女の顔は、覚悟と怒りと悲しみをない混ぜにした様な……
「……その事は、私が聞いても?」
「ここまで聞いたなら、最後まで聞いても変わらないでしょう。……それは、敵討ちですよ」
「敵討ち? それは一体誰の?」
──姉。
彼女は読み掛けの漫画を置き、そう言いました。その紫紺の目は、どこか遠い所を見つめている様で。
「血の繋がらない、姉。私の能力をあらゆる点で上回る存在でした」
能力──それはあの時、私の銃にペイント弾を撃ち込んだ超高精度射撃の事か、あの身体能力の事か……。私が疑問に思っていると、彼女は答えてくれました。
「両方ですよ。それ以外にも色々あります。私にあの能力がある事を教え導いてくれたのも姉でした。姉のしごきで死にそうな目に何度も遭いましたと言うか殺意すら感じましたけど……私にとっては今まで生きる術をくれた恩人です」
その口ぶりは、姉、と言うよりも恐ろしい師匠を語る弟子の雰囲気。顔を青くしてガタガタと震える姿は、今に殺される犯罪者の様に小さく見えました。
「その方もリコリスだったんですか?」
「セカンドです。いずれはファーストも堅いと言われましたが、姉は死にました」
彼女は何かを確かめながら、少しずつ語ってくれました。彼女のお姉さんの死について。
「……ある、任務があったそうです。私も一緒に出たそうで、相手はサードの襲撃を何度も跳ね除けた難敵。ですが姉ならば問題無く排除出来ると送り出されました」
「貴女も、ですか?」
その内容は、とても奇妙で──
「──あ、いらっしゃいませ!」
──と、客が来ました。
私は話を切り上げ挨拶に向かいます。
「ちょっとたきな!? 続きは!?」
「接客の後にします」
「いや気になるんですけど! 仕事手につかなくなっちゃうよ〜!」
「いつもの事じゃないですか? 客と長話したりとか」
「言い方! でも否定できない!」
♦︎♢♦︎
その記憶は、今も闇の中にあります。
私の中にある楔が、鍵を掛けたそれに、私はいつかケジメを付けなければならない。
「私に、その任務の記憶はありません。ただ姉はその任務の後、首を吊られた焼死体で発見されたと言います。いつの間にか寝かされていたベッドの上でそう聞かされたんです」
「記憶が、無い?」
目の前の彼女は、珍獣でも見るかの如く目を瞬かせる。私も同じ気持ちですよ。
「姉の遺体は損壊が酷く、着ていた制服でようやく判別がついたと」
「待ってください、記憶と言うのは」
私は黙って薄い色味の前髪をかき上げる。
「その傷は……」
「見えていた筈ですよね、この傷」
「はい。ですが大丈夫なんですか、頭に傷なんて」
「生きてるなら、多分大丈夫ですよ」
頭に残された、弾痕。ただこの傷だけが、あの任務のただ1つの、記憶。
「今も私の頭の中には、外科的に摘出の難しい弾丸が埋もれています。傷の出来た時期から、この任務中に起きた出来事だとしか考えられません」
私の言葉は、どこか他人事の様。それもその筈、任務中の記憶は失われている。この傷のせいで。
「その影響で今も私は、ある記憶障害を患っているんです」
「……まさか」
どうやら、彼女も気付いたらしい。さっきから私があくまで『彼女』として認識しているのも、それが理由だった。
「私はそれ以降、他人の情報の多くを記憶出来なくなったんです」
だから、私は今もDAに居るんです。脱走してから姉を殺した犯人を探せば良いと思う時もあった。でも目の前の彼女の名前も分からないこのザマじゃ、まともに捜索も出来ません。
でも
まるで網に獲物が掛かるのを待つ蜘蛛の様に、私は待ち続けて居るんです。答えを。あの任務の正体を。
「はっきり言って、姉が簡単に死ぬとは思えないんです。そんな姉が……誰に殺されたのか、何が起きたのか。これを知らない限り、例え脱走しても私に安寧は訪れません」
「今もDAに居るのは、それが理由……」
だから、私は彼女にこの事を黙って貰う様に伝えました。私自身、何故こんな所まで話したのか、分かりませんでしたが、恐らく彼女が実直だったからだと思います。……実直な若者なんて、嫌いにはなれませんから。
「分かりました。──でも交換条件があります」
──ん? 雲行きが怪しくなって来た様な……あっ逃げたい、今すぐ逃げたい!
……待って、待って下さい
「私と一緒に、任務に付いてきて下さい。それが交換条件です」
「あっ」
……あぁぁぁぁぁっ?!
──この日、世にも珍しいセカンドとサードのコンビが誕生した。
(この話、どんなタグつけりゃ良いんだろう……)