TS転生者リコリスは赤服だけにはなりたくないそうです。 作:ダイコンハム・レンコーン
宵の天蓋遥かなり。私は今、ビルの屋上に立っています。人気の少ないシャッター商店街の脇道に建つテナント待ちビルの一室を眺めながら。
「え〜、デルタ2よりデルタ1へ。そちら変化は?」
私の片手に通信機。私は向こう側の彼女に確認を取りました。彼女は今覗き込む部屋の手前であの鷹の様な目をギラギラ光らせている筈です。
私のもう片手にはピストル、俗に言う
何でそんな物を持っているのかと言えば、この世界での私の趣味が拳銃の収集だからです。不思議な拳銃は見ていて面白いんですよ。リベレーターにコリブリ、対戦車ピストルとか。まあコレクションとしてではなく、武器として使う場合もあるんですが。お陰でリコリスの正規品のウェポンラックランドセルじゃなく、本当にただのランドセルが必要になる時もままあります。
『こちらデルタ1、取引現場に人影無し。ここは外れです』
「……分かりました。今から合流します」
結局、私と彼女は臨時のコンビを組む事を選びました。理由の1つは弱みがあるからではありますが、セカンドのツテで情報収集が出来る事、何かしでかしても彼女に功績を押し付けられる事、後地味に重大問題だったのが、
私は他人のパーソナリティを記憶する能力を失ってしまっています。しかしこのパーソナリティに関する記憶、と言うのが厄介で、リコリスとは戸籍を持たず、社会の目に触れない様に秘密の花園で育てられ囲われた存在。そんな彼女の個人情報をメモ書きすればそれは国家レベルの機密文書同然。
さて、そんなメモを持って歩いて回っていればいつ私の後頭部に銃が突きつけられるか分かったもんじゃありません。ですから彼女が情報を記憶してくれるのは非常に助かる訳です。主に名前と顔とかですがね。
で、彼女にとってのメリットは、私の力と技術についての知識を見て取れる事、後は日本有事に於ける最前列への参加券であるファーストへの昇格へ近付ける事、こんな感じです。
ビルを降り、裏口を通ると私の前には彼女が立って居ました。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、まあ私はただ屋上から見てただけですけど」
「それは私もです」
「……」
「……」
銃は既にランドセルに格納した様で既に空手でした。ただ、気になる事が──
「……何か、他にないですかね? こう、気さくな会話的な?」
「例えば?」
「今日はいい天気ですね、とか?」
「空は真っ暗ですが」
「……」
「……」
──会話のしようが無いんです。
私は会っても明日には自己紹介の内容を忘れてますし、彼女はどうもリコリスに人生をかけ過ぎたのか、戦闘か任務以外の事で話が無い様でした。そんな2人の間でまともな会話が成立するか? 察してください。
「いや、今日は月が綺麗で──」
そう言い掛けた時、ぽつ、ぼつ、と雨が降り始め、月は叢雲に呑まれて消えました。……最悪です。運命の神はどうやら私達を祝福してないらしい。
「はは、良い天気ですね。シャワー代が浮きますよ」
「私たち、光熱費なんて払ってませんよね」
「……帰りましょう」
……もうダメです。これ以上こんな会話を続けていたら精神に影響が出てくるかもしれません。ただでさえ年頃の少女の感情なんてのはパンドラボックス、開ければ何を見るか分かりません。絶望、希望、どっちでしょうね、見えるのは。
ああそうだ、雨に濡れて帰るのは身体に悪い。
「ちょっと待っていて下さい。近所のコンビニで傘買って来ますから」
「大丈夫です、私は濡れても構いません」
「やや、
「……女の子」
……そう言えば、リコリスとして暮らしていると女の子扱いされる事って少ないですね。毎日女子校みたいな状態ですから。やっぱりこう言う事ばっかりしてると普通が薄れて行きますよ。いや私は女の子扱いされても微妙な顔しますけどね。
路地を出てスマホでサクッと近所のコンビニを検索した私は、少し広めの道へ向かおうとしていました。あ、目の前の横断歩道が丁度青に、こう言う時ってちょっとツイてるって感じがしますよ。
さて、横断歩道は右見て左見てGO──
──その時私の耳朶を打つ、悲鳴の様な、機械の鳴き声。カーブを猛スピードで走り抜けて何かが飛び出して来る。
「車です、避けて下さい!」
更に聞こえて来たのはエンジン音に、彼女の声。
避けるのは間に合わない。なら──
「──ッよっとぉ!」
私は咄嗟に音の方向へ向かって跳びました。
暗闇の中踏み締めたモノの柔らかさ。全面の窓をシャッターで覆われた車のボンネットの上に私は足をかけていました。どう見てもカタギじゃありません。夜中にロービームすら点けずとなればほぼ故意。
──命を取る気なら、こちらもこう返すしかありません。
私は一気に高まる鼓動の音を感じながら、そのまま
運転席に人影は──ありますね。
落下の最中、緩やかに流れる逆さまの視界から見えたリア側のシャッターの隙間目掛け、私は素早く引き金を引きました。
マズルフラッシュの光が、一瞬間だけ闇を暴きます。そこには、ナンバープレートの無い黒いワゴン車の姿。
そしてピストルとは名ばかりの銃から放たれたライフル弾の猛威はシャッターの隙間を貫き、シートに半ば隠れていた運転手の肩も貫通。車は制御を失い、路肩の街路樹へ激突し止まりました。
私の方は雨に濡れたアスファルトに5点着地の末ビショビショに。
「……ああ、今日はツイてないです」
私はそう呟きつつも雨に打たれる事は気にせず目標を見据えながらコッキング。……2発目は必要無いと思いますけどね。
「オマケに着心地最悪」
ベージュっぽい白の服は濡れて暗っぽい色に染まっていました。履いていたレギンスもです。ただ命があれば儲け物、リコリスをやってると生の喜びと言うものが人一倍に感じられる気がしますよ。嫌な実感です。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。服は汚れましたが」
私が車を見据える最中、やって来た彼女は軽く私を見ると、さっさと車の方へと向かって行きました。仕事人間って感じですね、それ以外知らないとも言いますか。
「手作り装甲車が作戦区域内に入ってくるなんて情報、ありましたか?」
「いえ、私の方には何も」
「なら、イレギュラーですか」
「──こちらデルタ、作戦区域内にイレギュラーの侵入あり、対象は無力化、これより調査を行います」
本部へ連絡を行う彼女。そのまま彼女は私に向かって、自分が中を確認すると言いました。このコンビ、立場が上なのは彼女である為これを承知。私は車の近くで周囲を警戒する事になりました。……ですが、この車は一体何を?
「……シャッターの改造以外には、内部に鉄板が貼られていました。それ以外は特に目立った物は無し。ただ運転手の顔が──」
「顔、顔がどうかしましたか?」
「気絶していますが、何か酷く怯えた様な表情をしていました」
怯えた表情? 私は頭を捻って考えてみましたが、どう考えても答えは1つの様に感じました。
「ヤな感じですね。って事はこれ、何かから……」
「……
「問題は一体誰から逃げて──」
──その瞬間、私の隣を旋風と、銀の光が駆け抜けました。
「っな!?」
僅かに後、バチャン、とハンバーグのタネを叩くような湿っぽい音が車の中から響きます。
「運転手が撃たれました!」
「嘘でしょう!?」
「本当です!」
私よりも車に近かった彼女が先にそれに気付きました。私は先の旋風が弾丸が生み出したものと思い至り、周囲を確認しましたが、夜闇の中ではまともに探す事も出来ません。銃撃音はありませんでした、消音器か減音器を使用したのでしょう。
「どこを!」
「頭、即死です! カバーポイントへ退避!」
「了解!」
一気に慌ただしくなった現場の中、私達はビルの中へと退避し銃を構えて暫くの間、息をする事すら忘れて待機していました。
しかし、それ以降は何も起こりませんでした。
「何なんですか今日は……」
「行きましょう」
こうなれば、外を確かめるしかありません。私達は雨脚の強まりつつある外へ出向き、車の元へ。
「ああグロテスク、ストロベリージャムより赤ですね」
私と彼女が周囲確認し車内を検めると、そこには左側面が血の滝と化した運転手の頭部が右の窓にしな垂れていました。見事なまでのクリーンヒット。
「……運転手が撃たれた時、空いていたのは助手席側の扉だけです」
「つまり犯人は、助手席側に立って話をしていた私とアナタの隙間を縫って運転手の頭部を狙い撃った」
「そうとしか考えられません」
この月明かりすらない闇夜では、犯人は逃げおおせた事でしょう。雨のせいで足跡にも期待できません。そうして私が周囲を見回す間、彼女はDAと通信を取っています。
が、色良い反応が来るとは思えませんね。
「本部、イレギュラーは更なるイレギュラーにより射殺されました。周囲に別働隊のリコリスは確認出来ますか? ……そうですか、了解しました」
雨の為、ビルの屋内に戻った私達は、2人して饒舌に先の事について話し合っていました。薄暗い裏口手前、非常口の光の下で。
「──どうでしたか? まあその様子だと納得行く答えではなかった様ですが」
「周囲にリコリスは不在。恐らく今回のターゲットもしくは第三者の影響によって発生したものだ、と」
「なるほど、つまり全く分からないと?」
「そう言う事になりますね」
日常会話より余程盛り上がっているのは、私も彼女も根がリコリスだと言う事なのでしょうかね。……嬉しくない共通点見つけちゃいましたよ。
「はぁ……リコリス辞めたいです。厄ネタでしょうこんなの」
傘を買いに行く気も薄れましたよ……だから雨、早く上がりませんかね?
♢♦︎♢
「……これが、私と
「うっわぁ、ミステリーじゃん」
「……雨に濡れながら?」
「いえ、結局丹凛さんが傘を買って来てくれたんです」
「おお、優しい。優しくてイケメンってこう、王子様的な──」
「その途中で、屋台のおでんを奢って貰ったり」
「……ん?」
「その時、下着の着替えが無いかもしれない事を伝えると、コンビニのトランクスを買って来てくれたり」
「……んん?」
「寮に帰ってからは、茶色のポロシャツを貸してもらいましたね」
……丹凛さんは、あの屋台での話、覚えていたんでしょうか。
『──おでんの出汁、これで焼酎を割ると身体があったまる最高の飲み物が出来る……らしいんですよ。え? 他にも知っているのかって?
……そうですね、大人になったら美味しいツマミと酒の呑み方をアナタに教えます。その時は、奢りますよ』
もし彼女が生きていれば、リコリコの皆さんと彼女とで──
「待って、ここに来たばっかりの頃、たきなの行動が
「丹凛さんが教えてくれた事が殆どですね、特にトランクスは新境地でした」
「……あ〜ね。なるほど、うん。丹凛ちゃん、まあ渋いね。トランクスは許されないけど。トランクスは許されないけど!」
「何で2回言ったんですか?」
──もしかしたら、丹凛さんが目の前の彼女に服屋に連れ回されていたかも知れない。もしかしたら、丹凛さんが目の前の彼女を屋台巡りに連れて行ったかも知れない。
今になって、彼女がどう言う人だったのか、少しだけ見えて来た様な気がします。私達と同じ場所に居るのに、それはどこか別の場所から見ているような立ち振る舞いで。
「お? たきな? おーい?」
ふと振り返れば、模擬戦前の時の様に、枯葉色の髪の彼女が隅で茶を啜っているんじゃないかと思った事もあります。
「……イタズラしちゃうぞ〜?」
でも、彼女は何も言わず去りました、ただ1発の弾丸と引き換えに。ただ私の力が及ばなかったから。
もし、また会える奇跡があったなら──今度は私が、貴女に借りを返したい。
「それ〜っ!」
「っ!? ちょっとそこはやめて下さい……っ! っぁははははっ!」
そして貴女が良いと言うのなら、一緒に『今』を護りたいと、私は思います。
きっと貴女は嫌そうな顔をしながら頷いてくれる。──違いますか、丹凛さん?