TS転生者リコリスは赤服だけにはなりたくないそうです。 作:ダイコンハム・レンコーン
「……ああ、久しぶりのホームセンターです」
私は今、目を輝かせ少年の様な土色煌めくわんぱくハートを高鳴らせていました。眼前に聳え立つは、血湧き肉躍る鋼とロマンの聖地、ホームセンター。
「どうして、私まで連れてこられたんですか?」
そこでキョトンとしていたのは、私の相方の
「どうして、ってそれは……この前の任務の後で折角2人して休日に非番じゃないですか。コンビを組むって言うのなら、お互いの事知りましょうよ」
「だから、それとこれとどう関係が?」
……なるほど、理由が無いとダメなパターンですか。合理主義も極まれば非合理なんですかね。理由……理由は、そうだ。
「アナタは、素性も何も知らない人に背中を預けられますか? 私は出来るなら、"その人のミスで自分が死んでも構わない"と思える人に背中を預けたいんです。できるなら、ですがね」
だから。
「私はアナタに知って欲しいんです。私がどう言う人間かを。私が、そう思っているから。理由には十分ですか?」
「……はい、納得出来ました」
「よし、じゃあまずは──ここです!」
「……木材?」
女の子が2人してホームセンターに入っていくのはさぞかし奇妙な光景でしょうね。しかし今の私にはそんな事を気にする余裕はありませんでした。何たってここは──
「──はぁ、良い匂いです」
「木の匂いですね。ここが木材コーナーですか」
様々な厚み、様々なサイズの木材がずらりと並ぶとやはり圧巻。中には見上げる程の長さのものもあり、やはりこの温かみのある有機物が無機物的に陳列されている独特の雰囲気は、ここでしか味わえない魅力です。ああ最高。日曜大工が趣味の私には都会のオアシスですよ。
「……どれを買うんですか?」
彼女は腰を屈め、棚から幾つかの板材を手に取りながら私を見上げていますが、私はこう答えます。
「決めてませんよ。何一つ」
「……じゃあ買わないんですか?」
「気が向いたら買いますよ」
「どっちですか……」
「でもただ見るだけでも楽しいじゃないですか」
そう言うと彼女は目の前の板材と睨めっこを始め、動かなくなってしまいました。何を考えているのでしょうか。幸いホームセンターは常に最適な空調でいつまでも居れる位ですが、ふむ。
「……見ても楽しくないです」
心なしか、彼女の頬が膨らんでいる気がします。タイトルを付けるなら『休日、父の趣味に付き合わされる娘』……ですかね。ホームセンターの楽しめるポイントを教えてあげられたら良いんですけど。
「当たり前ですよ、板だけ見て楽しめるならそれは木目マニアだけです。どんな物を作るか、それを考えながら見るのが楽しいんですよ」
「貴女は何かを作った事があるんですか?」
「そうですね、椅子や棚を作った事はありますね」
目を丸くする彼女に、私は棚から板を見繕って差し出しました。
リコリスは皆、その手に銃を持ち、何かを
「──この板4枚で、アナタはどんな棚を作りますか?」
「……棚」
問題を一つ、ほんの些細な問題です。難しい事はありません、2つの板を垂直に合わせ、左右を蓋するだけです。
彼女は膝の上に板を乗せ、私の想像通りの棚の形を作りました。
「これです」
当然ながら、四角い板を組み合わせるだけの棚は規格的。まるで今の彼女のイメージにそっくりです。ただ悪い事ばかりじゃない。これは奇抜さが無く、収まりが良い。
「ですね。ただこれだけで良いですかね?」
「それくらい分かっています、きちんとした物にするには、ヤスリをかけたり塗装をしたり──」
それもあります。飾りを作ったり、木目の向きを考えたり、ニスを塗ったり、やる事は色々です。どれも正解です。ただ私が言いたい事は別にありました。これは意地悪な問題の出し方しちゃいましたね。
「もしこの板を全部2枚に割ったら? 全部で8枚です。棚は?」
「棚は、2つ出来ます」
「そうですね、流石です」
「……小学生レベルの計算じゃないですか」
彼女は板を棚に戻しながら、そう言いました。目を逸らす為か、はたまた時間の無駄と判断したのか。私はそれでも言いたい事を言う事にしました。
リコリスじゃなく、かつて生きて来た私が、何となく思って来た事です。
「ここに並ぶ板みたいに選択肢は見える数だけあるんじゃありません。その中から作り出せる選択肢もあるんです。アナタには『選択肢を作る』選択肢がある」
リコリスは、幼くして揺るがない目標を与えられて育って行く。だから選択肢はまるで無い様に見える。でもそんな事は無いんです。壊せるなら作れる筈です、未来も。
「選択肢を、作る」
「……わざわざ言うまでもなかったかもしれませんけど」
大人になったら、口煩くなるのは何故でしょう。誰かに何かを伝えたいから? もしその伝えたい相手が居るのなら、きっと私たちは子供たちへ伝えたい事があるんじゃあないんですかね。こんな風に。
そんな言葉に、彼女はどう感じたのか。戻し掛けていた板を手元に置き値札を見つめると、彼女は口を開きました。
「
「ええ、一通りは」
すると彼女は。
「なら買います」
「え?」
彼女は、板を胸に抱えてそう言いました。まさか作る気なんですか?!
「作るのは棚ですか?」
「……里中さんには想像出来ない物を」
「うっ、もしかしてさっきの意地悪問題、怒ってます?」
「怒ってません」
そう言っているのにも関わらず、ヒリヒリとする怒気が滲み出してますよ。でも、心なしか少し──
「なら、内心楽しんでたり?」
「怒りますよ」
「ひぇぇ……」
一瞬、彼女の頭から角まで生えた気がしました。本気で怒らせると止まらなそうですね彼女。怖いです。……にしても、これは帰った後が色々と大変そうです。でも、日曜大工に興味を持ってくれた事の方が500万倍嬉しいですね。
私は、次のコーナーに向けて歩き出しました。
「じゃあ、次は工具ですよ!」
「やけに乗り気ですね」
「……だって、楽しいですから! 誰かと一緒にホームセンターなんて!」
我ながら子供みたいです。こんなにも楽しいのは、久しぶりですよ。出来れば、こんな日がずっと続けば良いんですが。
「……」
「ん? どうかしましたか?」
「っいいえ! 何も、ありません」
──けど、ずっとは続かない。そんな事、分かりきっていた筈なのに。
♢♦︎♢
私の今の居場所、喫茶リコリコの裏手で、私たちはブルーシートを広げ、作業服を着て大小様々の木材を並べています。
作るのは、木のベンチ。
「たきな先生〜ヤスリがけ疲れました〜!!」
そんな中、木をヤスリがけする彼女は海に漂うワカメの様にゆらゆら揺れながら叫んでいました。
「なら、サンダー使いますか?」
「何それ!?」
「研磨機です」
「あるじゃん楽なの!」
電動工具の有り難みを実感するのも日曜大工の魅力だと
私は彼女にサンダーを渡し、その背後へ回ります。
「良いですか、サンダーの使い方はこう──」
「ちょ」
そのまま彼女に覆い被さり、サンダーを握る彼女の手の上から握って木の上を滑らせる。丹凛さんが遺してくれた工具は今も現役。私もこうして定期的に使ってリコリコの中に棚やちょっとしたインテリアを増やしています。
「我慢してください、怪我したら大変ですから」
「その……これは我慢とかそう言う問題ではないと思いますけどその」
彼女が身体の中でもじもじと動き続けるので、私は彼女の耳元で呟きました。
「
「はいなんでもないですハイ」
こうしていると、丹凛さんから日曜大工を教えて貰った時の事を思い出します。
……あの時出来たのは、ボロボロのガタガタで見るに耐えないペン立てで。はずかしくてこっそり隠していたんですが、なぜか見つけられて丹凛さんが使っていたんです。ずっと、別れの日まで。
何故使っているのか、と聞いたら丹凛さんはこう言いました。
『──折角作ったのに、使わない方が勿体無いですよ』
どこまでも異常な力を持っていて、卑屈なくらいに普通。それがあの人でした。
目の前の彼女とは似ている様で何かが違う。でも根にあるものは似通っている様に思えるんです。
「もっと他の工具、使ってみますか?」
「えっ、良いんですかたきな先生!?」
「はい、でも最初は私が補佐しますからね」
「は〜いっ!」
今が好き。今の私が好き。
丹凛さんは、どう思っていたんでしょうか。今となっては、分からない事ばかりですが。
「──日曜大工か。妹が良くやっていたな」
「あ、アオイちゃん! おっはよう!」
「アオイさん、おはようございます」
そんな事を考えていると裏口の戸が開き、中から癖のある赤毛を1房に纏め、喫茶リコリコの制服に身を包んだ女性が現れました。
……彼女は里中アオイ。里中丹凛の血の繋がらない姉です。色々あって、彼女は喫茶リコリコの住み込みバイトになっていました。
「2人が作っているのは……ベンチか?」
アオイさんは、作業する私達の後ろに立つと、懐かしい物を見るような目で並んだ木材を見渡しました。
「おおっ、この散らかりを見て一瞬で理解するとは、さっすがぁ!」
「散らかってません、パーツごとに判る様並べてます」
「妹の日曜大工に巻き込まれていたからな。あの時ばかりは妹に頭が上がらなかったものだ」
……それ、日々の鬱憤を晴らされてませんか。と口が開きそうになったのを彼女の首元に口を当てて押さえました。
「──ひゃぁっ! 何! ケダモノ!?」
何か言ってますが気にしません。口を開いたらアオイさんに半殺しにされますから。
「……あまり人目を憚る様な事はするなよ?」
「私とたきなはそんな不健全な仲じゃないんですけど!?」
「同感です」
「どうだかな」
すると、アオイさんはこちらへやって来て、工具箱の中をじっと見つめていました。何かを、置いて来た様な表情で。
「あ、アオイちゃんもDIYしたい? ならひと仕事行こうぜい!」
「バカ言うな、お前たちと違って私は仕事だ」
「ならあの呑兵衛さんに全部任せて──」
「──聞こえてるわよ!」裏口の向こうから怒鳴り声が響く。私達は振り返り、その耳の良さに驚いていました。元DA情報部員だけあって耳聡いのでしょうか。
「じ、地獄耳……」
「素晴らしい聴覚だな、もしや男に飢える事でも飢餓状態の感覚の冴えを再現できるのか?」
「多分違うと思います」
アオイさんは休憩の終わりだと言って裏口の戸の中へ消えていき、ここにはまた2人。
晴天の下、何も考えずただ目の前の木材に向き合う時間です。
「丹凛さんはさあ、どんな気持ちでDIYしてたんだろうね」
「……彼女は、他の事を考えなくて良い時間だと言っていました」
「ならきっと、普段は思ってた事も色々あったんだろうね」
その思っていた事は、リコリスの事か、お姉さんの事か、それとも任務の事か。恐らく、その全てをあの人は気にしていました。ただ表には出さないだけで。
「でも、こうしている時の彼女は、とても楽しそうでした」
「やりたい事をやる。それが1番だって知ってたんだよ、きっと」
「……そうですね」
だから、今はどこまでも楽しんで。
『──だって、楽しいですから!』
貴女がそうしていた様に。
「……その、楽しいですか?」
「たきなと一緒なら、なんだって楽しい!」
「っなんですかそれ」
「あっ、照れてる? もしかして照れちゃったりしてます?」
「照れてません! これ以上揶揄うなら、怒りますよ」
「ひょぇぇっ! お許しを〜」
バカバカしくなるまで、笑える様に。
──その次の日の朝。
喫茶リコリコの前には、少しぎこちのない木のベンチが置かれていた。