Continue to NEXT WORLD.../SIREN2(サイレン2)/SS   作:ドラ麦茶

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第九十八話 『神意』 観察者A 不明 99:99:99+

「――さっきもチラッと言いましたが、羽生蛇村にかけられた呪いの本質は『ループ』です。この呪いに関わってしまった人たちは、『神よりも上位の者』さんが定めた特定の行動をするまで、何度も同じ時間を繰り返すことになります」

 

 夜見島土産の夜見鍋と夜見アケビでお茶をしながら、竹内多聞は引き続き安野依子の報告を聞いていた。二〇〇三年八月三日、羽生蛇村の異界に取り込まれた人たちは、本人たちは気付いていないが、何百何千とループを繰り返し、その果てに、八月五日二十三時の『須田恭也が神の首を落とす』という結末にたどり着いた。現状、これだけがループから抜け出す条件である。

 

「恭也君と美耶子ちゃんが出会ったり、高遠先生が灯篭に火を灯したり、宮田先生が宇理炎を入手したり、先生が工場の配電盤を壊したりといった行動は、すべて、恭也君が神様の首を落とすことへ繋がっているんです。逆に言えば、それらの行動が行われず、恭也君が神様の首を落とせなくなった場合に時間が戻ってしまう、ということになります。要するに、羽生蛇村の呪いは、『神よりも上位の者』さんが、三日間ひたすらリセマラしたものなんですね」

 

「では、なぜそこまでして、『神よりも上位の者』は神の首を落とすことにこだわるのだ?」

 

「ポイントは、ただ神様を倒すだけでなく、神様の首を落とすことにあるんです」

 

「どういうことだ?」

 

「はい。それを説明するためにちょっと話がそれますけど、先生は、『因果律』というものをご存知ですか?」

 

「『全ての事象には原因があり、原因無しには何も起こりえない』という哲学的考え方だ。例えば、とある天才の言葉に『ギョーザを食べたらギョーザクサくなった』というのがあるが、これは典型的な因果律を表したものだ。『ギョーザを食べた』という原因があるからこそ、『ギョーザクサくなった』という事象があるのだ」

 

「そうです。まあ簡単に言えば、『原因があるから結果がある』という、きわめて当たり前のことなんです」

 

「うむ」

 

「通常、原因は事象よりも前の時間にあります。今の先生の例で言えば、『ギョーザを食べた』という原因は、『ギョーザクサくなった』という事象よりも前の時間にあります。事象よりも後の時間に原因があったら、『ギョーザクサくなった』後に『ギョーザを食べた』になってしまいます。これは、明らかにおかしいです」

 

「当然ではないか」

 

「しかし、その明らかにおかしいこと――事象よりも後の時間に原因があるということが、羽生蛇村では、実際に起こってるんですよ」

 

「――――」

 

「例えば、恭也君が羽生蛇村を訪れるきっかけとなったのは、二〇〇三年の七月、インターネットの掲示板で、『××村三十三人殺し』のウワサに興味を持ったからです。しかし、このウワサが村に流れ始めたのは、二〇〇三年の八月以降。恭也君が、異界で屍人さんたちを虐殺したことがきっかけです。事象よりも後の時間に原因があるんです」

 

「…………」

 

「他にもあります。二〇〇三年八月二日深夜、村では神の花嫁である美耶子ちゃんを神様へ捧げる儀式が行われようとしていましたが、この儀式は美耶子ちゃんが事前に御神体である神様の首を壊していたことで失敗しました。しかし、八月四日の早朝、壊されたはずの首が届き、儀式の再開が可能になります。このとき届いた首は、二〇〇三年八月五日の夜、恭也君が焔薙で神様の首を斬り落とし、それを比沙子さんがうつぼ船で届けたものです。これも、事象よりも後の時間に原因があることになります」

 

「しかし、もし、恭也君が屍人を虐殺しなかったり、比沙子が首を届けなかった場合はどうなるのだ? 因果が成立しないではないか」

 

「その通りです。物理学においては、これを『因果の破れ』というらしいです。実際、事象が光速を超えた場合、相対性理論によって時間の流れがゆっくりになるため、事象よりも後の時間に原因があることが起こり得るんじゃないでしょうか? まあ、この辺はドラえもんのウラシマ効果的なヤツで覚えた知識なので、ホントにそうなるのかはあたしに判りませんけどね。それはそれとして、羽生蛇村では実際に原因と事象が逆になってしまった事例がいくつかあるんです。先生の仰る通り、このままでは因果が破綻してしまう可能性があります。恭也君の例で言えば、すでに恭也君が村に来る『××村三十三人殺し』のウワサ話がネット上に出回っているのに、もし恭也君が屍人の虐殺を起こさなければ、ウワサが発生せず、恭也君が村に来る原因が無くなってしまい、因果が成立しません。比沙子さんの例も同様です。すでに首が届いているのに、もし恭也君が神様の首を落とさなければ、その原因が無くなってしまい、因果が成立しなくなります。因果が成立しないとどうなるのかは判りませんけど、ひょっとしたら、世界が破綻してしまうのかもしれません」

 

「つまり、神よりも上位の者は、それを防ぐために……」

 

「そうです。『神よりも上位の者』さんは、それらの因果を成立させるために、三日間ひたすらリセマラをしたんだと思います」

 

 ううむ、と唸り、腕を組んで考える竹内。安野の言う通り、恭也と比沙子の例は事象よりも後の時間に原因がある。すでに事象が存在するのにその原因が起こらないとなると、致命的な矛盾が生じる。因果の破れ――つまりはタイムパラドックスだ。それを防ぐために、『神よりも上位の者』は、三日間何度も時間を戻した――。

 

「いや、その話には、ちょっとおかしな点がある」

 

「なんでしょう?」

 

「お前の言う通り、恭也君と比沙子の例は、確かに事象よりも後の時間に原因がある。因果を成立させるために『神よりも上位の者』がひたすら時間を戻しているというのは、あり得る話だ。しかし、そもそもそんなことになったのは『神よりも上位の者』が比沙子に呪いをかけたからではないのか? 羽生蛇村の呪いが無ければ、何百何千回と時間を戻して因果を成立させる必要など無いはずだ。もし、なんらかの間違いによって比沙子に不死の呪いをかけてしまったのだとしても、時間を戻せるのなら、一三〇〇年前に戻して比沙子に呪いをかけなければいいだろう? 無論、そうなると現代の羽生蛇村は存在しなくなるんだが」

 

「そうですね。そこもきっと、『神よりも上位の者』さんには、どうしても比沙子さんに呪いをかけないといけない理由があったんでしょう」

 

「その理由とは」

 

「はい。羽生蛇村の神様は、村人からは神様なんて崇められていますけど、その正体は夜見島の闇人さんのボスである異形の生物や、夜見島型屍人さんのボスである顔の怪物と同じ、闇の住人です。もしかしたら、羽生蛇村の神様にも、闇人さんたちと同じく地上世界へ侵攻する野望があったのかもしれません」

 

「神に……地上世界侵攻の野望があった……?」

 

「そうです。もし、そうだったとしたら、これ、大変なことなんですよね……」

 

 これまでずっとにこやかに話していた安野が、急に真面目な顔になり、声のトーンも落とした。

 

 もし、羽生蛇村の神に、地上世界侵攻の野望があったら――安野が続きを言わずとも、竹内にもその恐ろしさは判った。

 

 夜見島の異形の生物は、かつて光によって奪われた地上世界の奪還を目論んでいた。そのための兵とも言える闇人は、高い治癒能力を持ち、倒しても何度も復活する。しかし、それは死体に新たな闇霊が憑りついているだけで、決して不死ではない。死体に憑りつく闇霊どもを全滅させるか、修復できないほど死体を粉々に破壊すれば、それ以上よみがえることはない。

 

 これに対し、羽生蛇村の屍人は完全に不死だ。たとえ頭を吹き飛ばそうがバラバラにしようが全身焼き尽くそうが、時間さえあればよみがえることができる。倒すためには宇理炎や焔薙といった神器を使う必要があるが、どちらも普通の人間に使えるものではない。

 

 ボスである神に至ってはさらに凶悪だ。まだ誰も試してはいないが恐らく人間の武器では傷ひとつつけることはできないだろう。宇理炎や焔薙といった神器を使って一応倒すことはできるものの、それでも、過去に首を届けることでまたよみがえろうとするのだ。生死の概念が無い存在というのは、大げさなことではない。

 

「その通りです」竹内の話に、安野も同意する。「ハッキリ言って、羽生蛇村の神様と比べたら、ウン○爆破で野望を阻止された夜見島の異形の生物なんて、ザコ同然です。フリーザ様とピラフ大王くらいの差があります。それくらい、うちの神様は危険なヤツなんですよ」

 

「だが、それと因果を成立させることが、どう関係する?」

 

「はい。こういった完全無欠の不死身の敵は、どこかに封印するしかありません。超人ロックがフォン・ノイマン博士をラフノールの鏡に封印した的なヤツです。宇理炎や焔薙を使ってもまだ復活しようとするんですから、『神よりも上位の者』さんとしては、神様を封印するしかなかったですよ。『虚母ろ主の輪(うろぼろすのわ)』の中に」

 

「――――」

 

『虚母ろ主の輪』――眞魚(まな)教の経典・天地救之伝(てんちすくいのつたえ)にある言葉だ。自分の尾を噛んで輪となった蛇あるいは龍のことで、始まりも終わりも存在しないものの象徴とされている。

 

 二〇〇三年八月五日二十三時、神の首をもって奈落へ落ちた八尾比沙子は、この『虚母ろ主の輪』に取り込まれた。

 

 首をもって奈落へ落ちた比沙子は、二〇〇三年八月四日六時に首を届ける。そこで首を受け取った比沙子は儀式を再開し、神が復活するも、やがて神は恭也に首を落とされる。比沙子は首をもって奈落へ落ち、過去へ首を届け、また儀式が再開し、神が復活し、首を落とされ……これが、永遠に続くことになる。そこには、始まりも終わりも存在しない。まさに『虚母ろ主の輪』だ。

 

「そうですね」と、安野が頷いた。「その『虚母ろ主の輪』には、比沙子さんだけでなく、神様も取り込まれています。神様もまた、復活しては首を落とされ、また復活しては首を落とされ……を、永遠に繰り返すことになってるんです。もう、完全に抜け出すことはできません。これこそが、『神よりも上位の者』さんの目的だったのではないでしょうか?」

 

 安野の話に、竹内はもはや唸ることも忘れてただ絶句する。羽生蛇村の神に、地上世界侵攻の目的があった――神は一三〇〇年前の天武十二年にこの地に降臨した際、陽に焼かれて弱り、そこを比沙子に食べられ、すぐに死んでしまった。その一三〇〇年後の二〇〇三年八月五日〇時に復活するものの、不完全体であったためか知性のようなものは見られず、ただ暴れるだけだった。その後、比沙子が自ら身を奉げて完全体として復活するも、直後に恭也が首を落としている。そのため、神が何をしたかったのかがこれまで判らなかったのだが、神が夜見島の異形の生物と同じ闇の住人であるのならば、地上世界侵攻を企んでいてもおかしくはない。

 

「だいぶ長くなったので、短めにまとめますね」

 

 安野はこれまでホワイトボードに書いたものを全部消すと、きゅぽん、とマジックのフタを取り、新たに書きながら再度説明を始めた。

 

「事の発端は、一三〇〇年前の天武十二年。後に羽生蛇村になる山間の小さな村に、神様が降臨します。これに関しては、夜見島の異形の生物とは違い、元々地球にいたのではなく、彗星に乗って宇宙から落ちてきたのでしょう。で、それを見た『神よりも上位の者』さんは、なんかヤベェやつが来たと思い、比沙子さんが神様を食べたのをよいことに、不死の呪いをかけました。いつか神様が完全体として復活したとき、即座に首を落とし、『虚母ろ主の輪』に封印するためです。呪いを受けた比沙子さんは、贖罪のためにおよそ二十七年周期で神様に花嫁を奉げる儀式を始めます。恐らくですけど、そのたびに『神よりも上位の者』さんは神様を封印しようと試みたんですけど、うまくいかなくて、先送りにしたんでしょう。で、最初の神様降臨から一三〇〇年後の二〇〇三年八月、遂に最大のチャンスが訪れます。この年の八月三日から五日までの間でリセマラを繰り返し、『神よりも上位の者』さんは、ようやく神様を『虚母ろ主の輪』に封印することに成功した――というワケですね」

 

 説明をしながらホワイトボードにさらさらと書くと、安野はマジックのフタをした。

 

 竹内は無言でホワイトボードを見つめる。仮説に仮説を重ねているためもはや説とも呼べないという点は今までと変わらないが、辻褄はあっているように思う。

 

 と、安野が。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 何か言いたそうな顔で、じっと竹内を見つめていた。

 

「なんだ、まだ何かあるのか?」

 

「いえ、別に」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……言いたいことがあるのだろう?」

 

「まあ、そうですね」

 

「なら、早く言え」

 

「いえ、この話はあまりにも妄想がヒドイので、やめておきます」

 

「今までの話も充分妄想レベルだったから、今さら気にするな」

 

「しかし、これを披露したら、あまりに先鋭的な論理の展開に、学会から異端視されるかもしれません。あたしはまともな研究者を目指しているので、先生のように干されるのはごめんです」

 

「もったいぶるのはやめろ。ホントは言いくてしょうがないから、そうやってにおわせをしているのだろう」

 

「まあ、そうなんですけどね」

 

「なら早く言え」

 

「では遠慮なく」安野はコホンと咳払いをすると、ようやく話を始めた。「あたしはさっき、『もしも羽生蛇村の神様に夜見島の異形の生物と同じような地上世界侵略の目的があったとしたら』で、話をしました。でも、神様が復活してからの行動を見る限りそんな様子はなかったですし、屍人さんたちを見ていても、そうは思えないんですよね。羽生蛇村の屍人さんは、人間を見たら襲い掛かってきますけど、それは別に人間と敵対しているわけではありません。あれは、屍人さんの目か見たら人間が化け物に見える、化け物はぶっ殺せば仲間になる、ならぶっ殺そう、という、彼らなりの救済行動なんです。人間にとっては大きなお世話ですけどね。その辺の誤解を解いたら、屍人さんたちは人間を襲わなくなりました。あたしには、屍人さんたちが人類に敵対する存在だとは、どうしても思えないんです」

 

 神が死に、八尾比沙子が奈落に堕ちた後、安野は屍人の言語を覚え、屍人たちに人間を襲わないよう説得して回った。その説得はあっさり受け入れられ、現在異界に人間が迷い込んでも襲われることはない。彼らは化け物のような姿になってしまったものの、羽生蛇村の住人であることに変わりはないのだ。確かに、これでは彼らに地上世界侵略の目的があるようには思えない。

 

「で、そう思って、改めて羽生蛇村の様子を観察していたら、あたし、大変なことに気がつきました」

 

「……なんだ?」

 

「二〇〇三年の八月五日二十三時、一三〇〇年間続けた神に花嫁を奉げる儀式が永遠に失敗したと悟った比沙子さんは、最後の手段として、自分自身を実として奉げます。これにより、不完全体だった神様は完全体としてよみがえるんですけど……この時、神様のお腹って、結構大きく膨らんでるんですよね。これが写真です」

 

 安野は写真を一枚撮り出した。祈りをささげる比沙子の頭上で、完全体となって復活した神が首をもたげている。その上半身はほっそりとスレンダーだが、お腹は()()前のカマキリのように、大きく膨らんでいる。

 

「……産卵前のカマキリ……だと……?」

 

 思わず自分の脳内の言葉にツッコんでしまう竹内。

 

「そうなんですよ」と、安野は満足げに頷いた。「正直、なんで今までこのことに気づかなかったのかってレベルの話なんですけど、これって、お腹に子供がいたんじゃないでしょうか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……父親は誰だ?」

 

「判りませんけど、比沙子さんが自身を実として奉げたら妊娠したんですから、比沙子さん自身が妊娠していた可能性がありますね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「仮にそうだったとしても、質問は同じだな」

 

「でしょうね」

 

「父親は誰だ?」

 

「それも判りませんけど、まあ、二〇〇三年当時の比沙子さんの生活環境から考えて、可能性が高いのは、()()()でしょう」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……あの男も、隅に置けんな」

 

「ですね。ああ見えて、あっちの方はヘタレではなかったのかもしれません」

 

「ええい、父親が誰かなどと野暮な詮索はするな! それより、神が子を宿していたらなんなのだ!」

 

「先生、何度も言うようですが、自分から話を脱線させておいて、あたしが乗っかったら逆ギレするのはやめてください」

 

「まあ、ここまでがひとつの流れだからな」

 

「ですね。たとえマンネリと言われようとやり続けることに意味があるのは、あたしも理解していますから」

 

「では、お約束も終わったことだし、話を続けてくれたまえ」

 

「はい。えーっと、神様のお腹に子供がいたとしたら、羽生蛇村一三〇〇年の因果が成立するんですよ」

 

「……急に難しい話をするな。頭が追いつかん」

 

「だから、先生が話を逸らして、そして話を続けろと言ったんでしょうが」

 

「羽生蛇村の一三〇〇年の因果とはなんだ?」

 

「はい。一三〇〇年前とは、この地に神様が降臨し、比沙子さんがそれを食べて不死の呪いを受けた、全ての始まりです」

 

「そうだな」

 

「このとき降臨した神様って、その大きさから考えて、生態ではなく幼体、つまり子供なんですよ。ほら」

 

 そう言って、安野はもう一枚写真を取り出した。ボサボサの髪にボロボロの服の痩せこけた三人の人間が、木の板の上に横たわった神を食べている写真だ。神の身体は、比沙子が自身を実として奉げた後の完全体の姿ではなく、その前の段階――美耶子を実として奉げた時の不完全体の姿だ。その大きさは二〇〇三年時と比べてかなり小さい。確かにこれは、幼体である可能性が高い。

 

「この神様の子供がどこから来たのかっていうのが問題なんですけど、宇宙から飛来した生物って説は根強いですし、正直あたしもそっちの方が信憑性は高いと思うんですが……もし、仮に、この子供が、一三〇〇年後の二〇〇三年から時間をさかのぼって落ちて来たのだとしたら、どうなると思います?」

 

「――――」

 

 天武十二年にこの地に降臨した神が、二〇〇三年から時間をさかのぼって落ちてきた――羽生蛇村では、あり得ない話ではない。比沙子も恭也も、そして、安野と竹内自身も、うつぼ船を使い、何度も時間をさかのぼっている。

 

「二〇〇三年から来たっていう証拠になりそうなものも写ってるんですよ」と、安野は写真に写っている神の幼体のそばを指さした。「神様の下に、木の板が敷かれています。これ、どこかで見たことないですか?」

 

 そう言われ、竹内は改めて木の板を見返す。支柱となる棒に四枚の板が張り付けられてあるが、うち三枚は水平に張りつけられてあり、残りの一枚は斜めに張りつけられていた。ちょうど、漢字の『生』の字のような形だ。

 

「おい、これはまさか!?」

 

 竹内の反応に、安野は満足げに頷いた。「そうです。眞魚教のシンボル・マナ字架です。それが、神様が降臨した天武十二年の段階で、既に存在しているんです。おかしいですよね? この地に眞魚教が誕生したのは、比沙子さんが神様から受けた恩を返し、同時に、罪を償うためです。当然、神様を食べた行為よりも後の出来事のはずです。その上、眞魚教が、寺院を教会、布教者を求導師求導女と呼んだり、週に一度の礼拝式で賛美歌を歌ったり、といった今のスタイルになったのは、十五世紀に伝来した南蛮宗教の影響を受けたからです。マナ字架ができたのも、その時代のはずです」

 

 確かに、安野の言う通り天武十二年の段階でマナ字架が存在するのはおかしい。マナ字架は、漢字の『生』の字をひっくり返した形であり、『死』を意味しているとされている。だが、天武十二年、西暦で言えば六八三年は、まだ日本に漢字が広まっていない頃だ。読み書きができる人など、海外で仏教や道教を学んだ、極めて一部の人間に限られる。都から遠く離れた山奥の村に、漢字の読み書きができる者がいたとは思えない。

 

 つまり、このマナ字架も、二〇〇三年から落ちていった可能性があるのだ。

 

 そして。

 

 もし、安野の言う通り、神が二〇〇三年から天武十二年に落ちて行ったのなら。

 

 そこに、もうひとつ、因果が破綻してしまう可能性が出てくる。

 

「そうなんです。『神様が生まれた』という原因があるから、『比沙子さんが神様を食べた』という事象がある。でも、『神様を食べた』のが天武十二年で、『神様が生まれた』のが二〇〇三年なら、これも、事象よりも後の時間に原因があることになります。すでに『比沙子さんが神様を食べた』という事象があるのに、もし『神様が生まれた』という原因が起こらなければ、因果が破綻するんです。なので、『神よりも上位の者』さんとしては、なんとしてでも、神様に子供を生ませないといけないわけです」

 

「つまり、その結果が、羽生蛇村一三〇〇年の呪いだと?」

 

「そういうことになりますね。羽生蛇村のループは、二〇〇三年八月三日から五日の三日間だけではないんです。一三〇〇年間、ずうううううううぅぅぅぅぅぅっっっっっっっっっっっっと続いていたんですよ。全ては、二〇〇三年八月三日二十三時、恭也君が、神様の首を落とすために」

 

 全ては、二〇〇三年八月三日二十三時に須田恭也が神の首を落とすため――それが、羽生蛇村の呪い。

 

 竹内は、頭の中で安野の話を整理する。

 

 二〇〇三年八月三日二十三時、須田恭也が神の首を落とし、比沙子がそれを拾って過去に届けることで神が復活する儀式を行い、ひとつ目の因果が成立する。

 

 その約一時間後、神の首を落とした恭也が常世から異界へ帰還し、屍人を虐殺することで、現世の羽生蛇村では『××村三十三人殺し』の都市伝説が生まれ、それに興味を持った恭也が村を訪れ、ふたつ目の因果が成立する。

 

 そして、首を落とされた神様のお腹から子供が生まれ、一三〇〇年前の天武十二年へ堕ちていき、それを比沙子が食べることで呪いが始まれば、終わりにして始まりの因果も成立する。

 

 恭也が神の首を落とすことで、少なくともこれだけの因果が成立する。逆に恭也が首を落とせなかった場合、全ての因果が成立しないため、ヘタをすると世界が破綻するかもしれなかった。ゆえに、『神よりも上位の者』としては、なんとしても因果を成立させる必要があった。その結果が、羽生蛇村一三〇〇年の呪い(ループ)……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「正直、話が壮大になりすぎてなんと言っていいか判らんな。『神よりも上位の者』は、天武十二年の段階で、一三〇〇年後の二〇〇三年八月五日二十三時に神の首を落とすための筋道を立て、そこから逸れるたびに時間を戻してやり直しをさせ、いまに至ったというのか」

 

「そうです。そう考えると、比沙子さんが一三〇〇年もの間、自身に宇理炎を使って消滅したり、最初から自身を実として奉げたりしなかった理由も判ります。しなかったというより、してもムダなんですよ、時間が戻るんですから。比沙子さんがいなくなったり、首を落とす準備が整っていない段階で神様が復活したら、因果が成立しなくなります。だから、比沙子さんが消滅したり自身を実として奉げたりしたら、『神よりも上位の者』さんが時間を戻し、しなくなるまでループするんです。そうなると、比沙子さんって、実質何年生きたんでしょうね?」

 

「二〇〇三年の八月三日から五日までの三日間でさえ、多くの人が何百何千回とループしたんだからな。それが一三〇〇年も続いていたとなると……恐ろしいな。いくら必要なこととはいえ、巻き込まれた我々の気持ちも考えてほしいものだが」

 

「まあ、『神よりも上位の者』さんが、夜見島の伝承にある『光の洪水を起こした者』さんと同一人物なら、少なくとも地球が誕生した頃から世界を()()していたことになります。最低でも四十六億歳。そんなヒトから見た一三〇〇年なんて、人間の感覚で言えば一〇分程度です。『神よりも上位の者』さんとしては、ソシャゲで一〇分間リセマラしたくらいの感覚なんでしょう」

 

「一〇分なんてリセマラの内に入らんな。リセマラで捨てたキャラの気持ちなど考えたこともないし」

 

「ですね。これからは、ときどきでも、リセマラで捨てたキャラのことも思い出すようにしましょう」

 

「そうだな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……いや、ソシャゲの話などどうでもいい。もし本当に『神よりも上位の者』が一三〇〇年の因果を成立させるためにこの村に呪いをかけたのだとしたら、大変なことではないのか」

 

「はい、そうなんですよ。ループから抜け出す条件が因果の成立だった場合、この村の呪いを解くことはできません。神様に地上世界侵攻の野望があった場合、もしくは、一三〇〇年前の因果を成立させる場合、どちらの場合でも、因果が成立しなかったら、世界が崩壊してしまうかもしれないんですから。あたし、以前、一三〇〇年前の飢饉の村に食料を届けたり、二〇〇三年の村人全員を宇理炎で消滅させたりして問題の解決をはかりましたが、あれ、全部ムダでした。結局は時間が戻ってしまい、無かったことにされたんです。この村では『二〇〇三年八月五日二十三時に恭也君が神様の首を落とす』という結末しかありません。それ以外の結末は全部やり直しさせられ、無かったことになるんです。ハッキリ言って、現状ではどうしようもありません」

 

 恭也が神の首を落とすことで因果が成立すれば世界は救われるのかもしれないが、この村の呪いは残る。村人は不死の呪いを受け継いだままだ。死んでも異界で海送り・海還りの儀式を行わないと常世へ行けないのに、神が死んだからサイレンが鳴らず、儀式は行えない。放っておけば、いつか異界は屍人でパンクしてしまう。また、比沙子は虚母ろ主の輪に飲まれたままだし、恭也は無限に存在する並行世界を永遠に渡り歩き、永遠に闇の住人達を虐殺し続ける。竹内と安野も、この村に留まり、死ねなくなった村人を永遠に宇理炎で消滅させるか、決して解くことができない村の呪いを解くために永遠に調査を続けるかしかない。まさに、どうあがいても絶望だ。

 

 だが、それでも安野は、ケロリとした顔で言う。

 

「まあ、異界があるのは羽生蛇村と夜見島だけとは限りません。まだ見つかっていないだけで、日本各地、いえ、世界各地、それどころか、宇宙各地に存在する可能性があります。また別の異界が見つかって、そこを調査すれば、進展があるかもしれません」

 

「だが、それはいつだ?」

 

「さあ? 来年の()()()()か、三年後の昭和一〇〇年か、前回の儀式から二十七年後の昭和一〇五年か、三十三年後の昭和一一一年か、三三三年後の昭和四一一年か、一三〇〇年後の昭和一三七八年か、もしくは、もう永遠に無いのか……それは、誰にも判りません。あたしたちにできることは、希望を持って待つだけですね。それまでは、こうしてあたしたちにできることをやって、ヒマをつぶしましょう」

 

 あっけらかんと言う安野に、竹内は頬を緩ませた。「まったく、相変わらず楽観的だな、お前は」

 

「はい。それだけは、たとえ何千年経とうと変わりませんよ」

 

 そう言うと、安野はずずっとお茶を飲み干した。

 

「では、あたしは引き続き調査を進めます。先生、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、気を付けてな。まあ、気を付けなくても死んだりはしないが」

 

「はい。ではまた」

 

 安野は最後ににっこりとほほ笑み、教室を出て行った。

 

 しばらくして校庭に光の柱が現れ、安野の気配は()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

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