たった一人の魔族が本当の幸福を得るまでの語 作:幸福とはこうぺいとー
「──本当の幸福、ってなんだと思います?」
キラキラと輝く一等星のようだった。そこら辺の生命の煌めきが、歩く人々の命の光が、全てが全て霞んで見えなくなってしまうほどの輝き。
「私は……残念ながら、知りません。そして、今の私には到底それは得られない幻想なのです」
悲しそうに、頬を崩しながら彼女は言った。黒色の髪がするりと零れ、その紫色の瞳が歪む。
失意に落ちた。その言葉がこれほど似合う様相もないだろう。枯れ落ちる花を幻想する。
──そして次の瞬間、瞳に希望に満ちた熱を灯した。
「だから──だから、私はソレが見たい!
ただ、誰でも良い!誰かがそれに辿り着いて欲しいんです!!私の目の前で!これ以上ない満ちた笑顔を!!これ以上ない歓喜を!!これ以上ない──幸福を!!!」
決して心を許してはいけない。そう理解していても、離れられないほど強い、強い光。
爛々と輝く明るい光が目に焼き付く。白魚のような手が差し出される。
「『魔族』は、私達は無理です!何故なら、強者であるからです!!
貪欲を満たした者を見ました!彼女はそうありながらも、それを幸福とは見なしていませんでした!
色欲に溺れる者もいました!!彼は、そう在り続けた最後、その欲にすら飽きてしまっていました!!
怠惰に浸った者を見ました!!かの竜は、怠惰であることに耐えられなくなり、それを苦痛と呼んでいました!!
──欲望ではダメなのです!!それでは、それだけでは、決して幸福ではありません!!」
いつしか私の目は、彼女の希望に満ちた紫色の瞳に吸い込まれるように引き留められていた。離せない。聞くのを止められない。
彼女の手を掴んでいた。
「だから、貴女達人間が必要なのです!幸福であるのは、もしかすれば貴女ではないでしょう──いえ、着飾るのは止めましょう!幸福を得るのは、貴女ではあり得ません!!
──ですが、私は貴女にその一助を頼みたい!!貴女ではない誰かが、『本当の幸福』を得るための一助を!!」
寧ろ、なぜ私なのかと問い返したくなる程であった。私は、駆け出し冒険者の一人で、数ヶ月前までは単なる町娘でしかなくて。
「貴女だからこそ、貴女にこそ!!頼みたいのです!!私の右腕となり、支えとなり、そして──共に、幸福を見ましょう!!
どうか、お願いします、レーネ!!」
そして、いつの間にか私は。ピタリと吸い付くように見つめ合っていた紫色の瞳に対し──最悪を称される魔族、アスロメイテルに対し──首を縦に振っていた。
◆◇
私はいつも幸福を追い求めていました。
栄えある魔族の侯爵と言う立場の娘として生まれ、何不自由なく生まれてきたにもかかわらず、一度として満ち足りた事がなかったのです。
力がありました。知識がありました。才能がありました。
だから、私が魔族でそれなりの地位──『五将』の一人として数えられるようになった時、全てを得た王達に謁見を賜りました。
食欲を満たした王を見て。色欲を満たした王を見て。怠惰を満たした王を見て。
顕示欲を満たした王を見て。闘争に満たされた王を見て。知識欲に満ちた王を見て。
それら全てを得た事があろう王の話を聞いて。
『幸福──魔族にしては、大層な物を求めるものだな、貴様。
さて、まあ、年長者として貴様の疑問に一つの解を出そう。決してこれが答えではない。だが、一助にはなろう』
これは一つの考えだ、と何度も念押しし、そして王はポツリと言ったのです。
『──幸福なんて曖昧なものは、その生命によって違うと、私は思うがな』
そう答える王の瞳に、幸福は見えませんでした。
しかし、言葉には一理ありました。私だけの幸福。今度はそれを探すのも良いかも知れない、なんて考えて。
それでも、どうしても落胆は隠せませんでした。失意に濡れた帰り、私はぼろぼろに汚れた獣人の少女を見ました。
耳からして、狼族の者でしょう。ですが、体躯が小さかった。獣人とは強さを求める種であります。
故に捨てられたのでしょう。あの王は誰もを受け入れるから、それの弊害かも知れません。
無視して去ろうとして、どうにもその真っ黒な瞳が目に付いて。
気まぐれでした。
拾い、体を洗い、服を着せました。メウラと名付けました。小さな可愛らしいペットを育てる感覚でした。
懐いた。懐いてくれました。ご飯を与えてみました。美味しい物を与えると、それはもう喜んで私にお礼を言ってくれました。
気が付いたときには、私はメウラの為に無駄に高い食費をかけていました。
ドラゴンの肉など私は好きません。だがメウラが好きだったのです。
いつの間にか、私は魔族の中で不名誉な称号を貰っていました。曰く、私は獣人なんていう下等種を愛でて楽しむ異常者だと。
なぜだかそこまで気になりませんでした。そして、メウラの誕生日にした日に、10回目のプレゼントをあげた時──満面の笑みを見たのです。
抱きついてきた。私に笑顔を向けてくれた。
『私絶対大切にする!!』なんて、言ってくれて、その笑顔を前に、私はこれが
……おかしいですか?なんでそこで殺すんだー、って思いますか?
私もです。おかしいと思いました。首に手を掛けて、泣き叫ぶメウラを押さえつけて。ゆっくりゆっくり力をかけて。
段々と力を失っていく、小さな手。そして、最後に私の名前を悲しげに呼ぶその声を聞いて──私は
おかしいと思いました。なんで、なんでこんなことで幸福を感じているんだ、って。
でも、そこで思い出したのです。
──幸福なんて曖昧なものは、生命によって違うと、私は思うがな──
そこで、私は理解したのです。まだ暖かいメウラの体を抱きしめながら、湧き上がる幸福を噛みしめながら。
──私の『幸福』は、他人の『幸福』を踏み躙ることだと。
歪でしょうか?おかしいでしょうか?
いいえ、それは違います。だってあの王は、世界で最も偉大なる王は言いました。幸福は人それぞれにある、と。
メウラを埋めて。一人で小さな葬儀をして。それから私は何度か確かめました。
不幸な方が、幸福になりやすい。高い物を与えるよりも、低い状態から普通の状態へ持って行く方が幸福でありやすい。
なんとなく分かってきたことです。永続的に私も幸福を得ていた半ばの頃でしょう。
そして、いつの日か私は『本当』の幸福を得たいと思うようになっていました。
だから、と言うべきかは分かりません。ですが、必死に準備をしました。場を整えました。下拵えを存分にしました。
そして、私は今、目の前の人間に手を差し出しています。
これは第一歩。私が『本当の幸福』を得る為の最初の、そして、重要なスタートなのです。
そして、静かに、ですが確かにレーネが頷くのを認め──私は満面の笑みを見せました。
「レーネ……本当にありがとうございます。これからは辛い道のりもあるでしょう。耐え難い事もあるでしょう。
ですが、それは『本当の幸福』を見るまでの第一歩──」
そして、私はレーネを立ち上がらせると、ゆっくりと前を向きます。そして、私は言いました。
「──共に頑張りましょう、レーネ」