常闇の妖怪ルーミアの千年旅行   作:竹薮を立て掛け換えた

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アカトアオ

 

 

 

 

 

 

眩い、暗い部屋。

 

しかしそこは部屋と呼ぶにはあまりにも殺風景で狭く、鉄格子に囲まれたまるで監獄のような所だった。否、そこは囚人を監獄する為のそれであり、手首以外を白い拘束服のベルトによって身動きが出来ないようにされていた。

 

 

自分は忌み子と呼ばれていた。それが名前なのか、ここへ来る者は皆こぞって私をそう呼ぶ。でもたまに訪れる人の中で穢(けがれ)と呼び苦い顔をする人が居るからどちらが私の名前なのかわからない。その人は白衣を着ていたっけ。ここへ来たのは随分前の事だからあまりよく覚えていない。

 

 

「おい」

 

 

 

ああ、そういえばこの人も居たっけ。

 

 

 

「飯の時間だ。食え」

 

 

12時を少し過ぎた時間に男は決まってやってくる。相変わらず不機嫌そうな顔で男は持っているトレイに乗ったパンとスープの入った器を鉄格子の前に置いた。男の名前はミフネといったような気がする。何か良からぬ事をしでかしてしまったようで、最近私の監視役として来た男だ。とても不機嫌そうだったのを覚えている。

 

ボサボサの白い髪を後ろで軽く束ね、如何にも不健康そうな痩せこけた顔。身に付ける服だけはきちんと着ており、どこか不格好さが目立つ男だった。男の持って来る食べ物はいつも冷めていたり硬くなったものばかりで。とても歓迎してやれる気にはなれない。しかし不思議だ。私は食べなくても死にはしないし、そもそも空腹自体がない。その証拠に、男が来るまでの監視役の人からは食べ物を貰った事がないから。

 

 

 

 

「……………。」

 

「…早く食べろ。片付けるの面倒なんだよ」

 

 

この男は他の人と違って少し不気味だ。私が食べている所を何も言わずにじっと見て来るのだ。その視線が苦手で、しばらく出されたものを無心で食べる事で男と視線を合わないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

 

トレイやお皿を片付けるとかでしばらく男のいなくなった空間で行き場のなくした行動について考える。とりあえずため息を吐いてみた。人間は何かを食べた後、こうしてお腹をさすりながら息を吐き出すと聞いていたからそれを実行してみたけれど、特にこれといって心身共に変わった事は起きない。

 

 

男は勘違いしているようだったが。別に喋れないわけじゃない。こうして声は正常に出るし、言葉だって知っている。字はかけないけれど。元々言葉は知らなかった。ミフネが来る前にこの監獄の監視役の老人が教えてくれたのだ。なぜ教えてくれたのかは知らない。表情や内心を隠すのが上手い人だった。物知りで、彼の知らない事は何もなかったと思ってしまう程に。それを老人に言うと、「知らなければよかったと、思ってしまう事もある。例えばお前のような存在の事とかな」と言われてしまった。気を悪くしてしまったのだろうか、老人は辛そうに目を伏せそれ以上何も話さなかった。

 

 

 

 

ともあれもう過ぎたことだ。ミフネと監視役を交代したという事は、おそらく老人ももう死んでしまったのだろう。もうどうしようもない過去についてあれこれ考えていても無駄だろう。今はこれから何をするかに考えを傾けよう。といっても、何もないここでは何も出来やしないんだけどね。それでも暇つぶし程度に何かしなくては退屈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「退屈そうね」

 

そう言った少女の方もどことなく退屈そうで。

 

 

「そうでもないよ。いつもと同じ」

 

 

そう言って私も退屈そうな顔で返事をした。

 

 

 

 

 

???Side

 

 

 

 

声をかけたあの子は相変わらず退屈そうな顔で牢獄の中で転がっていた。何の遊びかは知らないが、腹をさすりながら天井を見ている。また何か間違った知識を真似するかの如く実行しているに違いない。今の監視役である御船という男が教えたのだろうか? いや、あの男はそこまで気の利く男ではないし。そもそもあの子の監視役になった時、かなり嫌がっていたと聞いた。恐らくそれはないだろう。

 

 

 

「退屈そうね」

 

 

「そうでもないよ。いつもと同じ」

 

 

未だに腹を摩り続けるあの子へ声をかけると、あの子はようやくさするのを止め。いつもの調子で答えた。

 

 

あの子。名前のない奇妙な少女。

 

 

白い肌。幼い子供のような甘い声。おそらく少女の身の丈よりも長い金の髪。そして人ならざる赤い目。

 

人目見ただけで少女が“人ではない”と気づくだろう。それほどに少女の纏う雰囲気は人とは違っていた。聞けば少女に食事は必要なく、20年経った今でも幼い姿のままという。

 

元々少女は捕獲された妖怪の腹の中に居た子で、上層部の連中が。危害を加えて来ない少女にこちらに害を成す力がないものと見て、何かに使えないか利用しようと思った。だが力がないとはいえ一応妖怪である。我が身可愛いものは少女に近付こうとさえ思わないものだ。そうして皺寄せとして最終的に私に回って来たというわけだ。

 

 

―――私、八意××。

 

 

あらゆる薬を作る程度の能力を持っている、科学者を生業としている。特別監視役なんていう体の良い役割を押し付けられた哀れな被害者。なんて自分を比喩してみるけれど。実はあの子の観察は思ったよりも知る事が多く、興味深い事ばかりだった。

 

 

 

 

「今日もおしごと?」

 

 

まず第一に、少女は知りたがりで。実はおしゃべりだ。御船から聞いた話だが、

少女は言葉を知らないのか、呼びかけても応じないと愚痴っていたのを思い出す。もしかしたら心を許した者、もしくは気に入った者としか会話しないのかもしれない。

 

 

 

「…ふふっ」

 

 

「どうしたの?」

 

 

不思議そうに首を傾げこちらを凝視する少女。

 

 

「いいえ、何でもないわ。それより、今日は何をしたのかしら」

 

 

「今日は何もすることがなかったから昼までぼーっとしてたよ。いつもの時間にミフネが食べ物を持って来て、いつも以上に私の事をじっと見てきてすごく食べづらかった。えっと…、それからはあなたが来たよ」

 

 

「そう」

 

 

そう言って私を指差してくる少女。今日あった出来事をメモとして書き留めて置く事を忘れない。その様子を興味深そうに見ている少女の姿が可笑しくてついまた笑ってしまう。

 

 

「ねぇねぇ」

 

「? どうしたのかしら」

 

 

気づけば少女は鉄格子を掴みじっとこちらを見ていた。おっといけない。少女の方に向き直る。すると少女はまた首を傾げ不思議そうに問いかけて来た。

 

 

 

「さっきから変な顔だよ? それってなぁに?」

 

 

驚いた。もしかして笑った顔の事を言っているのだろうか。

 

 

「そんな顔している人はじめてみた。ミフネやみんな不機嫌そうな顔ばかりだし。あなたみたいな顔をする人ははじめて」

 

 

ああ、そうか。彼女は妖怪。そんな彼女の前で自然体になれる訳がない。普通ならいつ襲われるかわからない恐怖で笑顔になれる人など居ないだろう。私を除いて。

 

 

 

「これは“笑顔”というの」

 

 

「ふぅん。それはどうなったらそうなるものなの?」

 

 

なかなか面白い表現をする子ね。

 

 

「人は楽しい時、安心した時に笑顔になるものよ」

 

 

「へぇ。人間ってわかりやすくできてるんだね」

 

 

「そうね」

 

 

第二に、少女には表情がない。

 

加えて、欲もない。人を襲おうという妖怪としての欲求がない。さらに驚くべき事に、人間を食べて生きる人食い種の妖怪であるのに関わらず、ここ20年もの期間。人を捕食していないのにこうして生きている事だった。食事を必要としないということだろうか? では彼女はこの日常でいったい“何を”糧にして生きているのだろうか。以前興味は尽きない。

 

 

 

「じゃあミフネがいつも不機嫌なのは私が嫌いだからなんだね。だからいつも冷めた食べ物を持って来るんだ」

 

 

どこか納得したような声をあげる少女に思わず苦笑する。

 

 

「そうね。覚めたご飯の理由、知りたい?」

 

 

「…なんで?」

 

 

私がそう問いかけると、少女はどこかズレた返事を返した。やはり不思議そうに首を傾げている。余談だが、首を傾げる動作はミフネが来る前の老人の癖で。それを真似していたらこちらも首を傾げるのが癖になってしまったようだ。

 

 

「知りたそうな顔をしていたから」

 

 

「教えてくれるの?」

 

 

そして得てして妙な事に。妖怪のくせに素直だという事も加えておこう。相手の意図などこれっぽっちも気にした様子もない。或いは彼女にとってただ興味がないというだけなのかもしれない。

 

 

「そうね。その代わり私を名前で呼んで頂戴。ずっとねぇ、や。あなただけじゃ味気ないもの」

 

 

「嫌。だってあなたの名前呼び辛いんだもん」

 

 

第三に、まだ言葉を覚えて間もないからか。少女は少々舌足らずで難解な文字は発音できない。以前、名前を教えたら聞き取れないと言われた事が記憶に新しい。

 

 

「じゃあ妥協案として。呼びやすい名前をあなたが付けて頂戴」

 

 

別に御船という男は名前で呼ばれているのに対し、私だけが呼ばれないというのが気に入らなかったわけで決してはない。

 

 

「私がつけるの?」

 

 

「そう。あなたが付けるの」

 

 

そう言うと、彼女は少しむむむっと唸り考え始めた。あれでもない、これでもないと考えては首を振り、傾げたりと大忙しである。本当に見ていて飽きない妖怪だとまた笑ってしまう。するとようやく決まったのか、しきりに満足そうに頷く。

 

 

「じゃあ、えいりん。えいりんがいい。あなたの名前とちょっと似てるし」

 

 

えいりん。どういう字を書くのかわからないけれど、悪くない名前だと吟味する。ただ似ているだろうか? だが不思議としっくりくるのは何故だろうか。

 

 

「おかしな名前だったら却下しようかと思っていたのだけど。まぁ、それでいいわ」

 

 

「えいりんは私を名前でよばないの?」

 

 

「あなたに名前があるということを今知ったわ」

 

 

過去の報告では彼女のいう個体名は存在しなかった筈だ。ただ彼女が外部にそれを言っていないだけなのかもしれない。

 

 

「えいりんにも知らないことがあるんだね。でも私も知らないことがあるの」

 

 

私にも知らない事がある事を楽しそうに声を弾ませる彼女は、その場に座り疑問を口にする。

 

 

「私にはどうやらふたつの名前があるみたい」

 

 

もしかして苗字と名前の事だろうか。妖怪にも苗字という概念があるかどうかだが、果たして彼女は一体腹の中に居る状態でようやって自身の名前を知ったのだろうか。いや、彼女は曲がりなしにも妖怪だ。人間という観点でしか見ることができない私とはまるっきり見るものが違う。そもそもの話。妖怪という存在自体が一種の幻想である。何故私たちが“それ”を穢れとして認知しているかは実に簡単で。実際にそこに居るのだから、認めざる負えないというだけの話。

 

 

 

ただ。目の前に居る少女が私にはどうも…。

 

 

 

 

「穢と忌み子というの。ねぇ、どっちが私の名前だと思う?」

 

 

「……ッ」

 

 

彼女は知らないのだろう。それが自分を蔑む誹謗だということを。きっと知らない。それは名前などではなく、現象として定義された自分の存在を。誰も教えなかったのだ。誰も触れようとしなかったから、故に彼女は何も知らない。

 

ミフネから教わって字を覚えたの。と自信満々に答える彼女は失礼とわかっていてもやはり哀れに思ってしまう。

 

何でもないことばかり覚えて、肝心な事は、自分の事は。何も知らない。知らされていない。だから疑問にさえ思わなかった。自分の扱いについて。

 

囚われている、という自覚はあるのだろう。きっとこの生活を不便とは思うが、不満を抱いた事はないのだろう。なぜなら、“それしか”知らないから。それ以上のものを知らないから、不満すら抱けない。なんて…哀れなことか。

 

 

 

「えいりん…?」

 

 

鉄格子越しに不思議そうにこちらを見ていた。そう、彼女は私たち人間とは違うのだ。住む世界も、価値観も。何一つ違う理に生きる者同士。最近彼女に接していると、時々わからなくなっていた。本当は彼女は妖怪ではなく、同じ人間なのではないだろうか?と。もちろん、そんなわけはないし。ただ単に私が彼女と過ごしている内に絆されていただけだったのだ。なるほど。これが不整脈の原因か。

 

 

 

 

「ルーミア」

 

 

「え…?」

 

 

「私はこれからあなたをそう呼ぶことにするわ」

 

 

 

 

ルーミアSide

 

 

 

 

 

「じゃあまた明日に来るわ」

 

 

そう言ってえいりんは行ってしまった。なんだかすごくスッキリしたような顔だったけどどうしたんだろう。

 

 

 

 

 

「…ルーミア」

 

 

 

ラテン語でlumenといい、意味は光というらしい。ルーミンでは男のようだから少しいじってルーミア。何の意図があってそう付けたのかはわからないけど。なんだか悪くない気持ちだったのでよしとした。

 

 

「ふふッ…………あ」

 

 

我に返り頬をぺたぺたと触る。いつも変わらない口がつり上がっていた。これが笑顔か、とまた笑う。

 

 

 

そういえば、結局あの後『冷めたご飯の理由』について教えてもらっていなかった。明日来た時にでも聞いてみよう。そう決めて、今日は人間の真似事をしながら目を閉じて明日を待つ事にした。

 

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