散歩の途中で
「あぁ、実に無駄な時間でした」
道なき道と言うにはしっかりとした、だが道と言うには曖昧なそこを踏み締めながら、魔女は呟いていた。既にあの戦闘から一日二日は経とうというのに、随分と根に持っているようである。
頭上の木々の間から漏れる木漏れ日に手をかざすと、はぁ、と疲れたようにため息をつく。
「魔女ですよ? 私、魔女なんですよ? なのにあんな覚悟も決意もない一般聖騎士に『殺せる』と思われてたなんて……悲しいですね。
……いえ、まあ
ちょっと嫌な者を思い出し、魔女は顔をしかめた。そうして、一旦足を止めると、再び歩き出そうとし──喧騒を聞き取る。
「おや……」
がやがやと、いや、そう形容するには小さすぎるほどの談笑。それが魔女の耳に届いたのだ。
「──でね、お父様ったら全部倒しちゃったの!凄いでしょう?!」
「えっ?!それってあの有名な《暴炎卿》の戦いを間近で見たってことかい?!」
声は二人。気配は五人。身体能力その他諸々は皆無と言えど、第六感に値するものには自信がある《黒》の魔女は、それを理解した。
そこで、続く談笑を数百メートル程先から聞きながら頭を捻る。
「……駆け出しの冒険者方、でしょうか? 未来ある若人達──あぁ、素晴らしいじゃないですか」
そうして一頻り笑うと、やがてふむ、と息をついた。
「さて、どうしましょうか」
◆◇
「レイガ、シニィ。二人とも……はしゃぎ過ぎだ。これからどこに向かおうとしているのか分かっているのか」
二人の少年と少女が談笑する最中、それを切って割り入ったのは三十路ほどの男性。彼は、不機嫌そうに腰に引っかけた剣の柄をトントンと叩く。
それを見て、二人はサッと顔色を変えた。
「ご、ごめんなさい!」
「すいません、ギリさん!」
はあ、とため息を付くとギリは腰から剣を引き出しながら二人へ近付く。後ろの聖職者然とした服を着た女が目を丸くして見詰め、全身ローブの誰かが双眸を光らせそれを追う。
シニィとレイガがそれを視界に捉え、一拍。
「──えっ」
「ひっ」
──そして、ギリは身を強張らせた二人の真ん中を通り抜けた。髪と同じ黒い瞳は、既に二人を見据えてはいない。
そのまま、刃を生え盛る木の1本へ向けた。
「そこにいる何者か、少し前からそこにいたようだが……何用だ?」
そして、シニィとレイガが思わず後ろへ跳ねた数秒後。パチパチと手を鳴らす音が響いたかと思うと、その裏から一人の女が姿を見せた。
なんの変哲もない雰囲気に、欠片の強さも感じさせることのないその出で立ち。ギリは思わず眉を潜める。
「──おや、見つかってしまいました。凄いですね。本当に凄い。思わず拍手をしてしまいました。
見つからないと踏んでたんですけど、意外でしたね」
そして、パチパチと手を鳴らしながら、ギリの顔を認めると、おや、と困ったようにはにかむ。
そして一拍。拍手を止めるとそのまま道を塞ぐように、その黒いローブととんがり帽子を被った女は全貌を見せた。
「貴様は……なんだ?」
「なんだ、とはなんでしょう? 私の種族ですか? 名前ですか? 目的ですか? 所属ですか?
人になにかを尋ねるときは分かり易くですよ、青年」
「……名前と、目的を教えろ」
ソレを聞き、そして彼女は細く笑んだ。
「不躾ですね、青年。人に物を聞くときは、まずは自分からと習いませんでしたか?」
「…………ギリ・アルバースト。現《勇者》の育成を担っている」
それを言い切ると、今度はおまえの番だとばかりにギロリと瞳をつり上げた。それに、体を抱きしめるようにして彼女は反応する。
「おお、怖い怖い。そんなに怒らないで下さいよ。
さて、ではお答えすると、私は……うーん、そうですね。随分と前に名前は剥奪されちゃったので、クロイロとか呼ばれてます。まあ、今はこれが名前です。」
「……名前の、剥奪?」
そして、気になるワードに反応してしまったのはレイガ──《勇者》である彼であった。
「おや、気になりますか?普通あんまり気にしないんですけどね、ほら。
村八分とかあるじゃないですか、あのノリです。ちょっと私が皆と違うからって、名前も取られちゃいました。悲しいですよね」
「……それは──」
「──レイガ、黙れ」
最初は情報を話し始めたクロイロに、それならば、と考えていたギリは、だが。話の中で、目の前の女に同情のような感情を抱き始めている二人に気が付いた。
故の制止。そもそも本来なら、今この時間にこの場所に隠れていた。それだけで敵とするには十分過ぎるのだ。さらに、『名前の剥奪』という言葉。次の言葉によっては、ギリは問答無用で斬り捨てるつもりであった。
「あら、いいんですね。意外です。まあ、良いでしょう」
「……すまない。続けてくれ」
「はいはい。構いませんよ。ちょっとした邪魔なら構いませんとも。
で、目的ですね。これは私も図りかねているんですが……」
そして、彼女はさも重要なことを話すかのように、ゆっくりと口を開いた。
「今はお散歩です。楽しいですよ?」
そして、それを耳にし──ギリの目が強い光を灯した。