瞬きの煌めきだった。
リン、と空を切る音が大気を揺らし、次いでやっとギリが剣を振るったことを世界が気が付いたかのように、一拍遅れて業風が吹き荒れる。
「──なっ?!ギリさん!?」
吹き荒れるそれにあらがいながら、レイガは驚きを隠さない。しっかりと目を開き、ギリが行った事を理解しようと目をこらす。
「……疑わしきは罰せよ、だ。真偽は知らん。」
そして──斬れた。ズッ、と気味の悪い音が鳴り、クロイロと名乗った女の後ろに生え盛っていた木々がズレる。
ズリッ、とそのまま滑り落ち、木々は轟音を立てて地面へと倒れ伏した。
そして、クロイロは呆然としたようにパチパチと目を瞬く。
「……ええっと、もしかして貴方が《勇者》の師匠って、小国の適当な言い張りで作られた嘘っぱちではなく──」
ぴちゅん、と。木々とは一拍遅れて、クロイロの首に1本の筋が入った。
「──え?」
そして、落ちる。
首が胴体と離れ、地面へ向かうように重力に従い垂直落下をし、そして転がった。
瞳が開かれた状態のまま、その頭はゴロリと地面へ横たわる。司令塔を失った肉体が、グシャリと崩れ落ちた。
「ギリさん!!何をしてるんですか?!」
「斬っただけだ、騒ぐな」
「見れば分かりますよ!」
目の前の出来事を認めたくないのか、必死に目をそらしながらレイガはギリへ詰め寄る。近寄るレイガへ対し、ギリは冷たい目を向けた。
「名の剥奪などそうそう起きることではない。だが、まだ敵かどうかは分からん。過ごした環境にもよる。それだけで人となりは判断がつかん。だから話を聞いた。
そして、普通の者であれば今ここには近付かない。そう言う風に手を回して貰っている。正当な理由があれば、話は別だが……」
ちらりとだらだらと垂れ流される血流を見遣る。そして、すぐに興味を失ったように逸らした。
「そうではなかった。それだけだ」
「……それは──そう、かも知れません……」
ぐっ、と俯き歯を食いしばる。その後ろから肩に手が置かれた。
「……残念だけど、今回は師匠が正論ね」
「分かって──いや、分かったよ。そう、だね。僕が浅慮だった……申し訳ありません、ギリさん」
「いや、いい。貴様はこれから学べばいい。」
頭を下げたレイガを認めると、そのままギロリと、肩から手を離したシニィへ目を向ける。
「……で?残念とはなんだ、シニィ。そもそも俺はいつも正論だ」
「師匠はいつもキツすぎるのよ。いろいろとね」
「それはソイツが生温いからだ」
「でもバランスって物があるでしょう?今回みたいな穏当な敵は初めて見たわ」
「だが敵だ」
シニィとギリが言い合っていると、やがて後ろのシスターが動きだす。顔にはニコニコとした笑みを浮かべていた。
「お二方とも、落ち着きましょう?」
「だってこのクソ師匠が」
「しかしこの話を聞かん弟子が」
そして、そのままニコニコとした笑みのまま言い放った。
「──うるさいです。子供ですか貴方達は」
「……む」
「……セニアさんが言うなら、止めるわ」
それを耳にし、セニアは満面の笑みを浮かべた。そしてパンと手を打ち鳴らす。
「はい、よろしいです。それでご報告ですが、目標の魔物がそろそろ
ギリが目を見開き、シニィが手を叩く。
「やっとか……遅かったな」
「ほら、アンタもそろそろうじうじするの止めなさい」
「……そうだね、アレが来るんだったら準備しないといけない」
そして、各々が準備を始めようとしたその瞬間──ぐじゅぐじゅという、気味の悪い音が鳴り始めた。
「──なんだ?」
真っ先に動いたのはギリ。魔物の能力の性質からして、あり得なくはない音だが……近かった。そして、音源はすぐに見つかった。
「血肉が……いや、服も沸き立っているのか?」
「それほんとなの?師匠?……それにしても気持ち悪いわね」
「……違います。溶けてるんですよ、これ」
初めての黒ローブからの発言。男とも女とも判断が付かない機械的な声音のそれにレイガは驚きながらも、ジッとその有様を見詰めていた。他の人間も動かない。
そして、次の瞬間。死した筈の女の死体。その血液から肉片に至るまで、全てが突然泡をたてて地面へと溶けるように消え去った。
異常が過ぎる現象に、ギリが目を細める。
「どう言う事だ、《賢人》」
「……知りません。ですけど、見覚えのある光景です。候補は幾つか」
「お願いします」
セニアからの声。そして空白。次いで息を吐くように賢人は呟く。
「……一つ。魔力融解。肉片の一片に至るまで魔力に侵され、置き換わり、そして蒸発する現象です。
二つ。神の御業。一度蘇生の現場に立ち会いましたが、その際の現象がこれの逆再生に似ていたかと。
……そして、今回の魔物と関係があるであろう三つ目」
ズッ、と地面が変色する。紫に代わった地面がずるりと解けるように溶け──破裂した。
「──ギィィイァァァアアア!!!!」
そして、突き破るようにして地面から現れたのは一匹の巨大な蛇──
「──
【魔女紹介コーナー】
《虚》の魔女
触れる見た聞いた者に『疑念』を植え付ける性質。その影響を受けた者は、思考全てが疑念に満ち、信用の二文字は消え失せる。
『己は生きているのか?』『己は操られていないのか?』『周りの人間に悪意はなかったか?』『生きる意味とは?』──、
広がりきった疑念は留まることを知らず、普通の人間なら最終的に精神が崩壊する。
「でもぉ、あーしはそんなことしたくてしてるわけじゃねーですしぃ……罪はないっすよねぇ?」