湧き上がるように肉体が作り出される感覚。何度も味わったそれを噛みしめながら、クロイロは視界を取り戻し──、
「──あぁっ! クソッ!! 上手くいかないわね……もっと反射神経鍛えなさいよ、クソ蛇!」
──何かを観戦している、豪奢な服を纏った銀髪碧眼の少女を視界に入れた。
そして、完全に体が取り戻されたのを感じると、そのままクロイロは少女へと近付く。それはちょっとした興味からだった。
先ほどの会話で、この場所には普通の人間は近付かないとの言葉があった。なら、目の前の少女はなんなのか。
手を伸ばす。
「そこの少女。こんな場所で何をしてるのか、教えていただいてもいいですか?」
ピクッ、と少女の体が震える。そして、次いで弾けるように跳ねる。地面を掘り返しながら、彼女は体を宙へと舞わせた。
「クソっ! 忌々しい勇者パーティーが! 一人だけこっちによこすのも嫌らしい!」
「おや、勘違いがあるようですね。別に私勇者パーティーとやらでは──」
「あぁうるっさいわね!! 聞けば聞くだけ無駄なのよ!! 何があろうと、私はここであなたたちを殺し尽くさなきゃいけないの!!」
そして、絶叫しながら彼女は手を突き出した。そこに込められたのは、信じられないほど多量の魔力。
どこか見覚えのあるその輝きに、クロイロは目を細める。そして、思い出した。
「リーダーほどではないですが、なかなかな──」
「──黙れ、死ね!!」
銀色の光が世界を覆う。眩いそれが、クロイロの視界を覆い尽くし──そのまま、彼女は消え去った。
◆◇
魔王軍幹部《克烈のグレースファ》──その六女、リィア・シストリは湧き上がる怒りを押さえつけ、目の前の粉塵を睨みつける。
「はあっ、はあっ──さっさと出て来なさいよ……あなたたちがその程度でくたばるはず、ないわ」
勇者パーティー。先代の勇者を筆頭に、聖女、賢人が名を連ねるその集団。
先代勇者の人脈から、不定期にあらゆる強者が入り抜けると言う、バランスが崩れがちと言う特徴こそあれど、それさえ補うほどの強者の巣窟。
基本的に先代勇者と聖女がおり、それなりの頻度で賢人が入る。そして、今目の前にいるこの女。
つまりはタイミング的にババを引いたに等しいが、その程度でリィアはあきらめる訳にはいかなかった。
偉大な父親の声が脳裏に響く。
『誇り高き我ら
そうして渡されたのが、勇者パーティーの殲滅の任。
無理だ、と言いたかった。リィアの目から見ても、父親ですら個人での殲滅は不可能に等しい。つまりは事実上の絶縁宣告。
だが、認められたい。その思いだけが今リィアを突き動かしていた。
「さっさと出て来なさいよ!!」
煙が晴れる。そして、目に入ったのは──何もない空間だった。
「……え?」
それなり以上に魔力を込めたとは言え、先代勇者なら生身で普通に突っ切ってくるレベルの物にしかならなかったはずだ。
少なくとも、勇者パーティーの一員なら切り抜けられる。その程度の一撃。
だがそれを否定するように、目の前に広がるのは虚無だった。気配を探る。ない。
(も、もしかして私強くなっちゃってたのかしら?! 日々の特訓の成果ね?! やったぁ!! なんかビクビクして適当な魔物を『魅了』して差し向けたのがバカみたい!! よ、よし!! そうとなれば、早速──)
「──おや、戦闘中に気を抜くのはいけませんね」
後ろから、声が聞こえた。顔が引きつる。喉がすぼまる。
「──っ!」
だが、いくら油断していても鍛えた反射神経は嘘をつかない。腕を突き出す。そのまま流れるように右手に魔力を充填し、放出。
体から『何か大切なもの』がごっそりと消えていく感覚に、途轍もない脱力感。
「はあっ! はあっ……!」
木々をなぎ倒しながら消失する魔力に、だがもう目は向けない。向けてはならない。意識を広げる。
──そして感じたのは、『何か』が後ろに現れる音。
(瞬間移動?! いや、高速で移動してるだけ?! 分からないわ──けど!!)
手を伸ばす。手刀の形に手を固め、そのまま刺し殺すように突き出す──。
「──ふむ、捕まってしまいました。素晴らしい反射神経です。褒めてあげます。すごいすごい。
……しかし、これはもう少し位置を考えるべきでしたかね?」
──ズシュ、と。胸の中央。そこへ己の腕が突き刺さっている。ドクン、ドクンと言う鼓動を感じる。
確かに、即死ではない。だが、それでも致命傷だ。しかし焦る様子がない。それに不気味さを感じ、振り払うようにして腕を抜く。
──衝撃で胸の半分が消し飛んだ。
「……えっ?」
脆すぎる。近接職の様相ではないが、それにしても勇者パーティーの一員とは思えないほどの弱さと脆さ。
そして、その謎はすぐに解消された。
「おや、痛いですね。痛くて痛くて涙が出そうです」
一瞬だった。ジュ、と何かが焼けるような音がなると、傷は何事もなかったかのように塞がった。
見覚えのある光景だ。まだ幼い頃、父親との特訓をしていた頃、父親が見せた再生能力の使い方──その時の速さと遜色ない程の再生速度。
そして、思い付くのは一つの可能性。恐る恐る、リィアは口を開く。
「……それ、は……その再生能力は……貴女、私と同じ──吸血鬼、なの?」
それを聞き、目の前の女は一瞬不思議そうな顔をすると、次いでほつれ一つない服を揺らしながら、面白そうに微笑んだ。
「いいえ? 外れです。私は──《魔女》ですよ。小さな小さな、吸血鬼さん?」