内容に大幅な変更を加えました。
先ほど遭遇した時と何も変わらない装い。死んだのではなかったのか、何故魔女であることを公言しなかったのか。疑問が駆け巡り動きが止まる。
突如現れた魔女に、一行が完全に気圧されてしまっているのをギリは理解した。シニィに至っては竦んでいる。ここではシニィの反応が正しいだろう。
なにせ、魔女は魔人、聖人と並んで語られる存在──天災であるからだ。
シニィには伝えるとただ怯えさせるだけになりかねなかったので伝えていなかったが、ギリは魔女と戦ったことがあった。いや、あれが戦闘と呼べるかは定かではないが、少なくともギリが《勇者》だったときに遭遇した二人の魔女はそういった存在だった。
──その内の最初の一人、《綿》の魔女。
《綿》の魔女は『
たまたまギリが入り込んだその異界では、あらゆる物が浮いていた。獣も、魔物も、虫も人も──竜すらも。そして何より異常なのは、その世界で意思を持っていたのが《魔女》だけであったこと。
他の生物は、まるで最初からそうであったかのようにふわふわと浮きながら身を丸め、眠っていたのだ。
今でも手に取るように思い出せる。ギリの侵入で目が覚めたのか、目元を擦りながら猫目の魔女は眠たそうに声をかけた。
『──おやぁ……あぁ、《勇者》ですかー』
『眠いんでー、私の領域から出ていってくれればぁ、なにもしませんよぉー?』
『……ふわぁ…………またぁ、眠くなってきましたー。早く帰ってくださいねぇー……。
ふわぁ……眠ぃですぅ…………あぁ、でもぉ……もしー、それ以上こっちに来るならぁ──』
そして、まるでその領域は己のものだと言い張るように器用にふわふわと浮きながら、『うーん……』ともう一度欠伸をし、その魔女は言った。
『──殺します』
──そこから先の記憶はない。
覚えているのは、消え行く意識の中、灯のように爛々と燦めく紫色の双眸。
そして、もう一つ覚えているのは──自身を助け出したパーティーメンバーの惨状だった。片腕と片足を失った賢人と、耳と片手首を無くした聖女、そして両腕を失った《剣聖》が、息も絶え絶えになりながら無傷のギリの前で死にかけていたのだ。
幸い、治癒が不可能な傷ではなかった。拙いギリの知識で目を覚ますまでメンバーの命を持たせ、どうにか意識を取り戻した聖女の魔術で体は治った。
だがその経験は、魔女という物の存在を理解するのに十二分な物だった。つまりは、決して手を出してはならない相手だと。
その後、もう一度他の魔女と遭遇することで《勇者の力》が魔女に対し抵抗出来ることは判明したが、今代の勇者は未だ発展途上……それどころか、今は意識を失っている有様だ。
つまりギリがどうにかして活路を見出すしかない。
強くそれを意識しながら、魔女の一挙手一投足を凝視する。そして、魔女は軽く言い放った。
「時に皆様方、そこの蛇は強かったですか?」
……意図が読めない。大蛇は決して強くはなかった。今のギリでも一太刀で終わる。そういった相手。
だから、ギリは相手の目的と状況の確認も込めて、慎重に言葉を選んだ。
「……あぁ、手強かった。アレを手懐けるとは流石だな──
ジリジリと後ろへ移動するメンバーが完全に後ろに入ったことに心の中で一息つく。近接型がギリしかいないのだ。まず何かあったときのために、ギリが前にいなければ上手く動けない。
そして、一瞬意識を後ろへ向け、直ぐに前へと視線を──
──魔女がスッ、と目を細めた。
息が止まる。世界が遅くなったように感じた。
そして、その時間が数分、数秒過ぎただろうか。
魔女は不思議そうに言葉を紡ぐ。
「いえいえ、私にそんな化け物を支配するなんてこと、到底出来ませんよ。私はちょっと死ににくいだけの普通の魔女さんです」
『死ににくい』加護を持つ魔女。
堪忍袋の緒が切れたわけではなかったことに、安堵を一息心の中で漏らし思考する。
そう言った力を持つ魔女の存在はギリは知らなかった。
ここで下手に出るか、出ないか。気に障ることを言っても不味い。だが、あまり場の空気を支配されてもまずい。最悪ギリが殺されるだけならいいのだ。戦闘になれば数秒は稼ぐことが出来る。その隙にシニィたちが逃げれば良い。
不興を買っても、上から物を落とすような語り口のこの魔女が、たった一人の人間に自身の心を乱されたことを認めるだろうか。いや、恐らくギリだけを殺してより優位の状態で会話を始めようとするだろう。
(……いや、待て。前のやり取りではどれほど危険な言葉を放った? あの言動が魔女の怒りを誘発しないのはおかしい。となると──)
意志が決まる。緊張で汗が流れるのを自覚しながら、口を動かす。
「そうか、なら偶然コイツは定期的に人里におりて被害を撒き散らし、そして偶然、わざわざ俺達の目の前に現れたと……そういうわけだな?」
「いえ? 『偶然』だなんて、そんなこと私、いつ言いました?」
「……なるほど。了解した」
激高する前兆もない。ここで想定できるのは、今のはまだ気に障る発言ではなかったという魔女にしては落ち着いた性格──もしくは沸点がまったく予想出来ない所にあるタイプ。そして可能性が上がるのはもう一つの可能性。
そして思考の渦の中、突然両手をだらりと下げると魔女は薄く微笑んだ。
「では、他に質問はありますか? 今ならお話にもつき合ってあげます。無ければ……血を見ることになりますよ? まぁ、少しで済むかも知れませんけどね」
想定外の言葉だった。脅しに交えて質問の誘導?
第三の可能性が遠ざかる。ここで脅しを交えるのは少なくともこちらと戦えるなにかがなければ……いや、先ほどの光景からすれば、死んでも蘇ると考えた方が自然。
(だが……魔女の立場上、そんな案山子のような魔女が存在するのは有り得ない、か……?)
これ以上は探らなければ予想することすら難しい。ギリは挑発するつもりで返答した。
「……どう言うつもりだ」
「言葉通りですよ? 血を見たいですか? 見たくないですか? 痛くはないと思いますが……お勧めしたくはありません」
……ここで殺しに来ない。そして再度脅すような言葉。まだ残り二つも捨てきれない可能性ではあるが、ある程度定まってきた。
そこでギリの後ろから声が響いた。
「……では、私から一つよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
一瞬止めようと後ろを振り返るが、強い意志を込められた瞳が視界に入り、そこから先の言葉を止められた。
グッ、と唇をかむと向き直る。今はセニアが探る情報に耳を傾けなければならない。
「貴女は、何の魔女ですか?」
答えはすぐだった。魔女は流れるように返答する。
「おや、名前をお伝えした時に分かっていたものと思いましたが……では改めてお伝えしましょう。
仲の良い者からはクロイロなどと、魔女達からは『黒の』と呼ばれています……そして世間一般には『黒の魔女』……なんて呼び名が有名でしょうか?」
再び訪れる一瞬の静寂。そして、ギリは目を見開く。
魔女がここまで素直に自身の情報を落とすか?
基本的に魔女はこちらを下に見ている。それ故にこちらへ取る対応は千差万別だが、総じてこれまであった魔女は自身のことを深く言及する言葉を避ける傾向にあった。
確認の為に声を質問を重ねる。
「黒の魔女……その魔女は己の力を振るい、あの大災害──『死の
それがお前だと?」
「そう言えば、そんな話もありましたね」
それに反応したのはシニィ。ピクリと体を震わせ、すぐに腕の中の勇者を抱える力を強めた。
そこでセニアが思わずと言ったように呟く。
「私の知ってる話ですと、『死の微風』は……」
「そうだ、対外的には『悪魔の呪い』で済まされている……なにせ死因が全員
続ける。こちらから、普通は知りえない情報を投げつける。反応は明確だった。
少し考えこむように黙った。だが、これは逆に分かりやすすぎる。
(
だが、確信へ至るためには直接的に確認をしなければだめだろう。そして、この問いかけは絶対の自信を持っているように振る舞わなければならない。
息を軽く吐き出し、ギロリと瞳をつり上げる。
「……お前、俺達を殺すことが目的ではないな?
そして、魔女が薄笑いを浮かべたのを瞳に入れ、確信する。
少なくともこの場での戦闘はあり得ない。
(……待て、『今の魔女は戦えない?』 ……となると今この魔女がここにいる理由は、まさか)
目を見開く。最初に気が付くべきだった。そうだ。ここまで魔女が友好的な理由。
そんなのは一つだけだろう──
(不味い。なにが出てくる? 魔女の同伴者といえば
湧き上がる様々な感情に呑まれる最中、魔女は楽しそうに微笑んだ。
「目的ですか? 先程お答えしたではないですか。お散歩ですよ……ちょっとした拾い物もありましたけどね。……さて」
ザッ、と条件反射で深く構えるこちらを見ながらくすくすと笑い、そして──
「悲しいですが、時間切れです。そして皆様──初対面のお時間です」
そうして、魔女が一歩引く。その後ろの残った木々の暗闇から現れたのは──爛々と輝く緋色の瞳を煌めかせる、一人の小さな吸血鬼であった。
【魔女紹介コーナー】
《蓑》の魔女
見たのも聞いたものに■■■■■■■■■性質。
一時期、クロイロと一緒に旅をしていた。ちなみに何故かその時期は死の微風の時期とピタリと一致する。