情けは龍の為ならず   作:稗田之蛙

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龍との出会いは唐突に

 私が山へ菜を採りにいく道中に、赤仔の龍がおった。

 どうやら小鬼か何かの類が、イタズラに龍の仔を攫ってここに放り投げたのだろう。

 目を閉じたまま微動だにしない仔龍を見て、まったく肝が冷えた。赤仔が死ねば母龍はキット怒り狂う。怒り狂ってこの森一帯を焼き尽くすだろう。

 小鬼はそれを傍からみて面白おかしく嘲る生き物だ。その遊びに付き合わされて多くの生き物が命を落とすなど堪らない話である。

 捨て置こうとも思ったが、自分に危害が及ぶかもしれぬ。抱き上げると、息があった。まだ生きている。

 私は母龍に見つからない事を祈りながら、仔龍の体を抱え上げる。大きさも重さも大人の猟犬ほどあろうか。そんな事は構わず、菜を入れるはずだった籠に仕舞い込んで走り出す。

 

 私は家に帰るなり、まず火を起こしてお湯で仔竜の体を洗った。泥まみれのまま、体温が下がった状態で治療するわけにもいかない。清潔な布に水を浸して絞り、汚れを落としていく。

 ――…………。

 その最中、赤仔の瞳がしばしばと開いて私を真っ直ぐに捉える。

「龍よ。人語は解せるか?」

 そう語りかけると、キャンキャンと泣くようなか細い声をあげ始めた。どうやらまだ人の言葉は理解出来ないらしい。

 龍が高位の存在といえど、赤仔なれば言葉を理解せよという方が酷な話だろう。

 仔龍はお湯で洗われるのを最初は嫌がっていたようだが、存外悪くないものだと理解したのか、途中から大人しくなった。

ただ、体を拭いているとしきりに私の手に噛みつこうとする。

「私の指はそなたの餌にあらぬ」

 傷つけぬように優しく鱗を撫でると、その度に仔竜はピィピィと鳴いて突いてくるから苦労した。

 そうして体を綺麗にしてやった後、新しい布でくるんでやり、燻製の兎肉を与える。

 仔竜は鼻をヒクヒクと動かして匂いを嗅いだが、不満げな様子で口をつけなかった。お気に召さぬらしい。

「食わねば死ぬぞ」

 だが、一向に口にしようとしない。仕方なく私は硬い肉を自分の口に入れ、それを何度か咀嚼する。ペースト状になったところで吐き戻して、すると仔龍はそれを当然のように食んだ。

 こいつは鳥か。

 思わず喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 仔龍は本当にご馳走を見つけた鳥か犬かという勢いで肉を食い散らかし、満足そうな顔をして豪快ないびきを立てて眠り始める。

 腹が減っていただけ。ならば、これでよい。

 

 そう思っている内に、森林の方から轟音が鳴った。餌を取って戻ってきた母龍が赤仔に居ない事に気がついたのであろう。

 こうしてはおられぬ。一刻も早く仔龍を返さねばここら一帯が業火に焼かれる。

 私は眠っている仔龍を見た。正直な話、私は独り身だから龍と一緒に家財の一切を放り捨ててここから逃げれば済む話かもしれぬ。しかしこの赤仔は違う。母親が気づかぬまま息吹に身を焼かれるやもしれぬ。森林一帯を焼き払ってから、母龍は自分のしでかした事に気がついて悲しみに気が狂うかもしれぬ。

 しれぬしれぬと、思案している内に私は眠った仔龍を籠に押し込んで、家を飛び出してから轟音が鳴り響く方へ駆けていた。

 自分達に気づいてもらえぬまま大きな尻尾で踏み潰されるしれぬ……赤仔を連れ去った犯人だと誤解されて死ぬより酷い拷問に掛けられるかもしれぬ……。

 様々な可能性が頭の中を駆け巡ったが、結局のところ私はこの赤仔を助けたいと思ってしまったのだ。

 情けは人の為ならず。まさしく、生類に対する慈悲というのは人の為にならぬ。

「暴れ龍よ! 聞いてくれ!」

 木々を薙ぎ倒しながら、赤仔を探す母龍の姿が見えたところで私は籠を力いっぱい頭上に掲げて、大声で叫ぶ。

 母は私の姿を捉えると、その巨躯からは想像できぬほどの速度で接近してきた。

 母龍は私を睨みつけて咆哮を放つ。それは私がこれまで生きてきた中で一度も聞いたことのない音だった。

 片の鼓膜が破けたかもしれぬ。いや、しれぬではない。間違いなく破れている。

 それでも、私は叫び続けた。この命尽きるまで、必死に声を上げ続けるつもりだった。

「赤仔は此処にいる! 殺さないでくれ!」

 龍は私の前で立ち止まると、牙が生え揃った口を開けた。まるで私を食わんとせんばかりである。

 そして、器用に二つの爪先で籠をつまみ上げると、もう片方の手で私の体を押し潰した。

 龍の一撃で地面にひび割れが走る。肋骨が折れるような感触がして息が詰まった。

 龍はそんな私を見て笑うと、その長い舌を伸ばし、赤仔をべろりと舐める。

 すると赤仔は喜んだように鳴き声をあげ、どうやら赤仔も母親に抱かれた事を理解したらしい。

 仔龍がキャッキャとはしゃいでいる事へ反応するように、母龍は目を細めた。

『やはり人というのは愚かなものだ。龍を拐かそうなどと。生きたまま挽き肉にしてやろう』

 龍は低い声でそう言うと、虫をいたぶって殺すような仕草で手に力を込め始める。骨が砕ける感覚がして、私は今にも泣き出しそうになった。

 違う、違うのです。

 母親の手酷い折檻から逃れたい幼子のように、恥も外聞も投げ捨て弁明しようとした。

 ――しかし肺が圧迫されているせいか声が出ぬ。

 私はここで死ぬのか? 赤仔を助けたいと願った結果がこれなのか。

 私の行いが天に罰せられているというのなら、あまりに酷な仕打ちではないか。

 視界がぼやけて涙が出てきた時であった。

 

 ふと、母龍の視線が私の真横のある一点に集中している事に気づく。何だと私は首を横に動かし、隣にあるものを見た。

 そこには赤仔が籠からすり抜けて、私を心配そうに見つめる姿。

 母龍はその光景をじっと見つめた後、私を押し潰す力をほんの少しだけ力を弱めた。

 私は慌てて呼吸を整えると、血が混じった咳が喉から出てきた。

『随分もてなしてくれたようだな。懐いておるわ』

 母龍は心底から愉快そうに笑い、大きな口を開く。鋭い牙の隙間から赤い炎がチラリと覗く。

 答え方を間違えたら即刻丸焼きになるだろう。激痛に耐えながらも、どうにかこうにか声を絞り出す。

「……わ、わたしは。道端で泥まみれになっていたその龍を見かけ、拾ったのです」

 母龍はそれを聞いてまた大きく笑う。今度は目が笑ってない。母龍は頭を下げてから仔龍に舌を這わせると、また仔龍は嬉しそうな声をあげた。

『白湯の味がする』

「ふ、風呂に入れてあげました」

『だろうな。龍のゆで汁を啜る人間もそうおらぬ』

 そう言って押し潰すのも形だけとしてもらえたが、まだ解放される様子はない。

『だが、連れ去ったのがお前ではないという証拠は?』

 ――そんなものはない。

 仔龍が人語を解するのならば切り抜けようもあったが、その様子は微塵もない。幼すぎるのだ。

 私が押し黙っていると龍はため息をついてぐぐぐ、と腕に力を込め始める。

「ま、まってくれ。死にたくない!!」

 私は情けなくも幼い仔龍の眼の前で命乞いをした。それを受けて、母龍は私の内心を見透かしたように語りかけてくる。

『我が仔を連れ去ったのはお前――かもしれぬ。はたまた性悪な小鬼が我が仔を連れ去り、お前が助けてくれた――かもしれぬ』

 母龍は顔をぐっと近づけて私を見下ろす。鼻先に熱い吐息が掛かる。

『万全を期すならば、お主を殺してこの地の小鬼共も根絶やしにするのが正しかろう。さすれば、誘拐犯のいずれかを打ち殺し再び仔を攫おうと企む者はいなくなる』

 龍は牙を見せつけるように嗤った。

 ああ、これは本当にもう駄目だ。きっと龍は私が死ぬまで力を緩めないだろう。

 ……龍一匹救えただけでもマシ。震える歯を必死に堪えながら覚悟を決めた私は、せめて苦しまぬよう殺してくれるのを願った。

 

 

『――ハッハッハ!!! 莫迦にするでない。我が仔の態度からお主がどういう人間かわからぬほど、龍が愚痴と思うたか』

 

 母龍は高笑いしながらそう言い放つ。私の体から岩石とも等しい剛腕をゆっくりとのかすと、その鋭い爪先でまた器用に私の頭を軽く撫でた。

 私は母龍の態度に呆気に取られた。仔龍が心配そうに見つめていた時点で、事態のおおよそを把握していたとは。

『人間の分際で、龍の生死に関われた事を名誉と思え。以後も我々龍に尽くすように――』

 威厳のあるそれは淀みなく紡がれる口上だったが、どうにも歯切れの悪い形で声が止まった。

 恭しく彼女の顔を見上げて、その視線の先を辿る。

 仔龍がフルフルと震えながら母龍を睨んで……抗議している……といっていいのか……?

 ともかく、母龍はそれに困り果てている様子で頬を掻いていた。

『嗚呼、いや。その、なんだ。……すまなかった』

 人間よりも高位の存在であるはずの、龍に謝罪されて私は痛みも忘れる形で再び呆気に取られた。

 

 

 体の骨がいくらか折れていた私は、そのまま立てぬ状態になっていたのであるが。母龍に手のひらに乗せられると、幼子に捕まった子猫のように、いくらか慎重に運ばれた。

 私はすっかり憔悴しきっていた。しかし仔龍は眠くなるどころか元気いっぱいであるらしい。

『眠いなら眠るとよい。我が仔の恩人に悪いようにはせぬ』

 龍に優しくそう語りかけられ、ようやく安心した私の意識は深い闇に沈んだ。

 ――あの後、母龍との別れ際にいくつか話を聞いたのだが……母龍は近隣の村まで私を運んでくれたらしい。

 人里に大人の龍が出向いてきたので、怒り狂った龍が村を焼きにきたのか誰か天罰をくだされるような悪さしたのかと大騒ぎだったになった為に、『そのように騒ぐでない』とまた困り果てるハメになっただとか。

 

 

「エディさん。何を書いていらっしゃられるのです」

 あれからいくらかの月日が経った。ようやく手を動かせるようになった私は、遠くに住んでいる血縁者に今回の出来事を報せる手紙を書いていると、恰幅の良い30代くらいの女性が声をかけてきた。

「あぁ、女将さん。今日もどうもありがとう」

「いえいえ、わたくしどもは赤龍様の言いつけ通り、エディさんが完治するまでお世話をしているまでで……」

 彼女はいかにも敬虔な振る舞いをする。母龍の片手いっぱいに盛られた金銀財宝数多を与えられ私の世話を命じられたというのに。

 とはいえ、財宝だけ受け取って私の世話はおざなりにしない辺りは本当に感謝している。今日も新しい包帯に取り替えてもらえた。

「リハビリに祖母への手紙を書いていたのです」

「なるほど、目に見える傷はほとんど治られたようですね」

「えぇ、あとは骨ですね。女将さんの看病のおかげです」

 私が微笑むと彼女は照れくさそうに笑った。そして何か別件を思い出したようにハッとした顔をし、私に近寄って耳打ちする。

「村に住んでる……リトルちゃんっていう子なんですけどね。貴方にどうしても会いたいんですって」

 そういわれて私は首を傾げた。この村にそういった知り合いはいない。知り合いが居てもせいぜい毛皮を買い取ってくれる商人とか、雑貨屋の旦那くらいだ。

 しかも私に会いたいという理由も思い当たらない。

 不思議そうな顔を浮かべる私を察してか、女将さんは不思議そうな表情をしながら説明してくれる。

 なんでも村に住む子供らしく、歳は今年で11歳。よく男友達に混じって遊ぶ姿を見かけるらしい。

 そう言われて思い出したのは、仔龍を見つける直前。確か山の菜を採りに行こうとした時にその年代の子供を見かけた。

 その女の子はやたら急いで山道を駆け下りていったから印象に残っている。

「それで、会いたい理由ってのは?」

 私が女将にそう尋ねると、彼女は少々困ったように首を振った。

「それが私にも話してくれないんですよ。まぁ、あの年頃なら龍とどんなやり取りをしたか聞きたがるもんですがねぇ……」

 女将の言う通り、龍というのは英雄譚でよく語られるような存在で子供達の憧れでもある。その龍とどのようなやりとりをして、どのように助けてもらったのかと知りたがるものだろう。

「以前からもせがんできて、怪我をしてるからダメだって言って私の方から断ってたんですがねぇ。毎日のように尋ねてくるから、一旦エディさんにお話しようと思いまして……」

 なんとなく事情は理解できた。

「まぁ話をするくらいなら構いません」

 私がそういうと女将は嬉しそうに笑った。その態度から、リトルという少女が愛想の良い子で村の大人からは好かれているんだろうと思った。

 重傷な手前、怪我を触られたら堪ったものではなかったが……この様子なら心配あるまい。

 了承してからすぐ、女将はそのリトルという子を連れてきた。青色の短い髪、くりっとした大きな青い瞳の活発そうな女の子だ。背丈は低く華奢な子で、11歳という事を踏まえても小柄である。

「やぁ、こんにちは」

 そう挨拶すると愛嬌のある表情でニコニコと笑うリトルという少女。

 私は彼女の言葉を待つようにじっと見つめていると、彼女は女将に向けてこう言った。

「ねぇ、おばさん。わたし、この人と二人っきりでおはなしがしたい」

 その一言を聞いて、女将は少し困ったような表情をする。複数箇所骨折した人間と幼子が二人っきり。

「この子が悪さしない子であれば、私はかまいませんよ」

 そういうと、女将は何も言わず渋々席を外してくれた。やはり思った通り、利発な子らしい。

 そんな子がわざわざ知り合いでもない怪我人を何度も尋ねてくるというのは、よほどの英雄に憧れが強い子か、あるいは。

 ベッドで横になっている私に対して、対面するように椅子に座るリトル。

 私は彼女に向けて微笑みながら語りかける。

「何か私に用事があったのかな?」

 そう問いかけると彼女は愛嬌のある笑顔が、ぐしゃっと今にも泣きそうな顔に変わってしまった。

 そして彼女は私に勢いよく抱きつき、胸の中でわんわんと大声で泣いた。

 しばらく背中をさすり、落ち着くまで待ってやる。彼女がどうしてここまで私に会いに来たのか。

 その理由を、涙声ながらもゆっくりと教えてくれた。

 

「――わたし、龍に殺されるかもしれない……」

 

 

 

 

つづく

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