ジョジョWWS:主人公機械化√ 実況プレイ 作:全日本純愛連合
結局のところ、1945年の5月に、モーリッツ・ホーデンハイマーが己の脳天に向けて引き金を引くことはなかった。
しかし彼はその献身性ゆえに、長年の付き合いがあった上司が破滅していくというとき、何の手助けもしてやれなかった。
ゲッベルスの自決後直ぐ様ソ連軍が総統官邸を占領すると、地下壕に残された全ての死体とたった一人の生存者が地上に引き摺り出された。流石に分が悪いと判断したホーデンハイマーはほとんど抵抗して見せなかったが、一方のソ連兵はその生存者の正体に気付くや否や、彼を地面に屈服させて暴行を加えた。
難しい事柄を省き画像や映像を多用したナチスの宣伝は、文字すらまともに読めないソ連の貧困層にも効果的で、彼の顔は末端の兵卒にまで知れ渡っていたのだ。
「うぐがッ! あ……あっ……ああぁッ!?」
「ヤベ…………今のはまずったかもな」
肋骨と右鎖骨を折られ、這いつくばって痛みに呻いていたところ、突如水風船が割れたような感触と共に視界がホワイトアウトした。持っていかれそうになる意識をなんとか繋ぎ留めたはいいが、どうにもおかしい。
先程まで右側に見えていた兵士が消えた。心理的な防御反応なのか、右目からとめどなく溢れる涙を拭おうと頬に触れると、涙らしからぬ奇妙なぬめりと生暖かさがあった。ほんのちょっぴり、恐怖した。
乾いた左目だけを瞑ってみる。
…………暗闇が映った。
ここで驚くべきはホーデンハイマーのタフネスか。心底楽しそうに強烈な蹴りを入れたソ連兵が身柄を本隊へと引き渡そうとした際、彼は差し伸べられた手を払い除け、口内に溜まった血を吐き捨てると自ら立ち上がって歩き出したのである…。
ベルリンは地獄の様相を呈す。
そこらじゅうに人間が転がっていて、それはまだかすかに動いていたり、骨が剥き出しになって赤い池に沈んでいたり。白銀のスターリングラードとは違い、灰色の石畳は鮮血を吸ってくれなかった。むごい現実を覆い隠してはくれなかった。
病院の付近では
横たわる看護婦らしき女性のスカートを傍らのソ連兵がたくし上げたので反射的に駆け寄ろうとするも失敗に終わる。銃床で側頭部を殴られたホーデンハイマーは地面に転がるばかりで、哀れな国民にしてやれることは何もない。ただ無力を突きつけられただけだった。
深い絶望に蝕まれつつある顔を見た兵士は嘲笑い、思い切り踏みつけた。瓦礫の欠片でまた頬を切りながら、彼等はこの景色を見せつけたいが為にわざと左目を残したのではないかと感じた。
「今度はオレにやらせろ! オレのがうまくできる!」
「馬鹿ッ、てめーはガサツだから駄目だッ」
ソ連兵達からの歓迎し難いもてなしは捕虜収容所でも続いた。噂を聞きつけた野次馬が詰めかけてはあれをしてみろこれをしてみろと騒いで、まるで見世物小屋に売られた
そして『酒豪』という創作ゲームに興じる。
ルールは簡単。ウォッカの空き瓶を咥えさせたら、棒で思い切り叩いて割る。それだけだ。細かいガラス片で口内を切るのはマシなほうで、瓶の首をうっかり口から落とすと、今度は潰れた右目にマッチを刺して火をつけ、顔面に燃え移る寸前で消し、残った柄の短さを競う…という悪質極まりない罰ゲームが始まるのだ。まだ治癒していない傷口を舐める熱に思わず呻き声を漏らすと、咎めるように首を締められる。
それ以上に彼の精神を削ったのは、深夜になると夜這いをかけたり、口淫を迫ってくる者がいることだった。おちおち眠ってもいられなくなり、睡眠不足の体で受ける暴力にあっさり意識を奪われることが増えた。自分が気絶している間にもきっとろくなことが起きていないだろうが、想像するだけでも体力を使うので深く考えるのはやめた。
ならず者国家のソ連とて『国際法』の存在は知っているらしい。しかしこの収容所の将校はホーデンハイマーへのあからさまな暴力の集中を黙殺していた。
何故か? 容認することが拷問の側面を帯びていたからだ。将校は何としてでも『聞き出したいこと』があったので、彼の心が折れるのをひたすらに待っていたのである。
しかし彼は耐え抜いた。
国際軍事裁判が始まったのだ。
ニュルンベルク裁判において、
とはいえ彼は政治家との繋がりこそあれどナチスの高官でもなれけば党員でもない。名が売れているだけの、ただ国家に忠実な一兵士に過ぎなかった。そんな人物が『主要戦犯』として起訴されたのは法の歴史における『異常事態』そのものであり、当時でさえ疑問の声は多く挙がっていたという。
法廷に現れた彼の姿を見るなり息を呑む音がいくつも聞こえた。若干頬が痩けながらも変わらず美しい顔立ちの中で、右目が埋まっているはずの場所が醜く抉れていたからだ。
どう見ても放置してはまずい状態のそれを、眼帯も着けずに晒していた。もっとも、眼孔にウォッカを注ぐことを『消毒』と呼べるのであれば、一応の処置はされている。
単純に片目が潰れたからといって、彼の眼力が弱まる訳ではないらしい。それどころか、あまりにも痛々しく生々しい傷痕と爽やかな碧眼の対比が、以前にも増して人々の好奇心をくすぐり、法廷中の人間の視線を
「宣伝省によるプロパガンダは、侵略戦争への意欲、ユダヤ人に対する憎悪など、ドイツ国民を扇動及び洗脳することを目的とし、此度の開戦に導いたことを認識していますか」
「ヤー、
「自身に責任はないと? 被告とゲッベルスの親密さは多くの人間の知るところであり、宣伝に関して口を出す権限もあったと証言されています。また時には彼がいなくとも、被告は単独で『広告塔』の務めを熱心に続けていますね」
「兵士が熱心でいけませんか? 貴国の軍事的価値観は我が国と違うようだ。己の意思に反する仕事であれば不真面目にこなしても良いとお考えに見えます」
他の被告に同調し、ホーデンハイマーもまた『あくまで命令に従っただけ』『侵略や虐殺を目的としたのではない』というスタンスを貫いた。
実のところ、ここで繰り広げられる『尋問』のほとんどが結論ありきの『茶番』でしかない。全ての裁判官が各連合国から出された人間であり、大した信頼性のないものでも検事が証拠だと言えば証拠たり得た。一方被告につけられた弁護人の行動や権利は制限されており、裁判はもはや検事側の独壇場である。
その癖プロパガンダには捏造だの洗脳だのと言いたい放題で、心は軽蔑で満ちるばかりだ。それこそユダヤ人のことだって、過去を鑑みれば彼等連合国にも批判する資格があるとは思えない。
……悔しい。勝ちたかった。勝っていれば今頃彼等を一方的に責め立て、首を吊るしてやることができたのに!
あぁそうだ、自分達はきっと彼等と同じことをするだろう。英の卑劣さをなじり、仏の軟弱さを嘲り、米の傲慢さを罵り、
第一訴因:侵略の共同謀議・・・・・・不起訴
最も早く論点となったナチス党とその下部組織によって引き起こされた『侵略』の責任の追求先は、国防軍で対象となったのは司令部のみだ。ホーデンハイマーは不問となったものの、却ってそれが彼の地位の低さを証明し、異様さを際立たせた。
第二訴因:平和に対する罪・・・・・・有罪
先述の共同謀議にも繋がるところのある第二訴因では、一転して有罪判決が下りた。政府が開戦に向けて打ち出した政策の内『宣伝』について、実行段階において先頭に立ち、ドイツ国内の世論を開戦へと傾けることを推進した為だ。
第三訴因:通例の戦争犯罪・・・・・・有罪
彼は非戦闘員や捕虜に対して行われた横暴を認知していたし、そうしろと命令されれば従った。忘れたくても忘れられない華やかな顔立ちを記憶していた証人は多く、何より彼のように
第四訴因:人道に対する罪・・・・・・無罪
こちらでも『宣伝』は取り上げられたが、彼自身がユダヤ人排斥に関して特筆すべき言動をとったことはない。そもそも
また検事側は彼がドイツ国外で行われた『人体実験』に関与している証拠を掴んでいたが、こちらは第三訴因に含まれた。ホロコーストの印象があまりにも強く、詳細もわかっていない実験を同等の罪として扱うのは難しかったのだ。もしもここで有罪とすることができていれば、彼は確実に死刑だったと言われている。
判決・・・・・・終身刑
以上の『罪』を以って、モーリッツ・ホーデンハイマーは国際秩序を乱した戦争犯罪者として投獄されることとなった。
裁判の閉幕を迎えた1946年の秋、この最年少の被告人は38歳であった。彼の存在を世界に知らしめるきっかけとなったベルリンオリンピックから実に10年。公にされている資料で彼の姿を確認できるのはニュルンベルク裁判が最後である。
フィルムに写された彼は永遠に美しく、若々しく、逞しい。
この時初めてナチスのプロパガンダが『完成』したのだと唱える者もいる。ホーデンハイマーの死後もなお彼に魅了される人間は後を絶たず、彼の肖像を利用したネオナチグループに軽い気持ちで加わり、トラブルに発展するケースも見られた。
最終的な勝者はどちらか? 識者の間では終わらない論争が繰り広げられていた。
以下は最終陳述の際に彼が語った内容の抜粋である。
「戦場に散った英雄達の責任を自分に課すというのなら課せば良い。彼等の代表に抜擢される……これほど名誉なことはない。判決の瞬間、敵国である貴官等によって、自分は過去最大規模の部下を持つだろう」
「自分は軍で多くのものを得て、多くのものを失ったが、それらが総統閣下のせいだとか、宣伝省のせいだとか、あるいはユダヤ人のせいだとか言うつもりは毛ほどもない。敵国の粘り強い抗戦と、その末の勝利にも惜しみない称賛を送ろう」
「とは言えこの裁判はまったく粗末なものだった。半端で馬鹿げた茶番は、戦争とは単に『悪』と『別の悪』がぶつかり合うだけのことと証明したに過ぎない」
「国防陸軍中尉、モーリッツ・ホーデンハイマー。自分は生涯誇り高いドイツ軍人である!……と、安らかに眠った全ての同胞に誓って宣言させて頂く。以上」