ジョジョWWS:主人公機械化√ 実況プレイ 作:全日本純愛連合
メキシコの秋は、ドイツのそれよりも温かい。当然ながら地域によって差が開いてはいるが、この時期になると既に気温が二桁もあれば良いほうの祖国を思うと随分過ごしやすいように思う。
対して夏は辛かった。ギラギラ照り付ける日差しとそれを受けた地面からの放射熱に挟まれると、両面焼きのトーストになった気分にさせられるのだ。
砂漠地帯は乾燥しているが、ジャングルに近付くと一気に湿度と不快度が高まる。標高の高い場所に形成されている都市部ではもうほんの少し過ごしやすい気温らしいものの、残念ながら自分達は行く予定も関係もない話である。
『中南米』と言われて想像する通りの広大な砂漠には、直線的なシルエットで先進的な技術がふんだんに使われた、不釣り合いな建物が腰をおろしていた。因みにメキシコは正確には『北米』だが、多くの人間は「四捨五入したら中南米みたいなものだ」と思っているだろう。同情を禁じ得ない。
「見回りご苦労」
「あッ、曹長殿。どうされましたか」
「外の空気を吸いにきただけだ。密閉された場所はどうも息苦しい」
「そうでありましたか。では自分は引き続き業務にあたらせて頂きます!」
今年で三十路を迎えるモーリッツから見てもそう歳の変わらないように見える部下達が、彼と向き合うなり居住まいを正して敬礼をする。最初の頃は遥かに歳上の兵に舐められることも多々ありながら、下士官の仕事が板につき始めてからはすっかり慣れた動作で答礼をするようになった。
今でも時折不思議な気分を味あわせられる。関わる兵と彼が同じ階級だった頃は、大抵その兵よりも若く優秀であったので、共感したり、懐かしむ気持ちがあまり湧いてこないのだ。
どう扱うべきか困る場面も少なくなかった。そうした瞬間の対応ばかりは経験豊富な歳上の同僚に軍配が上がった。どんなに称賛を浴びてもモーリッツが調子に乗らない理由のひとつである。
「はあああーッ…………肺が洗われる。気がする」
機密保護や衛生の観点から多くの部屋に窓はなく、壁も扉も重厚で、秘匿性・密閉性は抜群ながら空調コントロールは完全に機械頼りだ。うっかり故障してしまえば最悪死に至る為、こまめな点検が欠かせない。
太陽のもとで生まれた人類の性質ゆえか、ろくに日光を浴びず、人工の光にばかり包まれていると段々と気も滅入る。いつかの開戦を見越した上層部により、長期間の潜伏などに備えて散々させられた訓練のおかげで閉所だろうが暗闇だろうが慣れているとはいえ、陽の光は浴びられるときに浴びておきたい。紫外線は体内のビタミン生成に必要であり、我々の健康にも直結しているのだ。
腕時計のガラスに反射した鋭い光に思わず目を眇める。僅かに手首を傾けて影になった文字盤を注視すると、そろそろ昼食を取る時間になっていた。何か他のことに打ち込んでいる間は気にならないのに、時刻を認識した途端、無性に腹を満たしたくて堪らなくなるのは何故か。十分体はリフレッシュできたので、早く戻ってシュトロハイムでも探そうと思った。
別にシュトロハイムは少佐である己に対して部下が馴れ馴れしく振る舞うことを許している訳ではない。モーリッツとは「元より懇意にしているから」という至極私的な理由でもって、ほとんど毎日向かい合って雑談を交えながら昼食を取っていた。
メキシコでの生活が始まった当初こそ兵達の注目を浴びていたが、今となっては慣れたものでもはや誰一人気にしていない。あからさまに実質的なトップによる贔屓ではあったが、それによって他の誰かが不利益を被ることもなかったからだ。
下士官になる前は鍛えて鍛えて鍛え上げて、成長期の肉体も相俟ってとにかく空腹でならなかった。かと言って若者の食欲に合わせて全兵分を用意していては食費がとんでもない額になってしまう。
当時のドイツよりは数段マシな他国軍でさえそれを実行するのは厳しいのだから、敗戦で超圧縮されたドイツなど尚更である。『食』の豊かさは士気に関わる為、上層部とて努力はした。努力したとて必ずしも良い結果が出る訳ではないが。
すっかり頭の中が食べ物のことで埋め尽くされたモーリッツはある部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。
「ホーデンハイマーであります。シュトロハイム殿はおられるでしょうか」
「おおっ、丁度良い。今行こうと思っていたのだ! とりあえず入れ」
「失礼致します」
シュトロハイムは脱いでいたジャケットを着直しながら側に置いてある皿を指差す。見慣れない果物が綺麗にカットされて盛られていた。無数の種が詰まったゼリーのような半透明の果肉は赤黒く熟しており、瑞々しさゆえに表面がぬらぬらと艶めいているのが妙にグロテスクである。
モーリッツが怪訝そうに眉を寄せたのが見えている癖に、彼は構わず問いかけた。
「食うか? いや、食ってくれ。これ以上つまむと昼飯の前に腹が膨れちまいそうなんでな」
「…………何ですかこれ」
「『トゥナ』と呼ばれるサボテンの実だ。結構甘いぞ」
「サボテン…。確か実にも棘があった筈ですが、よくこんなに剥きましたね」
「この俺が剥く訳なかろう。そこの女にやらせたのだ」
目線をずらすと身なりこそ素朴ながら美しい顔の女が3人、縮こまって固まるように立っていた。
尊敬する上官が『美女を困らせる』という悪趣味な暇潰しに興じている事実には流石のモーリッツも衝撃を受けたが、彼を真性のサディストだとは思っていない。もし己に従順で美しい女を侍らせることができたら、なんていう悪ふざけのような願望を実現できる機会を得てしまっただけで、進んで女子供を泣かせて悦ぶ趣味はないだろう。
食えと言われた以上断る訳にもいかない。どう見てもシュトロハイムが使ってそのままの状態であるが、手掴みにしてベタベタになるのも嫌なので刺しっぱなしのピックで口に運ぶ。
甘い果汁が乾いた喉を潤す。しかしイチゴなどとは格の違う存在感を放つ種が口内を駆け回り、果汁と一緒に飲み込むのも一苦労だった。確かに美味いが、やたらと硬い薄皮のオレンジを食べるときと似た後味の残念さがあった。
「良い食べっぷりだ」
「ありがとうございます。でもできれば普通にリンゴとかのほうが嬉しかったです」
「ハハハ! それはお前が門番のヤツにでも言えい!」
皿はあっという間に空になった。なんだかんだで毎日よく動いているこの体は相変わらず凄まじい食欲を湧かせているし、思えば出された食べ物は不味かろうが残したことは人生で一度もない。耳触りは良いが、それは残せるほどの量を出されたことがないという少年期の貧しさの象徴でもあった。
過去へと思いを馳せれば馳せるほど、アドルフ・ヒトラーが首相に就任してからのドイツは目まぐるしく変わっていったと感じる。国民からの支持は類を見ない熱狂ぶりを保ち、実際失業率は改善されているし、総統は『動物愛護』『健康維持』『少子化対策』など様々な分野の改善に関心があるらしい。国民の笑顔も増えた。
勿論どれも莫大な費用がかかる有限の政策ではあるものの、損失を恐れて緩やかに国が死んでいく未来はもっと恐ろしいに違いなかった。
ドイツはどこか『良い方向』へ向かっている。そう信じたい。
世界中で名を馳せるかのスピードワゴン財団の所有する飛行機が、メキシコのどこかへと飛んで行く姿が一度確認されていた。それだけの情報で一体何ができるのかと誰もが胸に思いながらも、あからさまに不審な動きであったのは間違いなかったのだ。
本国に問い合わせると何やら隠していそうな雰囲気を感じ取れはしたが、不審な動きの正体を掴めるまでは教えてくれそうにない。大雑把な方角を割り出し、ひとまず川沿いに調査をすることとなった。
何故このようなメキシコの奥地に?
何故これほど徹底して隠れるのか?
大した進捗もなく、調査日数だけが伸びていく中で疑問を抱いた。財団は石油などではなく、何かもっと別の、外部からの目に触れさせる訳にはいかない何かを隠したがっているのだ。
例えば米国製の『新兵器』の保管場所。
あるいは有害な『細菌』など未知の新生物の繁殖地。
偵察させていた班から齎された報告を基に考えられたこの推測に、シュトロハイムは恐れるよりも先に野心に燃えた。そんな傲慢さが寧ろ好きだった。力強い精神、
確かに同じ任務に就いて、ほとんど対等な接し方をすることも許されているが、それで『隣に並んでいる』とは思えない。神を崇め奉るのとは違う。自分の尊敬するこの少佐は今我々に見えているよりももっとずっと大きな存在なのだ。
ドイツが栄光を取り戻し、歴史上最も偉大な国へと到達すれば、彼は輝きを増してその全貌をあらわにする。その時も彼の隣にいられるのなら、ついにモーリッツは『真にドイツと共にある』ことを高らかに、尊大に、胸を張って世界へと喧伝できるだろう。
例えその過程で多くの血が流れるとわかっていても、だ。
「さて行くとするか。今日は何だったかな」
「口の中が甘ったるいので、口直しになるものだと良いですね」