ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第97話 いっそ嫌う事ができたなら

 その夜、半ば追い返されるように秘密酒場(スピークイージー)を出たミカエラはHunter's rustplaatsにいた。

 

「ってな感じで私は追い出されたって訳! いったいぜんたいどうなってるのあそこ!?」

 

 秘密酒場(スピークイージー)で受けた仕打ちをぶちまけたミカエラがカウンターテーブルを叩く。一方、頬杖をつき、面倒そうな表情で話を聞いていたアルバートは、それの何が問題なのかと言わんばかりに首を傾げてみせた。

 

「そりゃまあ……お前さんが悪い」

「はぁ!? どうしてよ!?」

「どうして……って明嗣に無理矢理立て替えさせる形であそこに入ったんだろ? ああいう所、というかこの業界は信用が第一だ。なのに、それを馬鹿にしたような方法を取ろう物なら、殺されても文句は言えないだろ。お前さん、今ここでブチ切れて居られる事に感謝する所だぞ。いったい何のために独自通貨で取引してると思ってんだ」

 

 アルバートの言う事に、ミカエラは図星を突かれたような苦しげな表情を浮かべる。そういえば失念していた。この男も、普段坊やと呼んでいるあの半吸血鬼も、表向きの顔を持っているだけで、たまたま人を守っているだけの無法者(アウトロー)だった。そんな奴にアウトローからイジメられたと泣きついても、「それの何が問題なのか?」と返されるに決まっている。

 話す相手を間違えた、と肩を落とすミカエラ。すると、横で話を聞いていた澪が心配するような表情を浮かべた。

 

「そんな危ない所に行って明嗣くん、大丈夫かな……。ほら、明嗣くんって仲良くなれそうなタイプが少ないっていうか……」

「たしかに……。愛想が悪いっていうか、絡まれやすいっていうか……」

 

 澪の言葉に鈴音も続く。ぶっきらぼうな明嗣の物言いに反感を覚えた者がトラブル起こすのではないか、そんな心配が澪と鈴音の頭を過ぎる。だが……。

 

「それが彼、私達に対してのあれは何なの、ってくらい気さくだったわよ。強面のおじさんから娼館のお姉さんまで皆友達って感じだったわ」

 

 気に入らない、と言いたげにミカエラが鼻を鳴らす。一方、聞きなれない単語を耳にした女子高生2名はピンと来ないと言った表情で揃って首を傾げる。

 

「しょう……かん……?」

「って何? カードゲーム?」

「おい、分かってないみたいだぞ。教えてやれよ」

 

 アルバートが見かねてミカエラに説明を促す。だが、ミカエラは先程の事を根に持っているのか、そっぽを向いた。

 

「そっちが教えて差し上げれば良いでしょ。私より()()()だろうし」

「やだね。俺が説明したらセクハラになるだろうが」

「はぁ〜……。仕方ないわねぇ……。2人とも、ちょっとこっちへ来て耳を貸しなさい」

 

 明嗣が今どういう所にいるのか、その詳細を説明するためにミカエラは、澪と鈴音に手招きをした。せめてもの配慮として、アルバートは両方の耳の穴へ指を突っ込む事でこれから話す事を聞こえないようにする。準備ができたの確認すると、ミカエラは娼館とはどういう所なのかを説明した。その結果、澪と鈴音は瞬間湯沸かし器のような勢いで顔が赤くなった。

 

「だ、だだ、駄目に決まってるじゃないですか、そんなの! 明嗣くんはまだ高校生ですよ!?」

「そうだよ! なんでそんな所に置いて来たの!?」

 

 なぜ、そんな所にいる明嗣をほっぽり出した。怒り出した澪と鈴音を前に、ミカエラは肩を竦めて見せる。

 

「そう言われてもねぇ……。私が帰りなさいと言った所で素直に従うと思う?」

「だとしても! 無理やりにでも引っ張って連れ帰る所でしょ、そこは!」

「鈴音ちゃんの言う通りですよ! そんなふ、不健全な所に置いてくるなんて!」

「まぁまぁ、2人とも落ち着けって。あそこにいる奴らはそこら辺しっかりしてるから、想像している事にはならねぇって」

 

 どうやら耳を塞がなくてはならない所は過ぎ去ったようなので、アルバートが話に復帰して窘めた。

 

「ちゃんと相手は選んで商売しているしな。いくら()()()()だからって、高校生相手に――」

「でも」

 

 澪がポツリと口を開いた。

 

「明嗣くんがそういう人達と仲良く話したりするのは……なんとなく嫌です」

 

 どうしてそう思うのか、澪自身よく分からない。だが、色恋で商売している者と明嗣が親しく話している所を想像すると何故だか分からないけど、心の中がざわついてモヤモヤする。

 

「だから、そういう所に明嗣くんが出入りして欲しくない……」

「たしかに……。それにいつかとんでもない事に巻き込まれるかもしれないし……」

 

 鈴音が澪の言う事に頷く。秘密酒場(スピークイージー)という場所は条件さえ満たせばどんな仕事でも受ける事ができる。たとえ、それが身の丈に合わない内容の物であってもだ。その上、依頼内容がいつも真実であるとも限らない。

 場の空気が一気に沈む。まだ2、3ヶ月ほどの付き合いだが、それでも危険な場所に出入りしているのを放っておけるほど情が薄くもない。心配する澪と鈴音の心境が通じたのか、店の固定電話の音が突然鳴り響く。

 

「Hunter's rustplaats」

『久しぶり、マスター。明嗣だ』

 

 なんと、電話をかけてきたのはちょうど話題の明嗣だった。アルバートは静かにしろ、と伝えるために人差し指を唇に当てた。

 

「おー、どこほっつき歩いてると思ってたら、秘密酒場(スピークイージー)にいるんだって?」

『さてはあのシスターが泣き付いて来たな? まぁ良いや。いつまでもダラダラしてる訳にも行かなくてさ。どうやらそっちは閑古鳥が鳴いてるみてぇだし、出稼ぎでもしてみようかと思ったんだ』

「この野郎……!」

 

 分かってて言ってるのかこのガキ、と言わんばかりに電話の向こうで笑っているであろう明嗣にアルバートは歯ぎしりする。正直に言えば、依頼は来ているのだ。鈴音一人では捌ききれないほどの量が。だが、あえて明嗣に連絡はせず放置しているのだ。理由はもちろん、きちんと正面きって澪と鈴音と話し合え、という言葉なきメッセージである。だが、明嗣は来ない。待てども待てども、姿を見せない。そして、電話をかけて久々に声を聞いたと思ったらこれだ。嫌味の一つでも返して受話器を叩きつけてやろうかという考えが頭を過ぎる。だが……。

 

『久しぶりの挨拶もした所で本題に入るとな。気になる情報を手に入れたから、マスターにも教えとこうかと思ってさ』

 

 実行に移す前にアルバートは手を止めた。どうやら、受話器から聞こえてくる声のトーンからして、明嗣は真面目な話をしたいらしい。

 

「ほー? 今まで姿を見せなかった分の価値はあるんだろうな?」

『どうかな……。その分の価値があるかは分からねぇけど、頭の片隅には留めといた方が良いと思うぜ』

「あ、ちょっと待て」

 

 アルバートは固定電話をスピーカーモードに切り替えて、周りに聞こえるようにした。

 

「良いぞ。言ってみろ」

『最近、妙な行方不明者が立て続けに出ているらしい。仕事や飲み会帰りに美女に誘われてふらり、っていうお決まりの奴さ。ただ、その美女の特徴が燐藤と似ているって話らしいぜ』

 

 明嗣が告げた内容に、この場にいる者全員に緊張が走る。ついに茉莉花が動き出したのだ。さらに、明嗣はこれからが重要だとばかりに続ける。

 

『それで、俺が提供した情報を元に燐藤の首に1000万の懸賞金が掛かった。“切り裂きジャック”に比べりゃ、大した事ねぇ額だけど、こっちにいるハンターは皆揃いも揃って目を輝かせてたよ。山分けを条件にチームを組んで狩ろうって声掛けてる奴もいた』

「ほー。で、お前はどうするんだ?」

『俺は……』

 

 今回、標的である茉莉花と一番因縁が深いの明嗣だ。それに、1000万円の懸賞金も追加されたのだ。まさか黙ってそのまま見過ごす訳はないだろう。電話の向こうで、明嗣が考え込むように黙り込む。そして、明嗣は答えを告げた。

 

『俺は1人でやる。元々、俺が取り逃した獲物だ。俺が始末をつけるさ』

 

 やはりと言うべきか、明嗣も今回の件に乗り気のようだ。だが、アルバートにとってそれは重要事項ではなかった。肝心なのは()()()だ。

 

「で、その後はどうするんだ」

『その後?』

「お前、ずっとそのまま秘密酒場(スピークイージー)の方にいるのかって聞いてんだよ。澪ちゃんと鈴音ちゃんの事はずっと放置か?」

『それは……』

 

 電話の向こうで黙り込む明嗣。まるで、どうしたら良いのか分からず困っているようだ。明嗣が言葉を探すように何も言えないでいると、今まで黙って話を聞いていた鈴音が電話に呼びかけた。

 

「明嗣、あのさ! あの時の事は――」

『悪い。それは終わってから考えるわ。まず、そういう事だ。じゃあな』

 

 最後まで言わせるか、とばかりに明嗣は一方的に通話を切った。通話が切れた瞬間、アルバートはどうしたものかと言いたげに腕を組んだ。

 

「明嗣め……。澪ちゃんか鈴音ちゃんのどっちかが出てきたらこうするつもりだったな……」

「やっぱりもう戻って来るつもりがないんじゃ……」

 

 落ち込むように鈴音が目を伏せた。その隣では、澪が心配するように沈黙した電話を見つめる。

 

「明嗣くん……」

 

 

 

 同時刻。電話を切った明嗣は、疲れたように息を吐いた。

 現在、明嗣は交魔市繁華街エリアでバイクのブラッククリムゾンのシートに腰掛けていた。とりあえず、伝えるべき事は伝えたと思う。だが、答えなければならない事には何も答えられてはいない。今回の茉莉花の件が片付いたら、いったいどうしようか。すっかりと日が落ちて群青に染まった空を見上げ、明嗣はこれからの事を考える。

 このまま戻るのはたぶんできない。と言うより、どういう顔で戻れば良いのか分からないのが正直な所だ。今回の一件で澪と鈴音、二人との関係はもう壊れてしまっただろう。それだけの事を口にした自覚はある。

 

 どうすっかなぁ……。

 

 はぁ、と明嗣は再びため息を吐く。あのまま通話を続けていたら、きっと「もう気にしていない」だとか、「許す」だとか、そういう優しい言葉を聞く事になっていただろう。だが、それでは駄目なのだ。それでは、明嗣は絆されてしまいそうになってしまうのだ。

 鈴音と澪が邪悪な一面のない、優しい女の子というのは分かっている。だが、人は変わっていく物だ。いつか、悪い方向に彼女達が変わっていく可能性も否定できない。いや、隠しているだけの可能性だってある。

 なぜなら、言葉という物は無力な物だから。その一例が結婚生活や恋人など、パートナー関係。最初は円満でも、時の経過で険悪になる事例はザラにある。中には殺したいほど相手を憎む事だってある。そして、その果てに待っているのは、いつも“血の海(ブラッドバス)”。もううんざりする程見てきた結末だ。

 そして、その後始末をする羽目になる度に、明嗣は思うのだ。もう永遠の愛(おままごと)後始末(あとかたづけ)に巻き込まないでくれ、と。

 だからこそ、明嗣は澪と鈴音から距離を取る。そのように変わっていく彼女達を見たくないから。もう、誰かに期待をするのに疲れてしまったのだ。

 見えないモヤを振り払うように頭を振った明嗣は、ヘルメットを被りブラッククリムゾンのエンジンを始動させた。何はともあれ、生活費を稼ぐ目処(めど)は立った。早速、吸血鬼を狩る依頼も受ける事もできたので、明嗣は手早く片付けるべく夜の街へ走り出した。

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