ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第101話 距離感

 自分が来る直前、何があったのか聞いた澪は、すぐそこにまで危険が迫っていた事に驚きの声を上げる。

 

「えぇ!? さっきまで吸血鬼がいたの!?」

「そうなの。だから大変だったんだよ? 簡単に背中取られたし」

「これからは影に入られても分かるように探知機も仕掛けた方が良いかもなぁ……。作れるか分からんが」

 

 緊張が解けて疲れたのか、ぐったりとした様子で返す鈴音とこれからの事を思ってぼやくアルバート。そんな2人へ、澪は心配の表情を浮かべた。

 

「2人共、怪我してない? どこか噛まれたりとかは……」

「大丈夫。マスターが機転利かせて追い払ってくれたから。ねっ、マスター?」

「ああ。もしものための準備はしとくモンだな……」

「そうなんだ……。良かったぁ……」

 

 2人とも無事だった事を確認し、澪はひとまず安心したように胸を撫で下ろす。

 

「せっかく良いバイト先を見つけたのに、なくなったらどうしようって思った」

「そうなのか? 俺は最近の事もあって、辞めるって言いだすんじゃないかって心配してたぞ」

「言いませんよ。あたし、ここが好きですから」

 

 答えた澪はフロア内に目を向けた。

 

「大変だけど、お客さんは優しい人ばかりだし、ここで皆とお話しているのが楽しくて居心地が良いんです。だから、よっぽどの事がなければ辞めませんよ」

「……そうか。そう言ってくれると助かるよ」

 

 澪の言葉にアルバートは安心したように力を抜く。一方、澪はカウンター席の一角へ目を向けて、少し表情を暗くする。澪が見つめるその席は、いなくなってしまった()()()()の指定席だった。

 

「だから、早く戻って来ないかな……」

「……大丈夫。きっともうすぐ戻ってくるよ」

 

 励ますように鈴音が返すと、澪は笑顔を作って頷く。その後、先程の騒ぎで乱れたテーブルを直した後、何事もなかったようにHunter's rustplaatsは開店した。

 

 

 

 翌日。

 起床した明嗣は、歯を磨きながら昨日の事を思い返していた。

 秘密酒場(スピークイージー)のハンターから死人が出た事。そして、鈴音が秘密酒場(スピークイージー)まで追いかけてきて、全部ぶつけてきた事。

 ぼうっと歯ブラシを動かしながら、昨日の事を振り返っていると、明嗣はふと手を止めた。

 

 あれ? この後、鈴音と顔を合わせるな?

 

 今日は平日なので、学生は学校へ行くのだから考えれば当たり前の事である。だが、昨日の今日で鈴音と顔を合わせるのは、明嗣の中に言いようのない緊張感を芽生えさせる。

 

 やばい……。どんな顔すりゃ良いんだ……。

 

 お互いに本音をぶちまけあったとはいえ、すぐに元の調子で、という訳にはいかないだろう。とはいえ、突き放すのも何か違う。じゃあ、どういう風に接すればいい良いのだろうか。

 そうこう考えていると、口元から歯磨き粉がこぼれた。明嗣はとりあえず口の中をすすぎ、顔を洗う事で熱暴走を起こしそうになってる思考を冷やそうとした。だが、期待した効果はあまり得られず、たださっぱりとした気分になっただけだった。

 うだうだ考えても仕方ないので、明嗣は学校へ登校する事にした。上履きに履き替えて階段に向かうと、道中にある自動販売機の前で澪と問題の鈴音が雑談していた。

 

「それでね……あ」

 

 鈴音と目が合う。問題の瞬間と対面した明嗣は、どうしようかと頭を回し始めた。だが、答えを出すより先に鈴音が動いた。

 

「おはよ!」

「お、おお……。おはよう……」

 

 ぎこちなく返す明嗣。鈴音は戸惑いの表情でいる明嗣に対し、首を傾げた。

 

「何、その反応。アタシ、何かおかしい?」

「いや、そんな訳じゃねぇけど……」

「なら普通に話せば良いじゃん! なんで人見知りみたいになってるの?」

「昨日の今日でどういう距離感なのか分かんねぇんだよ! ったく、あれこれ考えてた俺がバカみてぇだろ……」

「そうそう、その調子! やっぱり明嗣はそうじゃないと!」

 

 朝にも関わらず、明嗣は疲れたように肩を落とす。どうやら、いらぬ気遣いだったらしい。終わったらもうそれっきりにしようというのが、鈴音の性格のようだ。サバサバしている、というのはこういう事を言うのだろう。

 カラカラと笑う鈴音の隣で、今度は澪がおずおずと口を開いた。

 

「め、明嗣くん……。その……」

 

 どう話を切り出そうか、迷うように澪は視線を巡らせる。だが、澪が話を切り出す前に、明嗣は頬を掻きながら気まずい表情で口を開いた。

 

「あー……その、ごめんな。迷惑かけた」

「え? あ、うん。大丈夫……。分かってるから……。でも、ちょっとびっくりしちゃった。明嗣くんから謝ってくるとは思ってなくて」

 

 思っても見なかった明嗣の行動に、澪は慌てて首を振る。すると、明嗣申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「その……面倒起こしたから、板挟みでキツかっただろうなと思って……」

「大丈夫だよ! むしろ、明嗣くんの方が大変じゃない? 今、別の所で仕事してるんでしょ?」

「俺の方は問題ねぇよ。やる事は変わらねぇしな」

 

 つまらなそうに返すが、澪の反応に少し安心した表情の明嗣。そんな明嗣に対し、鈴音は少し不満げな表情を浮かべる。

 

「アタシの時と全然違う〜。明嗣、なんか澪にだけ甘くない?」

「今回の事に関しては完全に澪は被害者だったろ。これくらいは当然だ」

「澪だけ特別扱いじゃ〜ん。アタシにも優しくしてよ〜」

「うざ絡みすんな、鬱陶しい。だいたいな、お前はズケズケ物言い過ぎなんだよ。もうちょい慎みっつーのを覚えろ」

「それを言うなら明嗣の方こそもっとデリカシーを覚えた方が良いんじゃないの」

「ンだと?」

「何? 文句ある?」

 

 一触即発の空気が明嗣と鈴音の間に漂い始める。放っておけば再び喧嘩が勃発しそうな雰囲気に、澪がたまらず間に割って入った。

 

「二人ともそこまで! 仲直りしたばかりなのにまたケンカするつもりなの!?」

 

 次第に登校してくる生徒が増えてくる中で、澪にたしなめられた明嗣と鈴音、二人の間に沈黙が訪れる。やがて、明嗣が小さく笑みを漏らした。

 

「なんか久しぶりだな。こういうの」

「うん。ほんと」

 

 明嗣に連られて、鈴音も仕方ないな、と言いたげに微笑みを浮かべる。一方で、喧嘩する意思がない事を理解した澪は安心したように胸を撫で下ろした。

 

「ヒヤヒヤさせないでよ……。もうあんな空気嫌なんだから」

「わーってるよ。つーか、澪はその……怒ってねぇのか?」

 

 若干言いづらそうに口ごもる明嗣。すると、澪の纏う空気が一変した。

 

「あ、分かる? 実はあたし、明嗣くんに言いたい事たくさんあるの」

 

 わぁー……大変ご立腹でいらっしゃる……。

 

 笑顔を浮かべてはいるが、底冷えするような澪の声音に、明嗣は思わず顔を引き攣らせた。覚悟していたとはいえ、こういう時に出てくる笑顔が一番怖い。

 いったん時間を置いて仕切り直した方が良いだろうか。澪と初めて会った時のような警報(アラート)の幻聴が聞こえた明嗣は、逃げるタイミングを測り、足を擦らせる。だが……。

 

「鈴音ちゃん、ちょっと明嗣くん捕まえてて」

「おっけー。任せて」

 

 澪の言葉に従い、逃げようとする明嗣の腕をしっかりと掴む。おかげで、明嗣は身動きが取れなくなり、逃げるタイミングを外してしまう。

 

「なっ……!? 鈴音、てめっ……!?」

「ごめんね? でもアタシ、澪からもお叱りの言葉を受けるべきだと思うんだよね〜」

「ふざっけんな! 良いから離せ!」

「えー? 聞こえなーい」

 

 鈴音のわざとらしい聞こえないフリに、明嗣は頭に血が上る感覚を覚える。一方、笑顔を引っ込めた澪は静か声で呼びかける。

 

「ねぇ、明嗣くん」

「や、その……」

 

 何とか笑って誤魔化せないか、と明嗣はぎこちなく笑顔を作った。しかし、澪はそれで許してくれる程甘くなかった。

 

「明嗣くんがあたしの事をあんな風に思ってたなんて、本当にショックだったよ」

「ッス……」

「あたし、別に明嗣くんの事を利用しようとか、そんな酷いこと考えてないからね」

「それはその……悪い」

「でも、そんな人もいるんだよね……。明嗣くん、嘘つくの下手だし」

「おう、急にチクチク刺してくるな」

「一応褒めてるんだよ? だから、嘘の下手さに免じて今回は許してあげる。でも、次は許さないからね」

「あ、ああ……。どうも……?」

 

 どうやら許してもらえるらしい事に、明嗣は戸惑いの表情で返す。もっと激しく怒られると思っていた分、肩透かしを食らったような気分だ。まだ何かあるのか、と明嗣は身構える。だが、本当にお叱りの言葉は終わりのようで、澪はスッキリした表情で鈴音へ呼びかけた。

 

「じゃあ言う事は言ったし、教室に行こ」

「うん、そだね」

「え、本当にこれで終わりなのか?」

 

 釈然としない様子の明嗣を置いて、澪と鈴音は教室へ向かった。その途中、鈴音は雑談を再開するついでに先程の事に触れた。

 

「あれだけで良かったの? もっと色々言いたい事あったんじゃない?」

「良いの。だって、明嗣くんだけが悪い訳じゃないから」

 

 頷く澪だったが、やはり思うことがあるようで表情は少し複雑だ。

 

「あたしね、明嗣くんが見てきた人はたぶん、あたしのもしもの姿だと思うの。だから、そうならないように神様が明嗣くんを通して警告してくれたんだよ、きっと」

「……かもね。そう考えたら、アタシも気を付けないとな〜。いつバチが当たってもおかしくないし」

 

 冗談めかして返す鈴音だったが、他人事に思えなかったようで自戒するように頷いて見せた。すると、澪は疑るような視線を鈴音へ向ける。

 

「鈴音ちゃん、何かバチが当たるような事したの?」

「冗談! 冗談だから! そんな事しないって! あはは……」

「……本当は?」

「この間マスターが焼いてくれたカップケーキだけど、1個多く食べたのはアタシです……」

「やっぱり! もっと食べたかったのにひどいよ!」

「ごめ〜ん。お詫びに何か奢るから許して〜」

 

 怒り出した澪を宥めながら、鈴音はこの時間をもっと大切にしようと改めて決める。なぜなら、今まで吸血鬼との戦いで生き残ってこれたとしても、明日もこうして笑っていられる確証はないのだから。

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