ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第104話 知らない一面

 放課後になったので、澪と鈴音に「用ができた」と伝えた明嗣はさっそく秘密酒場(スピークイージー)へ向かった。

 中へ入ってバーカウンターに向かうと、テーブルにA4サイズの書類が並べられている。

 席に座った明嗣は、その中から一枚を手に取って目を通して口笛を吹いた。

 

「おー……すっげ。これ全部一人でやったのか?」

「当然だ。今回は少し苦労したがね」

 

 並べられていた書類の正体は、明嗣が依頼した身元調査の結果だった。実は今回、茉莉花と対峙にするにあたり、明嗣には知らなければならない事があった。なので、この街一番の地獄耳で情報屋(ブローカー)である彼に調査を依頼した、という訳だ。

 詳細かつ丁寧にまとめられた調査結果を読みながら、明嗣は感心したように頷いてみせる。

 

「どうりで皆がアンタに調査を頼みたがる訳だ。詳細にまとめられてる割に仕事が早い」

「その分、報酬は弾んでもらうがね」

「懐が寂しい貧乏者には厳しい話ですね……って、ん?」

 

 書類を読む明嗣の手が止まる。手を止めた箇所(かしょ)は、茉莉花の家族についての情報だった。手を止めてしまった明嗣へ、情報屋(ブローカー)は静かに声をかけた。

 

「何か問題のある所があったかね?」

「なぁ、これに書いている事、()()()()()()()()?」

「ああ。()()()()()()

 

 淡々と、一切感情の挟まない仕事人としての返事を聞いた明嗣は、大きく深呼吸して天井を仰いだ。見上げた先では、換気扇のファンが回っている。空気を入れ替えるために回るそれは、まるで自分の頭の中を見たような気分になった。

 

 

 

 明嗣が秘密酒場(スピークイージー)で調査結果の報告を受けていた頃、澪と鈴音は……。

 

「可愛いのあって良かったね」

 

 チョコバナナクレープを片手に、澪が隣を歩く鈴音に呼びかけると、鈴音は上機嫌な様子で頷いた。

 

「うん! でも、完全にアタシ達の趣味で選んじゃったけど大丈夫かな」

 

 返事をした鈴音は、ストロベリークレープを齧りながら両手で抱えた箱へ視線を落とす。現在、彼女らは少し買い物をした帰りの途中、クレープ屋でクレープの買い食いを楽しんでいた。買った物の中には欲しかった物、そして前々から明嗣にプレゼントしようとしていた物が含まれていた。

 

「そういえば、あたし達って明嗣くんの事を何も知らないね」

「遊ぼうって誘っても全然付き合ってくれないからな〜……。澪は一緒に出かけた事あるんだっけ?」

「1回だけね。その時は古本屋で小説とか漫画を買ってたよ」

「あ〜……確かに暇な時はいつもスマホいじってるか、読書してるかのどっちかかも。その時はどんなの買ってた?」

 

 以前、明嗣が「大いなる眠り」を読んでいた事を覚えていた鈴音が、何の気なしに尋ねてみる。すると、その時の事を思い出した澪は、少し引き攣った表情を浮かべた。

 

「どしたの?」

「そ、その時買ってた物は……ちょっと怖かったかな……」

「明嗣ってホラー系イケるんだ。結構雑食なのかな……」

 

 澪の返事を聞いた鈴音が、感心したように頷く。だが、直接その現場に立ち合った澪としては、あまり思い出したくない物だった。1ヶ月経ったとはいえ、今でもたまにあの漫画の内容でうなされる時があるのだ。断頭台によって飛ばされる首や、万力で押しつぶされて飛び散る血飛沫は、しばらく忘れられそうにない。

 再び思い出しそうになったトラウマを振り払うため、今度は澪が鈴音に尋ねる。

 

「鈴音ちゃんも明嗣くんとお出かけした事あったよね? その時はどうだったの?」

「アタシ? アタシの時は……凄いおじいちゃんに会ったかな……」

 

 次は鈴音が顔を引き攣らせる番となった。初めて会った時、明嗣に向けて発せられた鋼汰の怒鳴り声は今も耳から離れてくれないのだ。

 当然の事ながら、現場に居合わせていない澪は不思議そうに首を傾げる。

 

「凄いってどんな風に?」

「そこは雑貨屋の地下で銃を作っている所だったんだけど、明らかに明嗣が入る前に怯えていたんだよね……」

「……嘘でしょ? あの明嗣くんが?」

 

 いつも不遜な態度の明嗣が? 明嗣に対して、そのような印象を抱いていた澪が耳を疑うように返した。一方、鈴音はその時の事を思い出し、小さく笑いながら続ける。

 

「まぁ、話を聞いてみたら明嗣が悪かったんだけどね〜。でも、今時珍しいカミナリ親父? みたいな感じだったから怖がる気持ちもちょっと分かるかな。思わず背筋伸ばしたもん」

「へぇー。ちょっと意外かも」

「だよね。孫の操人さんは優しいお兄さんって感じで、そっちとは肩の力抜いて話していたから、ほんとびっくりしちゃった」

「そうなんだ」

 

 相槌を打ち、澪は少し複雑な心境を滲ませた。

 明嗣にそんな知り合いがいたのか。やっぱり自分と話している時、必要以上に気を使わせているんじゃ? そんな考えが澪の頭を()ぎってしまう。

 考え込んで表情が暗くなる澪。その変化に気付いた鈴音は、すぐさま心配するように声をかける。

 

「澪? どうかした?」

「え? な、なんでもないよ?」

「そう? なんか暗い顔してたから、変な事言っちゃったのかなって思って」

 

 澪の返事を聞き、安心した鈴音は手元の荷物へ視線を落とした。

 

「アタシさ、今回の事で本当に落ち込んだんだよね……。自分の気持ちだけで、明嗣だって傷つく事もあるなんて全然考えてなくてさ……」

「ふふっ……。少し前のあたしみたいだね」

「えっ、そうなの? そんな風に見えないよ?」

 

 思ってもみなかった一言に、意外そうな表情を澪へ向ける鈴音。対して、澪は過去を振り返るかのように遠くを目を向けた。

 

「あたしもね、自分だけの気持ちや価値観でしか考えてなかったよ。あたしと同じ歳の子が銃を持って戦っているのはおかしい、って。そしたら、店長に諭されたの。『その綺麗事のツケを払うのは誰なんだろうな』って」

「そんな事あったんだ」

「うん。それを言われたら、何も言えなくなっちゃった。あたし、狭い世界しか見てなかったんだって思ったよ」

 

 と、語り終えた澪がバツが悪そうに笑う。すると、鈴音は再び手元へ視線を落とした。

 

「そっか……。ほんとにダメだね、アタシ。何も考えてなくて。何かあるって分かってたはずなのにな……」

「そうなの?」

 

 今度は澪が驚いた表情を鈴音へ向ける。一方、視線を落としたままの鈴音は自嘲するかのような笑みを浮かべ、澪へ語り出した。

 

「前、一緒に帰ろって明嗣を無理やり引っ張った事あったんだけどね……。その時、ちょっと壁を感じたから、『前に何かあった?』って聞いた事があったの。そしたら、明嗣は『何も無い』って言ってたけど、何かありましたって感じで……」

「そうだったんだ」

「今思えば、明嗣が怒るのも仕方ないよね。友達を殺されたんじゃ……ね……」

 

 罪悪感が蘇ってきたのか、鈴音の自嘲気味な笑みが落ち込んだ物へ変わってしまった。すると、暗くなった鈴音を気遣ってか、澪は少し考え込むと静かに言葉をかける。

 

「でも……また戻れたんだから良いんじゃないかな?」

「え……?」

 

 予想外の返事に驚いた鈴音が顔を上げた。対して、澪は元気づけるように続ける。

 

「あたしのお父さんは戦争している場所にも行って写真を撮る事もあるから。だから、喧嘩してそのまま会えなくなった人の話もいっぱい聞いたよ。そうならなかっただけ良かったな、って思うよ」

「……うん。そうだね」

「それに、明嗣くんって意地っ張りだし、もっとこじれてたかもしれないしね……」

 

 これ以上拗れていたら、いったいどうなっていただろうか。もしもの可能性に思いを馳せ、遠い目をする澪。その隣で、耐えきれなくなった鈴音が吹き出した。

 

「ぷっ! あははは! 澪、それは言っちゃダメでしょ!」

「たしかに明嗣くんが聞いてたら怒っちゃうね、ふふ……」

 

 釣られて澪も笑みをこぼす。実際の所、こうして笑っていられるのも、明嗣の優しさによる物が大きいのだろう。本来、人の心に土足で踏み入る事は許されない事なのだから。今回は許してもらえたが、だからと言って次は許してもらえるとも限らない。

 言葉にしないが、甘えてばかりいられない、という思いが鈴音の気を引き締める。澪も同様に、自分の事と思い背筋を伸ばす。

 やがて、二人の帰り道が分かれる時が来た。

 

「じゃあ、あたしはこっちだから」

「うん! 続きはレインでね!」

 

 別れの挨拶をして、鈴音は自宅に向かい始めた。そして、歩きながらふたたび抱えた箱に視線を落とす。

 

「明嗣、喜んでくれるといいな……。アタシ達も使うし」

 

 渡した時の明嗣がする反応を思いながら、鈴音は大切に箱を抱え直す。渡す場所はHunter's rustplaatsなので、それまでは大切に保管しておかなければならない。

 住んでいるアパートに帰宅した鈴音は、すぐに夜の準備に入り、クローゼットの中から本日着る仕事着を選定する。

 

 今日は……これにしよっか。

 

 藍色のパーカーと黒のショートパンツを選んだ鈴音は、すぐに制服から着替える。そして、髪を纏めるためにヘアゴムを手にして、姿見鏡の前に立つ。

 

 うん。良い感じ。

 

 おかしな所がないか確認して、鈴音は満足気な表情で頷いた。そして、愛刀や死者の血液が充填されたクナイなどの仕事道具一式を用意する。

 

 そろそろクナイの補充しなきゃなぁ……。あとは……ヤバ! コンタクト、これで最後じゃん!

 

 と、使い捨ての物のチェックしていると、突如スマートフォンが通知音を鳴らす。

 

 澪かな?

 

 向こうも帰宅したので、その連絡だろうか。鈴音はベッドに横たわったラッコのぬいぐるみを拾いあげると抱きかかえて、空いたスペースに腰掛ける。

 通知を確認すると、やはり澪からのメッセージだ。だが、その内容は少し雰囲気が違う物だった。

 

 澪:ちょっとボイチャしても良い?

 

「どうしたんだろう……」

 

 首を傾げつつ、鈴音は「いいよ」と返信する。すると、間髪入れずにレインのボイスチャットのコールが返ってきた。すぐに応答のボタンをタップした鈴音は、スマートフォンを耳に当てた。

 

「もしもし? 澪? ボイチャなんてどうしたの? アタシ、これから……」

「こんばんは♪」

 

 返ってきた声を聞いた瞬間、鈴音は背中へ氷を突っ込まれたような感覚に陥った。なぜなら、今話している相手は澪ではなく、明嗣を狙う真祖である茉莉花だったのだから……。

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