ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第106話 夜の蝶は影の中で舞う

 時計が23時を指した。

 茉莉花の要求に従い、鈴音は一人で指定された集合場所である交魔市駅前にやってきた。本日の運行は終了しているので、周辺の様子は閑散としており人は少ない。

 コツ、コツ、と鈴音の靴音だけが、やけによく響く。やがて、鈴音は駅舎を背もたれにして、その場に座り込む澪の姿を見つけた。

 

「澪!」

 

 無事を確認するために澪の元へ駆け寄ろうとする鈴音。だが、間に立ち塞がるかのように、アゲハ蝶の大軍が鈴音の前に現れる。

 

「何……」

「ちゃんと時間通りに来てくれたんだ。感心感心♪」

 

 声が聞こえると同時に、集まるアゲハ蝶が人の輪郭をかたどっていく。そして、集まる蝶の中から茉莉花が姿を現した。

 

「もしかして、約束を破って他の人も連れてくるんじゃないか、ってちょっと心配だったんだ〜」

「ナメないで。あんたなんか、アタシ一人でも……」

 

 鈴音は不快感を隠そうともせず、啖呵を切ろうとした。だが、最後まで言い切る前に茉莉花の姿が影に溶けて消える。すぐさま、意識を警戒モードに切り替えた鈴音は刀を手にして柄に手をかけると、耳元で囁く声が聞こえた。

 

「こ〜んな簡単に背中から近付けるのに?」

「――ッ!?」

 

 すぐさま、鈴音は鯉口を切り背後に向けて刀を振った。だが、手応えがなく刃は文字通り空を斬る。刀の出すひなりの後、バス停の時刻表の影から茉莉花の楽しむような声が聞こえた。

 

「すご〜い! 結構敏感に反応するんだ?」

「でないと死んじゃうで……しょっ!」

 

 鈴音は刀を順手から逆手に持ち変える。そして、体勢を低くしてアスファルトを蹴り、一息で茉莉花の懐に潜り込む。その勢いのまま、鈴音は逆手の刀を茉莉花の首に目がけて振った。だが……。

 

「わっ!」

 

 迫る刃に茉莉花は驚いた声を上げる。しかし、刃が茉莉花の首が入った瞬間、茉莉花の身体が無数の蝶となって周囲へ散っていく。

 

 またそれ!?

 

 きっと、刃の入った皮膚の部分なのだろう。鈴音の足元に2つに裂かれた蝶の死骸が舞い落ちる。その後、再び集まった無数の蝶の中から姿を現した茉莉花は、勝ち誇るように微笑みを浮かべる。

 

「惜しいねぇ? 次はちゃんとした持ち方で振ったら?」

「あんた、本っ当に……!!」

 

 茉莉花の挑発に、鈴音は舌打ちする。通常、逆手での刀を振る速度は順手のそれに比べて遅い。だが、体勢を低くした状態の順手持ちでは柔らかい土と違い、刃先がアスファルトの地面に接触した事で刃こぼれするかもしれないので、それを嫌ったゆえの逆手持ちだった。結果はこの通りだったが。

 

「じゃあ、これなら!」

 

 刀を逆手から順手に戻した鈴音は呪符を用いて自分の使役する式神の一体、朱雀を()ぶ。舞い散る火の粉と共に、自分の肩に降り立った赤い鳥へ、鈴音は茉莉花を指さしながら呼びかけた。

 

「朱雀、お願い!」

 

 抽象的な指示だが、鈴音のやりたい事を汲み取った朱雀は大きく羽根を広げて飛び立った。その後、大きな羽ばたきと共に茉莉花の足元から火柱が上がる。

 

「きゃあ!?」

 

 襲いかかる炎の風に茉莉花が悲鳴を上げて飛びのいた。その反応に手応えを感じた鈴音は、切っ先を茉莉花の心臓に向けた。

 

 いくら変身して分裂しても、さすがにこの範囲の炎は避けられないでしょ……!

 

 攻撃が当たった瞬間に変身して分裂するのなら、それを織り込んだ戦いをやれば良い。これが現在の鈴音が打てる最善手だった。茉莉花が怯んだ隙に、鈴音は一気に駆け出して茉莉花の首を狙う。だが、その一閃は茉莉花が影の中へ逃げ込んだ事で空振りに終わった。

 

 外した! でも――!

 

 それならそれで、と鈴音は急いで澪の元へ駆け寄る。今はまだ問題ないが、澪が巻き込まれないように配慮する余裕はいずれなくなってくるだろう。なら、その前に澪の安全を確保して逃がす方を優先するべきだ。

 

「澪! 澪、起きて!」

 

 あっさりと澪の元へたどり着いた鈴音は、澪の身体を揺らす。すると、澪は「ん……」と声を漏らして目を開いた。

 

「あれ……鈴音ちゃん……? ここは……?」

 

 寝ぼけ眼で周囲を見回す澪。寝起きで意識がはっきりしない澪へ、鈴音はかいつまんで今の状況を説明を始めた。

 

「茉莉花に澪がさらわれてきた所をアタシが助けに来たの。で、今はアタシが茉莉花と戦っている所。ここまで分かる?」

「さらわれて……? そうだ……。あたし、スマホを渡した後、眠らされて……!」

 

 だんだん意識が覚醒して来たのか、澪は直前の記憶を振り返り始めた。すると、座り込んだ澪の影の中から手が伸びて来て、鈴音の首を掴む。

 

「うっ……くぅ……!?」

「駄目じゃない、そんな事しちゃ。あなたに飽きたらこの子と遊んでもらうのに」

 

 片手で鈴音の首を絞めながら、茉莉花が影の中から出てきて鈴音を掲げるように持ち上げていく。

 

「ぅ……ぁ……!?」

「あぁ……なんか良いね、その表情。ちょっと興奮するかも」

 

 酸素が取り込めない閉塞感から苦悶の表情と共に喘ぐ鈴音に、茉莉花は恍惚の表情を浮かべる。このままでは呼吸ができず、鈴音は窒息してしまうだろう。苦しむ鈴音の様子を前に、澪が思わず叫ぶ。

 

「やめて! どうしてこんな事するの!」

 

 なぜ、苦しむ人を見て喜ぶ事ができるのか。理解できない価値観への恐怖と、その鎖に繋がれて動けない無力感から、澪の悲痛な声が響く。すると、茉莉花は鈴音の首から手を離し、楽しげに返す。

 

「ただの()()()だよ?」

「え……」

 

 思いもよらない返事に、澪は言葉を失った。そうやって苦しめる事がお掃除……? 頭が真っ白になって、何も言えないでいる澪に構わず、茉莉花は一方的に続ける。

 

「だって、邪魔じゃない。明嗣くんにはわたしがいるのに」

「そんな理由で……!?」

「十分でしょ? 好きな人を盗っちゃう奴なんて、みんな死んじゃえばいいよ」

 

 答えながら向けられた茉莉花の表情に、澪は背筋に寒気が走るのを感じた。笑ってはいるが、向けられた眼には一切の光がなかった。何も無い虚無と絶望。そうとしか形容できないような、空虚な眼をしていたのだ。

 

「そ、そんな事しても……」

 

 茉莉花には何も無い。彼女の眼からそれを感じとった澪は恐怖に声を震わせながらも、しっかりとした確信を言葉にして口にする。

 

「そんな事をしても、喜んでくれる人はいないよ……!」

 

 瞬間、茉莉花の表情から笑顔すらも消えた。そして、茉莉花はゴミでも捨てるかのように鈴音を投げ捨て、標的を鈴音から澪へ切り替える。

 

「何? あなたも、わたしには人の気持ちが分からないって言いたいの?」

 

 底冷えするような低い声に、澪は思わず身震いした。

 恐らく、今の自分は猛獣の檻に放り込まれた逃げ場のない羊だ。生かすも殺すも相手の機嫌次第。その時が来たら、あっさりと食い殺される事だろう。だが、それでも澪は毅然とした姿勢を貫く。

 

「明嗣くんは、ずっと苦しんでたよ? 友達が死んだのは自分のせいだって、ずっと自分の事を責めて……。どうしようもなく悲しんでて……。それなのに、どうしてあなたはそれを理解しようとしないの?」

「そんなの、ただ騙されていただけ。わたしの話をちゃんと聞けば、明嗣くんも……」

「俺が何だって?」

 

 突如、茉莉花の言葉を遮り、話に割って入る者が現れた。当然の事ながら、その場にいる全員の視線が声のした方へ向く。

 

「おかしいと思って様子を見に来れば……。どうやら“当たり(ビンゴ)”だったみてぇだな」

 

 間に合って良かった。安心したような表情を浮かべ、「主役は自分だ」と言わんばかりに存在感のある靴音を響かせる少年に、倒れたままの鈴音が力のない声で呼びかけた。

 

「来るのが遅いよ……。死んじゃうと思ったじゃん……」

(わり)ぃ。ここらで人が消えるって情報聞いててよ。ついでになーんか騒がしいからもしかしてと思ってな。生きてるみてぇで何よりだよ」

「ぁ……」

 

 手刀を切りながら、謝罪の言葉を述べる少年に澪が信じられないといった表情で手をつき、唇を震わせる。

 

「め、明嗣くんが来てくれたぁ……!」

 

 よっぽど怖かったのか、もはや大泣きする直前のような表情の澪。一方、やってきた少年、明嗣はゆっくりと歩きつつ周囲の様子を見回す。

 

「どうやら他にはいないみてぇだな……」

「わぁ! やっとわたしを探しに来てくれたんだ! 嬉しいなぁ……。ねぇ、これから――」

 

 嬉しそうな声を共に、茉莉花が明嗣の元へ駆け寄っていく。だが、明嗣は意に返す事もなく、駅のホームですれ違う時のような調子で茉莉花を避けて、倒れている鈴音の元へ向かった。

 

「起きれるか? つーか、なんてザマだよ、おい」

「え……ど、どうして……?」

 

 無視されると思っていなかったのか、茉莉花は戸惑いの表情で固まる。対して、まるで茉莉花がいないかのように振る舞う明嗣は、鈴音の介抱をしつつ、へたり込んだままの澪へ声をかける。

 

「澪の方は……なんも怪我してないみてぇだな」

「どうして何も言ってくれないの……?」

 

 理解できない、と言いたげに茉莉花は身体を震わせるが、明嗣は依然として無視を決め込む。

 

「ね、ねぇ、明嗣くん……?」

 

 さすがに、この状況で茉莉花を無視するのはまずいのではないか。明嗣の背中越しに震えている茉莉花を捉えている澪が不安げに呼びかける。だが、明嗣は問題ないとばかりに澪へ手を差し出す。

 

「立てるか? 立てるんなら、鈴音連れてここから……」

「無視しないでよ!」

 

 耐えきれなくなった茉莉花がついに叫んだ。すると、明嗣は……。

 

「キャンキャンうるせぇな……。そんなに吠えなくても後でたっぷり相手してやるから大人しく待ってろ」

 

 瞬間、茉莉花は自分へ向けられた明嗣の眼に言葉を失った。向けられた眼差しの先には、間違いなく自分がいるはずなのに自分の姿がない。そうとしか感じられないような、冷たく無機質な眼。黒と紅。普通の人よりも彩りの多い双眸なのにも関わらず、明嗣が自分へ向けてくる瞳は何の感情も感じられない、物を見る時のそれと同じだった。当然、そんな目を向けられる理由に心当たりのない茉莉花は、信じられないと言いたげに首を振る。

 

「どうして……? どうして、そんな目をわたしに向けるの……?」

「“仏の顔も三度まで”っつーけどな、残念ながら俺は仏じゃねぇ。こうやって、二回も知り合いに手ぇ出されて我慢できるほどお人好しじゃねぇんだよ」

「明嗣くん……?」

 

 それは、明嗣が澪に初めて見せた表情だった。怒りの感情は確かにある。だが同時に、何をやっても救えない、その事を憐れむかのような哀しみが混ざりあった表情を浮かべていたのだ。

 

「悪ぃ、澪。鈴音を連れて逃げろ。あとは俺がやる」

「何言ってんの……! アタシはまだ……」

 

 明嗣から逃げるように促され、鈴音は抗議の声を上げた。だが、明嗣は澪の手を引っ張り、無理やり立ち上がらせつつ、首を横に振る。

 

「これから聞きたくねぇ話をする事になる。聞く人数はできるだけ少なくしてぇ」

「どんな話なのかな? わたしはいても構わないけど?」

 

 余裕の笑みを浮かべ、茉莉花が話に割って入る。自分の能力なら絶対に負けるはずがない。そう確信しているゆえの余裕だ。一方、明嗣はその茉莉花の余裕に対して、冷水を浴びせるような一言を言い放つ。

 

「お前の過去について調べてもらったよ、燐藤」

「え……」

 

 その一言を聞いた瞬間、茉莉花が動揺の表情で浮かんだ。そして、少し後ずさる茉莉花に対し、明嗣はさらに追い打ちを掛けるように続ける。

 

「お前、()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いた途端、茉莉花は放心状態で固まった。

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