ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第109話 羽化

「どうして……!? わたしの何がダメなの!?」

 

 明嗣から再び突きつけられた拒否の返事に、茉莉花は理解できないと言いたげにその理由を尋ねる。呼びかける声は悲痛そのもの、これで駄目ならもう死んでしまおうと言い出しそうな勢いだ。一方、腰のホルスターに手を伸ばして双銃を抜いた明嗣は、静かにその理由を語りだした。

 

「ずっと、考えていた。いったいどうやったらこんな事にならかったのかな、ってな。自分の心に嘘ついてお前と付き合ってりゃ良かったのか、ってずっと考えていた」

「それなら――!」

「でも」

 

 口調自体は静かな物だが、明嗣の声はヒステリックな茉莉花の声を黙らせるには十分すぎる力が宿っている。

 

「お前と恋人関係になって、燈矢がどんな顔するかを考えたらできなかった。アイツはお前の告白にどう返事したら良いか、俺に相談してきたんだぜ。それが自分を弄ぶ嘘だとも知らないでな。俺も本気だと信じて真剣にどうしたら良いか考えて相談に乗った」

 

 右手の銃、ホワイトディスペルを回す明嗣は、語りながら茉莉花を睨む。

 

「お前はそういう俺達の気持ちを踏みにじった。いや、俺はどうでもいいな。裏切りなんて裏社会(こっち)の世界じゃよくある話だ。お前を本気で信じていた燈矢の気持ちをコケにしやがった。俺にはそれが許せねぇ」

 

 ずっと立ち止まって悩んでいた。茉莉花を化け物にしてしまった原因は俺にあるのか、と。あの時、自分に嘘を吐いて茉莉花の告白を受け入れていれば良かったのか。燈矢を殺したのは自分なのか、と。気が付いたら、そればかり考えていた。

 だが、ある日、立ち止まって動けなくなった手を引いてくれる者が現れた。しかも、かつての茉莉花と同じ、普通の女の子だ。放っておいて欲しかったから突き放そうとしたけれど、いなくなる所か逆にもっと強く引っ張るしつこさを見せてきた。あまりにもしつこく引っ張る物だから、いつの間にかその先に何が待っているのか見てみたくなってしまった。だから……。

 

「もう終わりにした。どうにもなんねぇ事をウジウジ悩むのはやめて、俺は前に進む」

 

 クルクルと回るホワイトディスペルの銃把を捉えた明嗣は撃鉄を起こす。人と吸血鬼の混血である事を象徴する黒と紅の双眸には、かならず仕留める、という確固とした意思の光が宿っている。今、明嗣の眼は地の果てまで獲物を追い立てる狩人の物になっていた。

 

「……だ」

 

 現実から目を背けるように俯いた茉莉花は、今にも消えそうな声でポツリと呟く。

 

「いやだ……! 明嗣くんは……明嗣くんはわたしの……! “意地悪言わないでわたしの物になってよ、明嗣くん!”」

 

 悲痛な叫びと共に、茉莉花の眼が妖しく光る。だが、明嗣に変化は起こらない。首を縦に振るどころか、茉莉花の意思には絶対従わない、と言いたげに明嗣は睨んでいる。

 

「無駄だ。()()()は効かねぇよ。半分だけとはいえ、俺だって吸血鬼だ。よく分かってんだろ?」

「分かりたくないよ! 明嗣くんもダメならわたし……わたしには何も無い!」

 

 もはや半狂乱だった。涙を流しながら、茉莉花は地を蹴り、明嗣へ向けて駆け出す。

 

「逃げろ! ――ッ!?」

 

 澪と鈴音へ逃げるよう叫んだ直後、明嗣は茉莉花の体当たりを正面から受け止める。勢いに任せてアスファルトの上を転がり、茉莉花は馬乗りで明嗣を押さえ付けた。

 

「言っても分からないなら、身体に教えるしかないね。明嗣くんはわたしの物、わたしがいなきゃ生きていけないようにしてあげる」

 

 口を歪め、茉莉花は明嗣の首筋へ顔を近づける。目的はもちろん、明嗣の首に自分の牙を突き立てて血を吸うためだ。吸血鬼の吸血行為には性的快楽が伴い、噛んだ対象を吸血鬼として己の下僕、眷属にする効果がある。このまま茉莉花が噛みつくのを許してしまうと、明嗣は茉莉花の眷属として死ぬまで支配されることになる。

 

「こんのッ……!」

 

 もちろん、マウントポジションを取られている明嗣は、抵抗するために全身に力を込める。だが、女の身体とはいえやはり茉莉花も吸血鬼。半吸血鬼である明嗣を押さえ付けるだけの膂力はあるようで、純粋な力比べでは勝てそうにない。なので、明嗣は茉莉花へ頭突きを繰り出した。

 

「あっ……!?」

 

 頭をぶつけられて茉莉花が怯む。同時に押さえ付けられている力が弱まり、いくらか押し返す隙が生まれる。

 

「邪魔だってんだよ!」

 

 悪態を吐きながら、明嗣は腹に蹴りを入れて茉莉花の身体を吹っ飛ばす。

 

「よし、アタシも……!」

 

 明嗣が時間をくれたので、少しの(あいだ)だが休む事ができた鈴音は、明嗣に加勢しようと立ち上がる。だが……。

 

「あれ……!?」

「鈴音ちゃん……?」

 

 澪が鈴音に異常が起きている事に気付いた。なんと、立ち上がったまでは良いが、膝が笑って満足に歩く事ができなくなっていたのだ。

 

「鈴音ちゃん! どうしたの!?」

「分かんない……。急にこんな風に……あっ!?」

 

 せっかく立ち上がったのに、鈴音は膝から崩れ落ちて倒れてしまった。さらに、腕や脚など全身が痺れている感覚もあり、動かすのが難しくなっていた。

 

 まさか……毒!?

 

 原因を思い浮かべた鈴音は、全身の血の気が引くのを感じた。こんな事になる原因と言えば毒以外には考えづらい。それも、身体の自由を奪う麻痺毒だ。だが、いつ毒を取り込まされたのか、その心当たりがない。

 なんとか動かせないか全身に力を込めるが、全身が震えて満足に動く事ができない鈴音。その鈴音の様子を受け、澪は明嗣へ呼びかける。

 

「明嗣くん! 鈴音ちゃんが動けないの! どうしよう!」

「悪いがそっちに気を回す余裕が……っぶね!?」

 

 のけぞった明嗣の目の前を茉莉花の手刀が通り過ぎる。鋭く尖ったその爪は、付け爪ではなく本物のようで、鼻の頭をかすめた際に皮膚が裂けた。

 

「ンのやろッ!」

 

 のけぞった隙を埋めるために明嗣はバク転で後退する。その後、牽制のために両手の銃を一回ずつ発砲した。しかし、すぐに姿を隠す事ができる茉莉花には当たらず、明嗣が放った銃弾は道路にクレーターを作るだけに終わる。

 

 どこに消えやがった?

 

 姿を隠した茉莉花を探し、明嗣はそこらの物陰に銃口を向けてクリアリングをする。“切り裂きジャック”が澪を攫った時や、ジル・ド・レとの戦いから考えて、もう真祖には影の中に潜伏できる能力があると見て良いだろう。しかし……。

 

 ん?

 

 ふと、明嗣の右手にアゲハ蝶が一匹止まる。放っておいてもなんて事ないが、周りを飛び回られては少し鬱陶しい。なので、明嗣は右手を振り回し、そのアゲハ蝶を追い払おうとする。だが、その前にその蝶の正体を知っている澪が危険を知らせるために叫ぶ。

 

「明嗣くん、気をつけて! その蝶は――」

 

 だが、澪が情報を伝え切る前に明嗣へアゲハ蝶が殺到する。

 

「何だ!?」

 

 全方位を蝶に囲まれた事で、明嗣は双銃の引き金を引けなくなってしまった。下手に撃つと、澪と動けなくなった鈴音に当たる可能性があるからだ。やがて、群がる蝶は人の形を成して、明嗣を背後から抱きしめた。

 

「やっと捕まえたよ。これでもう逃げられないね?」

「そういう事かよ……」

 

 蝶の正体を理解した明嗣が、忌々しげに舌打ちする。どうやら、茉莉花の真祖として使える能力は己の身体を蝶として分裂させる変身能力のようだ。変身した蝶そのものに攻撃する力はないようだが、こうしていともたやすく背後を取られたり、攻撃を避けられるのはなかなかの脅威と言える。

 

「もう離さないよ。これから明嗣くんはわたしとずっと一緒にいるの」

「残念だがそうはいかねぇ、よッ!」

 

 明嗣は背後に足払いを繰り出し、茉莉花の体勢を崩した。その後、背後から伸びる手を掴んだ明嗣は背後を向きながら、クランクを回す要領で茉莉花を回して地面へ叩きつける。

 

「あん!」

()いてんじゃねぇよ、終わりだ!」

 

 全身を打ち付けられて痛みに悶える茉莉花の頭を狙う明嗣。だが、引き金を引き切ると同時に、茉莉花は再び無数の蝶に変身して逃れる。

 

「ったく……銃じゃ(らち)が明かねぇな……」

 

 明嗣は右手のホワイトディスペルをクルリと回してホルスターへ収める。そして、アクセルグリップを手にした。

 

 使わねぇつもりだったけど仕方ねぇ……。コイツの出番だ

 

 明嗣は腰に忍ばせていた部品を組み立て、最後の仕上げとしてアクセルグリップを接続する。明嗣の真祖としての異能を具現化した大剣、炎刃クリムゾンタスクだ。完成したクリムゾンタスクを地面に突き立て、明嗣が力いっぱいグリップを捻る。するとクリムゾンタスクは、内蔵されたエンジンで空気を震わせるほど力強い咆哮を上げる。

 一方、人の姿に戻った茉莉花は虚ろな眼で明嗣へ呼びかける。

 

「どうして……? どうしてわたしを受け入れてくれないの……?」

 

 こんなにも愛しているのにどうして? 自分を受け入れてくれない明嗣に、茉莉花は悲痛な声で呼びかける。対して、引き抜いたクリムゾンタスクを肩に担ぎ、足の調子を確かめるようにつま先で地面を叩く明嗣は、面倒そうにため息を吐いた。

 

「まだわかんねぇのか? なら、はっきり言うけどな。燐藤、お前は――」

 

 茉莉花の過去を調べてもらった時、なんとなく理解した。この少女は自分の事なんて見ていなかった事を。そう。この燐藤 茉莉花という少女は――。

 

()()()()()()()()()、だ。お前は恋人が欲しい訳じゃねぇ。誰かへの想いを胸に秘めて、恋い焦がれている自分が好きなだけだったんだよ」

 

 突きつけられた明嗣の答え。この言葉の一字一句が茉莉花の心に棘となって突き刺さった。反論を返して抜こうとしても、カエシがついた釣り針のように引っかかって、抜けそうにない。喉に何か詰まった表情で何も言えないでいる茉莉花へ、明嗣はさらに追い打ちをかける。

 

「だから、俺が望みを聞き入れたとしてもすぐに冷めちまうよ。カエル化現象つったか? あれみてぇにすぐ俺の事を受け入れられなくなって、すぐに他の奴に気が移っちまうだろうぜ。そんな恋愛ゴッコに付き合ってやる程、俺は暇じゃねぇ」

 

 これがトドメを刺す結果となった。茉莉花の中で()()が壊れる音が鳴った。

 

「なら……」

 

 突如、茉莉花が震えだした。同時に、中で別の生き物が暴れているかのように、茉莉花の身体が膨れ上がっていく。

 

「こんな世界……いらない……!!」

 

 苦悶の表情を浮かべる茉莉花は膨れていく自分の身体に構う事なく、怨嗟の声を吐き出していく。その光景を前に、本能的な危機感を感じ取った明嗣は澪と鈴音に叫ぶ。

 

「おい、なんかやべぇぞ! マジで鈴音は動けねぇのか!」

「そう……言われても……!」

 

 刀を杖代わりに立とうとする鈴音だったが、やはりうまくバランスが取れずに崩れてしまう。一方、なおも膨れる茉莉花の身体にはついにヒビが入る。

 

「わたしを……愛……して……くれない……人がいる世界なんて……!! なくなっちゃえば良い!!」

 

 悲しみと絶望の叫びと共に、蛹だった少女は変態した。

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