ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第110話 目眩の中で

 こんな世界なくなってしまえ。その叫びを上げた茉莉花の身体にヒビが入る。その後、まるで蛹の中から羽化した蝶が出てくるように、茉莉花の身体を脱ぎ捨てた()()が翅を広げた。

 

「なんだ……。何が起こってやがる……」

 

 目の前で起きた光景が理解できず、明嗣は呆然と立ち尽くしていた。ここ最近、まともじゃない吸血鬼との戦い続きで、もう何が起こっても驚かないだろう。そう思っていた。だが、たった今起きたこれは何だ? 少女だと思っていた吸血鬼の中から、異形の化け物が現れたではないか。

 明嗣が混乱している一方、茉莉花の身体を脱ぎ捨てた異形の者は自分の姿を確認すると、穏やかな表情を浮かべた。

 

「ああ……。これが()()()()()なんだ」

「その声、燐藤……なのか?」

 

 何がなんだか分からないまま、明嗣が呼びかけると異形の者はクスリと笑った。

 

「そうだよ。わたしは燐藤 茉莉花。これが新しいわたしだよ」

「ははっ……」

 

 返ってきた答えに明嗣は乾いた笑いを漏らす。どうやら、たった今返事をした異形の少女はついさっきまで戦っていて、世界を呪う叫びを上げた茉莉花らしい。だが、その姿は原型が残っているとは言い難い変貌を遂げていた。

 まず、最初に目を引くのが大きく広がったその翅だ。背中から生えた毒々しい色をしたそれは、蝶のものと酷似している。そして、看過できない変化がもう一つ。それは……。

 

「いよいよ笑うしかねぇな……。新しい自分って、子どもじゃねぇか」

「うん。かわいいでしょ?」

 

 明嗣の指摘に茉莉花はアピールするようにその場でくるりと回る。

 もう一つの看過できない茉莉花の変化、それは子どもの身長にまで縮んでいた事だ。つい先程まで目測155cmから160cmほどだった身長が、今は130cmから135cm程にまで縮んでしまっている。

 

「それにね、今身体がすっごく軽いんだ。だから……」

 

 突如、目の前から茉莉花の姿が消えた。明嗣は消えた茉莉花の行方を探し、わずかな気配も逃さないように気を張る。だが、姿を捉えたときにはもう、茉莉花が拳を構えていた。

 

「遊んでよ!」

 

 嘘だろ!?

 

 とっさに明嗣はクリムゾンタスクで茉莉花の拳を受け止める。だが、威力を殺しきれずに後方へ吹っ飛ばされてしまう。

 

「そのナリのどこにこんだけの力が――」

 

 なんとか茉莉花の拳を受け止め、息を吐こうとした瞬間だった。落ち着く時間など与えるか、とばかりに茉莉花は明嗣の懐に潜り込んでいた。

 

「なっ……!?」

「えいっ!」

 

 いたずらっ子のように笑い、茉莉花は明嗣の腹に拳をめり込ませた。その拳はじゃれるような正拳突きにも関わらず、威力は明嗣の身体を折り曲げる威力を持つ。

 

「ぐっ……ァ……!?」

「ばぁ♪」

 

 くの字に曲がった事で顔が突き出た明嗣の顔面に、茉莉花のアッパーカットが襲う。

 

「ツゥ……!」

「な〜んだ。明嗣くんってこんなに弱いんだ……。がっかりだなぁ……」

 

 つまらなそうに口を尖らせる茉莉花。一方、アッパーを叩き込まれた明嗣はフラつきながら立ち上がると、血の混じった唾を吐き捨てる。

 

「その割にはずいぶん手間取ってんじゃねぇのか」

「だって、簡単に殺しちゃつまんないじゃない。もっと楽しませてよ」

 

 本当に楽しい。茉莉花はやっと本当の自分に出会えたと言わんばかりの開放感に溢れる晴々とした表情を浮かべる。対して、明嗣は嘲笑でもするかのように鼻を鳴らした。

 

「はっ。どうやら、やっと中身とナリが一致したっつー訳か」

「何が言いたいの?」

 

 なぜそんな馬鹿にしたような物言いをするのか。楽しい気分に水を差す明嗣へ、茉莉花は不快感を露わにする。すると、明嗣は皮肉げな冷笑を浮かべて見せた。

 

「人間辞めたガキにお似合いの姿だと思うぜ。いつまで経っても実らねぇ恋にこだわったごっこ遊びから卒業できねぇ哀れなお子様――」

「うるさい!」

 

 最後まで言い切る前に茉莉花の拳が明嗣を襲う。再びクリムゾンタスクの刀身で受けようとする明嗣だったが、今度は防御が間に合わずもろに拳を食らってしまう。

 

「ウグッ……!?」

「こんな事になったのも明嗣くんのせいでしょ!」

「ガハッ!?」

「明嗣くん!」

 

 なす術なく茉莉花に殴られっぱなしの明嗣に、澪がたまらず叫ぶ。このままだと殴り殺される事だろう。

 

「め……いじ……!」

 

 なんとか加勢できないかと、鈴音も立ち上がって刀を抜こうとする。だが、やはり麻痺毒に侵された身体ではうまく動けない。召喚した式神の朱雀も、今の鈴音では力が足りないのか姿を消している。

 

「動……け……!」

「どうしよう……!? このままじゃ明嗣くんが……」

 

 何かできる事はないか。今、自分にできる事は何かと澪は頭を回す。澪に明嗣や鈴音のように戦う力はない。かといって、このままいても足手まといになるだけだ。なら、今の自分にできる事は……。

 

「そうだ……。鈴音ちゃん、スマホ貸りるね!」

「あ、そっか……。分かった」

 

 澪の考えを汲み取った鈴音は小さく頷く。許可をもらったので、澪は鈴音の衣服のポケットを探って鈴音のスマートフォンを取り出した。その後、指紋認証でロックを解除し、澪はある場所へ連絡する。

 

『もしもし、鈴音ちゃん? 今日顔出してねぇがいったい……』

「店長! あたしです! 澪!」

 

 電話を掛けた先はアルバートの店、Hunter's rustplaatsだった。当然の事ながら、こっちの状況が分からないアルバートの不思議がる声がスピーカーの向こうから聞こえてくる。

 

『澪ちゃん? いったいどうした? なんだって鈴音ちゃんの電話で――』

「詳しい事は後で! 鈴音ちゃんが動けないんです! 今、明嗣くんが戦ってて……!」

 

 澪ができるだけ最小限に、かつ現在危機的状況にある事をアルバートへ訴えると、アルバートの声が即座に切り替わった。

 

『今どこにいる?』

「駅前の車がグルグル回って走る……あの……」

『ロータリーか?』

「そう! そこです! そこにいます! 早く来てください! このままだと明嗣くんが……!」

『分かった。澪ちゃんと鈴音ちゃんはなるべく安全な所に避難しろ。今すぐ向かう』

 

 ブツリ、と通話が切れた。これで助けを呼ぶ事はできた。あとは……。

 

「明嗣くん! 今、店長を助けに呼んだよ!」

「グゥ……!? そう……か……」

 

 鳩尾に一撃入れられた明嗣は、跪くと安心したような笑みを漏らした。アルバートが救援に来てくれるのなら、ひとまず安心だ。二人の安全にも気を回しながら戦っていたので、アルバートが来るなら戦いが楽になるというものだ。二人の安全をアルバートが確保してくれるなら、目の前の敵に集中できると言うものだからだ。しかし、それだけではどうにもならない問題が2つ存在していた。まず1つ目は……。

 

 目が追いつかねぇ――!

 

 明嗣はできるだけ最小限の動きで茉莉花の拳打を弾きながら舌打ちした。どういう仕掛けか知らないが、茉莉花の移動速度が速すぎて眼で追いきれず、見失ってしまうのだ。慣れてきたとはいえ、次にどこから攻撃をしてくるのか、察知した時にはもう目の前にいる。そんな事が続き防戦一方なのである。そして、もう一つは……。

 

 クソッ! なぜだか知んねぇが、身体の動きが異様に重くて鈍い! いったいどうなってやがる!?

 

 そう。もう一つの問題、それは身体の動きが先程から異様に鈍くなっている事だ。茉莉花が翅の生えた異形の姿に変態してから現在に至るまで、動きが明らかに遅くなっているのが自分でも分かる。しかも、指先に痺れまで出てきた。これはまさか……。

 

 鈴音と同じあれか!?

 

 殴られたダメージのせいか、視界がブレる。まるで酔っているかのように明嗣の視界が歪む。やがて、平均感覚が失われて立っているのがままならないレベルにまで症状が悪化する。

 

「なん……だ……」

「あれ〜? どうしたの? 体調悪くなっちゃった? 土下座してお願いするなら膝枕で休ませてあげても良いよぉ?」

 

 明嗣の異変に気づいた茉莉花が意地の悪い笑みを浮かべて挑発の言葉を投げかける。その挑発に対し、明嗣は首を横に振って、強がるように笑みを浮かべる。

 

「誰が……! お前の気色悪い介抱なんざ必要ねぇんだよ……」

「へぇ〜? じゃあ、こうしちゃおっ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべた茉莉花が小突いた瞬間、明嗣の身体はいともあっさり倒れ、地べたに這いつくばる。その後、起き上がろうとした明嗣の背中を茉莉花が踏みつけた。

 

「ウグァ……!?」

「ほら、降参しなよ。今なら泣いて謝ったら許してあげる」

「こ……ンのッ……!」

 

 勝ち誇るような茉莉花の挑発に、明嗣は歯を食いしばって全身の力を込めた時だった。明嗣の手に一匹の蝶が留まった。

 

「あはっ! しばらく蝶と遊んでたら良いよ。この子たちはね、わたしのかわいいアシスタントで他にもたくさんいるの!」

 

 と、茉莉花が両手を広げた瞬間、茉莉花の周囲に無数のアゲハ蝶が出現する。どれも翅が毒々しい色ばかりで、とてもではないが可愛いとは言い難い不気味なアゲハ蝶だ。しかし、そのアゲハ蝶が明嗣に突如出てきた不調の答えを導き出すヒントを与えた。

 

 そうか……そういう事か!

 

 ならば、どうするべきか。次に取るべき行動が分かった明嗣は小さく笑みを漏らす。

 

「クククッ……。なんだ……。簡単じゃねぇか……」

「なぁに? どうして笑ってるの?」

「いや……。お前を倒す方法を思いついてな……。それがあまりに簡単なモンだから、つい笑っちまったのさ」

「面白いこと言うね。わたしの動きに付いて来れないのに、勝つ方法なんてある訳ないでしょ?」

 

 状況が分かっているのか、と怪訝な表情を浮かべる茉莉花。一方、自分の勝利を信じて不敵な笑みを浮かべる明嗣は、高らかに宣言した。

 

「いいや、予告する。お前は俺にぶった斬られて負ける。自分の浅はかさに足を掬われて泣き叫びながら地獄に落ちるぜ」 

 

 

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