明嗣が放った黒炎の斬撃は確かに茉莉花を捉え、その身を焼き始めた。この後、茉莉花に待ち受けているのは炎に焼かれ、燃え尽きて死ぬまで続く苦しみのみである。
「いやああああ!! 熱い! 熱いよぉ!!」
文字通り身を焦がすその痛みに、たまらず茉莉花は絹を裂くような悲鳴を上げてその場に蹲る。一方、茉莉花を斬り伏せた明嗣は肩で息をするほどに消耗していた。
「はぁ……はぁ……っ!」
心臓の鼓動が早い。頭の中が真っ白になりそうだ。負担が軽くなったとはいえ、この黒い炎を使うと能力の源である血液の消耗が激しい。
やがて、呼吸が落ち着いてきた頃を見計らい、澪に支えられながら鈴音がやってきた。
「大丈夫?」
「ああ……。なんとか」
体調を気遣う鈴音に対し、明嗣は手を上げて問題ないと伝える。すると、澪も心配するように明嗣へ声をかける。
「本当に? 明嗣くん、無理してない?」
「してねぇよ。この間みてぇにぶっ倒れる事はねぇから安心しろ」
明嗣は戦闘の緊張感を吐き出すように、深くゆっくりと息を吐き出した後、茉莉花の方へ目をやる。その先では黒炎に身を焼かれる茉莉花が苦悶の叫びを上げている。
「消して! お願い明嗣くん! これを早く……ああああ!!」
「おい! 澪ちゃん、鈴音ちゃん! 大丈夫か……って」
叫びを聞いて、急いで駆けつけて来たのだろう。走ってきたアルバートが明嗣の姿を見るなり目を丸くする。
「明嗣……」
「あー……とりあえず久しぶりだな、マスター」
「あ、ああ……。そんな事よりこれはお前がやったのか?」
アルバートが燃え盛る黒炎を指さす。すると、明嗣は頷いて見せた。
「ああ、そうさ。この炎に焼かれているのは燐藤だ」
「そうか……。じゃあ、終わったんだな」
「あとは
答えながら、明嗣は焼かれて悲鳴を上げる茉莉花の方へ目を向けながら、さらに続ける。
「後始末が残ってる。マスターは二人を連れてってくれ。澪は裸足だしな」
明嗣の言う事にアルバートと鈴音、そして澪の三人が頭に疑問符を浮かべる。まだ、誰か残っているのか。いったい何をするつもりなのかと言いたげな三人に対して、明嗣は無理もないとばかりに肩を竦めた。
「まぁ、区切りをつけるための儀式みたいなモンさ。だから、な?」
頼み込むように、明嗣はアルバートに鈴音と澪を連れて行くように促した。すると、澪が明嗣へ呼びかける。
「明嗣くん、あたしも――」
「澪ちゃん、言う通りにさせてやんな」
「でも……」
心配するように澪が呼びかけると、明嗣は微笑みを浮かべた。
「心配すんなよ。ちゃんとまた顔出すさ」
「……うん。待ってるよ」
「絶対だからね!」
澪の返事に鈴音が念押しするように続く。すると、明嗣は早く行けと言わんばかりに手で払って見せた。やがて、三人が行ったのを確認すると、明嗣は焼かれる茉莉花に向き直る。
「よう、待たせたな」
「お願い、明嗣くん! 消して! 今すぐに! 助けて! じゃないと……じゃないと死んじゃう!」
必死に明嗣へ手を伸ばし、茉莉花は助けを求める。だが、明嗣は冷たく突き放すように返す。
「その炎は
「どうして!? わたしが燈矢くんを殺したから!? だからってこんな事する事ないじゃない!」
「その炎は怨念と罪を燃料にして燃える断罪の炎なんだよ。だから、燐藤。お前を燃やすその炎はお前が背負ってきた罪の証だ」
「そんな事ない! わたしの事が憎くて意地悪な事言っているだけなんだよね!? ねぇ、そうだと言ってよ!!」
きっと、そうに違いない。茉莉花は明嗣が嘘を言っていると思い込むように、炎を消すように懇願した。だが、明嗣は首を横に振る。
「その炎の種火は生きるために吸血鬼共を殺してきた
静かだが重い明嗣の声に、茉莉花は思わず泣き叫ぶ事すら忘れて黙り込む。明嗣の断罪するような声はさらに続く。
「そして、燃え移った炎の燃料がお前の業だ。お前はたくさんの人を弄んできた。吸血鬼になって手も汚した。それがお前の罪、死ぬまでずっとついて回るお前の業だ。だから、その炎はお前が生きている限り、消える事がなく永久に燃え続ける」
これが明嗣のクリムゾンタスク、大剣として具現化した
「もちろん、殺せば殺すほど炎は燃え盛る。その炎はいずれ俺自身を焼くだろうな……」
「やだ……! やだよ……! このままじゃわたし……あの悪魔の玩具にされちゃうよ!」
「受け入れろ。それがお前への罰だ。もうどうにもならねぇよ」
無慈悲なまでに、明嗣は冷たく宣告した。この時、炎に焼かれる茉莉花がどのような表情をしていたかは分からない。もう顔の原型すら残ってなかったかもしれない。だが、それでも茉莉花は顔の部分を伏せると、静かにすすり泣くような嗚咽を漏らし始めた。
「ごめん……なさい……! ごめん……なさい……!」
「今更遅ぇよ……。もう手遅れだ」
「許して……! 死にたくないよ……!」
「諦めろ。でも、まぁ……せめてもの慈悲だ。存分に泣き喚け。最後まで聞いてやる。その代わり、このままお前が燃え尽きるのを見届けて、その悲鳴をあいつへの鎮魂歌にしてやるよ」
その後、最後まで茉莉花はごめんなさい、助けてと繰り返し、明嗣は何も言わずに最後まで聞いていた。やがて、燃え尽きて灰となった茉莉花を生ぬるい夜風が攫っていくと、明嗣は背を向けて歩き出した。
茉莉花が燃え尽きるのを見届けた明嗣は、クリムゾンタスクを収納するべく、バイクへ姿を変えた戦車馬のブラッククリムゾンの元へ向かった。展開したサイドボディに刀身を納め、アクセルグリップをあるべき場所へ戻した明嗣は、疲れたように息を吐く。すると、背後から「明嗣」と声をかけられた。振り返ると、そこには両手に飲み物を手にした鈴音が立っていた。
「帰ったんじゃねぇのかよ」
「ちょっと2人で話したくなっちゃって。無理言って残してもらっちゃった。だから、はい」
鈴音が右手に握った缶コーヒーを明嗣へ
「物投げると危ねぇんじゃねぇのかよ」
「いつかのお返し〜」
「ったく……。うわっ」
呆れた表情のまま、手袋を外した明嗣がプルタブを起こすと、プシュ、と音を立てて少し中身が吹き出す。念の為に手袋を外しておいて正解だったようだ。
明嗣が不満げな表情を浮かべ、中身が吹き出た飲み口を眺めていると、鈴音が手招きした。
「立ち話もなんだし、こっち来て座ろ」
「別に良いよ。俺はここで」
と、答えつつ明嗣がブラッククリムゾンのシートに腰を下ろす。すると、鈴音は明嗣の方へ駆け寄り、同様に腰を下ろした。
「じゃあ、アタシも! うわっ、思ったより座り心地良いね、これ!」
「なんでそう……いや、良いか……」
いちいち理由を尋ねる気力もないのか、明嗣は疲れたように肩を落とした。その後、明嗣が缶コーヒーを飲み始めると、鈴音が両手で自分の缶を包みながら夜空を見上げた。
「いやー、今日は大変だったね〜」
「そうだな」
「澪は攫われるし、アタシはボコボコにされたし、オマケに変身してもっと強くなるんだもん。本当にどうしようかと思っちゃった」
「そうだな」
「ねぇ、ちゃんと話聞いてる?」
明嗣が気のない返事ばかりするので、鈴音が不満げな表情で呼びかける。すると、明嗣は面倒そうに返した。
「聞いてるよ」
「そう? なんか同じ返事だけど、適当に返してない?」
「疲れて言葉が出てこねぇんだよ……。血が少ねぇから少し貧血気味だし」
真祖が異能を行使するには体内の血を消費する。真祖を父に持つ半吸血鬼の明嗣もその例に漏れず、血を消費しているので軽いグロッキー状態となっていた。明嗣の返事を聞き、身の危険を覚えた鈴音はおそるおそる頭に浮かんだ事を口にした。
「まさか血が吸いたくなったりとかは……」
「吸わねぇよ。ほっときゃ治るし」
「なーんだ、良かったぁ……。襲われちゃったらどうしようかと……」
「はっ倒すぞ」
呆れた表情で返した明嗣は缶コーヒーを一気に煽り、中身を飲み干した。そして、ヘルメットを手にして鈴音に呼びかけた。
「じゃあ、もう帰るわ。さっさと寝て休みてぇ」
「え? あ、ちょっと待って。まだ本題言ってないよ」
「なんだよ……」
早く帰らせてくれないか。面倒くさい、と訴えるような視線を明嗣が向けると、鈴音は満面の笑みを浮かべた。
「助けてくれてありがとっ! これからも迷惑かけると思うけどよろしくね!」
「……やる事やっただけだ。別に礼なんざいらねぇし」
照れくさいのを隠すように顔を背ける明嗣。すると、鈴音がからかうように明嗣の顔を覗き込む。
「あれ〜? もしかして照れてる? 照れてるよね? 素直じゃないなぁ〜」
「うっせ。さっさと降りろ。出せねぇだろ」
「たまにはさ、素直にどういたしましてくらいは言ってもバチは当たらないんじゃないの?」
「ほっとけ。ほれ、さっさとどけ」
鈴音が仕方ないな、と言いたげに苦笑を浮かべつつシートから降りる。その後、ヘルメットを被り、明嗣がエンジンを始動させた。クラッチを握り、ギアペダルを踏み込んだ瞬間だった。
「明嗣」
再び鈴音が呼びかけるので、明嗣はヘルメットのバイザーを上げ、目だけで用件を尋ねた。すると、鈴音は手を上げて挨拶した。
「またね!」
「……お、おお」
ぎこちなく挨拶を返し、明嗣は走り出した。
そうして、因縁に決着をつけた夜を終え、ベッドに潜った明嗣は何年ぶりか分からないほど穏やかな気持ちで眠りの海に沈んだ。
数日後。
「97、98、99、100……。で、同じのが10束あるから……。確かに1000万あるな」
パラパラと偽札が混じってないか確かめながら、明嗣が頷いて見せる。一方、カウンターの向こうでグラスを磨く
「それで、君はこれからヘルシングの所に戻るのだろう?」
「分かるのか?」
「まぁ、長い事この世界にいればそういう空気はなんとなく分かる物だ」
「へぇ……。そういうモンなのか」
数えた札束を全部紙袋に詰めながら、明嗣は仕方ないと言いたげに肩を竦めて見せる。
「俺がいねぇと寂しいって泣きつかれてな。仕方ねぇから戻ってやろうかと思って」
「ほぉ、それはそれは……」
意味ありげな返事と共に、
「なんだよ、その
心の底を見透かされているような気分だ。気に入らない、と明嗣が不満な表情と共に鼻を鳴らすと、
「いや、なに。本当は君の方が寂しがっていたのではないか。そう思っただけだよ」
「なんだってそうなるんだよ」
「何故か、だと? 別に大した事はない。久しぶりに顔を見せた君は、ヘルシングと喧嘩をした時にこちらへ転がり込んでくる時と同じ表情をしていた。ただそれだけだ。聞く所によれば、新しいメンバーが二人増えたそうではないか。しかも、両方とも女性のな。連れ戻しにきたのはその片割れなのだろう?」
「なっ……!」
返す言葉もなく、明嗣は口をパクつかせた。その後、顔を真っ赤にして紙袋を掴んだ。
「勝手に言ってろ! もう帰らせてもらうからな!」
捨てゼリフを吐き、明嗣は肩を怒らせて
「ヘルシングの猟犬」
少し離れた所で、
「また、情報が欲しくなったら来ると良い。来訪した目的はどうであれ、今回の一件で君はしっかりと自分の力を示した。まだまだ子供ではあるが、対等な仕事相手として付き合っていけるだろう。いつでも待っている」
「……ああ」
怒ったら良いのか、喜べば良いのか。複雑な心境の表情と共に、明嗣は頷いて今度こそ
その後、二階から漏れてくる色香をまとった声に、残された
「やれやれ……。風情も何もあった物ではないな……」