第114話 呼び出し
これは、アルバートが久しぶりに依頼を受けていた日に起きていた話である。
この日、Huter's rustplaatsで朝食を摂り、食後のコーヒーブレイクを楽しんでいた明嗣は話の流れで今日の予定について口にする。
「俺は駅前に用があるから、今日はとりあえずそっちをブラブラしてっかなぁ……」
まだ忙しくない時間帯だったので、配膳用のトレイを抱えた澪が話に参加する。アルバートは朝の厨房仕事が山積みとなっているので厨房に籠もっていた。
「珍しいね。どんな用なの?」
「別に大したモンじゃねぇよ。無視しても良いが、後々面倒になりそうだからな。でなきゃクソ混んでる駅前なんざ近付く事すらしねぇよ」
「どうして? 駅前だったら遊ぶ所がいっぱいあるでしょ?」
明嗣の言う事に対し、澪が頭に疑問符を浮かべる。駅前とはここ、交魔市に暮らす人が最寄りにしている交魔駅周辺を指す。あの辺りなら、澪も鈴音と一緒によく遊ぶので知っている。治安が悪いだとか、そういう
いったいなぜ? 澪が思い当たる原因を頭の中で探していると、明嗣はウンザリした表情を浮かべた。
「この時期にあの辺りをうろついてるとな……。人と一緒にいらねぇトラブルまで寄ってくんだよ…….。最初に女が寄ってきてその後にそいつに目をつけていた野郎から因縁つけられるって具合にな……。俺、
「あぁ……」
学校での明嗣の様子を目にしている澪は納得したように頷いてみせた。人を魅了する魔性を持つ吸血鬼の父と、魅了される側である人間の母の間に生まれた明嗣は父から受け継いでしまったその魔性に幼い頃から悩まされていた。
ついこの間も、具体的には今週の月曜日にも、その悩みを象徴するかのような出来事が起きた。一軒家に一人暮らしなので、公共料金等の支払いをするためにちょっとコンビニまで歩いて行った時の事だ。店の前で女の人がチンピラに絡まれている場面に出くわしてしまった。
一瞬だけ目が合ったけれど、特に助ける義理もないので明嗣は無視してコンビニの中へ入ろうとする。だが何を思ったのか、絡まれている女は店内へ入ろうとする明嗣の腕を引っ張るとこう口にした。
「この人と待ち合わせしてたの! だから、もうほっといて、ね?」
その時の女は、確実に明嗣を彼氏役に仕立てる気満々といった様子で腕に抱きついて身体を密着させていた。ただ密着させているだけなら、世の男子諸兄は羨ましいだけで済むだろう。だが、巻き込まれた明嗣としては……。
うーわっ、だるっ……。
何が悲しくてこんなトラブルに文字通り引っ張りこまれにゃならんのか。しかも、何か柔らかい物を擦り付けるような感触が抱きつかれてる腕から伝わってくる。チラリと腕の方へ目を向けてみると、抱きついた女から自分へ熱っぽい視線が向けられているではないか。
マジかコイツ……。
まさか本当に彼氏にするつもりではないだろうな、と考えているとチンピラが下卑た笑みと共に明嗣に詰め寄っていく。
「へぇ〜? ボク、何歳? 今さ、オトナの話してんの。だから大人しく他の
ぺちぺちと明嗣の頬を軽く叩くチンピラ。オマケに、「あんまり聞き分けないとシメちゃうぞ♪」と言わんばかりに、ニタニタとバカにするような笑みを浮かべている。あまりのナメ具合に苛立ちを覚えた明嗣は、自分の吸血鬼を象徴する紅の左眼で睨みつけた。
「こっちだって興味ねぇよ。“
妖しく輝く左眼に射抜かれたチンピラは、無言で頷くとスタスタとどこかへ立ち去ってしまった。チンピラが去ったのを確認すると、女は安心したような表情を浮かべた。
「追い払ってくれてありがとう〜! あんまりしつこくてどうしようか困ってたの〜。ねぇ、この後時間は――」
「ねぇよ。“どっか行け”」
先程のチンピラと同じように、女も無言で頷くとどこかへ歩き出してしまった。一方、残された明嗣はウンザリとした表情で、コンビニの中へ入ると目的の支払いを済ませるついでにアイスなどのオヤツを購入して店を後にした。
その時の出来事をかいつまんで説明した明嗣はため息を吐いた。
「ちょっとコンビニへ行くだけでもこんな調子だ。夏休みシーズンで人がごった返しになっている駅前なんぞに行ってみろ。いったいどんな大惨事が待っているのやら……」
「でも、今日はそこに行かなきゃならないんでしょ? そこまでするって、いったいどんな約束なの?」
当然の疑問を澪は口にした。そこまで嫌なら断れば良いのに。それでも行かなければならないなんて、いったどんな約束なのだろう。
自分でも思ってるのか、明嗣は自嘲気味に力無く笑って見せた。
「周りに人がいねぇと困るんだよ……。
「え、それってどういう…」
不穏な一言の真意を尋ねようとした瞬間だった。ドアベルが鳴り、客の来店を知らせたので自然と話が途切れてしまった。やがて、朝の通勤ラッシュの時間帯を乗り切った頃には、店内から明嗣の姿はなくなっており、澪は少し消化不良のような気持ちを抱えてアルバイトに励む事となった。
さて、ランチタイム終盤に突入した頃、明嗣は交魔駅周辺にあるコーヒーショップを訪れていた。注文のベーグル2つと特製ブレンドのLサイズを受け取った明嗣は、ある席へ歩いて行くと、そこへ座る金髪の少年へ声を掛ける。
「よぉ。来てやったぜ、
ニヤニヤと、これから起こる事への期待を込めた笑みを浮かべる明嗣。対して、呼びかけられたクソ神父ことヴァスコは相も変わらず眉間にシワを寄せた表情で、灰色の鋭い目を向ける。
「遅い。私を待たせるとはずいぶんと偉そうじゃないか」
「偉
明嗣の返事を聞き、ヴァスコはギリッと歯ぎしりをする。その様子に気を良くした明嗣は、ヴァスコが座る席の隣へドサリと腰を下ろすと、脚を組んで本題へ入る。
「で、頼みってなんだよ」
と、明嗣はベーグルを一つ摘み上げ、一口かじりながらヴァスコの用件を尋ねた。その表情には主導権はこちらにある事を理解しての余裕が覗いている。一方、絶対に頭を下げるのが嫌なのか、屈辱を噛み締めるかのような表情のヴァスコは変わらず無言で睨みつけている。
「おいおい、どうしたよ? まさか、今のこの状況が頼みだって訳じゃねぇだろ? ぼっち恐怖症のキョロ充じゃあるまいし」
ヴァスコの様子を楽しむように、明嗣はもう一口ベーグルを齧る。やがて一拍置き、ヴァスコは怒りを抑えるように声を震わせ、呼び出した用件を口にした。
「き、協力関係を……結びたい……」
「あ?」
聞き間違いだろうか。一旦、喉を潤してベーグルを流しこもうとコーヒーを飲む明嗣の手が止まる。すると、ヴァスコはもう一度、今回呼び出した理由を口にした。
「協力関係を結びたいと言った。私達もお前達の“仕事”に手を貸そう。その代わり、