龍崎操真です。
ストックも溜まって来たので、そろそろ第4章の連載を開始します。
お待たせいたしました。
今回はネトコンなどの賞に応募する訳ではないので、毎週金曜24時のゆったり週1ペースで更新していきます。
よろしくお願いします。
それではどうぞ。
第117話 蠢く噂
ジュズ……ズズ……ピチャ……。
鉄の匂いと生臭さがミックスされた空気で満たされた暗室に何かを啜る音が響く。
「あ……あぁ……! イ……助け……や、あん……!」
嬌声の合間に混じる助けを求める声。だが、啜る音は止まるどころか、さらに勢いが増していく。
「……ぁ……」
やがて、蚊の鳴くようなか細い声と共に嬌声が止んだ。そして、ドサリと何かが倒れる音の後に、アルトボイスが響いた。
「うん、今日は中々悪くない食事だった。やはり、血は綺麗な女に限るな。彩りを与えてくれる」
暗い部屋の中なので表情は伺えない。だが、口元をナプキンで拭うその声は満足気だ。きっと、照明がついていたのなら、そのナプキンが真っ赤に染まっているのが見えている事だろう。
コン、コン、コン。
狙い済ましたかのようにノックの音が響く。レストランでするように、“食事”の汚れを拭き取ったナプキンを置いた部屋の主は、「入れ」と短く応じた。
「失礼します。片付けに参りました」
「ああ。頼むよ」
やってきたメイドがカンバスを広げ、先程まで啼き声を上げていた女の死体を包んでいく。その間に、燕尾服を着た執事然とした男がスケジュール帳を開いた。
「この後はいかが致しましょうか。就寝なさるのなら、すぐに用意させますが」
「シャワーを浴びたい。血の匂いが身体についたままでは興奮して寝るに寝れない」
「かしこまりました。では、そちらの準備をさせましょう。それと、一つ報告が」
恭しくお辞儀をした燕尾服の男が、脇に抱えていた封筒を差し出した。
「燐藤 茉莉花様が日本でお亡くなりになったのでございます。戦った者の詳細をこちらに」
「ほう。彼女は有望株だったんだが残念だね……。いったいどの祓魔師がやったのかな?」
言葉に反して、声音は新しい玩具を前にしたように楽しげだ。日本と言えば、最近ヴァチカン市国からミカエラ・クルースニクが島流しような形で配属されたという情報がある。昼は学校で教師、夜は祓魔師として活動する傍ら、
封筒を開け、書類に記された内容を読んだ途端、男はニヤリと口を歪める。
「
「ええ。ヘルシングに敗北した後、百数十年も人間に飼われていたアーカードのご子息でございます」
「子供? アイツ、子供を作っていたのか! 泣く子も黙る“串刺し公”が? 自分で自分の子供を殺めたその手で再び子育てを? ハッハッハ! これは良い! 傑作だ! ハハハ……」
ツボにハマったのか、未だ明かりの灯る事のない部屋にアルトボイスの笑い声が響く。やがて、爆笑が収まる気配が感じられない事に痺れを切らした燕尾服の男は、咳払いをして話を進める。
「して、いかが致しますか。“伯爵”」
燕尾服の男は「早くしろ」と言わんばかりに、重い間を作った。対して、今まで爆笑していた男、“伯爵”は「ふむ」と考え込むと、端的に答えを口にした。
「興味が湧いた。会いに行ってみようか、その
茉莉花との戦いから1ヶ月が経過した。
今日から新学期が始まった訳なのだが、Hunter's rustplaatsの面々は特に変わった事もなく
「ハァ〜、落ち着いた〜。休み明けからテストなんて、いったい誰が考えたんだろ……」
この店を活動拠点にする吸血鬼ハンターの1人、
「仕方ないよ。夏休みの間に怠けてないか確かめるためのテストなんだし」
「だったらさ〜、課題の提出だけで十分じゃない? 夏休みも勉強させて、休みが終わったらすぐテストなんて二度手間じゃん!」
「こんなの絶対おかしいよ」と言いたげに、鈴音が不満を吐き出す。夏休みが明け、新学期が始まった本日。彼女らが通う交魔第一高等学校では、全生徒を対象にテストが実施された。真面目に課題をこなしていれば難なく解ける程度の物ではあったが、それでも評価が下されるテストという物は疲れる。
「もっと生徒の自主性を信じても良いと思うんだよね〜。アタシは」
「うーん……。どうかなぁ……」
どう返した物か、澪が困ったような表情を浮かべる。いくら課題をやっているとはいえ、それでも手抜きをする者だっているだろう。今回のテストは、その手抜きをしていないか確かめる事を目的にした物なのだろうが、鈴音がそんなお行儀の良い返事を求めている訳ではない事は見ての通りだ。
返事に困った澪が誤魔化すように笑顔を作ると同時に、救いの手を差し伸べるようなドアベルの音が客の来店を知らせる。
「ウーッス」
「あ、明嗣くん。いらっしゃい」
やってきた客の正体はこの店を拠点にするもう一人の吸血鬼ハンターにして、吸血鬼と人間の混血である半吸血鬼、
助かったとばかりに、澪は明嗣の方へ話を持っていく。
「明嗣くんも今日はテストだったんだよね? どうだった?」
「あー、あれな。別に何も問題なく終わらせたさ。特にムズい問題があった訳でもなかったし」
「でもさー。休み明けからテストってめんどくさくない? 課題やって提出するだけで十分でしょ」
鈴音が先程と同じ主張を明嗣へぶつける。すると、明嗣はスマートフォンを取り出しつつ、つまらなそうに返す。
「まぁ、答え丸写しして提出する奴もいるしな。しっかりやってるかどうかのチェックも兼ねてんだろ。実際、俺は
「えっ?」
今、聞き捨てならない事を言わなかったか?
自分の耳を確かめるため、澪が確認の質問をする。
「えっと……明嗣くん? さっき、とんでもない事が聞こえた気がするんだけど……」
「え、答え写して出したの? ほんとに?」
困惑気味の澪に鈴音も続いた。対して、明嗣は特に悪びれる事もなく、あっさりと自白する。
「あんなん、どうせ解いたら答え一緒になるんだからバカ正直にやる必要ねぇだろ。まっ、さすがにバレるとマズイから記述は考えたけどな」
「何それ! ズルじゃん!」
「そうだよ! 自分でさっきやったかどうかのチェックも兼ねてるって言ったのに!」
憤慨する澪と鈴音。だが、怒る2人にたじろぐ事なく、明嗣はむしろ開き直るように返した。
「だいたい、夏休みの宿題なんてのは今までの授業を忘れないための復習と理解を深めるために出すもんだろ。だったら、普段から真面目に授業受けて頭ん中に叩き込んじまえば必要ないじゃねぇか」
「なにそれっ!? 真面目にやるのがバカみたいじゃん!」
鈴音が即座に明嗣に対して噛み付いた。実際、鈴音の怒りはもっともなのだが、明嗣はせせら笑うように受け流していく。
「ちょっと考えれば、やる奴がいるかもって分かるだろ。イカサマ前提で問題組んでねぇ教師が悪い」
「でも、先生は真面目にやってるって信じてるのに、それを嘲笑うような事するのは……」
さすがにこの主張を通してしまえば、信頼関係で成り立っているあらゆる物が前提から崩壊してしまうので、澪はなんとか反論を絞り出した。だが、それでも明嗣は止まらない。
「はっ! 世の中バレねぇようにズルした奴が笑うようにできてんのさ! 学校はそれを学ぶための場所だぜ!」
それで良いのか主人公。
何も反論の言葉が出てこなくなり、口を噤む澪と鈴音を前に、明嗣は「そうだろ?」と言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべる。もう、この悪魔のような考え方をする少年を叩き直せる者はいないのだろうか。2人の少女がそう思った矢先、明嗣の頭に正義の鉄拳が振り下ろされた。
この店で容赦なく明嗣をぶん殴ってくる人物なんて一人しかいない。明嗣は即座に殴られた頭頂部を押さえてその人物へ抗議する。
「ってぇ〜! 何すんだよ、マスター!」
「人の事をバカにする
明嗣に鉄拳制裁を与えた人物、店主のアルバート・ヘルシングは呆れ顔で、痛みを逃がすように右手をプラプラと振る。育て親、そして吸血鬼ハンターとしての師匠である彼から下される鉄拳制裁の効果は幼少期はもちろん、高校生になった今もなお健在だった。
「ひっさびさにぶん殴りやがったな、ちくしょう……。ウグッ……痛みが頭に響く……」
「ズルした天罰じゃん。や〜い、石頭〜」
いい気味だ、と言わんばかりに鈴音が茶化すので、明嗣が恨めしげに鈴音を睨む。人を惹きつける魔性の吸血鬼の血が半分流れているだけあって、人間の証である黒と吸血鬼の証である紅、二色の眼から放たれるその視線には目が離せなくなるような色気が漂っていた。その眼に言いようのない危機感を覚えた鈴音は、アルバートへ話を振った。
「そ、そういえば今日のおやつって何? アタシ、お腹空いたなー……」
「おうコラ、鈴音テメー。何露骨に目ぇ逸らして話題をすり替えようとしてんだ。こっち見ろ、おい」
「まぁまぁ……」
先月起こった大喧嘩に比べれば、じゃれ合い程度の可愛い物だが、鈴音へ詰めよって行く明嗣を澪はつい困ったような笑みを浮かべて宥める。さらに、これから本題に入ると言わんばかりに、アルバートが明嗣の前にコーヒーを置いて話を切り出した。
「そこまでにしとけ。今日は2人にそれぞれ仕事が来てんだ。じゃれるのはその後にしろ」
アルバートの言葉に不満気な表情を浮かべてはいたが、矛を収める明嗣。その後、アルバートがシャツのポケットから2つ折りのメモを取り出すと、明嗣と鈴音にそれぞれ配った 。中身は場所や風貌など、今回の割り当てられた吸血鬼狩りの依頼内容だ。明嗣と鈴音が内容を確認している中、アルバートは神妙な表情で腕を組む。
「詳しい事はそれぞれ書いている通りなんだが……。最近、妙な噂があってな……」
「噂?」
「って……どんな?」
何やら含みのあるアルバートの物言いに、澪と鈴音がそれぞれ不思議がるような表情を浮かべる。一方、心当たりがあるのか、普段の人を食ったような態度を引っ込めた明嗣が表情を引き締めて返す。
「アレか……。どう考えてもガセだな。もう絶滅してしばらく経つだろ」
「それはそうだけどなぁ……」
明嗣の指摘に対し、神妙な面持ちでアルバートが頷いて見せる。返す言葉無くなったのか、黙り込んだアルバートと入れ替わり、今度は鈴音が口を開く。
「2人だけで納得してないで、アタシ達にも教えてよ。何の事かさっぱりなんだけど」
「で、できれば怖くないものだったら嬉しいなぁ……なんて」
おそるおそる澪も手を上げて鈴音に続いた。すると、明嗣がアイコンタクトでアルバートに確認する。対して、アルバートは「そっちが説明しろ」とばかりに手を差し出したので、明嗣が噂の内容を語りだした。
「最初にそいつが出たのは、2週間前くらいだったかな……。まぁ、目撃者が酔っぱらいだったモンで信じる奴が少なかったが、それを皮切りに続々と同じモンを見たっつー目撃証言が上がってくるモンだから、
「もったいつけないで早く教えてよ! 何の事か全然わかんないんだけど!」
痺れを切らした鈴音が早く教えろと怒り出し、その隣で澪が「そうだそうだ」と言わんばかりに頷く。その二人を前に、明嗣は不満げに口を尖らせた。
「分かってねぇなぁ……。こういうのは勿体つけて語るのがおもしれぇのに……」
「聞かされてる身としては全然面白くない!」
「そ、それで何が目撃されたの……?」
「キャンキャン吠えんなよ。仕方ねぇなぁ……」
仕方ない、といった様子で肩を落とした明嗣は、ついに話の本筋を口にする。
「
驚きのあまり、澪と鈴音は言葉を失った。