「それではごゆるりとお楽しみください」
鋼鉄糸が足首に巻き付いて宙吊りになっている明嗣と鈴音は、操り人形の駆動音を聞いた瞬間、背中に冷や汗が伝うのを感じた。おそらく、こちらに向けられている指先は全て銃口と思われる。そして、その全てがこちらの命を刈り取ろうと狙いを定めている。その事実を前に、鈴音は懇願するような叫びを上げた。
「ねぇ、あれってヤバい奴なんじゃないの!? もしかしなくてもあの指、全部マシンガンか何かなんじゃないの!?」
「んな
目下、最優先すべきは操り人形の両腕の破壊、もしくは逆さ吊りで拘束されている今の状況からの脱出だ。だが、もう数秒後に一斉掃射が始まる事が予想される現状、取れる選択肢は人形の腕を破壊する事だけであった。
明嗣は死の音楽を奏でようとしている操り人形の両腕に向け、ホワイトディスペルとブラックゴスペルの引き金を引いた。宙吊り状態なので、しっかりと狙いを定めて発砲しても、反動で身体が振り子のように揺れて弾道がぶれてしまう。それでも、下手な鉄砲数打ちゃ当たるという言葉の通り、運良く一発だけ10mm 水銀式炸裂弾が操り人形の腕に着弾した。だが……。
おい、嘘だろ……!? 頭吹っ飛ばす威力だぞ!? いったい何でできてんだあれ!?
操り人形の両腕は吹っ飛ぶ所か軽くヘコんだ程度のダメージしか受けていない。吸血鬼の頭を吹き飛ばす威力を持った専用弾であるのにも関わらず、だ。
やっべ、どうする!? 何か打つ手はねぇか!?
一斉掃射開始3秒前。2丁ともスライドが後退したまま戻らなくなってしまった。スライドストップ、つまり弾切れだ。ホワイトディスペルとブラックゴスペル、両銃に装填している
クソッ! 万事休すか!
装填した弾倉の残弾数は0、空の弾倉を交換する時間はない。銃声が止んだ事により、明嗣がもうどうする事もできなくなってしまった事を悟った鈴音は、覚悟を決めて叫んだ。
「あーっ! もう! 明嗣! 今、こっちの方見たらコロすからね!!」
「アァッ!? こっちこそ殺すぞコラァ!」
物騒なやり取りの一秒後。ついに操り人形の指先の形をした計10門の12.7mm機関銃による一斉掃射が始まった。秒間16発の速さで撃ち出される銀の弾丸を前に、明嗣と鈴音の二人は為す術なくその身体を蜂の巣にされる……そう思われていた。
突如、機関銃特有の息もつかせぬ銃声の大合唱をかき消す鳥の鳴き声が響いた。そして、出現した火柱を前に純銀の12.7mm弾は融解して銀灰色の水溜まりとなる。
火柱が収まるとそこには、1羽の炎の羽毛を持つ鳥がいた。いきなり現れた炎の鳥は、一度力強く翼で羽ばたくと、いつの間にか鋼鉄糸を切断して地面へ降りた鈴音の肩に留まり、羽繕いを始める。
「ギリギリセーフ……。ありがとね、朱雀」
極力スカートの中が見えないよう、片手で押さえながら足首の鋼鉄糸を切断した鈴音は間一髪、といった様子で胸を撫で下ろした。その後、自分を危機から救い出した優秀な式神の頭を撫でた。飛んでくる弾丸を融かした時とは違い、触った温度は湯たんぽ程度の温度しかないので火傷をする事はない。
だが、寒い港で暖を与えてくれる式神に反して、自分を恥ずかしい目に遭わせたヴァスコに対しての熱い怒りの業火は、鈴音の中でしっかりと燃え盛っている。
「自力で鋼鉄糸を切ったか。そのまま大人しくしていれば見逃してやったものを……」
「こんな目に遭わされて黙ってられる訳ないでしょ!? だいたい、なんでアタシらがやり合う必要があるの! 同じ吸血鬼と戦う人同士、仲良く助け合うのがスジって物なんじゃないの!?」
「違うな。そいつは人の形をしたただの化け物だ。行動を共にしているのなら見たことあるだろう? 吸血鬼と人間のハーフだというそいつが人ならざる能力を使う瞬間を」
「そ、それは……」
ヴァスコの指摘に対して、鈴音は言葉を詰まらせた。たしかに、明嗣は尋常ではない膂力を持っているし、吸血鬼が使う魅了と服従の魔眼を左眼に持っている。だが、だからといってこんな所で命のやり取りをする理由なんてないはずだ。反論の言葉を考える鈴音に対し、ヴァスコは淡々と自分の主張を口にしていく。
「人ならざる者を狩るのが
一旦言葉を切ったヴァスコはこれみよがしに指を動かした。すると、隣で操り人形の両腕から大量の薬莢が排出され、次の一斉掃射の体勢を取る。
「次はあなた
どうやら聞く耳を持つつもりはないようだ。本気で自分もろとも明嗣を殺すつもりらしいヴァスコを前に、鈴音は背中が粟立つのを感じた。
「さぁ、どうする。5秒以内に決めなければこのまま始めるぞ」
再び鳴り響く駆動音。次の一斉掃射が始まるのを察した明嗣は鈴音へ叫ぶ。
「おい、鈴音! アイツ、本気だぞ! ミンチになる前に早く逃げろ!」
「冗談でしょ? さっきみたいな弾幕なら朱雀が一瞬で溶かしちゃうから。それに……」
余裕の笑みを浮かべた鈴音は、もう一つ隠し持っていたクナイを投擲する事で明嗣の鋼鉄糸を切断した。いきなり落下した事で受け身を取る事に失敗した明嗣は、コンクリートの地面にまともに身体を打ち付けてしまった。
「ッテぇー……」
「本当に逃げて見捨てられたーとか言い出されてもシャクだし。明嗣こそ逃げたら?」
「この野郎……。そう言われると俺だって逃げるに逃げられねぇじゃねぇか……。それになァ______」
全身に軽い痛みを感じつつ、明嗣は空になった弾倉を交換する。そして、再び水平撃ちの構えを取ってヴァスコ本人を狙う。
「野郎の目的がなんなのか聞かずに逃げるなんて事できるかよ。わざわざ極東の島国にまで出ばってきて、俺の
「そう来なくちゃ。でも、間違って殺しちゃったなんてのはないようにね」
闘志をむき出しにした目つきの明嗣に気を良くした鈴音は、肩に背負った紫の竹刀袋にした組紐の封を解いた。そして、中から
鈴音の雰囲気が変わった事を感じ取ったヴァスコは呆れたようにため息を吐いた。
「
ヴァスコが指を動かすと、操り人形の腹が開いてさらなる兵装のチャクラムが追加で展開される。フラフープのように回る鋼鉄の輪は、首を刎ねるために研ぎ澄まされた刃を輝かせて、撃ち出される瞬間を待つ。
「良いだろう。ならば、二人まとめて屠ってやろう。審判の時が来ても後悔するなよ」
冷たく見捨てるような声音でヴァスコは死刑宣告を口にした。明嗣と鈴音も気を引き締めて己の得物に手をかける。
一触即発の緊張感が場を支配する。どちらが先に動くかのタイミングの探り合いだ。動いたらもう誰も止める事のできない殺し合いが始まってしまう。やがて、潮風が吹いた瞬間、意外な形で事が動いた。
「ハーイ、ボーイズアンドガール? ケンカはそこまでね」
明嗣と鈴音の背後から一人の女の声がした。
なっ……!? いつの間に__って!?
驚いたのもつかの間、明嗣は全身の力が急に抜けてしまったかのように膝から崩れ落ちてしまい、背後にいる人物が何者なのか確認する間もなく右腕をひねり上げた状態で取り押さえられてしまう。一方、隣にいた鈴音はいとも簡単に明嗣を取り押さえた人物の特徴を目にする事ができた。燃え立つような赤毛のショートボブスタイル、瞳はカリブ海のように深い青。そして、真っ黒な外套に身を包んだゆったりとしたシルエットと翻るコートの中から覗くは、ヒップエンドホルスターに収まったベレッタ社製自動拳銃、ベレッタ Px4とホルダーに収まった象牙を成型したグリップのナイフ。いきなり姿を見せて明嗣を取り押さえた赤毛の女は、ジトッとした視線をヴァスコへ投げかける。
「はぁ、間に合って良かった……。まったく……なーにケンカしてんのよ。だいたいねぇ、ヴァスコ。なんで監視対象を殺そうとしてるの。私達が今回与えられた指令の内容を言ってみなさい」
「真祖ジル・ド・レの討滅、及び半吸血鬼の忌み子である朱渡 明嗣の抹殺です。シスター・クルースニク」
「はい、不正解。半吸血鬼の坊やはジル・ド・レにつくようなら殺せって内容だったでしょ」
「しかし__!」
「それにこの子は餌としても使えるわ。今ここで殺すのは悪手も悪手。個人的ないざこざは一旦忘れてもっと頭を使いなさい」
赤毛の女、ミカエラ・クルースニクの言葉に反論できなくなったヴァスコは、不満げな表情を浮かべた後に渋々といった様子で操り人形の武装を解除した。ヴァスコの戦闘態勢解除を確認したミカエラは次に明嗣と鈴音へ向けて言葉をかける。
「いや〜、ウチのバカがごめんなさいね? とりあえず、そっちも武器も納めてくれないかな? あ、一番血の気が強そうに見えたから、この子をノリで制圧しちゃったけど問題なかったよね?」
「おい、ナメてんのか……? そっちから仕掛けといてごめんなさいで片付けられると本気で思ってんじゃねぇだろうな?」
取り押さえられた明嗣はミカエラの言葉に異を唱えた。すると、次の瞬間。うつ伏せで這いつくばる明嗣の後頭部にミカエラのベレッタ Px4の銃口が押し付けられる。
「あのね? これはお願いしてるんじゃないの。命令。従わないなら仕方ないけど、敵対する意思があると見なしてあなたの頭を撃つわ」
脅迫するようにミカエラはPx4の銃口を明嗣の後頭部へ押し込む。この状況ではどちらが立場が上なのか考えるまでもない。選択肢がない事を悟った明嗣は苦々しい表情を浮かべた後、ミカエラに見えるようにホワイトディスペルとブラックゴスペルの撃鉄を押さえながら引き金を引き、ゆっくりと撃鉄を倒していく。
これはデコッキングと呼ばれる操作でとりあえずもう撃たない時に行う物だ。つまり、降参宣言である。
「よし、素直な子は好きよ。それじゃあなた達の元締めの所でちょっとお話しましょうか。迷惑をかけたお詫びを入れるついでに、ね」
明嗣を解放したミカエラは目を細めて微笑んだ。その笑みはまるで人の事を化かす狐を彷彿とさせるような微笑みだった。その微笑みを前に、明嗣の直感は告げた。
あぁ……コイツは俺がこの世で一番大嫌いなタイプだ、と……。
かくして、明嗣と鈴音はヴァチカンからやってきた