ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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Episode2-3 Lose way Dhampir
第57話 引かれる後ろ髪


 溶ける景色の中で泣いてる少年を捉えた明嗣は、ふとその姿に幼き日の自分の姿を見たような気分に陥った。

 同時に蘇る、突然現れた吸血鬼に母が目の前で殺された夜の事。もしもの時は、と教えられて逃げ込んだアルバートの店。そして、母の亡骸の前で泣く事しか出来ない自分に対して、アルバートがかけた言葉。

 

「強くなれ、明嗣。立って戦え。これからは自分で自分の身を守るしかねぇんだ。お前を守ったのは無駄じゃなかったと死んだ母さんに証明して見せろ」

 

 この言葉のおかげで、今の明嗣が在ると言っても過言ではない。

 

 もしかして、さっきのは俺と……。

 

 だが、少年はとっくに遥か後方だ。Uターンして引き返すのは、自ら捕まりに行く事を意味する。よって、今の明嗣にはこのまま前へ走って行く事しか選択する事しかできなかった。

 

 

 

 場所は移り、Hunter's rustplaats……。

 

「すいませーん。注文お願いしまーす」

「はーい! ただいまー!」

「お水のおかわりくださーい」

「少々お待ちをー!」

 

 フライパンの火を消し、先に受けた注文のフレンチトーストを皿に盛ったアルバートは、メモ帳と水が入ったピッチャーを手にフロアへ移動する。

 最近、明嗣と澪に手伝いをしてもらったのもあって、心なしか通常よりも忙しく感じた。

 

 こんな忙しいならいっそバイトでも雇ってみるか?

 

 一瞬、頭に浮かんだ考えにアルバートはすかさず首を横に振る。ここで働くなら、もちろん裏の応対もできる事が前提となるので必然的に吸血鬼の存在を認知している人物となる。さらに、ランチタイムなどの忙しい時間に勤務できる事も条件に加わるので、募集条件はかなり厳しい物となる。そんな人物が都合良くやってくるなんて事はありえないとは言わないが、かなり可能性は低い。よって、今は自分だけでどうやって店を回すかを考える方が現実的と言えた。

 

 せめて行方不明の明嗣がいりゃあ、マシになるんだがなぁ……。クソッ。なんで今日に限ってこんな忙しいんだよ……。

 

 注文のアウトスメイテルという、食パンに目玉焼き、生ハム、チーズを乗せた料理とコンソメスープのセットを作りながらアルバートは心の中で愚痴をこぼす。

 

「お待たせしました。アウトスメイテルのコンソメスープセットです。デザートのバニラアイスは……」

 

 注文の品を運び、デザートを用意するタイミングを確認しようとした瞬間だった。アルバートの耳に聞き覚えのある音が飛び込んでくる。

 

 まさかこの音は……。

 

 期待を込めた眼差しでアルバートは出入口の扉へ目を向ける。すると5秒後、静かに扉が開いて覗き込んだ人物は、心底嫌そうな声を出した。

 

「うげぇ……。修羅場から脱出したと思ったら、別の修羅場に来ちまったよ……」

「無事で何よりだよ、明嗣。とりあえず手伝ってくれ」

 

 救世主、もとい行方不明となっていた明嗣の登場で、アルバートはひとまずホッと胸を撫で下ろした。そして、働く前から疲れた表情を浮かべる明嗣へ、注文記入用のメモ帳とボールペンを差し出した。

 

 

 

 ランチタイムの入店ラッシュを乗り越えた明嗣とアルバートは、ひとまず遅めの昼食を摂っていた。本日の賄いは食材が余っていたのでアウトスメイテルとオニオンスープだ。料理を作り終えたのでフロアの方へ運ぶと、カウンター席でぐったりと突っ伏した明嗣が目に入る。

 

「はいよ、お疲れさん」

「まさか混雑している時に出くわすとは……。ハァ……ツイてないぜ……」

「まっ、おかげで俺は助かったけどな。ほれ、賄い」

 

 カウンターに突っ伏したまま嘆く明嗣の横へ、アルバートは料理を置いた。だが、明嗣は顔を伏せたまま、料理に手を付けようとしなかった。

 

「どうした?」

「なんか何も食う気になれねぇんだ……」

「珍しい事もあるもんだな。ところで、拉致られた先はどうだったよ? 本当に人間と吸血鬼が一緒に暮らしてたのか?」

 

 アウトスメイテルを齧るアルバートの質問は、世間話でもするような軽い調子だった。対して、顔を上げて髪をかき上げる明嗣の表情は参ったと言いたげな心境が滲み出る力ない笑みだった。

 

理想郷(ユートピア)どころか絶望郷(ディストピア)だったよ……。生贄差し出させて何が共存だ……。はっ、笑わせるぜ……」

「そんなこったろうと思った。で、お前は何を落ち込んでるんだ」

「なんでかなぁ……。俺には関係ねぇはずなのに、なんかこのまま放っといて良いのかな、ってずっと引っかかっちまって……」

 

 別にヒーローの真似事がしたい訳ではない。むしろ、そんな事はまっぴらごめんだ、と鼻で笑い飛ばす側だ。でも、逃げ出す直前にぶつけられた結華の言葉と膝を抱えて泣いていた少年の姿が頭に焼き付いて離れない。

 

 クソっ……。どうしろってんだよ……。

 

 ギリッと明嗣は苛立たしげに奥歯を噛む。そんな明嗣に対し、アルバートは呆れたようにため息を吐いた。

 

「どうやらお前の辞書には“徹底的”って言葉がねぇみてぇだな」

「どういう意味だよ、それ」

「言葉通りの意味だ。あのな、明嗣。お前は人間と吸血鬼の間に生まれた半吸血鬼、つまり人間でもあって吸血鬼でもある中途半端な奴だ」

「そりゃケンカ売ってると受け取って良いのかな?」

 

 よく吸血鬼からぶつけられる侮蔑の言葉をアルバートが口にした事で、明嗣は静かに不快感を言葉にする。それを受け、アルバートは再び呆れたようにため息を吐いた。

 

「まぁ、聞け。お前は中途半端だし、どちらかと言えば人の大切な物を壊す方が多い破壊者だ。でもな、やる事まで中途半端に済ます必要はねぇんだよ」

「何が言いてぇんだよ」

「だからな、ぶっ壊すなら()()()()()()って事。俺から言えるのはここまでだ。あとは自分で考えな」

「徹底的、ねぇ……」

 

 壊すったって何ぶっ壊しゃいいんだよ……。

 

 分かったような分からないような……。ヒントのような物を言っているのは理解できるが、いまいちピンと来ない表情で首を傾げて見せる明嗣。そんな明嗣へ、アルバートは明嗣の分にと用意した料理を移動させる。

 

「まっ、この話はここまでにしてとりあえず冷めない内に食いな。食えば気分もほぐれるぞ」

 

 フゥ、と溜めていた物を吐き出すように息を吐いた明嗣は、オニオンスープをすすった。ここに戻ってくるまで口にした物がオレンジジュースのみだった胃袋に、温かいスープはよく染み渡る。次にアウトスメイテルを口にした。食パンの上に乗せられた目玉焼きの黄身は半生状態で、それが生ハムとチーズと絡まり、口の中で絶妙な味のハーモニーを奏でた。

 

 なんか……すげぇ美味く感じる……。

 

 空腹は最高の調味料、とはよく聞くがここまで物だったのか。あっという間に食事を平らげた明嗣は、満足気に息を吐いた。

 

「ごっそさん」

「はいよ。こっちに寄越しな」

 

 明嗣は皿を差し出してアルバートに預けた。預けられた皿を軽く水洗いして食洗機にかけたアルバートは、腕を組み明嗣へ問いかける。

 

「で、どうすんだ?」

「何が?」

「情報、アイツらに渡すのか? 道は覚えてんだろ?」

 

 アルバートの問いに明嗣は天井を見上げた。どうするにせよ、ヴァスコとミカエラにジル・ド・レの居場所を教えるかどうかは次に会うまでに決めておかなければならない問題だ。個人的な心情としては渡しても得がないので無視したいのが本音だ。それにいざという時の交渉のカードとしても使えるので、ここで渡すのは惜しい気がする。

 

「どうするかねぇ……」

 

 情報戦の駆け引きが苦手な明嗣は頭を悩ませた。考え込んでいると勢いよく扉が開け放たれた。

 

「マスター! 外にあったバイク――」

 

 慌てた声と共に飛び込んできた人物、鈴音はカウンター席に座る明嗣の姿を目にするなり、恐るべき勢いで明嗣へ詰め寄った。

 

「無事ならなんで連絡しないの! いつまでも反応ないから死んだかと思ったじゃん!」

「ちょい待て! いったい何の話だ!?」

「レイン! 友達申請して何も返ってこないし半分諦めてたんだから!」

「ハァッ!? レイン!? いったいどっから手に入れた!?」

「今はそんな事どうでもいいよ! それよりもアタシだけじゃなくて澪だって心配してたんだよ!?」

 

 どうやら表に出していなかっただけで、鈴音もそれなりに心配していたようだった。一方、やり取りを見守るアルバートは、どんどん追い詰められていく明嗣と烈火のごとき勢いで詰め寄っていく鈴音を前に苦笑いを浮かべた。

 

 まぁ、静まり返って葬式みたいな空気になるよりかは良いな。

 

 若い奴らが元気な事は良い事だ。ひとまず、鈴音の好きにさせてやる事にしたアルバートは食洗機から洗浄を終えた食器類を取り出し、水気を取り始めた。

 この後、散々心配させた鬱憤をぶつけた鈴音は、明嗣にスマートフォンを取り出させてレインIDの登録を承認させようとした。だが、バッテリーの残量がゼロで明嗣のスマートフォンは何も映す事ができない。よって……。

 

「信用できねぇからってここまでさせるか……」

 

 鈴音に引っ張られる形で地下工房に移動した明嗣は、充電コードに繋がれた自分のスマートフォンを不満げな表情で眺めていた。対して、鈴音は腕を組んだ仁王立ちの状態で答えた。

 

「当然。放っといたらずっとそのままでいそうだからね〜。はい、電源入れる」

 

 鈴音はジトッとした視線を送り、スマートフォンを起動するように指示した。対して、明嗣は渋々といった表情で従い、スマートフォンの電源を入れた。やがて、ホーム画面が表示されると通知欄にレインのアプリから2件の友達申請が届いた通知が表示された。

 

「なぁ……マジに通さなきゃダメか?」

「だめ。はい、さっさと承認する」

「ハァ……。彩城はともかく、お前がいるタイムラインはうるさそうだな……」

 

 嫌々と明嗣が承認のボタンをタップすると、友達欄に鈴音と澪の名前が追加された。当然、鈴音のスマートフォンにもその通知が届いた。

 かくして、明嗣に二人のレイン友達が追加された。

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