ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第67話 乱戦

 ミカエラに引っ張られ、アルバートの手によって聖水が降り注ぐフロアから離れた澪は、ミカエラに手を引かれながら薄暗い通路を歩いていた。だが、半ば無理やり離れさせられる形だったので、澪は不服の声を上げる。

 

「先生! 離してください!」

「あら、どうするの?」

「決まってます! 戻るんですよ!」

「その後は? いったい何をするつもり?」

「え……?」

 

 途中まで良かった澪の威勢が瞬時に(しぼ)んでいってしまう。大人しくなった澪に対し、ミカエラはさらに続ける。

 

「あのね? 今、あの場にいても格好の的よ。 あなた、銃を撃てる? 刃物を他人の肉へ入れた経験はあるの?」

「あ、ありません……」

「でしょうね。そんなことするようには見えないもの。だから、あの場から離れさせたのよ。足手まといだから」

「なら……どうしてあたしをここに連れて来たんですか?」

 

 そこまで分かっているのなら、どうしてこの場に連れてきたのか。当然の疑問を口にする澪へ、ミカエラは身体を伸ばしながら答えた。

 

「ここにいる人間の避難させる手伝いよ。あっちには4人もいれば十分だし、ここにいる吸血鬼があれだけだと思えないから、1人だと大変なのよね〜」

「な、なるほど……」

 

 言われてみれば、と納得した澪。やる事が決まった所で、ミカエラは澪へ呼びかけた。

 

「ねぇ、ミオ。一つ聞いていい?」

「何ですか?」

「どうして、付いてこようと思ったの? 何かあなたに得する事でもある?」

「特にご褒美があるって訳じゃないですけど……」

「なら、どうして?」

 

 ミカエラは興味津々といった表情を浮かべ、澪へ問いかける。家で大人しくしていれば良いのに、わざわざこんな危険な場所にやって来たのは、いったいどんな理由だろうか。いったい、どういう経緯でこっちの世界の事を知ったのかは分からないが、そこまで深入りして何の意味があるのか。ふと、それが気になったのだ。

 対して、澪は迷うように視線を泳がせると躊躇いがちに口を開く。

 

「その……すごいなって思ったから……」

「すごい?」

 

 不思議な物を見るような表情で繰り返すミカエラに対して、澪は頷いて続ける。

 

「だって、すごいじゃないですか! 明嗣くんも鈴音ちゃんも、あたしとそんな変わらないのに人知れず吸血鬼と戦って街を守っているんですよ!  だから、あたしも一緒にいても恥ずかしくないようにしたいな、って。じゃないと、一緒にいる資格とかない気がして……」

「資格、ねぇ……」

 

 はたしてそうだろうか? 釈然としない表情でミカエラは首を傾げる。すると、澪はさらに思っている事を口にする。

 

「それに、いざって時は助けてって、明嗣くんに言ったら努力するって言ってくれたんです。だから、あたしも明嗣くんの助けになれるようにがんばらなきゃ、ってそう思うんです」

「なるほどねぇ。でもね、ミオ。ちょっと考えてみて」

 

 話を聞き終えたミカエラはふと、一つの疑問を口にした。

 

「その理屈で言えば今回付いて来たの、本当に彼を助ける事になるって言えるかしら?」

「えっ?」

「だって、ここに来たいって言った時、彼は困った反応をしてたでしょ? 助けになりたいのに、困らせているようじゃ、本末転倒じゃない」

「あっ……」

 

 ミカエラの指摘に対して、澪は以前アルバートから言われた事を思い出し、今の状況を振り返った。これからはもっと物事をよく考えろと言われていたのに、また自分の都合だけで行動してしまっている。

 

「あたし、また……」

 

 自分の行動の意味を理解した澪はうつむいてしまった。ミカエラは落ち込む澪の肩に手を置いた。

 

「誰かの助けになりたいって想いは否定しないけど、そういうのって身の丈に合った範囲でするのがお互いのためってものよね」

「そう……ですね……」

「分かったのなら、切り替えて行きましょ。今はここにいる人達の避難させる事が先決。次から気をつければ良いのよ」

「……はい!」

 

 説教は終わりとばかりにミカエラが先を歩き始めた。

 

 できる事……。

 

 澪はミカエラから言われた事を頭の中で繰り返しながら後ろに続いて歩き出した。やがて、ミカエラのロザリオが光りだし、吸血鬼の接近を知らせた。

 

「招かれざる客が来たようね」

 

 ミカエラはデュランダルを抜き、不敵な笑みを浮かべた。カソリックの手により退魔の剣と成ったデュランダルが鈍い輝きを放つ。

 

「それじゃ、お仕事開始ね」

 

 

 

 一方、ジル・ド・レと対峙している明嗣達は……。

 

「おいおい、これじゃあ、鴨撃ち(ダックハント)だな……」

 

 明嗣が聖水を浴びた事で皮膚が(ただ)れた吸血鬼の頭へ向け、ブラックゴスペルの引き金を引く。現在スプリンクラーから聖水が降り注いでいるため、被った吸血鬼は硫酸をかけられたかのような痛みに苦しみ、動きが鈍くなってしまうのだ。そして、ブラックゴスペルには10mm 水銀式炸裂弾(エクスプローシブ・シルバー・ジャケット)が装填されているため、撃たれた吸血鬼が灰と化した。そこへアサルトライフルを手にした人間達が明嗣へ銃口を向ける。

 

「どうして、半吸血鬼(ダンピール)のあなたが俺達に銃を向けているんですか!?」

「どうして? そっちこそ分かんねぇのか? ジル・ド・レに付くって事はいつか餌にされるって事なんだぜ?」

「だからなんですか! ジル・ド・レ様は俺達を人として扱ってくれた! 社会から脱落して見捨てられた俺達に希望を与えてくれたんだ!」

「そうやって、お前は家畜ですって言われながら生きていくつもりか。俺ならそんな人生ごめんだぜ」

 

 吐き捨てるように切り捨てた明嗣は、今度はホワイトディスペルの引き金を引いた。ゴム弾が装填されているため、殺傷能力はない。だが、時速340km/hで放たれるゴムの塊はプロボクサーが放つ拳ほどの威力を発揮するため、相当な痛みに苦しむ事となる。

 

「悪いな。俺、人は殺さねぇ事にしたから」

 

 謝りながら明嗣は痛みに悶える人間達の頭へ、さらにホワイトディスペルの引き金を引いた。ゴム弾が頭に当たった衝撃で脳みそが揺らされるため、撃たれた者は意識を刈り取られる。

 

「わぁ……えげつなぁ……」

 

 明嗣の戦う様子を眺めていた鈴音の表情が引きつる。かく言う鈴音の足元にも無数の気を失った人間が倒れ、灰の山が積もっていた。

 

「一回で終わらせてあげればいいのに明嗣って性格悪っ……」

「よそ見をするなぁ!!」

 

 明嗣に気を取られている鈴音に吸血鬼と人間の混成部隊が襲いかかる。鈴音はポーチより呪符を取り出し、皮膚が爛れた吸血鬼に対して嫌な表情を浮かべた。

 

「ゾンビ映画みたいな見た目で近づいて来ないで! おいで、青龍!」

 

 鈴音の呼びかけに応じた青い龍の式神、青龍が舞い降りた。水を司る龍の式神に対し、鈴音は手を前に出して命令する。

 

「薙ぎ払って!」

 

 鈴音の命令に応えた青龍の口元に小さな水球が生成されていく。やがて、青龍が咆哮をあげた瞬間、何かの力で押さえつけられているかのように震える水球が一本の線となって放出された。青龍により作り出された水はその能力により、邪な魂を清めて聖なる者を癒やす聖水となる。そして、出口を絞るほど勢いを増す水流は糸ほどに細めた時、硬い金属をも切り裂く鋭い剣となる。

 聖水を用いた水の剣が吸血鬼の首を刎ね飛ばしたのを確認した鈴音は、ホッと安心したように息を吐いた。

 

「はぁ〜、怖かった〜。やっぱゾンビとか気持ち悪くて苦手……」

 

 鈴音が仕事を果たした青龍を撫でると物陰から影が飛び出してきた。吸血鬼なら自動で迎撃する青龍が何も反応を示さないので、この襲撃者は人間だと判断する事ができた。

 

「死ねッ! 社会の犬が!」

「そんなんじゃないし!」

 

 憎悪の叫びを上げながら襲い来る襲撃者に対し、鈴音は刀の鞘を突き出した。鳩尾に向けて突き出されたその一突きは確実に襲撃者の意識を奪う。

 

「もう……勝手に決めつけないでよね……」

「あああああ!!」

「まだいたの!?」

 

 襲撃者を退けて気を緩めた一瞬を狙い、もう一人の襲撃者が鈴音へ襲いかかった。血を思わせるような赤い瞳と聖水により爛れた皮膚、次に出てきた襲撃者は吸血鬼だった。不意を突かれた鈴音が一瞬固まった。何気ない日常なら問題ないその一瞬は、つねに目まぐるしく状況が変わる戦場においては命取りとなる。

 

 やばっ!?

 

 真正面から飛びかかってきた吸血鬼を受け止めてしまったため、押し倒される形で鈴音は押さえつけられる事となる。

 

「血ィ……血をよこせェ……!!」

 

 しばらく満足に血を飲んでいないのか、鈴音を射抜く赤い()には飢えた猛獣のような眼光が宿っている。これから喰い殺す獲物を見るような視線を前に、鈴音は思わず頭の中に死の1文字を思い浮かべてしまった。

 

 嘘……!? こんな事で死ぬの……!?

 

 こんなに呆気なく命は奪われる物なのか。絶望が鈴音の頭の中を染め上げていく。だが、爛れた顔が首に触れる直前で、鈴音を押さえていた吸血鬼は何かに引っ張られるように宙へ浮かんで行った。

 

「何……?」

「貴様、それでも戦士か。戦場で油断するなど言語道断だ」

 

 声のした方へ鈴音が目を向けると、人形を用いて人間は殴る事で気絶させ、吸血鬼達は掌に仕込んだ鉄杭で心臓を穿つ事で屠っていくヴァスコがいた。どうやら、彼が指先から伸ばした鋼鉄糸(ワイヤー)で鈴音を助けてくれたようだ。

 

「毎回そんな調子なのか? 今までよく生き残って来れたな」

「こ、今回はたまたまだし! バカにしないで!」

 

 小馬鹿にしたようなヴァスコの物言いに対し、口を返した鈴音が床を蹴ると、もう一枚の呪符を手にした。

 

「おいで、朱雀!」

 

 呼びかけに応じて炎を司る不死鳥の式神である朱雀が炎の翼を広げて宙を舞う。その後、鈴音はヴァスコの操り人形を足場にして宙へ飛び上がる。

 

「貴様、よくも私のエクシアを足蹴にしたな!」

「うっさい! ちょうど良い高さなのが悪い!」

 

 天使の名を冠す人形を足場に使われて憤慨するヴァスコ。対して、口を返しつつ、高く飛び上がった鈴音は愛刀の鍔を押し上げ、柄に手をかけた。同時に呼び出したばかりの朱雀が刀の中に溶け込み、憑依する。

 

「持月流居合術 (ほむら)の太刀……」

 

 鞘から漏れ出る炎が円陣を描いていく。やがて、鈴音は朱雀が憑いた刀を抜き放ち一閃した。

 

鳳閃火(ほうせんか)!」

 

 炎の円陣を通して抜き放たれた刃はその身を炎へ変え、鳳仙花の花が散るように飛んでいく。やがて、鈴音が放った炎の一太刀は軌跡を描きながら吸血鬼の元へ飛んでいき、その身を焼いた。

 

「おーおー、こりゃ俺はいらなかったかな?」

 

 一歩離れた場所から見守るアルバートがショットガンを肩に担ぎながら、称賛するように口笛を吹く。ここまで若者たちが暴れていると、年長者(ロートル)の出る幕はないと言っても過言では無い。

 

 せっかく色々用意してきたのに全部無駄になりそうだな……。

 

 やる事が思いつかないので、アルバートが一服つけようと紙煙草の箱とジッポライターを取り出した。ゴム弾や炸薬にマグネシウムを混ぜた散弾、通称ドラゴンブレス弾まで用意したが、この分だと優秀な若人達のおかげで出番が与えてもらえそうになさそうだ。

 

 さて、どうするかねぇ……って、ん?

 

 退屈そうな表情で戦況を眺めるアルバートは異変を見つけた。すかさず、絶賛大暴れ中の若い衆へ向けて、アルバートが呼びかけた。

 

「おい、お前ら! 緊急事態だ! 青髭がいねぇぞ!」

 

 その一声で明嗣、鈴音、ヴァスコの3人は即座に周囲を見回した。すると、たしかに赤い外套を身にまとったジル・ド・レの姿がいつの間にか消えている。

 

「クソッ! ドサクサに紛れて姿を眩ましたな! あの野郎、どこ行った!?」

 

 忌々しげに舌打ちした明嗣に対し、アルバートが再び呼びかけた。

 

「明嗣! ここの中はお前の方が詳しいから先に行け! 後から追いかける!」

「分かった! 迷うなよ!」

 

 頷いた明嗣が戦線を離れてジル・ド・レ捜索に向かい、闇の中に消えた。やがて、明嗣が離れたのを確認したアルバートは手にしたショットガン、ベネリ M3 スーパー90を構える。最近は明嗣や鈴音に任せ切りだったから身体が訛っていないだろうか。心配する胸の内に反して、アルバートは口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。なぜなら、戦いおいて不変のルールが存在する事をアルバートは知っているから。そして、そのルールとはただ一つ。

 

 ()()()()()はビビったら負けなのだ。

 

「さて、お掃除開始だ」

 

 気合いを入れるように呟いたアルバートは引き金に指をかける。そして、鈴音とヴァスコへ加勢する最初の一発目を吸血鬼へ向けて撃ち込んだ。

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