ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第75話 半吸血鬼の銃撃手

 気がついた時、周りの景色は一変していた。

 薄暗い屋内にいたはずが足元には大きな血溜まりが点在する血の池地獄、空気には鉄と生臭さがブレンドされた血液の香り。そして、極めつけにはやたら人骨の山が目につく。

 

 なんだこれ……!? どうなってんだ!?

 

 いきなりの変容に明嗣は心臓の鼓動が早くなった事を感じた。どう見ても、これは異空間に引っ張りこまれて隔離されたとしか考えられないのだ。つまり、ここは完全にジル・ド・レの狩り場となってしまったのだ。起動スイッチは考えるまでも結華の自傷行為によって流れ出た血液である事は想像に難くない。

 

 まさか、これが例の『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』って奴か?

 

 むせ返るような血の香りに明嗣はおもわず袖で鼻と口元を覆った。ここまで酷いと嫌でも吐き気が込み上がってきてしまう。対して、この空間を作り出した張本人であるジル・ド・レと結華は何事もないように平然としていた。

 

「いかがです? これが私の聖域です」

「聖域だ? 地獄の間違いだろ。こんなひでぇ匂いが充満してるとこは初めてだ、クソっ」

 

 毒づきつつ、明嗣は頭を回し始めた。どうやったら脱出できる。ここにいる事が許されるタイムリミットは。今得られる情報で何とか状況を分析して、自分が優位に立つ糸口を探る明嗣。そんな明嗣に対してジル・ド・レは、得意げに笑みを浮かべた。

 

「申し訳ございません。ここは私が儀式を行う際に使う場所を再現した物でして。匂いが酷いのは勘弁してください」

「儀式……だと……?」

「ええ。ここは私が学んだ魔術を試す際に使う実験場でございます」

 

 瞬間、明嗣は背中が粟立つのを感じた。その言葉が真実だとすると、この場所で彼の悪行が行われ、数おおくの少年が命を落とした事になる。そして、そのリストの中に明嗣が加わろうとしているという訳だ。

 

「ハッ。今度の贄は趣向を変えて半分吸血鬼の俺って訳か」

「いえいえ、滅相もない……。あなたを贄にするだなんて、そんな……」

 

 瞬間、何か硬い感触が明嗣を包み込む。耳元ではカタカタと歯がぶつかる音がけたたましく鳴る。

 

「ちょっと灸を据えるだけですよ。今のあなたはジャンヌに謁見させるには不躾(ぶしつけ)が過ぎます」

「チッ!」

 

 明嗣はけたたましく鳴り響く音の正体に舌打ちした。耳元でカタカタうるさい物の正体は頭蓋骨だった。それだけではない。背骨や肋骨、大腿骨に至るまで身体を構成する骨があるべき場所で自らの役目を全うしていたのだ。さしずめ、骨の歩兵といった所だろうか。

 

 クソッ! 振りほどけねぇ!

 

 骨だけとは思えない強い力で組み付かれているため、腕の骨を掴んで引き剥がそうとしてみるもビクともしない。

 

 しゃあねぇ。こうなりゃアレだ。せーの――。

 

 明嗣は一旦大きく息を吐くと、ピタリと動きを止めた。そして、一瞬で息を吸い込むと腕に力を込める。

 

「セァッ!」

 

 掛け声と共に、明嗣は背後へ向けてエルボーを繰り出した。すると、目論見通りに肘を打ち込まれた肋骨が折れて骨だけの身体が崩れさる。正面から組み付いていたのなら、3.3cmの隙間さえあれば繰り出せるワンインチパンチで粉砕できていたが、こればっかりは仕方ない。

 

「フゥー……」

 

 適当に動画を漁っている時に見つけたムエタイ選手の見よう見まねだったが、上手く打ち込めた事に明嗣は内心、ホッと胸を撫で下ろした。だが、骨の歩兵の襲撃はこれでは終わらない。周りを見回すと、ざっと見積もって50を超える骨の兵がゆっくりとこちらの方へ向かってくる。

 

「おーおー……ずいぶん揃えてきたな」

 

 指先で愛銃の一つ、ホワイトディスペルをクルクルと回して弄びながら明嗣は余裕をひけらかすように口端を吊り上げた。

 

「こんだけ増やした所でただの的だぜ。壁にすらなりゃしねぇ」

「余裕でいられるのも今の内ですよ。ここは私の城だ」

 

 ジル・ド・レが右手を上げて見せた。その仕草は処刑執行する際に行うサインだ。一方、明嗣は銃を回す手を止めて銃把を握り込む。

 お互いが動きを止めたため、その場に糸のように張り詰めた緊張感が漂い始めた。自然と見守る結華も息を飲む。そして、ジル・ド・レが上げた右手を振り下ろした瞬間、骨の兵達が明嗣へ襲いかかった。

 

 

 

 一方、アルバート達が待機している屋外では……。

 

「おい……。どうなってんだこりゃあ……」

 

 目の前で起こっている現象を前に、アルバートは言葉を失って立ち尽くす。何故なら、先程まで自分達が中にいた建物が霧に包まれてしまったのだから。まるで、外界から自身を隔離しているようだ。鈴音と澪も同様に霧に包まれた建物を見上げている。その隣で、何が起きたのか理解しているヴァスコが舌打ちをした。

 

「『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』が起動した……!」

「え? それじゃあ……」

「ええ。今、ひっじょ〜うに不味い状況ね……」

 

 澪が言わんとする事にミカエラが頷いた。これを避けるために動き始めたばかりだったのに失敗してしまった。だが、この状況に対し、鈴音が疑問の声を上げる。

 

「これが『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』だって言うのは分かったけど、具体的にはどうなるの? パッと見じゃ、ただ霧が包みこんでいるだけにしか見えないんだけど……」

 

 鈴音が首を傾げるのも無理はない。何故なら、一目見た限りでは本当に霧が包みこんでいるようにしか見えないのだ。そこまで深刻な事態ではないように思える。だが、ミカエラは鈴音の疑問に対して忌々しげな表情を浮かべた。

 

「あれが起動したら、あの霧の中はたちまち外の世界と隔絶されて異界化してしまうのよ。それが“領地になる”という事」

「え、じゃあ明嗣くんは……」

「そう。中にいる半吸血鬼の坊やはジル・ド・レが作り出した異空間に囚われているはずよ」

 

 澪の言葉にミカエラが頷く。だが、『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』の異界化には外界との隔絶以外の効果があった。それは……。

 

「その異空間では発動者は王よ。世界を作り変えたりするのも、あの霧が包みこんでいる範囲までなら思いのまま。今、あの子はジル・ド・レが作り出した異空間に翻弄されているはずなの。それだけじゃないわ」

 

 真祖、特にジル・ド・レに『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』を使わせてはならない一番の理由。それは……。

 

「ジル・ド・レにはネクロノミコンがある。好きなように空間を作り出して、その広さを活かした黒魔術を使用する事ができるだろう。それに、ジル・ド・レがアーカードを攫った際に現れた謎の生物も気がかりだ。この状況になっても姿を現さないという事はあの中でしか――」

「おい、どうやらおしゃべりしてる場合じゃねぇみたいだぞ」

 

 ヴァスコの言葉を遮り、アルバートが霧に包まれた建物を指さして呼びかけた。心なしか、近づいてくるように周囲を霧が包み込む範囲が広がっているように見える。そして、霧の向こうから歩いてくる人影が複数体出現した。考えるまでもなく、あれもジル・ド・レが差し向けてきた刺客だろう。それを受け、鈴音は刀の鍔を親指で押し上げつつ、ミカエラに呼びかけた。

 

「もしかして、あれが霧の範囲を広げているの?」

「そうよ。あれが周囲に展開するほど、ジル・ド・レの領域が広がって、どんどん力を強めて行くの。阻止するには要にしている何かを破壊するか、外から城ごと吹き飛ばすしかないわ。ヴァスコ!」

Si(はい).シスター」

 

 ミカエラの呼びかけに応えたヴァスコは操り人形達が納まっている本を手にした。そして、対『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』用操り人形の展開を始めた。

 

 

 

 バシャバシャと水たまりを駆け抜ける音を響かせ、双銃を手にした明嗣が自らも黒い弾丸となって突っ込んでいく。前方に待ち受けるは五十を超える骨の兵。剣や斧を手に、幾何学模様を描くように展開している。一対五十という、一見すると圧倒的な不利と思えるような状況だ。だが、それでも明嗣は躊躇うことなく正面から突っ込んでいく。まずはすれ違いざまに一体。頭蓋骨と腰へ向けて使用弾薬である10mm 水銀式炸裂弾(エクスプローシブ・シルバー・ジャケット)を一発ずつ撃ち込む。着弾の爆発により、頭蓋骨と腰骨が跡形もなく消し飛び、残った部分が崩れていく。その後、脚を止めて身体にブレーキを掛けた明嗣は、くるりとその場で回って五回発砲。全弾命中により、新たに骨の兵が五体活動を停止する。自立した思考能力が備わっているのか、骨の兵達は動き回れないように10体で明嗣を取り囲む。だが、明嗣は構うことなく両手を広げて引き金を引いていく。狙いを定めた標的への着弾を確認した瞬間、明嗣は身体を方向転換して腕を交差させながら引き金を引いて、さらに二体を骨の山へ変えていく。

 このような調子で明嗣はちゃくちゃくと掃除をするかのように骨の兵達を壊していく。その様子は十戒を作り出したモーゼが海を割った伝説を彷彿させるような有り様である。これが明嗣の二つ名「半吸血鬼の銃撃手(ガンスリンガー・オブ・ダンピール)」の所以だった。元々、そこらの刀剣では全力での打ち込みに耐えきれないから銃を使っていたというのもあるが、近接での銃撃戦に関して明嗣は天性の()()()()()を発揮した。どんなに早く走っていても標的を捉える空間認識と情報処理能力。相手からの攻撃に対して思い切って懐に飛び込む事で回避する度胸。不意の反撃にも対処して見せる冷静さと反応速度。相手と向き合って戦う際に必要な物全てが明嗣の中には備わっていた。

 

「そんな……あんなにたくさんいたのに……!?」

 

 結華は目の前で起きている事に対し、信じられないといった心境で驚きの表情を浮かべた。それもそのはずで、わずか30秒で残りの数は5体。つまり、30秒の間に骨の兵達で編成された部隊はほぼ壊滅させられたのだ。しかも、背面撃ちなどのトリックショットまで織り交ぜるほどの余裕まで見せてきた。そして、最後の一体を片付けた明嗣は、ジル・ド・レへ銃口を向ける。

 

「来いよ、オルレアンの亡霊。ジャンヌへ会いに行く用意をしな」

 

 次はお前だ、とばかりに明嗣は宣戦布告の言葉と共に不敵な笑みを浮かべた。だが、明嗣の獅子奮迅の大立ち回りを見せつけられたのにも関わらず、ジル・ド・レは口元を歪ませて不気味な笑みを貼り付けていた。

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