ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第80話 贖罪の義務

「つっかれた〜……」

 

 全てに決着がつき、緊張の糸が切れた明嗣はその場に尻もちをつくように腰を下ろした。これでやっと一息つける。疲れてへたりこんだ明嗣へ、澪が労いの言葉をかけた。

 

「お疲れ様。大丈夫? どこか怪我してない?」

「ああ。オーライだ。でも、さすがに今回は――」

「ちょっ、何してるの!?」

 

 全部終わったとばかりに安心しきっている明嗣の耳へ、鈴音の叫び声が飛び込んでくる。

 いきなりの叫び声なので、自然と視線が鈴音の方へ集まっていく。見れば、なんと鈴音が結華の手首を掴んでいたのだ。そして、鈴音が掴んでいる結華の手には、『血界の孤城(ブラッディ・パレス)』を発動させる際に使用したナイフが握られていた。

 

「離してください!」

 

 腕を掴まれた状態でも構わず、無理やり自分の喉元へナイフを突き立てようとする結華。それを受け、鈴音は即座に結華の腕をひねりあげて、ナイフを取り上げた。

 

「おい、何があったんだ」

 

 何やらただ事ではない事を察知したアルバートが割って入る。こちらへの敵意はないので、すぐに解放した鈴音が、理解できないと言いたげな表情で説明し始めた。

 

「この子がいきなりナイフで自殺しようとしたから止めたんだよ。何があったか知らないけど自殺なんて……」

「なんだって?」

 

 事情を聞いたアルバートは結華の方へ目を向けた。すると、結華は懇願するような表情で鈴音からナイフを取り返そうとする。

 

「返してください!」

「あのなぁ……嬢ちゃん。そりゃ生きてりゃ、死にたくなる瞬間なんて何回もやってくるけどな。死んだら死んだ事を後悔する事すらできなくなるんだぞ? それでも良いのか?」

 

 アルバートは諭すように言葉をかけるが、それでも結華はうなだれたまま、力のない声で返す。

 

「もう疲れたんですよ……。私にはもう生きている理由もないんです。必要としてくれてたジル・ド・レ様も死んだ。帰る家もない。この世界に私の居場所なんてどこにもないんですよ。それに、今まで人間と吸血鬼の間を取り持つ礎として、他の人を生贄にして生きてきました。そんな奴、生きていたってしょうがないでしょう?」

 

 語る結華の目は虚ろだ。もう何もかもに絶望している。言葉にせずとも彼女の心境は目に宿る光が物語っていた。

 

「どうでもよくなったんです。だから、もう終わりにしたいんですよ」

 

 声と同じくらい力のない、諦めた笑みを浮かべる結華。そんな結華の様子を前に、アルバートと鈴音はなんと声をかけて良いか分からなくなってしまい、黙り込んでしまった。

 いたたまれなくなったのか、次にミカエラが慰めの言葉をかけようとした。

 

「それは辛かったわね……。でもね、それでも生きていればいつか赦される日が――」

「どけ」

 

 突如、シスターとして慰めようとするミカエラを押しのける者が一人現れた。結華が死のうと決めた原因である明嗣だ。クリムゾンタスク使用の影響で身体を引きずるように重い足取りで、明嗣は結華の元へ歩いて行く。そして、何を思ったか明嗣は結華の胸ぐらを掴んだ。

 

「明嗣! 女の子!」

「うるせぇ、男女平等だ。自分(テメェ)の責任から逃げようとしてる奴に男も女もねぇよ」

 

 明嗣の有無を言わせぬ威圧感を纏った語気に、咎めようとした鈴音は思わずたじろいでしまった。一方、胸ぐらを掴まれた結華は気だるげに口を開く。

 

「責任から逃げるって何ですか。私は今責任取ろうとしてるじゃないですか」

「はっ。自分で死のうとする事でか」

「そうですよ。何がいけないんですか」

「お前みたいな甘ったれ小娘の命一個差し出した所で、今までお前が()()()()()()の償いになんかなる訳ねぇだろうが」

「なら、どうすれば良いんですか。自分で死ぬ以外にできる事ってあるんですか」

 

 口を返す結華の表情は、まるで不貞腐れた子供を思わせる物だった。思い通りにいかないから拗ねて投げ出してしまおうとする子供のような態度の結華に、明嗣は思わず殴ってしまおうかと思わず拳を握った。だが、それでは届かないので明嗣は拳を握ったまま我慢する。そして殴る代わりに、彼女にとって本当に必要であろう言葉を口にした。

 

「向き合えよ。自分がしてきた事から逃げないで向き合って受け止めろ」

「……」

 

 不貞腐れた表情のまま、結華は黙り込んでしまった。だが、明嗣は構う事なく続ける。

 

「お前だけじゃねぇ。ここにいた奴らはたくさん人を死なせてきた。だから、それを償わなきゃなんねぇ義務と責任があんだよ。それを自殺なんかで全部チャラにできると思ってんのか。自惚れんな。お前の命なんかそんな上等なモンじゃねぇんだよ」

「なら、明嗣様はどうなんです。たくさん殺してきたと言うのなら、あなただって同じじゃないですか」

 

 人の事を言えた義理か、と悔しげな表情で睨む結華の視線が明嗣を射抜く。その視線に対し、明嗣は逃げる事なくまっすぐに向き合う。

 

「ああ、そうさ。俺だってたくさん殺してきたし、これからも殺す。けどな、それで助かる命だってあんだよ。だから、俺はこれからもたくさん殺してたくさん助ける。そうやって血で血を洗いながら生きていく覚悟だって決めてある。これが俺なりの贖罪だ。文句あっか」

「……ッ!」

 

 明嗣の答えに対して、結華は何かをこらえるように歯を食いしばっていた。よく見ると、目元には涙が滲んでいる。

 

「別に俺みてぇにやれとは言わねぇ。でもな、自分が世界で一番可哀想だって面で不幸自慢してんじゃねぇよ。そんな事してる暇あんなら、ちゃんと自分のした事と向き合って前に進め。甘えんな」

 

 気付けば、結華は大粒の涙を流したまま明嗣を睨んでいた。一方、言う事は言ったとばかりに、明嗣は手を離した。

 

「悔しいのか? なら――」

 

 突然、明嗣は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 

 な……んだ……?

 

 訳が分からないまま、前のめりに倒れた明嗣は結華に身体を預けるような形で意識を失ってしまった。

 

「お、おい!?」

「ちょっとどうしたの!?」

 

 結華にもたれかかるように倒れた明嗣に対して、アルバートと鈴音が慌てた声を上げる。すると、一番近くにいたミカエラが明嗣の状態を見て驚きの表情を浮かべた。

 

「シャツが真っ赤じゃない! 出血してるわ!」

「もしかしてジル・ド・レ様と戦った時の……?」

 

 その時の傷の影響で倒れたのでは、と結華が口にすると鈴音はガーゼを手にしながら、結華へ明嗣の傷の具合を尋ねた。

 

「どんな感じにやられたの? どこやられたとか分かる?」

「け、剣でお腹を一突きでした……。それでその剣を自分で引き抜いて……」

「なら……!」

 

 話を聞いた鈴音が即座に明嗣を仰向けにしてシャツの裾を捲る。すると、少し(あと)は残っているがシャツを汚した原因と思われる腹の傷は癒えていた。さらに耳を澄ますと、スゥスゥと穏やかな寝息も聞こえてくる。どうやら体力が尽きて気絶しただけのようだ。このまま放っておいても、しばらくしたら目を覚ます事だろう。何も問題はないと判断した鈴音は安心したように胸を撫で下ろした。

 

「疲れて意識を失っただけみたいだよ。いきなり倒れるなんて人騒がせだなぁ……」

「本当? 明嗣くん、大丈夫なの?」

 

 いつの間にか様子を見に来ていた澪が確認するように鈴音へ呼びかける。対して、鈴音は呆れたように腰に手を当てて返事した。

 

「たぶん、傷を塞ぐので体力を使い切ったんじゃない? これだけの出血量だし、本当はゆっくり時間かける物なのに、自力で無理にその場で塞いじゃったからこんな事なったんだと思うよ」

「あー……明嗣のクリムゾンタスクか……。調整したとはいえ、大量に血を流したんじゃ仕方ねぇか」

「そういえばあれ使ったらしんどいって明嗣くん言ってたね……」

 

 理由を聞いて、アルバートが納得したように頷き、澪は苦笑いを浮かべた。一方、事情が分からないミカエラとヴァスコは頭に疑問符を浮かべる。

 

「どういう事だ。コイツは死んだのか?」

「コラ。寝てるって言ってるのに殺しちゃダメでしょ。つまり、坊やの能力って事なのかしら?」

 

 勝手に死亡判定を下そうとしたヴァスコに対してミカエラがツッコミを入れた。その後、解釈違いがないか確認すると、アルバートが頷いて投擲して地面に刺さったままのクリムゾンタスクを引き抜く。

 

「コイツは明嗣の吸血鬼としての異能を具現化した物なんだよ。コイツのエンジンが回っている間は身体のあらゆる機能が底上げされる。でも、コイツの燃料は明嗣の血液だからエンジンが止まった後、こんな風にガス欠みたいな感じになるって訳だ。倒れたのは初めてだけどな……」

 

 言ってしまえば、それだけ体力を消費してしまったという事だろう。大量出血に加えて全力疾走しての脱出だ。気絶して倒れるのも無理は無い。

 やがて、穏やかに寝息を立てる明嗣を前に、澪がヴァスコへ呼びかける。

 

「ねぇ、ヴァスコくん」

「なんだ」

「これでも、明嗣くんがいつか人を襲うって言うの?」

「当たり前だ。口ではなんと言おうと、アイツが暴れ出す危険がある事に変わりはない」

「そっか……。でも、あたしは……」

 

 ヴァスコの返答に対し、澪は少し複雑な心境を滲ませる。たしかにヴァスコの言う事は正しい。だが、それでも――。

 

「それでもあたしは、明嗣くんを信じるよ」

 

 ヴァスコの言う通り、いつか明嗣は暴走して人を襲い出すかもしれない。本人も、それは承知しているかもしれない。だが、それでも明嗣は「たくさん殺してたくさん助ける」「これからも十字架を背負っていく」と宣って見せた。なら――。

 

「いっぱい助けるって言った明嗣くんの言葉を……あたしは信じたい」

 

 祈りにも似た澪の言葉にヴァスコは何も答える事はなかった。ミカエラも同じ懸念を抱えているのか、黙って澪の話を聞いていた。

 未来で起こる事は誰にも分からない。明るいのか暗いのかすらさえ、神のみぞ知る、だ。だが、それでも人は過ぎ行く時と共に自分の未来へ歩んでいかなければならないのだ。

 やがて、朝日が顔を出すと同時に、長い夜は終わりを告げた。

 

 

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