ポッキー・プリッツの日特別編 あなたはどっち?
11月11日。棒が四本並んでいるので、同じ形状のお菓子であるポッキーの日と呼ばれる日である。だが、同時にもう一つ、別の呼び名がある。その名はプリッツの日。厳密にはポッキーとはプリッツにチョコをコーティングしたチョコ菓子に分類される。対して、プリッツにはそのものに味付けが施されているスナック菓子に分類される。人によっては呼び方が別れるこの日、裏で吸血鬼狩りの依頼を請け負うレストラン、Hunter's rustplaatsでポッキーとプリッツを巡って一つの言い争いが起こっていた。
「だ・か・ら! 絶対にポッキーが良いって言ってるでしょ!」
「そんな事ないよ! プリッツが一番だよ!」
食事に来たお客が食事を楽しむフロアで。二人の少女が言い争いを繰り広げていた。
一人の名は、
対して、彼女と言い争う相手、この店のアルバイトスタッフとしてウェイトレス業務に従事する
「プリッツなんて手に味付けの粉が付いて手が汚れるじゃん!」
「それを言うならポッキーだって常温で放っておいたらチョコが溶けちゃうから唇が汚れるでしょ!」
「これ何時まで続くんだ……」
衰えることを知らないまま言い争う二人を前に、Hunter's rustplaatsの店主であるアルバート・ヘルシングがうんざりした様子でため息を吐く。かれこれ三十分ほどこの調子だ。別にどちらでも良いアルバートとしては、至極どうでもいい言い争いだった。だが、アルバートの心境など構うことなく、二人の言い争いはヒートアップしていく。
「だいたい有名なのはポッキーの日だし! プリッツの方が便乗してきたんだから偉そうにしないでくれる?」
「便乗してきたって言うなら、先に生まれたのはプリッツの方なんだからポッキーが偉そうにしないでくれる!?」
「今それ関係なくない!?」
「鈴音ちゃんが言い出したんでしょ!?」
挙げ句の果てには、どっちが先に生まれたかのマウントまで取り出す始末である。どっちでも良いから早く終わってくれないだろうか。店主であるアルバートは、ガラにもなく神に祈るように天井を見上げる。これでも、一応は仲裁を試みたのだ。だが、二人は――。
「店長は黙っててください!」
「マスターは黙ってて!」
と、一喝されてしまった。あまりの剣幕に自分が口出しした瞬間、大火傷をするのではないかと思う程だ。そんな訳で、どちらの派閥にも属さないアルバートは黙ってこの争いの行く末を見守るしかない。
誰か、この状況を収めてくれる救世主が現れないだろうか。どうでも良いから、早く店を開けたいなぁ……。この二人の言い争いが収まるまで店を開けられそうにないので、アルバートは澪と鈴音の言い争いを見守る事しかできない。
そんなアルバートの状況を不憫に思ってか、天は彼の望む救世主を寄越してきた。
突如、チリンとドアベルの音が響いた。この状況で店の中に足を踏み入れる命知らずはどこのどいつだ、とこの場にいる全員が出入り口のドアへ目を向ける。すると、そこにはもう一人の実働部隊メンバーにして
「あのなぁ……。デケェ声が外まで響いてんぞ。いったい何をそんな熱くなってんだよ」
「あ、明嗣! 良いところに! 明嗣はポッキーだよね!?」
「そんな事ないよね!? 明嗣くんはプリッツでしょ!?」
「待て、落ち着け! まず、何がどうなってんのか説明してくれよ!」
詰め寄る二人を押さえつつ、明嗣は目でアルバートへ状況の説明を求めた。すると、アルバートは疲れた様子で口を開いた。
「それがなぁ……」
アルバートが語るに、事の始まりは些細なことだった。
いつものように開店準備を進めていると、元気なドアベルの音が店内に響いた。
「おはようございまーす!」
ドアベルの音に負けず劣らず、元気な挨拶をしながら澪がやってきた。手にはどこかで買い物をしてきたのか、レジ袋がぶら下がっている。続いて、同じように買い物してきた事を伺わせるレジ袋を持った鈴音もやってきた。そして、いつも通りに二人で姦しく雑談を始める。
「あ、澪も今日はポッキーの日だから、ポッキー買ってきたの?」
袋の中からポッキーの赤い箱を取り出しつつ、鈴音が澪の買い物について触れた。すると、澪はプリッツの緑の箱を手にして、キョトンとした表情を浮かべる。
「え? 今日ってプリッツの日でしょ?」
「いや、今日はポッキーの日だって!」
「そんな事ないよ。 今日はプリッツの日だって」
「……ポッキー」
「プリッツ」
「ポッキー!」
「プリッツ!」
……。
「と、まぁ……こんな調子で言い争いを始めて今に至るって訳だ」
理由を語り終えたアルバートは再び疲れたようにため息を吐いた。すると、明嗣は頬を引くつかせて、アルバートへ確認を取った。
「それだけ?」
「それだけ」
く、くだらねぇ〜……。
聞き間違いである事を願ったが、どうやらそうではなかったようだ。理由を聞き終えた明嗣は、頭痛を抑えるようにこめかみへ指を当てた。
一方、明嗣が話を聞いている間に再び始まった澪と鈴音の言い争いは最高潮を迎えようとしていた。
「澪の石頭!」
「鈴音ちゃんの頑固者!」
「あー、もうお前らいい加減にしろ! こんなしょうもねぇ事で言い争って小学生か!」
見かねて、ついに明嗣が間に割って入る。すると、言い争いの矛先は明嗣へ向いた。
「じゃあ、明嗣に聞いてみようよ!」
「いいよ。そうしよう!」
突如、鈴音が口にした提案に澪が頷いて見せた。当然の事ながら、突然話を振られた明嗣は素っ頓狂な声を上げる。
「はぁ!?」
「ねぇ、明嗣。その買い物の中身、見せてよ」
「明嗣くんだってお菓子買うよね? 当然、今日にちなんだ物も買ってるよね? 見せてよ」
「いやいやいや! お前らの二人の問題だろうが! 俺の事巻き込むなよ!」
至極もっともな正論である。だが、もはや白黒つける事しか頭になかった澪と鈴音は、揃って明嗣へ詰め寄っていく。
「何? 見せられないの?」
「もしかして人には言えない物を買ったの?」
「お前らさっきまで言い争っていたくせにこういう時は息ぴったりか! なぁ、マスター!」
迫ってくる二人から距離を取りつつ、明嗣は視線でアルバートへ助けを求める。だが、アルバートはもうお手上げだとばかりに首を横に振った。
「すまん、明嗣。俺にはもうどうする事もできん」
「アンタは
悲痛な叫びが店内に響く。そして、明嗣はついに逃げ場のない隅へ追い込まれてしまった。
「さぁ、明嗣?」
「その買い物の中を見せて?」
一体どうしてこうなった。迫ってくる少女二人を前に、明嗣の頬に冷や汗が伝う。表情だけを見れば、澪も鈴音も笑顔を浮かべてはいた。だが、その目の奥では「自分の味方だよね?」と、圧力をかける威圧感を放っている。
やがて、どうしようもできない事を悟り、観念した明嗣は肩を落とした。
「分かったよ……。そこまで言うなら見せりゃ良いんだろ、見せりゃ……」
ガサゴソと明嗣は袋の中身を探る。実を言うと、明嗣もお菓子を買ってきていた。さぁ、やっとこの争いに決着がつく。澪と鈴音、そして何より、早く店を開けてしまいたいアルバート。3人の期待に満ちた眼差しが明嗣の手元に注がれる。
「俺が買ってきたのは……」
いったい明嗣はどっちを買ってきたのか。緊張感が糸のように張り詰める中、明嗣が手にしたお菓子は……。
「トッポだ」
トッポ……?
明嗣が提示した第三の答えに、一同は呆気にとられたような表情を浮かべた。太めのプリッツの中心をくり抜き、中へチョコレート充填したその菓子を手に、明嗣は「そもそもなぁ……」と続ける。
「ポッキーの日だのプリッツの日だの、元々は企業が売るために勝手に言いだした販売戦略だろうが。そんな物のためにムキになって喧嘩しているなんてアホくせぇと思わねぇのか」
・・・。
返す言葉もない、と黙り込む澪と鈴音。そして、おっしゃる通りとばかりに頷くアルバート。そんな3人を前に明嗣は包装を破き、「それに引き換え……」と口にしながらポリポリとトッポを食べ始める。
「やっぱトッポはすげぇよなぁ〜。最後までチョコタップリだもんなぁ〜」
一本食べ終えたので新しい一本を咥えて、明嗣は地下工房へ降りて行ってしまった。
言い争いが収まった事を確認したアルバートはやっと終わったかと、解放感から身体を伸ばして開店準備を再開する。
そして、最後に残されたのは企業戦略に踊らされて対立していた少女二人の徒労感のみだった。