自分たちへ話しかけてくるとは思わなかったのか、明嗣は声をかけてきた茉莉花に対して驚いた表情を浮かべた。対して、茉莉花は不思議な物を見るかのように首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……俺らの話に入ってくるなんて珍しいと思ってさ」
「たしかにそうだな。いったいどうしたんだ?」
返事をした明嗣に燈矢も続く。すると、茉莉花は心外だと言いたげに口を尖らせる。
「だって、二人共いつも楽しそうなんだもん。わたしだってどんなお話してるか気になるよ」
指先で巻いたりなど髪を弄びつつ、羨ましそうに明嗣と燈矢の間を行き来させる茉莉花。それを受け、燈矢が再びスマートフォンへ視線を落とした明嗣へ手を回して肩を組んで見せた。
「だってよ、明嗣。俺ら、仲良しに見えるらしいぞ」
「やめろ、気色悪ぃ。ベタベタすんじゃねえ」
鬱陶しいとばかりに明嗣は燈矢の腕を払うと、燈矢は怒り出してしまった。
「なにをー! 俺が話しかけてやらなきゃボッチのくせに生意気な!」
「あんだとコラ? 頼んでもねぇのにお前の方が絡んでくるんだろうが。そういうお前の方がボッチなんじゃねぇのか? アァ?」
「やっぱり仲良しだねー」
小競り合いをする二人を前に、茉莉花はクスクスと小さく笑って見せる。やがて、どっちがボッチかの短い言い合いに飽きた所で始業のチャイムが鳴り響いた。
「あ、もうホームルームが始まっちゃう。じゃあ、また混ぜてね」
「おーう。またいつかなー」
自分の席へ戻っていく茉莉花の背中へ、燈矢が軽く手を上げて返事した。その後、席が近い二人はそのまま雑談を継続させる。
「前から思ってたけど、燐藤さんってすげぇ可愛くね?」
「コナかけようとしてんならやめとけ。アイツ、彼氏いるぞ」
「マジで?」
「あぁ。この間、隣のクラスの早瀬とデートしてる所を見かけたぜ。しかも、腕を組んでラブラブって感じだったよ」
「ぐっ……。なら仕方ないな……!」
明嗣の話を聞いて、燈矢は悔しげに歯ぎしりをして見せた。すると、少し離れた所から女生徒の話し声が聞こえてきた。
「無理に決まってんじゃん。釣り合わないよ」
「ほーんとそれ。身の程弁えろって感じ」
燈矢を嘲笑する無遠慮な声が耳に入り、明嗣は思わず不満げな表情と共に舌打ちをした。
「うるせぇな……」
「お、どうした? あんなにウザがってのに庇ってくれんの?」
「ア? んな訳ねぇだろ。ただ、アイツらがうるせぇから黙らねぇかなと思っただけだ」
「照れんなよ、ツンデレめ」
「違ぇよバカ。ツンデレ男子なんて誰得だ」
「それが、俺って実は男女問わず気に入るキャラはだいたいツンデレでさ……」
「……」
もはや相手にするのも面倒、と疲れたように嘆息する明嗣。その後、担任教諭がやってきた所で話題が尽きてしまったので、その場はお開きとなった。
と、このような調子で昼と放課後も同じように明嗣の学生生活には燈矢がいた。そして、夜になると……。
「クッ……!?」
明嗣は上半身を仰け反らせて掌底突きを避ける。その後、よじるように身体を回転させて、右手に握ったデザートイーグルを頭に突きつけ、発砲した。脳天へ銀弾を撃ち込まれた相手は、食べかけのクッキーが崩れるように、ボロボロとその身体を灰の山へ変える。
絶命を確信すると、明嗣は肺いっぱいに空気を吸い込んで生の感触を実感した。そして、落ち着いた所でスマートフォンへ取り出し、明嗣はアルバートへ連絡した。
「マスター、終わった」
『おう。どうだ? 今回は気に入ったか?』
「ああ。今まで使った中だと一番気に入った」
『そうか。なら、お前の銃はデザートイーグルをカスタムする方向で話を進めるぞ』
「ああ。頼んだ」
通話が切れ、再び明嗣の周りに静寂が訪れる。
「帰るか……」
やがて、戦いの余韻から冷めた明嗣は引きずるような足取りで自宅へ向かって歩きだした。
このように今と変わらない、アルバートを窓口に吸血鬼を狩って金を稼ぐ生活を送っていた。
口では鬱陶しいだとか、燈矢の事を煙たがるような態度を取っているが実の所、燈矢が声をかけてくれる今を明嗣は気に入っていた。そして、このまま高校に進学しても変わらずにしょうもない事で小競り合いをしたり、漫画や映画の感想を言い合ったりする生活が続くと、なんとなく思っていた。
だが、現実は違った。
「なぁ、明嗣。ちょっと相談があんだけどさ……」
「なんだよ。金貸せっつーなら他所あたれよ」
「違うわ! タカるほど金遣い荒くねぇよ!」
「なら何だよ。つまんねぇ話なら聞かねぇからな」
図書室から借りてきたライトノベルのページをめくりながら、適当に相槌を打つ明嗣。一方、いつになく緊張した面持ちの燈矢は、どう切り出すか迷うように手遊びを始める。その仕草からどうやら真剣な話である事を理解した明嗣は、栞を挟んで本を閉じた。
やがて、覚悟を決めたのか、燈矢は意を決した表情で相談内容を口にした。
「俺さ、実はコクられたんだ」
「へぇ、誰に?」
「燐藤さん」
「は?」
誰に何をされたって? 明嗣は自分の耳を疑う。燐藤さん、ってあの燐藤 茉莉花なのか? たしか、彼氏がいただろう? 事態が飲み込めないでいる明嗣に対して、燈矢はたどたどしい調子で経緯の説明を始めた。
「1ヶ月前の事だったかな……。泣いてた所を偶然見つけて。それで、話を聞いてみたら早瀬の奴に浮気されたって言うんだ。それで慰めてそれっきりだったんだけど……」
「おぉ。で?」
相槌を打ち、続きを促すと燈矢は目の置き場に困ったように視線を泳がせて続きを語る。
「この間さ、慰めてくれた時からずっと気になってたって言って来たんだ。で、もし良かったら付き合わないか、って……」
事情説明を終え、燈矢は目を泳がせるのを止め、しっかりと明嗣に合わせた。
「なぁ、どうすりゃいいと思う?」
「どうするってお前……。俺に言われても仕方ねぇだろ、おい……」
思っていたより深刻な相談内容だった。まさか恋愛の事で相談を受ける事になるとは夢にも思わなかった。どう答えて良いか分からず、困った表情で腕を組む明嗣に、燈矢は縋り付くような表情で訴える。
「なぁ、明嗣。頼むよ。なんかいいアドバイスをくれ」
「いや、知んねぇよ。そもそもなんで俺に相談すんだ、そんな事」
「お前なら信頼できると思ったんだよ」
その答えで明嗣は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で放心した。お前は何を言っているんだと言いたげな目をする明嗣に対し、燈矢はさらに続ける。
「初めて話しかけた時からなんとなく相談相手になってくれそうだと思ってたんだよ。俺と感性が似ていて、俺より冷静なお前なら良い答えを導いてくれるってさ」
「って、言われても……。どうしろってんだ……」
「だよなー……」
手のうちようがない、と明嗣は肩を竦めて見せた。色恋に関しては、責任は全て当人にある、というのが明嗣のスタンスだ。よって、このように相談をされても、何も言える事がない。だが……。
燈矢はそんな俺を頼って来たんだよな……。
このまま、知らぬ存ぜぬで突き放す事もできる。しかし、それはあまりにも薄情な気もする。だから……。
「あー……その……なんだ……。コイツは独り言だが……」
頬を掻きながら、明嗣は遠くを見るように燈矢から目を逸らした。
「なかなかない機会だしな。別に悪く思ってないんなら、付き合ってみても良いんじゃねぇの?」
これが精一杯の答えだった。世の中にはいくら欲しくて行動しても恋人を作れない奴がごまんといる。だから、迷っているなら背中を押してやる事にした。たぶん、どんな結果に終わるとしても良い経験になるはずだ。
明嗣の独り言を聞いた瞬間、燈矢の瞳にその言葉が欲しかったとばかりの輝きが宿る。
「明嗣……。サンキュー! やっぱお前で正解だったな!」
礼を言うと、燈矢は教室を飛び出して行き、その夜に晴れてカップル成立の連絡が届いた。そして、二人の邪魔をしてはいけないと考えた明嗣は、連絡が届いた夜を堺に燈矢から距離を取るようになった。