ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第91話 可愛いお姫様

 一週間ぶりに姿を現した茉莉花は吸血鬼という、受け入れがたい変容を遂げていた。その事実を前に、明嗣は頭を殴られたような衝撃と目眩を覚えた。なぜ彼女がこんな事に? まさか、会わない間に吸血鬼に襲われて、吸血鬼の血液を取り込まされたのか? 吸血鬼となってしまった茉莉花に対し、様々な憶測を巡らせる明嗣。一方、茉莉花はキョトンと小首を傾げて見せた。

 

「どうしたの? もしかして、わたしの事をお化けだと思った?」

「な、なんで……。燐藤……お前――」

 

 自分がどうなっているか分かっているのか。呼びかけようと明嗣が出す声は震えていた。いつもだったら、吸血鬼と向き合ったらすぐに銃を抜いているのに、今はそれすらできていない。自分でも驚くほどに今の明嗣は動揺していた。そんな明嗣に対して、茉莉花はクスリと以前と変わらない微笑みを浮かべる。

 

「あぁ、そうだよね。びっくりするよね。いきなり()()()()()()()()()()()

 

 ――は?

 

 明嗣は茉莉花の言動を理解する事ができなかった。可愛くなっている? 悪い冗談にも程があるだろう。

 

 だって、燐藤……お前、それは……!! なんで……!!

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。どう言葉を紡いでいいか分からず、何も言えない明嗣に構うことなく、茉莉花は褒めて欲しいという眼差しを明嗣へ向ける。

 

「わたし、すっごく可愛くなったよね? 振り向いてもらおうって思って、今までで一番頑張ったよ?」

「り、燐藤……。お前、は――」

 

 事実を確認するのが怖くて、声が震えてしまう。だが、それでも明嗣はなんとか言葉を絞り出した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 震える声を通して明嗣の心境が伝わったのか、茉莉花はキョトンと小首を傾げて見せる。そして、明嗣が想定していた中で一番()()()()()を口にした。

 

「どう、って……ああ。明嗣くん、分かるんだ。わたし、()()()()()()()()()、って」

「――ッ!」

 

 もはや、なんと言葉をかけて良いのか分からなくなってしまった。どうやら、茉莉花は手遅れのようだ。口ぶりからして、自分から進んで吸血鬼になる事を選んだらしい。こうなってしまうと、もう明嗣には終わらせてやる事しか、できる事が残っていない。だが、その前に確認しなければならない事が一つあった。

 

「……燐藤」

「なぁに?」

 

 静かに名を呼ぶ明嗣に対して、茉莉花は返事をして嬉しそうに微笑む。そんな彼女へ、明嗣はなるべく感情を隠すように平坦な声で問いかける。

 

「なぜ吸血鬼になった。いったい何がお前をそうさせた」

「何が、って……。忘れん坊さんなんだね。だから――」

 

 いったいどうしてそんな事を尋ねるのか、と言いたげに茉莉花は不思議がるような表情を浮かべた。そして、ゆっくりと明嗣の方を指差した。

 

()()()()()()()だよ?」

「なっ……!?」

 

 俺の……ため……!?

 

 吸血鬼になったのは、自分のため? いったい何の冗談だ。思ってもみない理由に、明嗣の頭が理解を拒もうとする。だが、茉莉花は構う事なく続ける。

 

「明嗣くんにフラれた後、どうしても諦められなくて、ずっと胸が苦しかった。死んじゃおうとさえ思ったよ。でも、出来なかった。だからね、フッた事を後悔するくらい可愛くなって、明嗣くんの目を釘付けにしようって考えたんだ」

「だからってお前……!」

「どうしたら良いかな、って調べてたらどんな人でもとびっきりの美人になるおまじないを教えてくれる人がいるって噂を見つけたんだ。もう受験の年だから、時間もないし嘘でも良いからと思って縋ってみたの。そしたらね……」

 

 茉莉花はまるで自慢でもするように、誇らしげに両手を広げて見せた。

 

「すれ違う人み〜んな、振り返るんだよ! すごいよね! だから今夜会いに来たの! これだけ可愛くなったら、明嗣くんもわたしの事を好きになってくれるって――」

「たったそれだけのためにか……?」

「え?」

 

 喜んでくれるとでも思っていたのだろう。冷たい、刃物のような鋭い眼で睨む明嗣に、茉莉花が怯える表情を浮かべた。

 

「どうして、そんな目でわたしを見るの……?」

「お前はそれだけのために人間を辞めたのか?」

 

 明嗣の眼はもう獲物を狩る時の物へ変わっていた。どこまでも標的を追い詰め、地獄へ叩き落とす猟犬(ブラッドハウンド)の眼だ。生まれて初めて向けられた殺意を前に、茉莉花は気圧されるままに後ずさる。そんな茉莉花に対し、明嗣は冷徹に告げる。

 

「お前、もう手遅れだよ。俺に好きになって欲しいだって? なら、嘘コクなんかで燈矢の事を弄ばずに、俺へ正直に言えば良かったじゃねぇか。でも、お前はそうしなかった。その時点でもう有罪で許せねぇんだよ」

「どうして……? どうして、そんな事を言うの……?」

 

 今度は茉莉花が理解できないという表情を浮かべ、首を横に振った。そして、決定的な一言を口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 あぁ……、そうか。こいつは――。

 

 瞬間、明嗣は燐藤 茉莉花という女がどんな奴なのかを理解した。今、目の前にいる少女はとことん、自分がやる事は全て悪くないと思い込んでいる、()()()()()()なのだ。幼い頃から可愛がられ、甘えるのが上手で、何をしても全肯定されて、叱ってくれる人がいない可愛い女の子。だから、やってはならない事の線引きができず、「悪い事は何もしていない」なんて事を平然と言ってのける事ができるのだ。

 

「そうかよ。なら、もう話は終わりだ」

 

 明嗣は懐から白銀のデザートイーグルカスタムを抜いた。

 

「俺は吸血鬼を殺す掃除屋だ。で、燐藤。お前は吸血鬼だ。こうして目の前に現れたんなら、俺はお前を殺す」

 

 撃鉄を起こし、明嗣は茉莉花の頭に照星を合わせた。せめてもの慈悲として、一発で終わらせてやろう。外さないようにしっかりと狙いを定め、引き金に指をかける。一方、まだどうしてこんな事になっているのか理解できないでいる茉莉花は、信じられないといった表情で首を横に振った。

 

「どうして……? どうしてそんな事言うの……!」

 

 引き金を引く直前、茉莉花は明嗣へ背を向けて逃げ出した。

 

「逃がすかよ!」

 

 逃げ出した茉莉花を仕留めるべく、明嗣は安定した状態で撃てるよう、両手でデザートイーグルのグリップを握り込んだ。今ならまだ間に合う。急いで照準を合わせ直し、引き金を引く。だが、茉莉花は銃声が響くと同時に首を傾け、向かってくる弾丸を紙一重で避けた。

 

 外した――ッ!

 

 まだ、吸血鬼の身体に適応しきっていないと思って油断していた。外した明嗣は忌々しげに舌打ちして、再び狙いを定める。だが、すでに茉莉花の背中は見えなくなっていた。

 

「クソッ!」

 

 みすみす茉莉花を逃してしまった己の不手際に、明嗣は悔しげに歯噛みした。正直な所、こんな事になるとは思っていなかった。まさか、自分のせいで吸血鬼になった、などと言い出す者が現れるとは。

 明嗣は夜空を仰ぎ、己に吸血鬼の魔性を抱え込む羽目になった原因へ思いを馳せる。

 吸血鬼は言ってしまえば食虫植物のような物だ。甘い色香で人を虜にし、油断して近付いて所を捕らえてその命を啜る。吸血鬼の父と人間の母の間に生まれた半吸血鬼である明嗣にも、人を惑わす色香は受け継がれていた。母の晴華からお互いに愛していると聞いていたが、おかげで現在はこの通りだ。気を引きたくて超えてはならない一線を超える者まで現れてしまった。

 

 恨むぜ、親父……。会った事ねぇけど。

 

 毒づいた明嗣は茉莉花の追跡に乗り出した。だが、街を一晩中駆け回っても、茉莉花を捕まえる事はできずに夜明けを迎えてしまった。こうなってしまうと、陽の光の下を動けない吸血鬼は、全力で身を隠して姿を眩ますので追跡は困難となってしまう。

 仕方がないので、明嗣はひとまず普段と変わらずに学校へ登校し、夜の茉莉花捜索の案を考える事にした。

 いつもと変わらずにHunter's rustplaatsへ顔を出し、学校へ登校した瞬間だった。明嗣は何やら学校内の空気がおかしい事に気付いた。

 

 なんだ?

 

 何やら慌ただしく大人達は職員室を駆け回り、中には桜のバッジを着けた紺色の帽子とベストの人までいる。

 

 あの格好……警察か? でも警察がいったいなんの用だ?

 

 万引きか何かだろうか? それとも違法薬物(ドラッグ)か? インターネットが普及したこのご時世だから、売春の可能性もありそうだ。特に深く考えないまま、明嗣は教室へ向かう。そして、迎えたホームルーム。担任から衝撃的な知らせが告げられた。

 

「皆、落ち着いて聞いてくれ。今朝、ウチのクラスの生徒、夜野が亡くなったと連絡があった」

 

 ――は?

 

 瞬間、明嗣の頭の中が白に染まった。

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