ヴァンプスレイヤー・ダンピール   作:龍崎操真

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第92話 慟哭の夜

 今朝、燈矢が死んだ。この知らせを聞いてから家に帰るまでの間、明嗣は呆然としていた。昨日まで元気だったのに何故? その疑問だけがグルグルと頭の中と駆け巡る。

 やがて、日が落ちて夜になると、明嗣の腹がグキュルルル……と音を鳴らした。

 

 あ……そういや朝から何も食ってなかったな……。

 

 昨日の茉莉花の事、そして今朝の燈矢が亡くなった知らせのおかげですっかり忘れていた。どうりで腹がなる訳だ。

 だが、何か食べようという気にはなれなかった。それよりも風に当たりたい。明嗣はホルスターを装着して、夏用に仕立ててもらったコートを羽織った。そして、あてもなく夜の繁華街をさまよい始めた。

 どうせ、依頼が入ればアルバートの方から連絡を寄越すだろう。それまでは、人に会いたくなくて一人になりたかった。

 夜の繁華街を見回っていると、やはり一番目に付くのは誰かと一緒に歩いている人ばかり。そんな暗い顔をしてどうしたの? こっちに来て、一緒に楽しもう。そう、声を掛けるように街は明嗣の心境を無視して、賑やかに活気づいていく。

 

 だよな……。

 

 分かってはいた事だ。人ひとり死んだ所で、この世界には大した影響なんてありはしない。だが、それでも。毎日人は死ぬし、残される者は悲しむ。

 ふと顔を上げれば、店の中で酒を酌み交わして笑っている様子が目に入ってくる。もう4、5年くらい経てば、自分もあのように燈矢と酒を呑んでいたのだろうか。だが、今となっては叶わない事。その事実が明嗣の孤独感を一層煽っていく。

 

 なんで死んじまったんだよ、燈矢……。

 

 事故に巻き込まれたのなら仕方ない。だが、自殺だとしたらなぜ相談してくれなかったんだ。自分じゃ頼りなかったのか。

 気付かなかっただけでサインは出ていたのではないか、とすら思えてくる。自責の念に押しつぶされるまま、明嗣は肩を落として街中を歩いていく。空気には雨が降る前独特のペトリコールの匂いが混じっていた。おそらく、これから雨が降るのだろう。やがて、人気のない路地へ出た瞬間、背後から楽しげな声が明嗣の耳に飛び込んできた。

 

「めーいじくんっ♪」

「ッ!?」

 

 突如、のしかかってくる重い圧力(プレッシャー)に、明嗣は思わず跳ねるように背中を震わせる。同時に誰かの腕が伸びてきて、ヒヤリと石のような冷たい感触が明嗣を包み込んだ。

 

「落ち込んじゃってどうしたの? 何かあった?」

「燐藤……お前……!」

 

 いきなり抱きしめてきた謎の人物、茉莉花の腕を振りほどくと、明嗣は慌てて距離を取った。そして、デザートイーグルカスタムを抜き、銃口を向ける。

 

「よくもまぁ、ノコノコと俺の前に顔出せたな。昨日の事を忘れたのか?」

「あーあ、残念……。抱きしめてたのに」

「いったい何の用だ。今は虫の居所が悪くてな。おちょくるような真似するんなら容赦しねぇぞ」

「もしかして、気にしているの? ()()()()()()()()()

 

 ――は?

 

 明嗣は己の耳を疑った。陽の光の下へ出てこれないので、茉莉花は登校できないはず。なのに、どうして燈矢の訃報を知っている? 明嗣自身、今朝のホームルームで知ったばかりだというのに。

 

「どうして知っているの、って顔してるね。まぁ、無理もないよね……」

 

 疑問が顔に出ていたのだろう。茉莉花はいたずらっぽい笑みを浮かべ、明嗣の疑問に対しての答えを口にする。

 

「だって、()()()()()()()()()()

「……は?」

 

 今度は口に出てしまった。殺した? 燈矢を? 目の前の少女が? 自分の親友を? いきなり飛び出してきた言葉に、頭が理解を拒もうとする。だが、茉莉花は明嗣の状態などお構いなしに続ける。気づけば、ポツポツと雨が振り始めていた。

 

「だって、アイツのせいなんでしょ? 明嗣くんがわたしの事嫌なの。困るよねぇ〜。元カレが今の恋にしゃしゃり出てくるの。ドラマとかで見ててもイライラしちゃう」

「待て……。お前、何言ってんだ……」

「でも、現実はドラマと違うから。シナリオの都合で生かされる心配もないし、わたしが殺して二度と出てこれないようにしちゃった。これで安心だね!」

「待てって言ってんだろ!!」

 

 だんだんと雨の勢いが強まっていく中、明嗣の叫び声が響く。

 

「お前が……殺したのか……? 燈矢を……?」

「うん。そうだよ? どうかした?」

「なんでそんな事……!」

 

 銃を握る手が震えだしてきた。今、とてつもない程に目の前のコイツが憎い。自分でも自覚できる程、今の明嗣には怒りが全身を駆け巡っている。全身の血液が逆流して、冷えていってるのではないかと思う程だ。

 

「なんでだよ、燐藤……! なんで……なんでアイツを殺した!」

「やっとわたしの事を見てくれた。そういう表情もできるんだ。そういう明嗣くんも好きだよ」

 

 クスリ、と茉莉花は微笑みを浮かべた。ずっと待ち望んでいたような嬉しそうな表情だ。その微笑みが明嗣の感情を逆撫でしていく。

 

「なら、オマケで銃口(コイツ)とのキスもプレゼントしてやるよ……!」

 

 怒りで銃把(グリップ)を握る手に余計な力が入ってしまう。このままだと本当に握りつぶしてしまいそうだ。悲しみと憎悪が混ざって、身体を震わせる明嗣。対して、茉莉花は自分の唇へ人差し指を当てると小首を傾げて見せた。

 

「それは遠慮するね。せっかくキスしてもらうなら唇同士が良いな」

「お前……!!」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れてしまった明嗣は引き金を引いた。だが、銃声と同時に茉莉花の身体は影に溶け込み、姿が消えてしまう。

 

「逃げてんじゃねぇよ!! 隠れてねぇで出てこい!!」

 

 怒りに任せて、明嗣は周囲にある物へ銀弾を撃ち込んで破壊していく。すると、どこからか茉莉花の声が響いた。

 

「ごめんね。本当はもっとお話していたいけど、待ち合わせの約束があって。だから、今日は挨拶だけ。しばらく会えなくなっちゃうしね」

 

 どこ隠れてやがる!?

 

 必ず殺す。今の明嗣の頭の中にはそれだけしかない。見つけた瞬間に頭と心臓を撃ち抜くつもりで、明嗣は茉莉花の姿を探す。そして……。

 

「また会おうね。今度はゆっくりお話できるようにするから」

 

 耳元で囁き声が聞こえたので、明嗣は素早く背後へ銃口を向けた。だが、既に茉莉花の姿はなく、気配も消えていた。残されたのは打ちつける雨でも消す事ができない怒りの炎と、友達を殺した敵を取り逃がしてしまった己への不甲斐なさのみ。そして、なおも降り続ける雨の中、明嗣は言葉にならない慟哭の叫びを上げた。

 

 

 

 時計の針は現在へ戻る。全てを語った明嗣は自嘲するように笑った。

 

「たまにあの夜の夢を見るよ。まるで、燐藤が忘れるなって言ってるみたいにな……。その度に考えるに考えるんだ。あの時、どうすりゃ良かったんだろう、って……」

 

 もし、茉莉花の告白を受け入れていたら、結果は変わっていたのだろうか。疲れたように明嗣は肩を落とす。一方、話を聞き終えたアルバートは腕を組んで、明嗣へ声をかけた。

 

「お前……そんな事あったのになんで黙ってた」

「言える訳ないだろ。あの時の事を思い出すと、何もかもぶち壊したくなる衝動が湧いてくるんだ。自分からわざわざおかしくなろうとするなんて、それこそどうかしてる」

 

 アルバートから見て、今の明嗣は憔悴の二文字がよく似合う、本当に参っている状態に見えた。そして、明嗣は力のない声でさらに続ける。

 

「先週の夜、アイツがまた俺の前に姿を現したよ……。去年からちっとも変わっちゃいなかった。“可愛いお姫様”のまま、俺に笑いかけたさ」

「そうだったのか……」

 

 なるほど。明嗣が怒り出すのも納得だ。鈴音は知らない内に明嗣の地雷を踏んでいたのだ。知らなかったとはいえ、無遠慮に過去の悔恨に触れるような事を口にされたら、誰だって怒る。

 明嗣はぬるくなったコーヒーを1口啜った。そして、力のない声でポツリとこぼした。

 

「俺さ……。実は澪と鈴音が怖いんだ……」

「なんだと?」

 

 思ってもみなかった一言にアルバートは自分の耳を疑った。澪と鈴音が怖い? いったい何を言ってる?

 発言の意図が掴めないアルバート。一方、俯いてまだ残っているコーヒーの水面を見つめる明嗣は、頭を抱えるように髪をかきあげ、天井を見上げた。

 

「あの夜から俺は、まだ手を汚してないだけの“燐藤 茉莉花”がこの社会にはたくさんいる事を知ったよ……。自分が気に入らない奴なら、どんだけぞんざいに扱っても良いって信じきっている、そういう残酷な一面を持った女がな……」

 

 もちろん、皆がみんなそんな奴だとは思いたくはない。だが、それでも。インターネットが普及している現代では、そんなわずかな良心すら信じられなくなってしまう程に、青少年に対しての呪いが多すぎる。

 

「頭では分かってんだ。そんな事ないって。でもな、俺の今までが……あの夜の記憶が大丈夫なのかと囁くんだよ。そうなっちまうと、もうダメだ……。どうしても澪と鈴音を疑りの目で見ちまう。“コイツも俺から大切な物を奪っていくんじゃないか”、“自分の中のオンナを使って俺の事を利用するんじゃないか”ってな……」

「明嗣、それは――」

 

 言いかけて、アルバートは口を噤んだ。これでも一応親代わりをやってきた身だ。今の明嗣を放っておいたらマズイ事は分かっている。だが、今の自分が明嗣の言葉を否定したとしても、その言葉は空虚な綺麗事でしかない。人の腹の底は、その人自身しか知りえない事は、アルバートが生きてきた中で一番分かっている事だからだ。なら、今の明嗣にかける言葉はなんだ?

 かけるべき言葉を探しているアルバート。だが、その前に、今の話をもっとも聞かせてならない者の声が飛び込んできた。

 

「なにそれ」

 

 項垂れていた明嗣が顔を上げて、声のした店内への出入口へ目を向ける。つられてアルバートも目を向けると、そこには鈴音と澪の2人が立っていた。

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