似て非なる二人   作:clearflag

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誤字修正しました(2023/3/5)


第1章 1学期
汐崎才雅は力になりたい


 東京都港区。私立秀知院学園。

 幼稚園から大学までの教育機関を持つ、由緒正しい名門校である。貴族や士族教育を目的として創立された歴史を背景に、富豪名家に生まれた子息、息女が、今日(こんにち)に至るまで多く就学してきた。

 一貫校故に人の流れは少なく、初等部からの生徒を『純院』、外部入学の生徒を『混院』と呼び、当人たちの意識の差はあれど、目に見えない線引きが行われ、長らく問題視されている。

 そう、社会とは変化を嫌う傾向にある。それは、経験則に基づく、人の防衛本能であり、新しい風が自身の周囲にどのような影響をもたらすのか、不安なのである。

 そんな逆風を跳ね除け、彼らを率い纏め上げる男の名は、白銀御行。高等部の現職の生徒会長であり、数少ない外部入学の一人だ。

 

 昼休みの時間帯。白銀は、珍しく学食に足を運んでいた。普段は生徒会室で昼食を取ることが多いが、一緒に食べようと声を掛けた友人が学食に行くと言うので、それに合わせた形である。

 

「しかし、遅いな」

 

 長テーブルの角の席。学友たちと談笑する生徒の群れを横目に、白銀は一人寂しく、うどんを啜っていた。友人曰く「体育の後だから遅くなる、先に食べてて良いからー」と事前周知があったので、大人しく待つしかない。

 

「────白銀。悪い遅れた」

 

 白銀より高い声。混じり気を感じさせない澄んだ声質と申し訳なさそうに眉尻を下げるのは、友人の汐崎才雅(しおざきさいが)だ。冬服の規定である学ランは着ておらず、暑いのか、腕捲くりをしたワイシャツ一枚である。手には、丼ぶりが乗ったトレイが握られているところ、昼食の購入は済ませて来たようだ。

 

「いや、こちらの方こそすまんな。急に声を掛けてしまって」

「良いよ、別に。会って話した方が早いだろうし」

 

 才雅は、白銀の向かいの席にトレイを置くと、イスに腰を下ろした。

 二年になり、二人はクラスが分かれてしまったが、一年時は同じクラスで、よく行動を共にした。

 

「・・・・・・野菜は、食べているのか?」

 

 親友と呼べる間柄の二人だが、日常での関係性は、白銀が兄、才雅が弟のようなやり取りが多い。

 白銀の見つめる先は、才雅の丼ぶり。人は、カツ丼と呼ぶ。男子高校生の弁当は、平均して茶色くなることが多い。成長期の食欲から、ボリュームのあるメニューがセレクトされやすく、その象徴が肉や揚げ物と言ったところであろう。学食の常連である才雅は、茶色いメニューをよく頼むため、白銀は、サイドメニューのサラダと一緒に食べるよう度々薦めていた。

 

「ちゃんと摂ってるって」

 

 才雅の手により、トレイの上で横倒しにされていた紙パックが起こされた。パッケージには一日分の野菜の文字、背景には赤やら緑やら複数の野菜のイラストが散りばめられている。

 

「あくまで補助的なもんだろ。そう言うのは」

「つまり、飲まないより飲んだ方が良いってことだろ?」

 

 フハハハと、口を大にして才雅は笑う。前向き、ポジティブ、そんな言葉が似合う友人に、思わず白銀は笑みを零す。

 一人ぼっちだった外部生の自分を日の当たる場所へ引っ張り出し、つまらなかった高校生活から救った恩人の一人。この友人の底抜けの明るさ、それ以上にブレない芯の強さ、何にも染まらず流されない姿に惹かれ共感した。

 

「汐崎は本当に元気だな」

「そりゃまあ、毎日が楽しいからね」

「それは何よりだ」

「白銀も生徒会忙しいんだろうけど、少しは早く帰って早く寝ろよ。睡眠と食事こそ、元気の源だからな。そんなわけで、俺は次の授業で寝る」

「いや、寝るなよ!!」

 

 二人の関係性を知らない生徒が見れば、少し違和感を覚えることだろう。

 勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振る舞いにより、生徒会長に抜擢された、優等生の白銀御行。学園模試は不動の一位で、全国でも頂点を競い天才たちと互角以上に渡り合う猛者である。

 一方の汐崎才雅は、軽音楽部に所属する一生徒に過ぎない。身体的特徴を挙げるならば、耳周りの髪と襟足を短く切り揃えた、俗に言うツーブロック。純日本人にしては明るさを感じる髪は染めており、形の良い眉からも身なりに力を入れていることがよく分かる。ただ、優等生と呼ぶには些か抵抗を感じる外見だ。

 談笑しながら、箸を進めて行く両者であったが、白銀は真剣な眼差しを宿すと、才雅に問い掛けた。

 

「────例の件だが、どうしたら成功するだろうか」

 

 事の発端は、数日前。生徒会書記の藤原千花が生徒会室に持ち込んだ、恋愛映画の優待券に始まる。彼女は、家庭の方針で観ることが出来ないため、引き取り手を探していた。結果的に、二枚あった優待券の一枚は白銀、もう一枚は生徒会副会長の四宮かぐやへ渡った。

 そこで、白銀は熟考していた。どうしたら、四宮かぐやと一緒に映画を観ることが出来るだろうか。同じ映画館の同じスクリーンの隣の席で、偶然(・・)にと。

 

「普通に誘ったら?」

 

 全くである。実はこの二人、昨晩、ずっとこの件に関してメールでやり取りをしていたのだ。案の定、話は纏まらず今の時間に持ち越されていた。

 

「それは駄目だ。俺がそうしたい(・・・・・)みたいだろう」

「事実そうしたい(・・・・・)んだから、別に良いじゃん。それに藤原経由だったら、生徒会の二人で観に行く。流れとしてはむしろ完璧だろ」

「駄目だ、絶対に駄目だ」

 

 握り拳を震わせ、頑なに拒否の姿勢を取る白銀。才雅は呆れつつも、ようやく行動を起こそうとする友のために、何か力になりたいと思う気持ちに変わりはない。

 

「よし。探りを入れよう」

「何か案でもあるのか?」

「ほら。俺、四宮の前の席だから聞いてみる」

 

 新学期が始まり間もない四月。クラスに置ける座席は、いわゆる名前順、五十音順で配置されていた。その振り分けに従い、二年A組では、『汐』崎才雅が前の席、『四』宮かぐやが後ろの席と言う前後関係にある。

 

「本気かお前!?」

 

 声を立てないよう、だが焦りを白銀は全面に出した。何せ相手が相手だからだ。四大財閥の一つ、四宮グループの令嬢────四宮かぐや。芸事、音楽、武芸、いずれの分野でも秀でた才能を持ち、華々しい功績を残して来た正真正銘の天才。下手に手を打てば、情報を聞き出すどころか、こちらの目論見を見破られるのではないだろうか、そんな不安が頭を過ぎった。

 

「ちょっと話をするだけだよ」

「だがしかし・・・・・・俺が言うのもあれだが、手強いぞ」

「まぁ、確かに。男子とは、あまり話さないタイプだよな。休み時間は、クラスの女子と固まってるイメージあるし」

 

 この時、白銀の頭の中では高速で情報処理が行われていた。コミニケーション能力の高さに定評のある才雅は、女友達も多い。そして、家柄、才能だけでなく、容姿端麗な四宮かぐやは、男子にとって高嶺の花と言える存在。声を掛ける行為自体、心理的ハードルが高いだろうが、この男なら難なくやってのけるであろう。白銀を生徒会長へと後押した人を惹き付ける話術、応援演説。軽音楽部のライブステージを盛り上げる、人前におけるパフォーマンス力、この一年間、白銀はずっと隣で見て来たのだ。

 

「勝算はあるのか?」

「場所と時間くらいなら」

 

 その言葉を発した才雅には、先ほどの緩んだ笑みはもう無かった。大きく光らせる黒い瞳を前に、白銀は「コイツと友達で良かった」、そう強く思ったのだった。

 

 

 

 

 汐崎才雅の行動は早かった。五時間目と六時間目の間の休み時間。かぐやが席を立つ、あるいは他の生徒がかぐやに声を掛ける前に、後ろの席に振り向くと声を掛けた。

 

「四宮さんって、映画観る?」

 

 これぞ『先手必勝』。時間にしてたかが十分だが、休み時間と言う限られた時間こそが最大の利点である。人は、特別親しい間柄でなくとも、席が近い、それだけで接点を感じる。故に、面倒だが世間話くらい付き合ってやっても良いかと思う、人の親切心を利用したものである。質問形式で声を掛けるのも会話を続けるためのテクニックの一つだ。

 

「な、何ですか急に」

 

 一瞬の間を置き、かぐやの瞳に困惑の色が走る。席が前後と言え、新学期が始まってから今日までに交わした言葉はそう多くない。突然の問い掛けに戸惑うのは、当然である。

 

「最近、女子たちが『ラブ・リフレイン』って言うの? よく話してるからさ、面白いのかなーって」

「私は、そう言ったものには疎くて」

 

 嘘である。数日前、かぐやが生徒会書記の藤原千花から譲り受けた優待券こそ、女子高生の間で話題の恋愛映画『ラブ・リフレイン』である。

 生徒会会長の白銀御行に恋心を寄せる彼女は、いかに相手から告白をさせるか、日夜作戦を練っている。その一つが、今回実行した優待券の当選偽造。封筒に優待券を二枚入れ、藤原の自宅ポストに投函をしたのだ。無論、藤原の家は方針として、そう言った類のものを観ることが出来ず、泣く泣く生徒会メンバーに譲渡するまでを見越しての行動だ。あくまで、受け身。譲られたから仕方なく観に行く、たまたま白銀と映画館で会って、せっかくだから一緒に観ようかなんて話になって、と言うのを一方的に計画し、実現させようと知略を巡らせていた。

 その最中で、クラスメートの口から突然出たワードに戸惑いが無かったわけではない。しかし、ここで少しでも動揺を見せれば、恋愛映画好きの烙印を押されかねない。四宮かぐやと言うブランドを守るために、これだけは避けねばならない。

 

「まぁ、観ないか。あ、でも観るなら、日比谷のTEITOシネマズがオススメだよ。よく試写会とか舞台挨拶に使われるだけあって、綺麗だし、設備良いから」

「そう、なんですね」

 

 優待券と言うのは、特定の映画会社のみで使用が出来る。ここで才雅が口にした『TEITOシネマズ』こそが、かぐやと白銀が持つ優待券の映画会社だ。

 才雅の作戦は至ってシンプル。特定の劇場を勧め、誘導すること。今回の場合は、日比谷劇場である。白銀曰く、かぐやとの仲は良好であり、彼女は自分に気があるのではと主張をする。もし、本当に彼女に気があるのなら、白銀の言葉であれば遠回しなメッセージでも気付くであろう。そんな期待を込めたものだ。

 

「そうそう。あと劇場が入ってる建物は食べるところも多いし、早い時間帯に観て、その後にお腹を満たす。この流れが一番最高なんだよ」

「はい」

 

 曖昧な返事をしつつ、かぐやの耳は真剣に聞いていた。偶然を装い白銀の隣の席を狙う彼女。国内屈指の富豪の娘であり、自宅にシアタールームがあるため、映画館と言うものに足を運んだことがなかった。そのため、情報収集にはまたとない機会だ。

 話を聞く傍ら、かぐやは考えを進める。白銀ほどの男なら最高の設備で観たいと思うのではないだろうか。早い時間帯の映画を観て、あわよくば、その後に食事の流れまで持って行ければなんてと欲を出しつつ、思考する。いつ何時も白銀は自転車移動が基本だ。天気予報は晴天予報。人通り、車の交通量、駐輪場の有無、立地を踏まえても日比谷劇場は候補地になり得るだろう。だが、決め手とするには、まだ少し判断材料が足りない。

 

「四宮さん。その映画を俺と────」

 

 予想していなかった才雅の言葉に、かぐやの思考は止まった。

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