学校から帰宅したかぐやは上機嫌だった。自室に戻るなり、幼稚園の頃から愛用のガラケーを手に、画面を見つめてはニヤけている。
四宮かぐやの性格は思いのほか分かりやすい。それは、彼女が自身の専属の
かぐやの後方に立ち控える早坂は、主人とその想い人である白銀御行の間に何か進展があったのかな、良かったですね程度にしか思わなかった。現状、遅々として進まぬ関係。多分、大した話ではないだろう。彼女は、これまでのかぐやの行動を振り返った上で、本人に確かめることなく、そう結論付けた。
「ねぇ、早坂。今日、生徒会室であったこと聞きたくない?」
「いえ、別に」
「・・・・・・・・・・・・」
ムッとした表情を見せるかぐや。早坂は、日頃から彼女に
「ご機嫌のようですが、何かあったんですか?」
「会長とメアドと番号を交換したんです」
「では、これからは気軽に連絡が取れますね」
「・・・・・・連絡」
考え込むかぐやの姿に早坂は首をかしげる。
「早坂は、
「ええ。始業式の日に交換しました」
「え。始業式って、同じクラスになって直ぐってこと!?」
「そうです」
かぐやは驚きの声を上げた。彼女にとって、異性に連絡先を聞く=『あなたといつでもお話がしたい』と言う意思表示に他ならない。つまり、相手に好意を露見させる行為。そんな考えを持つかぐやが、白銀の連絡先を手に入れるために裏であれこれ動いていたのは言うまでもない。
本当ならば、
(まぁ、早坂は学校ではギャルを立ち振る舞っているわけですし、男子にそれくらい聞くのは朝飯前・・・・・・)
この二人には大きな差がある。相手への好意を認めているか、認めていないか。新学期が始まり早々に彼に声を掛け連絡先を手に入れた早坂。対するかぐやは、白銀と半年以上の付き合いを経て、その上で色々と仕掛けてようやく手に入れたものである。
主従関係がありながら、姉妹同然に育った二人。かぐやが素をさらけ出せる数少ない存在の早坂に、恋人が出来れば彼女にとっても嬉しいことである。しかし、先に恋人を作られるのは何か悔しい。そこで、あら探しを始めた。
「へぇ、そうですか。じゃあ普段、どんなやり取りをしているのか参考に聞かせてくれる?」
「最近だと、才くんから貰ったキーホルダーについてですね」
「それはつまり、プレゼントってこと!?」
「ええ、ただのキーホルダーですけど」
サラッとした返答に、かぐやの開いた口が塞がらない。
(い、いつの間に!! 実は黒野くんと凄く良い感じなわけ!?)
このままだと本当に早坂の方が先に恋人が出来かねない。かぐやの中で焦りが大きくなって行く。しかし、次に発せられた言葉で現実に引き戻される。
「────片想いには変わりありませんけどね」
いつもの澄ました顔だが、何処か寂しそうにも見える。
「何、弱気なことを言っているのよ。貴女らしくないじゃない」
「すいません、失言でした」
「今日はもう良いわ。戻って休みなさい」
主人の言葉に従い、早坂は部屋に戻ると、ベッドにうつ伏せになった。彼女のルームウェアは、襟首のあるシャツタイプのワンピース。ラフで着替えが楽だから、理由はそれに限る。
早坂愛は、複数の顔を持つ。四宮家では、仕事をソツなくこなすクールビューティーなメイド。学校では、校則を破りがちな元気一杯でオシャレが大好きなギャル。そして、
何故、早坂愛として店へ行かないのか。校内擬態早坂愛は、服やらアクセを買うためにバイトに勤しんでいて、友達と遊ぶ時間が取れない
何より、彼と親しくなれたところで、四宮かぐやとの関係性は明かせない。きっと気軽に二人で出掛けることも出来ないだろう。だから、早坂は初めから望まなかった。店の店員と客、演奏者とファン。一年前、新しい自分を作り、彼女は先のない関係を選んだ。
(どっちも私だけど、私じゃない・・・・・・)
今のように主人の後ろ盾を得られるなど、一年前の自分は果たして想像が出来ただろうか。いや、出来なかった。学校ではかぐやの警護と情報収集が仕事だ。恋愛にうつつを抜かすことは出来ない、したらいけない。それが仕える者、早坂の家に生まれた使命。彼女は、そう生きてきた。
しかし、今は早坂愛としてアプローチが許される。本来ならば、ハーサカはもう不要である。彼女はただの客でただのファン、店に行かなればそれで済む話。だが、早坂愛はそれが出来なかった。彼と音楽の話が出来るのはハーサカだけ。彼のヴァイオリンを近くで見られるのはハーサカだけ。早坂愛が同じ話題を口にすれば必ずボロが出ると分かっていたから。騙していたなんて、彼には絶対知られたくない。
そして、何より。
(ハーサカの時の方が笑顔が優しい気がする)
万が一、彼がギャルの校内擬態早坂愛ではなく、一見清純派なハーサカの方が女性としてタイプだと言うならば、話は変わる。ハーサカを簡単に切り捨てることは出来ない。
早坂は思う────どんな手を使ってでも彼の心を手に入れたいと言う気持ちは間違いなのだろうか。
●
翌日。才雅は、スマホデビューを果たした白銀よりかぐやの連絡先ゲットの報告を受けた。元を正せば、かぐやの連絡先を知る才雅が白銀に教えれば済む話だったのだが、人から聞いて知るのは嫌だと白銀は拒否したのだ。挙げ句の果てには「俺の連絡先を四宮に伝えてくれ」と言い出すものだから、「ふざけるな」の一言で、才雅は蹴散らしたのだった。
そして、放課後。ホームルームが終わり、教室を出たかぐやの背中を才雅は追った。
「四宮」
「どうかしましたか?」
「白銀から聞いたんだけどさ、ラインやってないの?」
下校時刻のため、人の往来が多い廊下。周囲の生徒は、二人のやり取りが気になるのか、チラチラと視線が向けられる。どちらかと言えば、男子とは接点の少ないかぐや。その相手がクラスメートだとしても、珍しい光景だと言って差し支えない。もっとも席替え前は、前後の席関係だった二人、ちょいちょい話す姿はクラス内で目撃はされていた。
「すいません。私の携帯は使えないみたいなんです」
「使えないって、ガラケー?」
「世間ではそう呼ばれるようですね」
「マジか・・・・・・」
夏に向け、才雅はグループラインを作ることを目論でいた。白銀と合作し、かぐやにメールを送り、海へ誘うことに成功。ちょうど白銀がスマホに切り替えるタイミングだったこともあり、白銀がスマホデビューしたところで、本格始動を考えていた。なので、かぐやには詳細は追って連絡するとだけで、彼女とのやり取りは止まっている。
「幼稚園から使っていて愛着があるんです」
「愛着って・・・・・・よく壊れないな。でも、ラインが出来ないとなると夏休み前に一回集まる感じかなー」
「ああ、
かぐやと白銀の仲を取り持ちたい才雅。一方のかぐやは、白銀との関係を進めたいのはもちろん、才雅に早坂を誘わせ、四人目のメンバーとして迎えたい。つまり、双方はいたずらに外野を増やしたくはないのだ。だから、夏休みだとか例の件と言って情報の統制に務めている。ただ、話が漏れたところで仲間に入りたいと挙手が出来る度胸の持ち主は藤原千花くらいであろう。
「あ、そうそう。誘う人は決まりそう?」
「あー、それなんですけど。少し悩んでまして」
「藤原とかは?」
生徒会書記・藤原千花。才雅と藤原は現在クラスは違うが、共に純院生であり、過去に同じクラスになったこともある。特別親しいわけではないが、普通に話しは出来る仲だ。
だが、藤原を誘うとなると、才雅に早坂を誘わせると言うかぐやの計画が破綻することを意味する。これは、回避せねばならない。
「えーと。藤原さんは毎年海外で過ごされるご家庭なので、行けないんですよ」
「贅沢な奴だな」
「ええ、全くです。ですので、他の方で考えては居るんですけど。やはり、同じクラスのどなたかにしようかと」
「まだ五月だし、良いよゆっくりで」
「それでなんですが、黒野くんは異性のご友人が多いですよね?」
一瞬の間。質問の意図が才雅には分からなかった。
「・・・・・・えーと、それはどういう意味で」
「つまりですね。今回、親睦を深めると言う意味でも、黒野くんのご意見を聞きたくて。あ、もちろん、うちのクラスから誘うつもりですよ」
「じゃあ、よく休み時間に話してるメンバーで良いんじゃ」
「それは駄目です。女性の付き合いは、男性が思っているよりもシビアなんです。グループから一人選ぶと言うことは、他を誘わないと言うことになります。そう言う差別的なことは嫌いなんです」
「でも、それ・・・・・・」
────今言ったことを人にさせようとしてはいないだろうか。才雅は口にこそ出さなかったが、そう思った。そして、「四宮は四宮で何かを企んでいる」と察する。どう返答するのが正解か。彼は、脳をフル回転させる。
一方、二人の様子を観察する女子生徒三人の姿があった。
「うわー。黒野くん、グイグイ行くね」
「前の席の時、あの二人よく話してたよ」
前者は火ノ口三鈴、後者は駿河すばる。早坂が学校生活を送る上で共に行動を取る、クラスメートであり友人である。友人二人の感想は全く耳に入ることなく、早坂は、ジッと才雅とかぐやを見つめていた。彼の積極的な行動が自身ではなく他者に向いている、それに対して別に嫉妬とかしているわけではない。決して。
「・・・・・・・・・・・・」
「早坂、顔怖いよ? ウチの才くんと仲良くしちゃってーって感じなのかな?」
「二人、仲良いもんね〜」
友人に声を掛けられ、早坂はギャルの自分を直ぐに取り戻す。
「別にそんなんじゃないしー。あの二人、何か昔と雰囲気変わったなーって、ちょっと思ったって言うかー」
「あー、中等部の頃は四宮さん近寄りがたいオーラあったもんね」
「黒野くんは、小さくて可愛かったよね。近寄りがたいっていうのじゃなくて、近寄るなオーラを出してるって感じだったけど。知らない間に大きくなっちゃったよねー」
話題のすり替えに成功。彼女らの言葉に「そだねー」と適当に相槌を打つ。
「でもさ、今もどっちかって言うと可愛い系じゃない?」
「それ、分かる。ツーブロのショートにしてる当たり、本人はそっちの路線には見られたくないって感じ?」
お喋り好き。彼女らを形容するなら、早坂は、そう例える。元々、情報の早さに目を付け、友人になることを選んだ。男女、学年、関係なく交友関係は広いし、良い意味で軽くてノリも良いので、色々とことを運ぶには困らない。
「あっ、ごめ〜ん!! そろそろ、バイト行かなきゃ!!」
スマホの画面で時間を確認する振りをし、早坂は場の退散へ動く。とっくに、才雅とかぐやの会話は終わっている。切りの良いところで引き上げ、主人の後を追わねばならない。
「マジ、働き過ぎー」
「最近、時間早くない?」
早坂は、手の平を合わせ笑顔で頭を下げる。
「今度、埋め合わせするからさー」
付き合いが悪過ぎるのも学校生活に支障が出るもので、放課後は、二人と教室などに残り駄弁っていることが多い。その後、時間を見計らってバイトだと伝え、生徒会室に居るかぐやから呼び出しがいつあっても良いようにスタンバイする。それが、早坂の放課後の過ごし方である。「また明日ー」と、手を振り別れ、彼女は持ち場へと向かった。
●
「────四宮は、実はギャルになりたいのかもしれない」
時刻は、午後十時。才雅と白銀は、ラインで電話をしていた。才雅の四宮はギャルになりたい発言に白銀は、冷静なツッコミを入れる。
「何言ってんの、お前」
「いや、だから。四宮家の反動だよ」
「全く話が見えないんだけど」
「海に行く話だけどさ、四宮に誰かもう一人女子を誘うよう頼んだだろ? 何か今日、クラスの派手系女子と行きたい風な感じだったんだよ」
「え、何それ」
端的に言おう。今日の放課後、かぐやは言った。一人だけを誘うのは、他の人に申し訳が立たない。だから、代わりに才雅がもう一人の女子を誘ってはくれないだろうかと。その時、彼女が例え話で名前を挙げたのが『早坂愛』だった。
「メッチャ気になるだろ?」
「メッチャ気になる」
男子高校生二人は、ああでもない、こうでもないと、辿り着くことのないであろう答えを探し、不毛な会話を展開して行くのであった。次の日、寝不足だったのは言うまでもない。