校内擬態早坂愛は、ただのギャルではない。主人である四宮かぐやの警護及び彼女への脅威を排除することを目的に、四宮家の命を受け、秀知院学園に送り込まれた付き人のプロである。
校内での主な活動は情報収集。お喋りで軽くてノリの良いギャルと言う
そんな早坂が、仕事の手を抜いたことなんて一度たりともない。しかし、主人は苦言を呈した。
最近、気が緩んでるんじゃないか────と。
指摘されたのは身なり。制服の着崩し、短く折られたスカート丈、手の爪に塗られた水色のネイル。早坂は、校則の範囲内だと反論したが、彼女は風紀委員内の
とは言え、ギャルを立ち振る舞うためには、避けては通れない道────と言うこともなく、仕事にかこつけて自身のオシャレを楽しむ側面が大きい。
早坂愛は、美貌は
更には、貴女は堅過ぎると、そんなでは男は靡かないと追撃し、ネイルを試してはどうかと提案した。
放課後の生徒会室で交わされた会話から、数時間後の四宮家別邸。メイド服に着替えた早坂は、自身のネイル道具一式を抱え、かぐやの部屋で最後のひと仕事に取り掛かっていた。
丸テーブルを挟み、向かいの椅子に座るのは寝巻き姿のかぐや。早坂は、彼女にハンドネイルを施していた。
「あとは硬化ですね」
かぐやの爪を全て塗り終え、早坂は、足元の箱からネイルライト取り出す。
「何、その機械? 普通に乾かせば良いんじゃないの?」
「違います。この中に手を入れて下さい」
知識ゼロのかぐやは、差し出された機械の中に渋々手を入れる。かぐやに施されたネイル、それは風紀委員会が定めた服装規定に抵触しない爪半月を隠す程度の淡いピンクのジェルネイルだ。薬指にだけ施されたラインストーンが謙虚さをアピールし、これらは、彼女の要望に合わせた早坂のチョイスである。
「手を出して頂いて結構です。拭きますね」
両手を交互に入れ終わると、早坂は、かぐやの爪をコットンで拭いて行く。
「これで完成?」
「はい。後はオイルを塗っておきましょう。持ちが良くなりますし、保湿は大事ですから」
「ネイルって大変なのね・・・・・・」
早坂の真剣な瞳が、かぐやの爪に注がれる。当の本人の爪は水色、スカイブルーのネイルが施されている。彼女の美意識の高さは、かぐやもよく知る。やはり、
自室に戻った早坂は、ダブルベッドに身を投げた。彼女の部屋の広さは十畳ほど。かぐやと主従関係を結んだ七歳の頃から住む部屋だ。シャワールーム、脱衣所、トイレを完備し、ワンルームのような形だが、キッチンは無く、基本的に食事は四宮家がお抱えの料理人が担当する。ちなみに、体をゆっくり休めたい時は、従業員用の大浴場へ足を運ぶ。
「黒かぁ」
うつ伏せの状態で、枕をクッション代わりに抱え、早坂はスマホを眺めていた。スクロールして行く画面には、ビキニ。海で着るための水着探しに勤しんでいた。
数日前。ハーサカとしてとは別に、早坂愛として、才雅に舞台の感想をラインで送った。その時、何色が好きか尋ねたのだ。返って来たのは、黒と青。その二色と組み合わせるならば、白と。自分に似合う色を問うのは、あからさまな感じがするので、それを避けた結果だ。そして、早坂は黒と青を天秤に掛けた。自身の白い肌に映えそうなのは黒、異性ウケが良さそうなのも黒。直ぐに方向性は決まった。
(何これセクシー過ぎない!?)
あるサイトで、早坂の指は止まる。画面には、生地を最小限にしたビキニ。俗に言うマイクロビキニだった。何処からどう見ても男を誘っているようにしか見えない。彼を悩殺したい気持ちはあるが、流石にこれはやり過ぎ感が否めない。セクハラで訴えられないだろうか。
(て言うか。試着の人、みんな大きいな・・・・・・)
ネット販売で、試着時の写真をアップするのはよくあること。身長何センチのモデルが、何サイズの服を着ていますと、買い手がイメージを持ちやすくするためのものである。
「・・・・・・・・・・・・」
早坂は徐ろに体を起こし、自身の胸に手を当てる。画面に映る巨乳とは程遠い、細身の体。手足の長さとプロポーションには自信がある。しかし、胸部は発展途上。かぐやより、
ふと、友人との会話が蘇る。
『先輩がさー。彼氏が出来てBからDになったんだって』
曰く、好きな人に胸を揉まれると大きくなるとか。正確には、マッサージによるリンパの巡りの改善と好きな人に触れられることで女性ホルモンの分泌が活発になり、乳腺の発達に繋がるらしい。真偽は不明だが。
早坂は、段々と顔を赤く染めて行くと、枕に突っ伏した。経験はない、けど興味はある。想像の相手は、いつも彼。デートのプランだって、いくつか考えてある。ちゃんと最後にはキススポットを入れた。きっと良い思い出になるはずだ。
この秘めた思いを全てさらけ出せたら、どんなに楽だろうか。でも、彼に隠しているのは、恋心だけじゃない。ハーサカのことも四宮かぐやとの関係も、
早坂は願う。明日になったら、この悪夢から目覚めたいと。
●
翌日、放課後。早坂は、紀かれん並び巨瀬エリカから、マスメディア部の取材に協力して欲しいと頼まれ、学校敷地内の中庭に居た。
とある一件から早坂は、彼女らが非公式に活動する『かぐや様ファンクラブ』に引きずり込まれた。直後は、面倒ごとに巻き込まれたと頭を抱えたが、かぐやに目ざとい二人の行動を見張るには良い機会である。主人の恋路を下手なゴシップとして打たれたら、ひとたまりもない。危機管理と言う意味でも、二人に対する優先度は高い。付け加えて、マスメディア部は、報道関係の家系が多く集まる部活でもあり、早坂が
「────早坂さん、お待たせしました」
紀、巨瀬が現れた。ちなみに声を掛けたのは、紀。
「話ってなーにぃ?」
間延びした声で、早坂は要件を尋ねる。紀がメモ帳とペンを構えると説明を始めた。
「実は、次の校内新聞でネイル特集を組むことになりまして」
「いーじゃん、いーじゃん!! ウチも昨日、知り合いの子にネイルしてあげたんだ〜。どんな記事にするの?」
「男ウケなんか気にしない☆自分を貫くオシャネイル♡特集です」
紀は、キリッとした顔で答えた。
「待って!! それどんな記事!?」
「その名の通りですわ。男子に可愛いって思われたくてネイルをする女子は、ほぼゼロという記事です」
早坂の体から血の気が引いて行く。かぐやにネイルを薦めたのは他ならぬ自分だ。それも、ネイルをしたら男子に可愛いと思わせられるか?────そんな、問いを投げ掛けたかぐやに対して、回答を濁している。ネイルは一般的に異性ウケは良くない。が、オシャレするかぐやの姿を見たい。その気持ちを早坂は優先させた。
「やー・・・・・・でもその記事、男ウケ狙ってる子がかわいそーじゃない?」
「逆に気付くきっかけになるかと。それに、校内の新聞ですから、偏った内容にならないよう配慮しますわ。男女双方の意見を取り入れまして」
紀は揺るがない。早坂の中で焦りは大きくなる。もし、この事実をかぐやが知ったらどうなるか。最悪、自分は海外に飛ばされるかもしれない。この記事を何とかしなければと頭をフル回転させる。巨瀬は「早坂さんって男ウケ狙ってたの?」とボケた反応を見せるが、今回は寛大な心で目を瞑る。
考えている間に、巨瀬は遠くに向かって手を振った。
「
手を振り返し、こちらに向かって歩く男子生徒は、
(才くん、余計なこと言わなきゃ良いけど・・・・・・)
彼女の一抹の不安。それは、ネイルを否定するような言葉を口にされること。主人だけでなく、間違いなく自身の心も抉られる。だが、そう言うことを口にしてしまうのが彼である。早坂は、ただ祈る。
「おっす。珍しい組み合わせだな」
「ね、ね。黒野くんって女子のネイルって、どう思う?」
「ネイル?」
「これこれ」
ノリノリの巨瀬は早坂の手を掴み、爪を指差す。
「自分がしたいなら良いんじゃないの?」
「じゃあ、女子のネイル肯定派なんだ」
「何、肯定派って?」
「女子のネイル嫌って男子いるでしょ?」
「あーそう言うこと。俺の好きなアーティストで、男でネイルしてる人いるし、自己表現って考えれば否定はないかな。まぁ、魔女みたいなのは趣味じゃないけど」
「そっかー。何とかハイさんだよね。私も魔女みたいなのは趣味じゃないなー」
早坂、最悪の状況を脱する。しかし、二人の会話は続く。
「日本を代表するアーティストに何てことを・・・・・・」
「あんまり、そう言うの聴かないもん」
巨瀬に早坂の冷ややかな視線が刺さる。状況を察知したのは紀だった。才雅と早坂、二人は秘密の交際関係だと、睨みを付ける彼女。しかしどうだろう。何事もなく喋り続ける才雅と早坂の嫉妬の眼差し。本当に二人は交際しているのだろうか────。
(もしや────早坂さんの片想い!?)
ここに来て、紀かれん、正解に辿り着く。ならば、善は急げだ。
「エリカ、急ぎの仕事を思い出しました。部室に戻りましょう」
「え? 私、聞いてな────」
「部長から個別に頼まれた仕事です。さぁ!!」
紀は鬼気迫る勢いで、巨瀬の腕を引っ張った。今、自分に出来ることは、ポンコツ二人を引き離すこと。しかし、才雅の一言で状況が変わる。
「そう言えば今日、四宮がネイルしてたな。早坂は見た?」
この場に居る人間の心情を知る由もない才雅は、再び話題を戻した。で、早坂に振る。特に深い意味は無い。同じ教室に居るわけだし、彼女ならそう言う変化に直ぐ気付きそうだと思っただけ。これは、早坂にとって、またとない
「・・・・・・あ、うん!! チラッと見たけど、超可愛かったよ!!」
マスメディア部二人の足は止まり、無言で振り返る。目の前に、獲物をぶら下げられた肉食動物の目だ。早坂に迫る。
「本当なんですの!?」
「そう言うことは早く言ってよ!!」
「ごめん、ごめん。あ、ちなみにだけど、デザインは淡いピンクで、薬指にはラインストーンしてたよ。これはもう、絶対秀知院で流行ること間違いなしだよね!! 記事の内容変えた方が良くない?」
これぞ早坂の機転である。かぐやのことになると、目のない二人。そのかぐやがネイルをしているとなれば話は別だろう。ネイルは異性ウケは良くないと言う世間一般の見方を引っ繰り返すことだって可能だ。
「かぐやしゃまこそ、流行の最先端!!」
「かぐや様の振る舞いこそ我々、秀知院生の模範ですわ!!」
「そこに男も女も関係なしだし!!」
紀、巨瀬は直ぐに調査に向かうとして、校舎へ消えて行った。二人の背を見送り、才雅は楽しそうに笑う。
「相変わらず、忙しないな。良かったじゃん。ネイルの記事? 良く書いてくれるんじゃないの? あの二人、四宮大好きだから」
「そ、そーだねー」
早坂は、思わず視線を反らす。彼のネイルに対する意識はさて置き、記事の内容の心配をするなんて、気遣われているのだろうか。先程のやり取りがそんなに必死に見えただろうか。彼女は少し戸惑いを感じる。
「じゃ、また明日」
才雅は、早坂に向かって手を振り、場を離れようとする。
「────あ」
「ん?」
「ううん。バイバイ」
「おう」
一人残った早坂は、自身の手のネイルを見つめる。今頃、主人は生徒会室で白銀にネイルアピールをしていることだろう。だけれど、白銀は恥ずかしくてネイルに触れることは出来ない。お決まりの展開を彼女は想像する。進まない二人の関係は、見ている方は焦れったいだが、両想いであることは凄く羨ましい。
「私のネイルはどう?」
居なくなった彼に問い掛ける。もちろん、答えなど返って来ない。間もなくして、早坂のスマホが震えた。主人からの呼び出し。深呼吸をし、彼女は持ち場へ向かった。